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暴走少女の相手は面倒だ 3

 泊まるべきコテージに荷物を置くと、それぞれ水着に着替えて海へと駆けていく。

 先陣を切るのは小学生二人組。

 きゃっきゃっと、年相応の笑顔を浮かべて、なかなか来ることのできない海の波を堪能している。男陣である俺。亮太。信也は、ビーチにパラソルやシートを用意して休憩所の製作。

 歩から解放された信也はほっとしたように息を吐いていた。

「辛い。この合宿。想像以上に辛い」

「始まったばかりだけどな」

 そもそも、辛いのは信也だけである。他のメンバーは、そこまで辛くはない。合宿なのに何もやっていないのだ。疲れる要素など何もないし、辛いと思うような出来事もあるわけがない。

 まあ、雪さんはもやもやとしているだろうけど、この場合は仕方のないことである。下手に刺激すると危険なので舞さんに全面的に任せるのが一番で、俺は安全圏からのんびり観察しているのがベストだ。

 相談部の合宿スタートとしては幸先はよくはない。

 そもそも、どんな合宿になるのかさえ分からないのが現状なのでどう発言してもやぶへびになるこは間違いない。

 選択肢を誤ることだけは気を付けよう。

「おおい。翔も来てみろ。気持ちいいぞ」

 ワンピースタイプの花柄水着を身に纏う綾は、肩まで海に浸かりながら珍しく無邪気な笑みを浮かべている。その隣では、同じワンピースタイプではあるが、明るい色合いにフリルがふんだん使われた水着で小さく手を振っている由佳ちゃん。

 悩みに悩みぬいて選んだだけに二人ともよく似合っている。亮太など、涙をポロポロと溢しながら天に祈りを捧げている。こうして一緒の時間を過ごすこと自体を神に感謝しているのだろう。そうしてもまるで報われないのだから、日頃の行いは大切なのだと学ばされる。

 まあ、亮太の場合はそればかりでないような気がする嫌われっぷりなので、同情の余地があるにはある。それでも、口に出すことはせずに心のなかで同情することにしている。合掌。

「俺はいくつもりだが、二人はどうする?」

「そうだな……さらば!」

 ダッと砂浜を猛ダッシュし始める信也。その理由は、見ていた方向にあった。

「信也さま~」

 ほとんど布のない水着を着て猛烈ダッシュしてくる暴走少女こと歩である。

 綾たちの教育上よくないであろう水着は、ぎりぎりしか隠せておらず、ほとんど少し動けばすぐにズレてしまいそうに見える。それなのに、ダッシュの速度は衰える様子を見せない。それどころか、信也をロックオンするとその速度をあげているように見える。いろんな方向へと揺れる胸や走りづらいはずの砂浜なんてお構いなしだ。あの貪欲な行動力は雪さんにはないスキル。

 習得をオススメすることはないが、あれば色々と牽制出来るので便利なような気もする。

 被害が信也だけに限定されるのであれば問題はほとんどない。とはいえ、本気で習得することなど出来る訳もないので遠くで応援だけしておこう。

 この追いかけっこには、手出しのしようがないのだ。

「オイラ。荷物番してるっす」

「頼んだ」

 どうせ、舞さんや雪さんが来ることは確定しているので、荷物番がいたほうがいい。泥棒が居るとも思えないけれど、事件は油断した瞬間にこそ起こるのだ。

 警戒くらいはしたほうがいい。

 でも、少しくらいは由佳ちゃんと遊べる時間を作ってやるべきか。ちゃんと仲直りができている訳ではないのだから、この合宿で兄としての距離を縮めるように努力をしてもらう。せっかく来たのだから、少しは役立てなければもったいない。

「じゃあ、行ってくる」

「了解っす」 

 敬礼されるので返礼しておき、小走りに綾たちのところに向かう。

 パーカーを着ているのだが、脱ぐかどうしようか迷っている間に波打ち際までついてしまった。

 もう少し先へと行けば綾たちと同じ場所にたどり着く。

「何をしている?」

「来て、ください」 

「分かったよ」  

 濡れたところですぐに乾くだろうと、パーカーを着たまま海へと入る。

 冷たくて気持ちがいい。ただ、日差しが暑いので、熱中症にだけは気を付けないといけない。体調が悪くなったら、すぐに様子をうかがうことにしよう。

 ことが起こってからでは遅いのだ。

「んで、なにするんだ?」

「あのあの、泳ぎを、教えてほしい。です」

「二人分だ」

「まあ、いいが」

 二人同時であるならば、一人は亮太に見てもらったほうが効率がいいはずだ。それなのに、わざわざ俺に頼むなんて……亮太はどれだけ嫌われているのだうか?

 考えるのも怖いな。

 視線を亮太に向けると、嬉しそうにぶんぶんと手を振っている。楽しそうにしているので余計なことは言わないでおこう。あの巨体でべそべそされても見るに耐えないだけだ。

「んじゃやるか。どのくらい泳げるんだ?」

「あたしは、ぜんぜん……」

「クロールなら五十メートルも簡単だ」

「綾に教えることは無さそうだな」

「なんだと!?」

 驚愕しているけれど、すでに泳げるのであればわざわざ教える必要はないはずだ。平泳ぎや背泳ぎを教えてと言われたならば考えない訳でもないが、それも言う気配が無い。ならば、基本は由佳ちゃんの指導をするべきだ。

 まあ、古式泳法やバタフライを教えてと言われても知識が無いので勘弁してくれと白旗をあげるしかない。別に水泳部に所属している訳でも水泳を習っていた訳でもない。

 授業で習ったことを教える程度の事だ。

 だから、教えられることには限度があることを説明しておく。

「んじゃ。やってみるか」

 とりあえず、体を浮かせることをしてみる。 

 浮かないことには泳げないのだ。

「あぷあぷ」 

 足が着かなくなった時点でじたばたと暴れだして勝手に溺れた。

 沈む前に体を支えてやるが、これでは浮かばすことも出来ない。

 これは、予想よりも長丁場になりそうだ。綾に構っている時間はない。この合宿で、せめて浮く。くらいは出来るようにしてあげよう。そして、時間があるならばクロールを教えて……と、皮算用は止めて目の前のことに集中するとしよう。

「支えているから、絶対に暴れるなよ?」

「で、でも……」

「沈まないから、安心して身を任せろ」

「う、ん」

 少し体を傾けると、恐怖のためか目を閉じる。

 トレードマークの眼鏡をかけていない変わりに水中ゴーグルを頭に着けているのだから装備すればいいのにと思ってしまう。

 泳げない以上は飾りなんだろうけど、少しモヤモヤする。

「なあ、綾」

「なんだ?」

「由佳ちゃんのゴーグルの意味は?」

「眼鏡の代わりだそうだ。泳げるようになったら着けるようだが?」

「それじゃあ、意味ないだろ」

 ため息しか出てこない。

 目を閉じたまま水に顔を浸けようとして固まる由佳ちゃんは、少し進むのにもビクビクとしている。

 水が怖いのだろうか?

 そんな話は聞いたことなかったが、演技には到底見えない。これが綾であるならば……いや、いくら綾が天才的に演技が出来るとしても難しいだろう。

「出来るか?」

「要点を。と言いたいが、まあ、言いたいことはわかったやって見せようではないか」

 平然と水に潜り、数秒して顔を出す。

 濡れた髪を軽く絞ってから、目を閉じて深呼吸。

 潜れるアピールはすでに終わっている。次は、潜れないアピールの番である。一体どんな演技をするのだろうか。ちょっとだけわくわくしてしまう。

「あっあの」

「なら、由佳ちゃんは仰向けで水に浮いてみよう」 

 顔が水に浸けられないのであれば、反対にして顔に水が浸かないようにしてもらう。

 それでもダメであれば、他の方法を考えるとしよう。

「始める」

 目をギュッと力強く閉じてから、ゆっくりと水面に顔を近づけていく綾。

 先程の由佳ちゃんとまるで同じ行動。由佳ちゃんをお手本にしているのだとわかる。途中で動きを止めて、前に動かそうとしながらもまるで動かないところまでそっくりである。

「これは、酷い。ですね」

「客観的に見たら酷さが理解できるんだな」

 自分の行動がダメダメであったことがよく分かったようでよかった。まあ、やっているときは必死なのだろうから自分が何をしているのかが分かっていないのだろう。

 さて、理解してもらったところで次の行動に移ろう。

 綾の肩を叩いて充分であると伝えると、海に背中から倒れ込んで浮いて見せる。

「これが出来るか?」

「やって、みます」

 目をギュッと閉じながら背中から水にダイブ。全身に力が入っているのが見てわかり、このままだと沈むと判断して、背中を手で支えながら沈まないように調整してあげる。

 少しずつ、体から力が抜けていくように思えた。ただ、手を離せばそのまま沈みそうなので、手はそのままだ。

 しばらく浮いていると、目を開けた。

「わー」

 感嘆の声を上げながら、浮かぶ感覚を楽しんでいるよう見える。ここまで来れば、後は動きを覚えるだけで背泳ぎは出来るはずだ。問題は一人で浮かぶことが出来るかどうかなのだが、そこは慣れてもらうしかないだろ。俺に出来ることはなにもないのだ。

「順調そうだな?」

「んっ?」

 声に振り返れば、ビキニ姿の舞さんが隣に立っていた。普段は服で隠されている双丘や艶やかな太もも。引き締まったお腹。黒く大胆な水着では隠しきれない肌色に、思わず視線を反らしてしまう。

「なっなんでそんな水着を?」

「似合ってはいないだろうか?」 

「そんなことはないけど……ちょっと、困る」

「気にしなくてもいいぞ。水着なのだ。見られて困ることはない」

「翔。邪な視線は感心しない」

「そう、です。早く泳ぎを、教えて。ください」

「はいはい」

 舞さんから視線を反らしたまま由佳ちゃんに泳ぎを教える。

 ああ。あまり肌を露出してないこっちのほうが見る分には困らないな。舞さんのは胸がドキッてしてしまってどうしようもない。こんな不意打ちは止めてほしい。一応、僕も思春期の男なので変な暴走をしないとも限らないのだ。

 僕たちしかいないからと言っても、節度は守ってほしい。

 まあ、一番そのことを言うべきは暴走少女として信也に絶賛突撃中の歩なのだろうけど、あいつに言ったところで効果は絶対に見込めないので胸のなかでとどめておくことにしよう。

「そう言えば、雪さんは?」

「来ないそうだ。着替えるまではノリノリだったのだが、出た瞬間に信が鬼ごっこを始めたのでな。怒ってしまったようだ」

「ああ」

 目撃してはいけない人が目撃してしまったわけか。タイミングの問題とはいえ、信也からしたら最悪だな。この合宿で距離を縮めると奮起していたのに、どんどん距離が開いている印象だ。恋人になれたと言うのに、このままだと別れる。なんてことになりかねない気がする。

 他人の惚れたはれたなんてどうでもいいことなのだけど、今二人が別れたら色々と面倒なことになりそうなので正直勘弁してほしい。 

 特に綾が問題を持ってきそうだ。

 綾は信也のことを馬鹿者と嫌ってはいるが、それは雪さんを取られたことに対する反抗みたいなものだと睨んでいる。

 別れることで悲しむことを理解しているだろうし、そうならないように行動すると予想できる。なんだかんだで雪さんの幸せを願っている一人なのだ。それ故に信也に対しての当たりが強いようだけど、心の整理を手伝えるわけでもないので、綾自身に頑張ってもらうのが一番なのだろう。

 それに、俺がどうこう言ったところで状況が変わるわけでもないのだ。

 なら、見守るのがいいよな。

「あの、これで、いいですか?」

「良い感じだぞ」

 由佳ちゃんの飲み込みは早い。

 考え事をしている間に、スムーズに手足を動かせるようになっている。

 ただ、俺が体が動かないように押さえているために前に進むことはない。

「そろそろ手を離すか?」

「ダメ、です。離さないで、くだ、さい」

「なら、手を持っておく。ばた足で進めるか試そう」

「はっはい」

 ばた足の練習。しばらくはこのまま由佳ちゃんと練習しないとと思いながら、少しずつ泳ぎ方を教えていくのであった。

「こんなところか?」

「由佳ばかりずるい。独り占めは駄目だ」

「綾は泳げるから必要ないだろ。それより休憩だ」

 さすがに疲れた。

 喉も乾いてきたしそろそろ頃合いだろう。

 亮太も一人では寂しいと感じていると思うし、由佳ちゃんと仲良くなれるタイミングをつくってあげるべきだ。それをどう活用するかは本人に任せるが、何もないのであればどうすることも出来ない。少なくても、キッカケくらいはなんとかしたい。

「遊びたいと思って何が悪い」

「なら、次は綾に付き合うよ」

 由佳ちゃんは忙しくなる予定なのだし、暇になるだろう時間を綾に渡すのも悪くはない。

「なら許そう」 

 どこまでも上から目線な綾は上機嫌で海から上がっていく。

 その後ろ姿に安心して海を出る。

 俺たちの海は始まったばかりだ。


                     ○

「ふう、遊んだ遊んだ」

「多少疲れたな。本気になりすぎたか?」

 夜になり、綾と二人で砂浜を歩いていた。

 あのあと、かなり色々なことがあった。大変なことから笑えることまで、本当に色々とあった。お陰でこちらはへとへとである。

 とはいえ、大半は遊びだ。なにも考えずに遊べたので満足している自分も確かにいた。問題もいくつか解決したようなので、ここに来たことは間違いではなかったのだろう。

「由佳は、ウドの大木とちゃんと和解したそうだ」

「みたいだな。亮太が泣いて喜んでたよ」

 昼にあったごたごたで、亮太の株が回復したのか、由佳ちゃんが亮太を見る目に若干の変化が生まれたようで、完全に避けていた今までとは違い、少しずつ歩み寄る姿勢にかえたようだ。それと一緒に綾も態度を軟化させてくれるとありがたいのだが、その気配は全くないようで、どこ吹く風状態である。

綾の態度は雪さんや舞さん以外はほとんど同じであることを考えれば特に気にしない方向で考えるのが一番なのだろうけど、一応は先輩である俺たちを敬う気持ちを欠片でも抱いたほうがいい。とも思うのだ。

 先のことを考えた場合。綾の生き方はとても生きづらいだろう。俺もずっと支えていられる訳ではない。だからこそ、少しでも力になれることをしてあげたいと思えてしまう。

 仮に、これから先の人生を共に歩むとしても……ここで性格の改善が出来るのであれば楽になるだろう。

 とはいえ、演技が得意な綾の事だ。俺がなにもしなくても勝手に何とかしてしまえるのだろう。自分だけの力で何でも乗り越えていけるだけの実力が小学生のうちから身に付いてしまっている。

 いずれ、問題になるかもな。その時、出来る限り穏便になるようにするのが俺の役目なのだろう。

 もの凄く面倒くさい。

「そう言えば、あの馬鹿者はどうなったのだ?」

「今ごろ三人で話してるよ。あっちはあっちで腹を決めたんだろ」

 昼間の鬼ごっこを経て、信也は覚悟を決めたようで、夜には逃げることをやめた。雪さんと暴走少女の三人で話し合いをしている頃だ。念のため、舞さんも控えているので大変なことにはならないだろう。なったとしても、すぐにこちらに連絡が来るようにしているので、対処可能であれば対処するだけだ。 

 まあ、軽く様子を見た感じだと大丈夫そうではあった。

 女性二人が号泣している程度だったので対処は可能だろう。

 信也の心労が増えることになるだろうけど、それはそれ、これはこれである。関係しなくても良いのであればとことん無視をしよう。

 今まで俺の感情を無視して聞いたばつだ。

「そうか。雪姉が選んだときは起こっていたが、こうなったのであれば話は変わってくるな。幸せにして欲しいものだ」

「そうだな」

 みんなが幸せになればそれでいい。

 俺に出来ることなんて些細なことだ。

 相談を受けたとしても、それは変わらない。

 相談なんて、分からないことを聞くか、後ろから押してもらう程度のことなのだ。決まっているのであれば、それでいいのだ。

 ただ、聞いて欲しいだけ。

 それ以上は、なにも出来ない。だから、俺は嫌々でも聞けるのだろう。

「さて、戻るか」 

「そうだな」

 人生はまだまだ続いていく。俺の今の生活も、変わらずに続くのだろう。

 でも、それでいいのだ。

 平凡な毎日でも、刺激がなくとも、日々は過ぎていく。

 俺の世界は、まだまだ広がっていくのだ。

 


  完




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