暴走少女の相手は面倒だ OP
七月。季節は夏。太陽の日差しが眩しく、暑さで体が動かなくなるのではないかと疑わしくなるほど気温が上がる日々が続くそんなある日。
時刻は四時を回り、放課後になっている。
場所は部室。クーラーはなく。開けっ放しの窓からは生暖かい風が気分が向いた時に吹いては、部室内に居る俺を含めた五人に涼ではなく暖と少しばかりの安らぎを与え続ける。
みんなを見回せばけだるさと暑さで机に涼しさを求めている。期末テストが終わり、夏休みを目前にしているせいか、みんなに覇気が少ない。早く夏休みなればいいのにと、全員が夢想していると一目で分かる。
「あーそろそろ、いいか?」
そんな中、信也が声を上げる。
眼鏡を軽く直し、額に浮かぶ汗を拭うと、立ち上がり、選挙前の演説よろしく手を振る。
「暑いっす!」
「面倒だ」
「家で、話そうよ」
「同感」
暑苦しい信也を全員で否定にかかる。
本当ならばもう帰宅してクーラーや扇風機の恩恵に預かる予定だったのに、大切な話があると信也に呼び出されてしまったのだ。
ひんやりとした机の脚で手のひらの熱を放出しながら、耳と頬を机にくっつける。日陰にあっただけあり涼しくなっている机。少しだけだが、冷静になれたような気がした。
「頼むから、話聞いてくれよ」
今にも泣きそうな声で机に突っ伏す。
亮太よりも暑苦しい姿に、ため息しか出てこない。
「分かった。聞く。聞けばいいんだろ」
机から顔を上げずに答える。
話したいなら話をさせることが一番だろう。どうせ、このままになってしまうのであれば話をさせて終わらせるのが早い。こんな状況ならば、仕方がない。
「ありがとう。流石親友だ」
「どうでもいいから、話しろよ」
暑い。暑苦しい。わざわざ手を掴まれるのは勘弁だ。
わざわざこっちに移動してくる信也に手を振り、顔を反対に向ける。周りのため息が耳に入ってくることから、面倒なのだろうと推測できる。相談を聞くことが目的の部活だと言うのに、仲間内の話を聞く気がないのもおかしな話だが、この暑さが全て悪い。夕方だと言うのに、暑さが全く和らがない。むしろ、ムシムシして暑さが増しているようにも感じている。
「ふっ聞いて驚け。相談部は、来る夏休みに……合宿をする!」
宣言に、ジト目が信也に集中した。
全員が嫌そうにしていることがよく分かる。否。正確に言えば嫌そうにしているのではない。
俺は面倒。
視線を動かして雪さんを見れば不安げにし、亮太に目を向ければ暑さで思考が動いていないのか焦点が定まっていない。脱水症状が近いのかもしれない。とりあえず、水だけを置いておいてやるが、早く涼しいところに連れて行ったほうがいいだろう。舞さんに至っては、ゴミを見るような目をしている。
「どうかしたの? 舞さん」
どうしてゴミを見るような目をしていたのかが気になり、声をかける。もしかしたら、何か知っているのかもしれない。
「ああ。馬鹿の言葉に頭が痛くなってきただけだ」
「?」
信也の突拍子のない発言に頭が痛くなることは毎回あるが、舞さんがこんな風に辛そうにするのを始めて見た。
「まてよ。馬鹿ってどういうことだ!」
「頭を冷やすといい。君は、合宿に絶対必要な物を忘れている」
「なんだよ?」
「相談部に、部費があると思うか?」
「……?」
初耳であるかのように、首を傾げる姿に、俺も頭を抱えたくなった。
「舞さん。この部って、部費が出てないの?」
「そう。なにせ、出来たばかりの上に、要求して買うような物もなかったから、申請もしていない。それだけじゃなくて実績もないから、きっと申請しても却下されることが目に見えている。そんな状況で合宿なんて……馬鹿としか言いようがないだろう? それも、部長がそれを言うのだから、一入だ」
「うぐっ!」
図星を指されたのか胸を押さえたポーズで蹲る。それが、ただのポーズであることを俺は理解していたが、遊びでやっていることにまともに突っ込みを入れるのも面倒なのでそっぽを向くことで対応した。その瞬間に、ガタッと椅子の動く音が聞こえたので、雪さんが救いに言ったのだろうと即座に判断する。
そうなっているのであれば俺の出番はまだないだろう。
だからこそ、舞さんを向いた。
「つまり、合宿は行けないってことだよね?」
「そうだ。今回は、ボクのポケットマネーから出せないからね。さすがに、人数分の移動費と宿泊費を用意なんてできない」
舞さんならば平気そうな気もするが、当人が無理だと言うのであれば無理なのだろう。それを無理やりにお願いするのは間違っている気がする。だが、言うなれば移動費と宿泊費を工面できれば合宿が行えるということでもある。
しかし、
「なあ、信也」
「なん、だよ」
いまだにフラフラしているのは相当のダメージ量だったからだろう。けれど、そんなことを気にしても始まらないし、所詮言葉に切られただけで、肉体的なダメージはゼロだ。無視して話しても大丈夫だろう。
「本当に、合宿する気なのか?」
「当然だぜ。なにせ、夏だぜ。夏休みだぜ。遊ばなきゃ損だろ!」
「いや、合宿……だろ?」
部活の合宿なら遊ぶのではなくて、学ぶために行くはずだろう。それなのに、信也は本気で遊ぶ気でいるらしい。何かを学ぶのではなくてみんなで遊ぶのであれば、旅行であるはずだ。
それは、つまり……
「信也。もしかして、合宿って口実で部費を使おうとしたのか?」
「はっはっはっ。当然だろ?」
まるで悪びれる様子はない。むしろ、胸を張って答えている時点でいろいろと間違っているだろう。
「ふむ。旅行ならば、ボクも一考しよう」
「えっ?」
「マジか! 舞花」
「そっすね。勉強じゃなくて遊びなら、楽しそうっす」
水を飲んで少しは回復したのか、亮太が体を起こした。
賛成のようだ。どうやら、合宿と聞いて勉強方面に考えていたのだろう。そりゃ、俺だってそんな風に捉えていたし……ってか、よく考えたら、相談部で合宿なんてどこまでも間違っているような気もするし、旅行でいいのだろう。
「まっそれでも、合宿で通す気だけどな」
「どういう……こと?」
部費も出ないのになぜ合宿に拘るのか?
その意味が分からない。むしろ、信也の脳内状況が分からない。
「理由なんて簡単だ」
そんな前置きをすると、眼鏡を軽く上げて小さな笑みを浮かべる。
「旅行じゃなくて、合宿のほうが部活として燃えるだろうが! せっかく部活が出来たってのに、活動なんてほとんどない。相談が最近来ないからな~」
「まあな」
期末テストがあったせいか、みんなそっちに集中していて相談なんて皆無だった。部活動停止であったこともあるが、俺たち男全員が勉強苦手で、期末で赤点を取る可能性があったために、緊急で勉強会を開いていたのだ。そのせいで、話を聞く暇もなかった。
雪さんの家で行われた勉強会。教師三人に、生徒が四人。人数がおかしいのは、綾と由佳ちゃんが入っているからだ。なぜか、綾が教師側に立っていたが、これがまた教えるのが上手い。要点を絞って大切なことを教えてくれるので、非常に助かった。舞さんは出来るだろうと思って教えてくるし、雪さんに至っては分からないところがあったら中学校まで戻って教えられた亮太は小学レベルすら教わり掛けたが、そんなことをしている余裕もなかったので赤点を取らないだろう点数を取れるように必死になったのだ。
懐かしい思い出である。
「仕方ないことだろう。つうか、テストあったんだから仕方ないだろう」
「でもさーみんなでなにかやりたいじゃん? 合宿って名目なら、やれるだろ?」
まあ確かに、部として何もしていない以上は、何かしたいってのも分かるけれども、それならば無理をしなくてもいいような気もする。
どうせ、テストも終わって、後は夏休みを待つばかりなのだ。こんな蒸し風呂のようなところに集まらないで、もっと涼しいところで話し合えばいいことである。図書室とか図書館とか、それこそ各自の家でもいいだろう。それなにも、合宿って名目を大事にしているために、こうして暑い中話しているのだろう。
「雪穂と遊びたいんだよ。頼む」
「それなら、二人でデートに行けばいいだろ? 合宿なんてしないで」
「っ!」
「あ~」
投げやりに答えると、雪さんが顔を真っ赤にして俯き、信也は窓の外に視線を送り、ため息。
まるで、俺の言葉が最悪だというような態度に、意味が分からなくなる。一体何がいいたいのだろうか?
だが、その問いかけに答えてくれるとは思えずにため息。
視線を動かして舞さんにセット。いつもと違い余裕が無いのか、さっきの俺と同じように机に頬をつけている。ぼんやりと開いている目が、すでに危険域に近づいていることを物語っている。このままでは、亮太のように脱水症状間近になるのは時間の問題だ。
「亮太」
「なんっすか?」
財布から千円札を取り出すと、亮太に手渡す。
その意味が分からないのか、首を横に傾げて千円札を受け取って、ポケットにねじ込もうとする。
「今すぐに飲み物を買って来い。人数分。おつりは返せよ?」
「なるほどっす。オイラの分もいいんっすか?」
「駄目だ」
即答すると、しょんぼりと肩を落としながら部室を出て行く。部活棟のすぐ近くに自動販売機があるからすぐに帰ってくるだろうと高をくくり、舞さんを向き直る。
「何か聞いてる?」
「いや、ボクもよくは知らない。だが、二人でデートしたこと無いのは確かだろう。雪からデートしたなんて報告を聞かないからな」
そういえば、俺も二人きりでデートした話を聞かない。この間のデートも、ダブルデートだったし、移動なども、基本は誰かと一緒で二人きりになっているのを見るのは、信也が雪さんに怒られている時くらいだろう。遊びで二人きりになる状況を聞いたことが無い。
信也なら喜んで自慢するはずなのに、今まで疑問にも思わなかった。それは、それをされることがどれだけうざいことなのかを脳が勝手に理解しているからなのだろう。
「だとしたら……それが理由か?」
「だろうな。だが、どうして合宿と銘打つ意味が不明だ」
「確かに。旅行だと面倒な理由があるだろうか……」
分からない。
だが、もしかしたらそうしなければならない理由があるのかもしれない。いや、理由もなしに強制してくる奴でないことは確かだ。
直接聞いたほうがいいかもしれないな。
「信也。少しいいか?」
「あ~」
窓に立ったままの信也に近づき、声をかけた。
だが、返ってくる返事は曖昧なものだ。どうしたのかと顔を覗き込むと、さめざめと泣いていた。口を半開きにして、不思議な泣き方をしていた。
天井を仰ぎ、どうしたものかと思考する。
まさか、泣いているとは思わなかった。しかも、口からは「あ~」しか漏れない状態なんて、始めて見た。相当落ち込んでいると推測できるけれども、このままでは話が前に進まない。とりあえず復活させる方法を考えるほうが先だろうが、さて、どうするか……
「えい」
拳を信也の頬に捻じ込む。とりあえず力は入れない。ただ単に当てただけだ。とりあえずこれで、俺の存在に気づかせればそれでいいのだが、これで駄目ならば、本気で殴る以外に道はなくなるだろう。
「おー翔か。悪い」
「気づいたか」
涙を拭い、窓枠に手を置いた。
「それで、なんで泣いてたんだよ」
「デートを、思い出して、な」
「それって……」
前にデートしたってことなのか。でも、だとしたらなぜ泣く必要があるのだろうか?
普通にデートできたのであれば泣く理由なんて何も無い。だとしたら、何か強烈な失敗をしたのだろうか?
ちらりと、雪さんに視線を送る。
舞さんと何か話をしている姿が見えた。どうやら、向こうは向こうで詳しい事情を聞こうとしているようだ。それなら、任せても大丈夫だろう。長い間友達だった訳だし、なによりも女の子どうしだ。俺が話を聞くよりもずっと話しやすいだろう。
ならば、俺は信也の話をしっかりと聞いてあげる必要がある。とりあえずは、デートのことから聞くことにしよう。
「デートで、何かあったのか?」
「ああ。二人きりになると、何も話せないんだよ」
「はっ?」
「だから、二人きりだとまともに会話できず、雪穂を楽しませることが出来なかったんだよ!」
悔しそうに窓枠に力を入れる。
けれど、それで何かが起こるわけではない。ただ、それで悔しさを紛らわそうとしているだけだと思えた。
「それで、どうしたんだ?」
「もちろん。お前と舞花を呼んで四人で楽しんだんだよ。その後で、彩ちゃんが混ざって、わいわいやっただろ?」
「……」
数日前にいきなり電話がかかってきて、遊びに連れ出されたことがあった。駅前に今集合だなんて、訳の分からない呼び出しをされて、仕方なく向かったのだ。
だが、その時には信也一人で待っていた記憶がある。近くで雪さんや舞さんが談笑していたはずだ。もしかしたら、先に舞さんが合流したから信也が一人だったのかもしれない。
しかし……
「なんで、それを言わなかったんだよ」
「言える訳ないだろ! 恋人なのに、何も話せなかったなんて最悪な話をおいそれと口に出せる分けないだろ!」
「なるほど」
確かに言えないだろう。
なにせ、恋人とのデートで他人と接するようによそよそしくされたのだ。 辛かったのだろう。
「それじゃあ、雪さんと遊ぶためって言うのは……」
「ああ。みんなと一緒なら平気で話せる。だからこそ、合宿だ」
「いや、なぜに合宿?」
普通に旅行でいい話なのに、合宿と定義したい理由が分からない。
それは、舞さんも分からなかったことだ。
「合宿なら、部外者は入れないだろ?」
なるほど。って、
「旅行でも、普通は部外者入らないだろ?」
「いや、入る奴が居る。お前だって知ってるだろ?」
「……もしかして、あいつか?」
「ああ。夢美だ」
暴走少女。夢美 歩。確かに、旅行に行くと聞けば平気で同行しそうではある。それも、同行するのが当然であるかのように装いながらだ。二人で旅行しているよう錯覚を起こしそうなほど寄り添っている姿まで容易に想像できるほどだ。
「なるほど。しかし、なんでこのタイミングで危惧するんだよ。今更って感じじゃないか?」
「ははっそのくらい分かってるさ。でもな、さっき話した数日前のデートの時……会っちまってな。てか、見かけた。が正確か」
「…………」
静かに目線を逸らした。
まさか、会っていたとは。そりゃ、危惧する理由も分かる。どうなるかまでは分からないけれど、やばいことだけは確かだ。
それが、一人の時ならばまだしも、雪さんと二人きりのときに会っていたならば命の危機すら感じる状況だ。信也が見たのであれば、確実に夢美も気づいている。あいつは、信也の視線だけは絶対に間違えない。それだけは断言できる。それを断言できるだけの時間を俺は、信也と共に過ごしたのだ。
「その時、どうした?」
「雪穂と二人きりで気まずい状況だったが、とりあえず、必死に逃げた」
「それが、正しいな」
逃げ切れたから、その後に俺たちと合流して遊ぶことが出来たのだろう。
「買ってきたっすよ」
「ああ」
「亮太?」
声に振り返ると、三本のスポーツ飲料水を持った亮太が居た。そのうち二本を俺たちに差し出してくる。雪さんたちを見ると、すでに同じ物を受け取り口にしていた。俺の視線に舞さんが気づいたのか、こちらに対して会釈を一つ。
返事として、笑顔で軽く手を上げると、頷きが来たので返事になったのだと分かり、視線を戻して一口飲む。
からからの喉に潤いを与える水に感謝を抱きながら、一気に半分ほど飲んで一息。
「ふう」
「これ、お釣りっす」
差し出してくる小銭を受け取り、数えてみる。ちょうど四人分だけ減った金額であることに驚愕した。確かに、奢らないと言ったが、本当に自腹で買うとは思わなかった。信也ならば、「駄目だ」と即答しても無視して買うから、そのつもりで居たが、ここまで素直だとは思わなかった。
だが、それならそれでいいだろうと、胸の中に仕舞い込み。それが表に出てこないようにと、もう一口飲む。
「えっと、これは?」
「喉渇いただろうと思って、亮太に頼んだ。とりあえず飲んどけ。脱水症状になるぞ」
「ああ。ありがとな」
どっちのお礼か分からないが、とりあえず飲んでいるので大丈夫だろう。
「それで、なんの話してたっすか?」
「ああ。夢美の話だよ」
「うわっマジっすか!」
「どうした?」
「この間会ったんすよ。ゴミ虫言われたっす」
「いつだ?」
「ほんの少し前っすよ。由佳と買い物途中に会って、誰か探しているような感じだったんで声かけたっす。そしたら、『うるさいゴミ虫。信也様探す邪魔をするな』って、怒られたっす」
どうやら、時系列的には信也が見かけ」た後のようだ。必死の捜索をしていたのだろう。その行動力には本当に脱帽ものだ。出来ることならば係わりあいになりたくないとすら思えてしまう。
「それと、合宿って関係あったっすか?」
「そりゃ、旅行ならついてくるかもしれないだろ? だが、合宿なら関係者だけだ。夢美対策としては万全だろ?」
信也は自信満々だ。
恐らく、必死に考えたのだろう。夢美を無視し、みんなで遊ぶことの出来る環境をどうやって作るか、を。
しかし、
「関係者って、俺たち五人以外だと夢先生か?」
「そうだな。後は、綾ちゃんと由佳ちゃんは誘って平気だと思ってる。あの二人も、関係者って言えるだろうしな」
「そうっすね。それに、由佳を一人留守番させるよりは連れて行きたいっす。帰宅が遅いっすからねー」
恐らく、母親のことだろう。
亮太たちの学費などを稼ぐために、朝晩問わずに働いているみたいだし、体を壊さなければいいけど……少し心配になる。
「なるほどな。そういや、いつも飯はどうしてるんだ? 由佳ちゃんはまだ小学生だよな?」
「そうっすよ。包丁持たせるのは怖いんで、オイラが基本作ってるっすね。こう見えて、家事万能なんっすよ」
胸を張る亮太。
そのことは、由佳ちゃんから聞いて、俺は知っていた。
いつも夜遅くに返ってくる由衣さんの代わりに家事の一切を引き受けているらしい。出来ることはする。その精神を大切にしているそうだ。
「へえ、人は見かけによらないんだな。しかし、だとしたらこの間まで大変だったんじゃねえのか?」
「なにがっすか?」
「無視されてた期間だよ」
亮二さんからの電話を受けて、亮太から距離を置いていた時のことか。確かに、その時は大変だっただろうな。なにせ、食べたいもの聞いても無視だっただろうから、精神的には苦痛だっただろう。
「そうっすね。何聞いても無視されたっすから、適当に作ってたっす。でも、無視される理由はオイラの料理の腕が問題だったのだろうと考えを改めたっす。だから、必死に料理の研究をやり続けてたっすよ」
サムズアップ付でどうどうと宣言する。
どう考えても料理の腕前で無視するかしないかを決めることなんてありはしないと思うが、亮太がそう感じて、必死に努力をしていたのであれば、何も言わずに置くことこそが正解なのだろう。
ここは、温かい目で見守ることにしよう。
「翔。その……虫を見るような冷たい目は止めて欲しいっす」
「ああ。すまん」
温かい目をしているつもりが、虫を見るような目をしてしまうなんて、失敗失敗。次からも同じ目をすることにしよう。
「しかし、あの亮太がねー」
「いろいろあったんすよ。まあ、いい経験っす。このまま調理の道に進むのも一つの進路な気がするっすからね」
将来の夢。
まだ完全ではない未来を夢想するのは若者の特権だろう。俺だって保育園の先生を目指している。現在は完全に蛇足状態だけれど、これも一つの経験として受け止め、未来へ繋げればいいだけだろう。
「なるほどな。なら、合宿の時に腕前を楽しみにしてるよ。雪穂に料理させる訳にはいかないからな」
「同感」
「そっすね」
あの甘い料理を合宿の最中に食べ続けるのは地獄としか言えない。まあ、料理できる奴が俺を含めて三人も居ればローテーションできるし、問題ないはずだ。これで、夢先生が料理できれば文句無いけど、そこまで詳しくないから、一度確認を入れていたほうがいいかもしれない。
「ほら~そろそろ帰んな~」
「んっ?」
扉からひょっこりと顔を出したのはちょうど頭の中で考えていた夢先生。少し眠そうに目をこすりながら俺たちを見回している。
まだ夕方だが、時計を見るとすでに六時が近い。感覚的にはまだ五時もなっていないつもりでいたが、夏だから日の入りが長くなっている。そのせいで時間を勘違いしたようだ。
「夢美女史ではないか。珍しいな」
「まあね~一応毎回確認してるんよ~残られても困るからね~」
「なんか眠そうですね」
間延びして、今にも倒れそうに見える。それだけでなく、いつもと様子が若干違う気がした。
「さっきまで会議で寝てたからね~」
「会議で寝るなよ」
欠伸を手で隠してグッと伸びをする。
「まっあんたらが何しようか。それはぶっちゃけどうでもいいけど、あたしに迷惑かからないようにしなさいよ」
「大丈夫。ですよ」
「そそっ合宿の話をしてただけだしな」
「合宿?」
怪訝そうに眉を潜めて問いを投げる。
まあ、先生に通さずに生徒だけで合宿を決めるのは部活的に間違っているだろうし、先生がここに来たのはちょうどよかったのかもしれない。
信也の背中を軽く押して一歩前に出す。
説明をするのは、信也以外に適任者は居ないはずだ。なにせ、考案したのは信也だ。もちろん夢先生を説得するための方便を考えてきているはずだろう。
にこやかな視線を向けると、力強く頷かれた。
問題ない。そう答えられた気がして、任せるために一歩後ろに下がる。
「せっかく部活できたからな。みんなで合宿したいって話になってな」
「なるほど。いいねー相談部で合宿する必要性が分からないけど、合宿って熱くなるよね」
「でしょう。なんで、先生もどうですか? 引率として」
「でも、部費はないし、どこでやるつもり? あたしは、一々調べたりしないよ?」
「問題ない。ボクが別荘の一つを候補地としてあげている。海が眼前に広がり、プライベートビーチすらある孤島だ。管理人にもすでに連絡し、日付を決めてくれればいつでもいいと、なっている。無論。食料もそこそこ用意しよう。足りなければ、大自然の中にあるものを拝借する。それで、どうだろうか?」
「なるほど。でも、そこに行くまでの足は? 船は……舞花さんが用意するのかな?」
「もちろんだ。信用はないが腕は確かな運転手を連れて行くし、四条家が保有しているクルーザーも使用許可を取った」
まったく話をしていないと言うのに、ポンポンとアイディアが飛んでいる。それも、どれも舞さんありきの内容であることに目を閉じれば結構楽しそうな合宿になりそうだ。せっかくだから、宿題を持っていってみんなで終わらせれば、その後がかなり楽になるだろう。
「なるほどね。いいんじゃない。引率ってことは、あたしも遊んでいいって事?」
「無論。好きにすごして構わないとも。但し、クルーザーのある港までの移動に協力してくれたら。だがな」
「まあ、そのくらいなら問題ないかな。何人乗せる予定?」
「そうだな。行く予定なのは、ボクたち五人と恐らく二名追加だろう。それに、ボクの家からも一台出せるだろうし、多くても三名。乗せてくれれば万全だろう」
「ふむふむ。それなら、平気かな。あたしからの追加参加させる子居ても平気なのかな?」
「合宿なんだけど?」
「二人部外者居るなら、問題ないでしょうが」
あっけんからんに笑う姿に、ため息が出る。信也は、悔しそうに口を閉じて下を見つめた。気心の知れたメンバーだけで遊ぶつもりだったのだろう。そして、雪さんとの距離を縮める。その予定を持っていたのに、知らない奴を入れる可能性を考えて辛いと見た。
「諦めろよ。信也。頼んでる身なんだし、数人増えても何とかなるだろう」
「おっかっ筧も賛成か?」
「俺は、翔だ!」
まだそのネタを引っ張るつもりか!
あなたは、俺をどこまで忍者にしたいんだ!
無性に反対したくなるが、ここで叫んでも意味がないことを悟り、口を閉じた。
「だっただった。まあ、楽しい合宿にするために、あたしも手を回してあげるから、部費も下りたら、もっと楽しめそうだね~」
明らかに悪人顔で笑みを浮かべると、やる気を出したのか。教室を出て行く。その後姿を眺めながら、本当に大丈夫なのかが不安になったが、行動を開始してしまった以上は手出しすることは出来ないので、後は身を任せることにしよう。後悔先に立たず。その言葉どおりのような気がするが、後悔を考えていたら行動なんて出来ないのでこれはこれでよかったのだろう。
「さて、勝手に話を進めたが、問題なかったか?」
「いや、ありがたいよ。舞花。でも、いいのか? さっきはあんなに渋っていたのに」
「遊びならば本気を出す。ボクは合宿ではなく旅行だと考えて予定を組んだ。名称が若干変わるだけだから気にすることはない」
「さすが、舞さん。頼りになるね」
「当然だ」
少し嬉しそうにはにかむ姿に、ドキッとした。
「しかし、金はどうするんだ?」
先ほど、ポケットマネーから出さないと言っていたし、宿泊費と移動費の用意が無理だと言っていた。
夢先生は部費申請するみたいに言っていたが、どこまで本気なのかは分からない。そんな中で、どうするつもりなのだろうか?
「確かに問題だな。部費の申請が通る可能性は低い。だが、宿泊費はほぼ無料。移動費に関しては、ガソリン代程度だろう。問題は山積みだが、その程度は、夢美女史に頼むとしよう。ボクが準備する運転手は、皆の知っている奴だ」
みんなが知っている。
それはつまり……
「Mか?」
「正解だ。よく分かっている。まあ、不安はあるだろうが、問題はない。ボクと一緒なら、奴はおとなしく運転をする」
絶対の自信があるようだ。
そうであるならば、いいか。
「さて、残りの問題を解決していこう。まずは、綾たちに知らせるこの役は、翔と亮太が適任だろう。それぞれ担当は分かっているな?」
「まあね。でも、綾なら雪さんでもいいんじゃないの?」
「雪は、今日からボクの家に泊まることにした。少々やることが出来てしまったのでな。夏休みまで、ボクの家で勉強会だ」
「テストは終わったばっかりっすよ?」
「知っているとも。学校では教えてくれない勉強をするのだ。合宿の時には、いろいろな変化があることだろう。くっくっくっ」
あっ悪い笑みを浮かべている。それに対して、雪さんは不安そうにオロオロしているし、話史ながらいろいろ考えた結果なんだろうな。そうだとしたら、信也も少しは勉強が必要なのかもしれない。
でも、先生が居ないからな~さすがに、小学生である綾に先生役を頼むのは信也のプライドをズタボロにしそうだし、俺と亮太ではあまりにも役が勝ちすぎている。
よし。
「信也は自己努力だね」
「何の話だよ」
ため息が帰ってきた。どうやら呆れられたようだ。
プルルル。
鳴り出す携帯。
思わず、ポケットから携帯を取り出すが、鳴っていない。視線を動かすと、亮太がワタワタとバックから携帯を取り出して、顔を青ざめた。
「オイラ。もう帰るっす!」
言うが早いかバッグを抱えてダッシュ。携帯に出ながら、「すぐ帰る
っよ」なんて声が聞こえることから、電話の主は由佳ちゃんなのだろう。帰ってこないから心配して電話したのだろう。少し前までそんなことができていなかったのだろうから、由佳ちゃんもずいぶんと変わったようだ。いいことだろう。
「なら、解散でいいか。時間も時間だしな」
「そうだね」
電話もしないといけないし、晩御飯の準備も必要だ。すでに六時近く。言えに帰ってからだと、食事は八時前になりそうだ。軽いものにするならもっと早く出来るだろうけれども、別に特別な用事はない。むしろ、暇をもてあましているほどだ。夏休みまでほんの数日。それさえこなせば長い休暇が待っている。バイトをする子も居るだろうし、家族や友達で旅行に行く子も居るだろう。部活動に汗を流し、さらに上を目指している子も居るはずだ。
長い休みでどれだけ変わることが出来るのか楽しみだ。
「ボクたちは車だな。送っていこうか?」
「えっと」
舞さんの申し出に、雪さんを思わず見てしまう。信也も同じだったらしくて、口を軽くあけて呆けている姿が目に入る。それを見ながら、雪さんの表情を確認すると、顔を赤くしてもじもじとしている。
凄く恥ずかしそうだ。
こんな中で、一緒に乗ると言えば、恥ずかしさで逃げ出しそうな勢いである。
「いや、近いから歩いて帰るよ」
「そっそうだな」
「それに、電話しながら帰る予定だし、車だと怒られそうだ」
「なるほど。理解した。だが、必要になったら、呼ぶといい。使いを出す」
「ありがとう」
舞さんの優しさが嬉しく思う。
手を上げて、部室を出ると、携帯を取り出した。
「先に電話かける」
「ああ。俺も綾に怒られたくないから、静かにしてるよ」
頷き、電話帳から綾の番号を出すと、通話ボタンを押した。
数回のコール音が聞こえる。いつもならばワンコールで出るのにと疑問を感じる。もしかしたら、風呂か調理中ですぐに電話を取れない状況なのかもしれない。
だとしたら、後でもう一度かけ直す必要がある。一応メールで連絡して置けば、そこまで怒らないだろう。留守電に切り替わったら切ろう。
『またせたな』
電話口から聞こえる声。
少し焦ったような声音から、やはり何かをしていたのだろうと想像する。
「忙しかったか?」
『ふむ。風呂に居たのだ。悪いな』
「こっちこそ悪かった。今は平気なのか?」
『裸でよければ聞こう』
「ぶっ!」
思わず噴出してしまった。
隣を見ると、信也が心配そうに俺を見ている。大丈夫であること示すために片手を上げて答えた。
「着替えたら、電話を返してくれ」
『ふむ。断る』
「なんでだよ!」
『時間が勿体無い。こうして電話した以上は急ぎなのだろう? タオルは巻いているから聞かせるといい』
相変わらずの上から口調だ。それに、電話したのは急ぎではなくて、しないと綾の機嫌を損ねる恐れがあったからだが、それを素直に言えば、憤怒しかねない。ここは、何も言わずに本題に入るとしよう。
「まあ、そんな大事な話じゃないが、夏休みにがっじゃなくて、旅行に行くんだが、お前もどうだ?」
『無論行くとも。当然だろう?』
当然なのか……
まあ、綾なら言いそうだなと感じていたので口に出すのは止めておこう。
「期間はまだ決まっていないが、いつでも平気か?」
『ああ。夏休みはどうせ暇で、翔の家に泊まろうと考えていたからな。いつでも平気だ』
「待てこら!」
いきなり泊まる話になるなんて思わなかった。
つうか、暇だから泊まるって、コンビニにお菓子を買いに行くんじゃないんだから……
『待つ気はない。逃がしもしない。わたしから逃げられると思っているのか?』
「暴走娘と被るからそのキャラは止めてくれ」
『ふむ。ヤンデレ風にするのは不評か。まあ、別に気にしないがな』
「そうかい」
もはやツッコム気力すら出てこない。
好きにやらせておくのがいいのかもと思えてくる。
「まあ、了承ならいいや。それでさ、今日から雪さん帰らないらしいけど、大丈夫か?」
『そうなのか? 少々待て』
なにやら操作音が聞こえる。
メールを確認しているのかもしれない。
数秒待つと、
『今確認した。雪姉は舞姉のところに泊まるのだな。もう晩飯も用意したと言うのに、勝手なことを……』
ため息が聞こえた気がした。
そりゃ、いきなり決められたら誰だって呆れるだろう。まさか、事前相談なしで決めるとは……相当思いつきだったのだろう。
『よし、食事に来い』
「無茶言うなよ!」
いきなりの申し出がここでもやってきた。
だが、現在はまだ学校。ここから綾の家までバスで一時間。どう考えても遠回りである。そんなことするくらいならば、家に帰って料理したほうがマシだ。明日も学校があるのに、そんな真似なんてしたくはない。
『むっ一人じゃないのか?』
「俺の反応で即座に思いつくのが少し怖いが、正解だ。信也が居る」
『馬鹿者も一緒か。なら、仕方がない。由佳でも呼ぶとしよう。ウドの大木も来るだろうが、気にしないことにする』
「そうしてやってくれ」
綾の中では信也よりも亮太の方が株が上のようだ。雪さんの恋人か、由佳ちゃんの兄。そんなところなのだろう。本当に、雪さんが好きみたいだな。
姉妹みたいに育ったからかもしれないけれど、そんな関係もいいものだ。
俺には兄弟が居ないからどんな気持ちかまでは分からないけれど、年下の子達と遊ぶときが近いのかもしれない。
「んじゃ、用事も終わったし、切るぞ?」
『待て』
「どうした?」
『終業式はいつだ?』
「明後日だな」
『そうか。なら、時間はないんだな?』
「ああ。そうだな」
『理解した。すぐに出る予定でもないな?』
「まあな」
夏休みになってもしばらくは学校に出る用事がある。それが終わってからになるから、早くても七月の終わりから八月の上旬になるだろう。
『了解した。詳しい日程が決まったら教えてもらおう』
「ああ」
電話が切れる。
了承されると思ったが、結構おかしな方向に話が進んでいる。どうにかして綾が泊まりに来るのを阻止しなければならないだろう。親が居ないことを盾にしても無理やりに泊まることはすでに予測されているし、策を練る必要がある。
「困ったな」
「翔でも困ることがあるんだな」
「俺も人間だからな。そりゃあるだろう」
超人だったら困ることはないのだろうけど、そんなことはないので当然困る事態は襲ってくる。今回のように、だ。
まあ、
「何とかなるだろう」
「何とかできるのか?」
「…………」
問いに対して、無言を返すしかなかった。
正直、何とかできる保障なんてない。むしろ、なし崩し的に泊まられる気がしてならない。綾は強引な一面を持っている。それだけでなく、合鍵すら持っているので、いくら鍵をかけようとも確実に進入してくるだろう。
だからこそ、困った。
「はあ」
「ため息を吐くな。そんなに嫌な事なのか?」
「嫌、か……」
嫌じゃない。
一人で過ごすには、あの家は広すぎる。家に帰り、誰も居ないことが寂しいと感じることさえある。それからしたら、誰かが「おかえり」と話してくれることは嬉しいと思えるだろう。
だから、綾の申し出は嬉しいと感じる心もあるのだ。しかし、嬉しい以上に俺は怖いのだ。
俺一人では、何が起こるか分からない。それが、怖いのだ。
「嫌じゃないな。ただ、一人、はな……」
いろいろな付き合いがある。たくさんの人と話をした。相談を聞いた。慕ってくれる人もたくさん居ると分かっている。
だからなのだろう。
一人は辛い。一人で居ることをよしとしたこともあるけれど、それが長い間続くことを想像できない。
やはり、誰かと一緒に居るとホッとする。安心できる。
「子供、だわな」
小さく笑みを浮かべた。浮かべたはずなのに……
「泣きそうな笑みだな。相変わらず、寂しがりか?」
「そんなつもりはないよ」
一人暮らしにもだいぶ慣れた。高校生になって、少しだけ大人になったと思っている。けれども、本質は何も変わっていないようだ。
「ないけど、そう見えるか?」
「見えるな。まっそんな時は、俺が泊まりに行ってやるよ」
…………
「なるほど」
その手があった。
「ありがとう。信也。お前の機転で助かる」
「はっ?」
いきなり手を握ると、不思議そうに首を傾げた。
そんな信也に、対してグッと親指を立てて、
「夏休み、泊まりに来てくれ」
「はっ?」
いきなり過ぎただろうか?
まあ、いきなり泊まりに来てくれとお願いする俺も悪いだろう。ちゃんと順立てて説明するか。
「夏休みに、綾が泊まりに来るって行ってるから、ついでに信也も泊まらないか?」
「俺が絶対非難されるパターンじゃねえかよ!」
「多分な」
「確実だろうが!」
予想以上に嫌がられてしまった。まあ、綾に嫌われている以上はそうなる可能性が一番高い。
そんな中で、泊まるなんて嫌なのは当然か。
仕方ない。
「諦めるよ。俺が犠牲になれば、それで済むだけだ」
ため息を零し、とぼとぼと先を行く。
「わーったよ。泊まればいいんだろ?」
「ありがとう」
これで助かる。
怖いものなんて何もない。いやー最初からそうしておけばよかったんだ。よし。
「んじゃ、急いで帰るか」
「だな」
明らかに肩を落としている信也。だが、俺は疑念が一つ解決したせいか、上機嫌で家路につくのであった。




