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兄妹の相手は面倒だ 1

 ゴールデンウィークが終わり学校に向かう俺の心は穏やかだ。休日なのに疲れた。こんな連休を味わうのは初めてだ。昔から後輩と遊ぶことが多く約束は毎日のようにあったが、毎朝無断で上がり込み起こしに来て朝食を作り、夜まで遊ぶなんてしたことがなかったので精神的にも肉体的にも疲労が募っていた。

 綾との出会い。

 それが、俺の日常を変えた。

 何でここまで俺に付きまとうのか理解が出来ないが何かの理由があるから一緒に居ようとするのだろう。だからこそ、無下に扱うことはせずに出来るだけ希望に沿うようにした。

 結果、甘やかすようになったのは、仕方がないことだろう。

 だが、学校のある平日は不可能。小学生と高校生の関係に助けられた形になっていた。

 好きではなかった学校が安らぎの場所になるとは思いもしなかった。

「よお、大分疲れてるな。翔」

「お前も一緒だったのに何で元気なんだよ」

 肩に回される手。

 爽やかな声。

 それだけで相手が誰なのか分かってしまう。

 むしろ、こんなことをするのは一人しか居ないだろう。

 視線を横に向けると朝から眩しい笑顔を浮かべる信也の姿。家が近くだから、時間が合えばこうして合流出来る。

 いつもは、俺よりも遅くに家を出ているので合流することは少ないのだが今日はどうしたのだろうか?

「もしかして!」

 慌てて携帯で時間を確認すると、いつも通りの時間だった。別に疲れすぎて歩く速度がいつもよりも遅い訳ではなかったようだ。

 なら、何でこんなところで会えるのだろうか?

「お前、いつもは遅いよな?」

「まあな~今日は翔が出るのを待ってた。朝六時から」

「お前、馬鹿だろう」

 誇らしげに胸を張る信也を言葉で一刀両断する。いくらなんでもそんな時間から学校に向かう訳がない。部活動に入っている訳でもないのに……

「仕方ねえだろ。何時に家出るか知らねえんだから」

「俺が朝弱いことを知ってるお前なら逆算くらい出来るだろうが」

 ため息をついて、首を横に振るう。信也とは長い付き合いだ。幼稚園からの知り合いで、友達になったのは小学校だったが、お互いのことをよく知った仲だと思っている。

「それが出来てたら毎日一緒に登校してるさ」

 CMのように白い歯をキラリと光らせてサムズアップを見せるが全く決まっていない。

 内容が残念過ぎるのだ。

 もっとかっこいいセリフだったら決まったのにもったいない。

 素材はいいのに、なぜこんななのかが未だに分からないほどだ。

「全く。それで、何の用だ?」

「あ~体。大丈夫かなと思ってな」

「体? ああ、正義さんの激痛マッサージで完治したよ」

「あれか~叫んでたしな~」

 しみじみと思い出す。

 ゴールデンウィークにあった悪夢の一ページ。キスで起こされたその日、何故か保護者同伴のデートが行われたのだ。

 その時、やられた傷が痛むとポロリと溢してしまったのが失敗だった。それを小耳に挟んだ正義さんが特別なマッサージをしてくれると提案したのだ。どんな痛みだろうとたちまち良くなると評判のマッサージらしく。痛みが無くなるならと軽い気持ちで受けた。綾の後押しもあったので、平気だろうと思っていたのだが、その痛みは常軌を逸し、マッサージという名目の拷問なのではと思いもした。

 約三十分のマッサージらしかったが、体感では二時間以上あったのではないかと思うほどだった。

 終わってみると、確かに痛みが消えていた。

 だが、その代償なのか一時間くらいはまともに動けなかった。

 二度と受けないと心に決め、晴れ晴れとした正義さんの顔はトラウマとして頭の奥底に閉じ込められたことだろう。

 思い出しただけでも寒気が体を突き抜ける。

 痛みが無くなるのではなく。あの痛みを受けた後ではどうでもよくなって痛くなくなったのではないかと推測している。なにせ、筋肉痛ではなく。痣になって痛んでいるのをマッサージで治すなんて普通は無理だ。

 だから、そう思わなくては納得が出来ない。

「お前も一度受けたら分かる」

 体の凝りも一緒になくなって楽になったが恐怖を味わうのは一度で充分だ。

「絶対受けないっつうの。つうか、機会ないしな」

 そりゃそうか。

 マッサージをするのは正義さんだが、その本人が仕事で忙しく、こっちに来るのは月に二回。一回増えたと綾は喜んでいたが、それでよかったのかと問いかけたくなるけど、本人が喜んでいるのならいいだろう。

 そんな正義さんと会えるわけないと高を括っているから、機会がないと言い切れるのだろう。

「そうだな」

 そして、俺もそうだと思ったから相槌を打ち、息を吐く。

「それで、本当の目的はなんだ?」

 信也が心配しているだけで早起きしてまで時間を合わせるなんて思わない。心配はしているだろうけど、別の用件で来たに違いないのだ。

 今までの経験上。即座に理解出来るのだ。

「誤魔化しても無理そうだし、隠さずに言うか」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、肩に手を回される。

 暑いから放れて欲しい。けれど、無理だろうと即座に判断しされるがままにされた。

 どうせ振りほどいても再び肩に手を回すだけだろうからな。

「相談部。入る気にならないか?」

 耳元で囁かれ、くすぐったくなる。

 そして、その内容に出るのはため息のみだ。

 相談部。

 高校に入学し、部活にでも入ろうかと決めた時に信也が言い始めた新しい部活だ。

 入ろうと思ってもどの部活にも食指が動かなかったと冗談混じりでぼやいたら、何を思ったのか新しい部活を作ると決め、先生に相談して作り上げた部活。と言っても、まだ人数が足りずに同好会のはずだ。

 顧問も居たはずだから、後は人数が五人を越えれば部活として申請出来るらしい。ただ……

「同好会の間は入らないって言ったよな? それとも、二人見つかったのか?」

 最初にそう釘を刺していた。

 数週間前。

 発足当時は楽勝だと意気がっていたが、相談部などと言う訳の分からない部活に快く入ってくれる人は居なかったらしく。信也と雪さん。そして、雪さんの友達である四條しじょう 舞花まいかさんしか現在入って居ない。

 人数が三人を越えているので同好会は認められたが活動実績は俺の耳には入ってきていない。活動してないのではと思うほどだ。

「一人はお前でもう一人は相談をしてくれるやつに頼もうかなと」

「いや、条件と合わないし」

 部活になれば入ると言っているのに、俺が入ることで部活に昇格では筋違いだ。 

「でも、この前は聴いたじゃんか」

「あれは、俺が責任があったからだ。無ければ聞いてなかった」

「本当か?」

 疑いの眼差しを向ける信也に思わず視線を反らしてしまう。

「翔?」

「雪さんに言われた時は、そう思ってた。でも、綾と話してるうちに半分雪さんのこと忘れて助けたいと思った」

 本音を告げると、ニヤニヤとした視線を向けてきた。

「なんだよ」

「いやーやっぱりロリが好きか」

「訂正しろ! ロリが好きなんじゃない。年下を案じてるだけだ」

「同じだろうが!」

 いや、違うだろ。

 ロリが好きだったら容姿にこだわるが、年下ならば見た目は問わない。

「年下なら、誰の相談でも乗るって本気だな」

「言ってない!」

 年下であろうと何でも乗るわけではない。深刻そうな悩みを優先して解決に導く。

 綾の時は全面的に協力したが、基本は方法を提示して、自らの力で解決に導かせることを信条にしている。無理そうならば手を貸したり、解決するように周りに助けを求める。

 だから、年下ならば誰でもというわけにはいかないのだ。

「全員の相談に乗ってたら体がいくつあっても足りんわ!」

 携帯には山のように連絡先が登録されている。

 こちらからかけることはほとんどなく。主に相談用に登録されているので遊びの誘いでは使わない。その全員の相談を毎回聞いていたら寝ることも出来ないだろう。

 小学生、中学生の悩みは山のようにあるのだ。

「だから、相談部を設立したんじゃんか」

「俺が解決に力を貸すので無ければ入部してやるよ!」

「エースが何冗談言ってんだよ」

 笑みを浮かべて肩に乗せてある手に力を入れる。

 相談部のエースって何をするのか分からないポジションだが、大方相談をより多く受けて解決に導く役目なんだろうと推測する。

 そんな役目はまっぴらだからな、断り続けているのに、なぜ理解されないのかが不思議でならない。

 こんな他力本願な奴がどうして、相談部なんて頼られるような部活を作ろうとしたのだろうか?

「とっ冗談言ってる間に着いたな」

「ああ、そうだな」

 目の前には俺たちの通う四條学園。馬鹿話をしている間に到着したようだ。

 気が付けば、歩いている生徒の数も多くなっている。完全に周りが見えていなかった。こんなだから、俺がホモなのではと噂が広がるのだろう。信也ではなく俺がそうであると言われているのは、雪さんの彼氏だと広く伝わっているからだ。

 それに嫉妬して仲良くしているのだろうと見られることが多い。俺がフリーなのも、それが原因だろうと囁かれているらしい。

 まったく。迷惑な話だ。

「おはよう。二人が揃っているのは珍しいな」

 後ろからの声に振り替えれば、相談部に入った物好きである。舞さんが近づいてきた。

 肩で切り揃えてある茶色に近い髪。染めているのではなく地毛だそうで色素が薄いのだと前に教えてもらった。光の加減で微妙に違う色を見せるので純粋に綺麗だと思う。

 身長は高めで俺とタメを張り、その胸元は制服では覆いきれないほどの大きさを持った爆弾を二個抱えている。

 しゃべり方は男っぽいが顔立ちは女性そのもので綺麗と素直に言える。眼鏡をかけた姿は知的にも感じられる。

 いや、実際に頭がいいのだ。

 受験では雪さんに次いでの成績だったらしいし、中学時代もトップの成績だったと聞いている。

 それに、俺たちの通う学園の理事長の孫。ようは、お嬢様なのだ。

 雪さんと友達でなければ一生話すことの無い人だっただろう。

 そもそも、雪さんもよく友達になれたものだと密かに関心している。それほどまでに次元の違う人なのだ。

 普通ならば、

「勧誘だよ。勧誘」

「まあ、無駄な抵抗してるだけだ。それよりも舞さんはゴールデンウィークどうだった?」

 だが、友達である俺たちは平然と話しかけることが出来た。

 そして、質問した意味は簡単だ。

 舞さんは、ゴールデンウィークがある五月の三連休より少し前から家族で旅行するとげんなりしていたのだ。しかし、こうして会ってみると清々しい笑みを浮かべている。

「面倒だったが、乗り切った時の達成感は一入だった」

 満足げに頷いているがその間のことは一切話したくないと言うオーラが見えるため、愛想笑いを浮かべるだけにした。

「それにしても、部長である信がそんなでは、部員も集まるはずはないだろう」

「そんなってどう言うことだ?」

 肩に置かれた手を払い、手で押して距離を取る。いつまでもくっついていたら暑苦しくて堪らない。

「他人任せな態度だ。現に、翔の手を借りようとしているだろう?」

「俺は、翔以外にこんな頼み事はしねえよ。舞は、雪穂に頼まれて入ったろ?」

「雪に頼まれるまでもなく。面白そうだったからに決まっている。新しい部活など、話題を作れるだろう?」

 未だに活動していない部活で話題も何も無いと思うが、本人が楽しそうならばそれでいいのだろうと納得させる。

「それに、監視も出来る一石二鳥だ」

 ニヤリと笑みを浮かべる舞さん。

 きっと、信也と雪さんの監視なのだろう。同じ部活ならば共有する時間も自然と合ってくるから楽だと思っているのかもしれない。

 そっちも活動しないことには効果を発揮しない気がするが、口は開かない。

 やぶ蛇はごめんだ。

「それで、二人のゴールデンウィークはどうだったんだ?」

「んっ? 雪さんからは何も聞いてない?」

「ああ。会ってから話すと言われてな。連絡は取り合っていたのだが、話したくない事柄に触れる気も無くてな」

 なるほど。

 しかし、雪さんが話していないのに俺が話してもいいのだろうか?

 何か考えが……

「ふっ聞いて驚け。デートしたぜ」

 親指を立てて、俺の肩に手を回す信也。

 そして、口から出た言葉を総合すると、俺と信也がデートしたことにならないか?

「まさか、男同士でデートだと!」

 目を見開いて、数歩後ろに下がる。

 予想以上に驚愕している!

「羨ましいか?」

 そんな舞さんの様子に愉悦の笑みで答える信也。 何だか、少しズレている気がする。

「きっ君は、雪と言う恋人がいるのに、男とデートだと! しかも、羨ましいかと聞くと言うのか!」

「はい?」

「はっ?」

 同時に首を傾げる二人。どうやら、会話が噛み合っていないことに気がついたらしい。

 一番の原因は信也が言葉足らずなのだが、それで思いっきり間違いを連想する舞さんも舞さんだろう。

 そもそも、だ。

「なあ、そのデートを俺が受けると思うか?」

「ふむ。確かに……なら、信の妄言か」

 明らかにホッとしたように息を吐く舞さん。何を心配したのか分からないけど、安心したのは確かなようだ。

「でも、デートはしたろ?」

「したのか!」

「まあっまあ」

 したのは、事実。しかし、

「デートはデートでもダブルデートだろ?」

「おう!」

 不服でしかないけれど、そう答えなければ話が進まない。ここは、一度話を合わせることにしよう。

「ダブル? 一組は雪と信だとして、もう一組は翔と誰だい?」

 言っても通じるだろうか?

 いや、むしろ通じないほうがいいのか。何せ、相手は小学生だ。下手に騒がれるよりも隠したほうが無難……

「綾ちゃんって言う小学生だ」

 凄く爽やかな笑顔で答える信也の頭を思いっきりはたいた。

「何正直に答えてるんだ!」

 人が必死に誤魔化す方法を考えている最中に!

「ほう。綾が一緒だったか。雪なら納得だな」

「知り合いか?」

「当然だ。雪の家に幾度と遊びに行ったからな。面識がある」

 なるほど。隣の部屋で雪さんに面倒を頼まれていたから、面識があるのもおかしくはない。

「しかし、あの綾が承諾したのか……」

「まっまあな」

 知ってるなら疑問に思うのも無理ないか。

 信也に対する態度を考え、あの態度を他の人に対してもしていたのならば、不思議に思うのも無理はない。

 俺だってまさかあんな風になるとは思ってなかった。一体何が彼女を変えたのかが全く分からない。

 信也に対する態度も最初に比べたら落ち着いたし、丸くなったのだろう。

「おっそろそろヤバイな」

 信也が声をあげた。時間を見ると、確かに急がなければ危険な時間になっている。

 気が付けば周りに生徒が誰もいなくなっている。

 これは、想像以上にヤバイ状況かもしれない。

「話は後にして急ごう。この場にいて遅刻はゴメンだ」

「確かに」

 学校を目の前にして遅刻するなんて洒落にならない。

 俺たちは慌てて駆け出した。

 玄関を通り抜け、廊下を走る。

 先生に見つかれば怒られるだろうが、遅刻で怒られるよりもずっとマシだ。階段を駆け上り、開いていた教室のドアを通り抜けた。

「間に合った!」

 全力疾走のためか肩で息をする俺。隣では涼しげな表情をする舞さんと床にへたりこんでいる信也が居る。

 教卓には先生が居ないから間に合ったことにはかわりない。クラスメイトものんびりと談笑している。

「みんな揃って、今日は遅かった、ね」

 近づいてくるのは雪さん。その手には弁当箱のようなものが握られている。

 立ち上がろうとした信也の顔が少し青ざめ始める。弁当箱であるなら自分の可能性が高いと一瞬で理解したのだろう。

 しかし、まだ昼には早すぎる。

 なのに、なぜ?

「そっそれは?」

 震える声で信也が尋ねるとものすごい笑顔を浮かべて、俺に手渡す。

 そう。俺にだ!

「えっ?」

 弁当箱を受け取ったポーズで固まる。

 なぜ俺に渡した?

 ゆっくりと、視線を下げて弁当箱を見つめる。

 女の子が使うような小さめな弁当箱。なのに、とても重く感じ、禍々しいオーラを放っているような気がして、手が震える。

 しかし、落としてはならないと必死に自分に言い聞かせる。ここで落とすと雪さんだけでなく舞さんや信也まで敵に回しかねない。それだけは何としてでも避ける必要がある。全員と争って勝てる気が一切しないのだ。

 とりあえず、落ち着け。落ち着いて、事情を聴くのだ。

「なっなんで、おっ俺?」

 あまりの出来事に声が裏返る。

 手の震えが止まった代わりに足が震え、今にも転んでしまうのではと思うほどだ。

「綾ちゃんからだよ」

「そっそう」

 その一言で、弁当箱が軽くなった気がしてホッとため息をついた。

 背中が汗でびっしょりになっている。

 雪さんから弁当を渡されるだけでこうなるとは思ってもみなかった。心の奥底でトラウマになっているのだろう。

 最初に食べた手料理が原因だろうけど、それを蒸し返したくないために、首を横に振る。

「綾が弁当か。翔が頼んだのか?」

 弁当箱を見つめ、舞さんが首を傾げている。

 もしも、俺が頼んでいたのであればここまで怯えることはなかった。

 いきなりだったことと、雪さんから渡されたことが相乗して、恐怖が倍増していた。だが、その事を上手く口から出せずに首を左右に振るだけにとどまった。

 それだけで理解したのか、あごに手を当てて悩み始める。綾が弁当を用意した理由が分からないのだろう。俺も分からないから考えたところで、答なんて出てこないだろうに……

「元々、翔は自分の弁当あるよな? だから、疑問なんだろ?」

「あっああ」

 購買や学食もあるが自分で作る方が安上がりなので毎日作っている。だからこそ、こうして弁当箱が手の中にあることが理解出来なかった。

「綾ちゃんから伝言も預かってるよ。卵だけだと栄養偏るから、他のも食べろ。だって」

「失敬な。卵だけじゃない」

 ちゃんとブロッコリーとミニトマトが入ってる。一つずつだけど、彩程度の役目は果たしてくれるはずだ。

「んじゃ、メインは?」

「卵焼きに、スクランブルエッグだ」

「卵じゃねえかよ!」

「そう、だね」

 速攻突っ込みを入れる信也と曖昧な笑みを零す雪さん。舞さんなんて、呆れているのか頭に手を置いている。

「副菜にブロッコリーとミニトマトがついてるわ!」

「だけかよ」

 ガックリ肩を落としているが、疲れは取れたようだ。

「おーー」

「みんな。おはよう」

 反論しようと思い、口を開く瞬間に先生が入ってきた。その為、会話を打ちきり自らの席に急いで座る。この抗議の続きは昼食時になりそうだ。

 弁当箱を握りしめ、いそいそと席についたのであった。


 時は流れて昼休み。昼食の時間をどう過ごすかは、人によって変わる。教室で机をくっつけて友達同士で食べる人たちも居れば購買や学食に走る人たちも居る。天気がいい日は屋上や中庭もありだろう。

 みんなが移動する中。俺たちものんびりと移動を開始した。普段ならば教室で食べるのだが、今日はあの弁当箱があるため、場所を変えることにしたのだ。向かう先は相談部の部室のある校舎だ。

 文化系の部活がある校舎で、色々な部活の部室があるようだが、俺はあまり近寄らない。

 部活体験の時に一通り回った時以来である。

「この校舎もひさしぶりだな」

「毎回誘ってんのに来ないし」

「だから、入部はしないって、部活にならない限りな」

 条件を出した以上はそれを満たせば入るが満たさなければ入る気にならない。むしろ、俺任せだと分かっている部活に入りたいと思えるわけがない。

「何もない部屋だが、人が居ない。話にはもってこいだ。自分の部屋と思ってくつろげ」

「なんでだよ!」

 舞さんに思わず突っ込むと、はあと息を吐いた。

「んっ?」

前を歩くスーツ姿の女性が見える。俺たちよりもかなり背が低くて中学生が間違えてスーツで入って来たのかと思うほどであるその女性を俺たちはよく知っていた。

「珍しいね。みんなでここに居るのは」

足音で誰か歩いていることに気づいたのか、振り返り首を傾げている。

はな先生が居るのも珍しいと思うが?」

 夢美ゆめみ華先生。俺たちの担任であり、相談部の顧問でもある人が弁当箱を持って笑みを浮かべている。

 高校生、いや悪ければ中学生と間違いそうな童顔と身長。肉体の成長も乏しいようで、凹凸が全くない。ポニーテールの髪型も年齢を低く見せている気がする。

 恐らく、俺たちの接近に気付いて立ち止まったのだろう。

 しかし、ここに居るのは確かにおかしい。まだ昼休みになったばかりだ。先生は大抵職員室で食事をとっているはずだから、まだ職員室に居るはずだ。なのに、なぜ?

「あたしはいつも部室で食べていたけど?」

「それは、私たちが、いつも……部室で、食べないから、ですか?」

「そっ一人で食べるのが好きだから、ちょうどよくてね」

 職権乱用かよ。

 つうか。

「先生。ぼっちだったんですか?」

「ぼっち言わないで!」

 先生が、泣きながら床に四つん這いになる。

 まさか、ぼっちが禁止ワードだったのか。そもそも、ここまで精神の弱い先生だったのか。ちゃんと話をしたことが無かったから、分からなかった。

「華ちゃん先生。面白いから好きなんだよね」

「言い切ったよ」

 呆れて頭に手を置いて嘆息する。

 その隣で、にししと笑みを浮かべる信也。しかし、ふと何かにきづいたのか、顔を青くさせる。

 ゆっくりと、視線を動かし雪さんを見つめた。

 いつもならば、嫉妬に狂った雪さんからの攻撃ならぬ口撃で精神に物凄いダメージを与えるところだ。

 そして、それが来るかもと思ったからこそ、信也は顔を青ざめさせたのかもしれない。

 だが、

「どうか、しました?」

 キョトンとした様子で首を傾げる雪さん。

「あれ?」

「むっ?」

 その反応に、驚いたのは俺と舞さん。

 絶対に、廊下の隅で始めると思った。それなのに、始まるどころか意味分からないと言う風にしている。その事実に驚愕していた。

「あの、雪さん?」

「はい?」

「信を襲わないのか?」

「理由、ありますか?」

 どうやら、華先生はセーフらしい。 

 試してみよう。

「雪さん。この間、信也が舞さんを口説いてたけど、それはどう?」

「はあ? 翔。何言ってんだ?」

「信也くん。それ、本当?」

 睨みを利かせ、鬼も逃げるような気配を醸し出す。

「いや、えっ。はっ?」

「こっち、来て」

「はっはい」

 すごすごと着いていく信也を眺めながら、なるほどと頷いた。

 雪さんが怒るのは、自分よりもある一部が上の人に対してのみか。自分と同じか、下では反応が薄いかしない。特に舞さんみたいに特出している人だと言い訳すら聞かないみたいだな。

「覚えていたほうがいいな。勉強になる」

「確かにな。これは、今後も使える手だろう」

 二人してうんうん頷くと、

「あんたら、友情って分かる?」

 呆れ顔の華先生が突っ込んだ。

 それに対して、答えることはしなかったが、ぼっちにだけは言われたくないのが心情である。

 数分で、説教が終わったのか雪さんたちは帰ってきた。俺たちが部室を使うためか、先生は別の場所に歩いて行ってしまった。屋上か校舎裏か、人のいない場所を求めて彷徨うのだろう。

 そんな先生を見送り、部室に向かう。

 余計な時間を俺のせいで消費したが、それなりの成果が出たので満足である。これで、何も成果がありませんでしたら、この時間が無駄になるところだった。危ない危ない。

「おっ着いたぜ~」

 未だに目が赤いのは泣きながら正座で話を聞いたからだろう。

 けれども、流石は信也だ。そんなことには全くめげていない。明るく振舞えている。この姿は見習う必要があるだろう。

「今、開ける。ね」

 さっきのことなど無かったかのように軽やかに鍵を取り出し、扉を開ける。なぜ、部長である信也ではなく雪さんが鍵の管理をしているか分からないが、信用の問題なのだろうと納得し、部室に入る。

「本当、机と椅子しかないな」

「道具なんて、ないですから。部費もないですけど」

 曖昧な笑みを浮かべて、座る準備をする雪さんを手伝い。全員が座ったところで弁当箱の蓋に手を置く。

 自分のはとりあえず後回しにしてまずは綾が作ったほうだ。

 中身が気になっていた。これで、愛妻弁当みたいなのがきたらと思うと、弁当の蓋が重く感じる。

「さて、開けよう」

 それを振り切るように宣言すると、一気に力を入れようとする。

「少しくれよ?」

 だが、信也の一言で呼吸を整える。

 落ち着け、落ち着くことが大切だ。

 思い出した言葉を反芻しながら、

「内容次第だ」

 言葉を返す。

 コンビニのパンを自分の前に置いて、弁当が開くのを待つ信也にコクリと頷くと蓋を持ち上げた。

 視線が弁当箱に集中し、俺もゆっくりと弁当箱を見る。

 そこには唐揚げやらきんぴらごぼうやらミニハンバーグやらが入っている。美味しそうに見える弁当。これで色が茶色ばかりでなければもっとよかっただろう。

 だが、小学生が早起きして作ってくれた(強引に渡されたとはいえ)弁当にケチをつけるほど心の狭い俺ではない。

「メニュー私と、おんなじだね」

「へっ?」

 慌てて、雪さんの弁当を見ると、全く同じ内容におにぎりと言うラインナップになっている。つまり、まとめて作ったのだろう。

 だが、

「なんで、雪さんの弁当を綾が作ってるんだよ!」

「なんでだろうね」

 あははと乾いた笑みを浮かべ、食べ始める。

 その横で、唐揚げに手を伸ばす信也を迎撃した。ジロリと信也を睨みつけると、手を軽く振って顔を顰める。

「少しくらい分けろよ!」

「言ってから手を伸ばせよ」

 弁当箱を差し出すと、意気揚々と唐揚げを掴み、その手を今度は舞さんに叩かれた。

 ポトリと弁当箱に戻る唐揚げを見つめ、目を丸くするのは男子のみ。ロボットのようにゆっくりと視線を舞さんに向けた。

「まずは翔から食べるべきだ。綾が翔のために作った弁当だろう。ならば、それが正しいはずだ」

「あっはい」

 思いもしないところからの宣言にハンバーグを食べてみた。

 美味しい。

 それは、知っている。綾の腕前はゴールデンウォーク中に嫌と言うほど堪能しているのだ。間違えがあるわけないと分かっている。

「うん。旨い」

「んじゃ、俺もっと」

 サッとふたたび取った唐揚げを一口で食べ、

「ごほっがほっ!」

 咀嚼するよりも先に盛大に噎せる信也。

「どっどうしたの! 信也くん」

 いきなりの事態に雪さんが取り乱す。だが、舞さんは冷静らしく雪さんの水筒を手渡した。

「あり、げほっ、がとって。あっま!」

 一気飲みした瞬間に床に倒れこむ信也。水筒だけは零さないように、机に戻しているのが信也らしい。

 もしかして、水筒の中身すら砂糖水なのかと目を疑ったが、その色は黒く見える。水筒の内面が黒いのかと思ったが、揺らすがやはり水が黒く見え、ただの水ではないように思う。

「えっと、中身、何?」

「きょ今日は、コーヒーを。砂糖を一袋入れたコーヒーです」

 あっま!

 それ、砂糖溶けてるの?

 個体として沈殿してるんじゃないの?

 と、頭の中で疑問符が飛び交う。まさか、そんな砂糖を使うコーヒーを学校に持ってくるとは思わなかった。

 それ以前に、学校にコーヒーを持ってくるとは雪さんはある意味、勇者だな。

 糖尿病になるんじゃないかと不安になる。

 ひとしきり悶絶を終えたのか、信也が椅子に座り直す。その服は埃にまみれ、掃除の必要性を感じさせる中、呼吸を落ち着かせ、

「一気に食うもんじゃないな。喉に直行させちまった」

「慌てるのが悪い。逃げはしないんだ」

「そう、ですよ。気を付けてね」

「止めは確実に雪さんのコーヒーですけどね」

「ううっ」

 小さくなる雪さん。

 その姿を眺めながら、俺が作った弁当を取り出す。おかずだけで、ご飯がないから少し寂しく感じたのだ。

 蓋を開けると、卵チャーハンが目につき、卵焼きとスクランブルエッグが顔を出す。

 よく考えたら卵尽くしの弁当に、他の三人は呆れたように息を吐いた。

「なんだ?」

「いや~卵ばっかだなと思っただけだよ」

 信也が代表し、意見を述べる。

 作ってる時は気づきもしなかったが、こうして見てみると本当に卵しかない。ブロッコリーとミニトマトも入ってはいるが、スクランブルエッグに埋もれていて全く目立っていない。

 綾が心配するのも分かる気がした。

 とりあえず、自分の必要分のみを綾の弁当箱に移し、

「食うか?」

 そっと、信也に弁当を差し出した。

 自分の弁当なのに、食べる気分になれないのは行動に対する絶望のせいなのかもしれない。

「全部いいのか?」

「ああ。こっち食うからな」

 綾の弁当を細々と頂く。

 目から水が出ている気がするけど、きっと気のせいだ。指摘されるまで気づかなかったのが悔しいなんてことは絶対にない。

 そして、みんなが食べ終わり弁当を片付けた。

「さ~て、そろそろ活動すっか」

 唐突に言い始めた信也は、携帯を取りだし電話をかけ始めた。

「よお。今、ーーああ、うん。部室に、ーーだろ? ああ、頼むな~」

「今、誰に電話した?」

 所々聞こえない部分はあったが、誰を呼んだのはほぼ間違いないだろう。誰を呼んだかまでは分からないがここに一度は来たことがあるのではと推測出来る。

「ああ。相談部に依頼をしたいってやつだ。ちょうどいいから呼んだ」

「おい待て!」

 それって、俺が居るからちょうどいいってことか?

 俺は聞かないぞ! 

「俺は教室に行くぞ?」

「それは、ないだろ?」

「俺は部員じゃないから、出ていくのは当然だろ?」

 至極当然の物言いのはずなのに、女子組が首を傾げる。

「君は名誉部員だろう?」

「私、翔くんが居てくれたほうが、頼もしい。です」

「はあ、俺はそんな役に立たないって」

 ため息交じり立ち上がる。

 そんな俺の腕を掴んでニヤニヤする信也。

「なんだ?」

「逃げるのかよ?」

「逃げる?」

 意味が分からずに信也を睨みつける。

 交錯する視線。何を言えば切り抜けられるかを考えながら、腕を振り切ろうと力を込める。


「ちわーす。呼ばれて飛び出てオイラ参上っす」


 ガラリと扉を開けて入ってくる男子生徒。見覚えのあるそいつは言動に似合わない角刈りで大きめの体格をしている。部活には入っていないそうだが、生傷の絶えない体はいつも見る通りで、今も顔には絆創膏が貼ってある。

 笑顔を浮かべ、ずかずかと入ってくるその男を、俺は小学時代から知っている。

「自己紹介は要らないよな?」

「ああ。永海(ながみ)亮太(りょうた)だろ。よく知ってる」

「あはは。まっその節はどうもっす」

「えっと、何か、あったの?」

 睨み付けると笑みをひきつらせる。

 まさか、こいつが来るとは思ってもみなかった。何せ……

「小学生の頃に信也をいじめてたうちの一人だ」

「えっ!」

「ほう」

 昔から体の大きかった亮太は、とりあえず命令されれば何でもするようなやつで、主犯二人の実行犯亮太で信也のいじめは進んでいた。

 とりあえず、主犯の二人を大人しくしてから亮太を説得したので、大きな怪我をすることなく打ち身や擦り傷程度で済んだ。だが、亮太と本気で戦っていたら、俺は今でもベッドの上だったかもしれない。

「過去の話だよ。まあ、その一件があったから、翔と出会えたんだがな」

 信也は嬉しそうに話しているが、それは確かだ。

 もしも、いじめが起きていなければ俺は信也と仲良くなろうとは思わなかっただろう。

 そう考えれば、きっかけであると言える。

「まあ、過去は水に流して、よろしく頼むっす」

「断る」

 サムズアップする亮太の笑顔をバッサリと切り捨てる。

 亮太の相談に乗る気はさらさらなかった。

 いや、相手が年下じゃないからではない。ただ単に気が乗らないのだ。

「翔~過去は水に流そうぜ~」

「いや、過去は別に気にしてない。そうじゃなくて気が乗らないだけだ。話は三人で聞いてくれ」

「何を言う。ようやく出番だと言うのにな」

「そうだぜ~せっかくの出番。大切にしようぜ!」

「断る」

 いつも通りの押し問答。

「翔。君が役に立つチャンスだぞ?」

「そう、ですよ」

 どうやら二人は俺に残ってほしいらしい。

 俺には、その力がないことを自覚している。それなのに、なぜか周りの評価が高すぎる。

「それでも、俺は行く。じゃあな」

 ため息混じりに、弁当箱を持ってそそくさと部室を出る。

 有無を言わさず話始めるいつもと違い、あっさり解放され俺は特に行く当てもなく校舎内を適当に散策する。

 いつもは、この時間でもみんなと一緒に居るから暇を持て余すことはない。それなのに、飛び出した。だから、

「暇だ」

「んっ? そこに居るのは、相談部に入部しないあいつらの友達で、かけ、かけ、筧?」

「俺は忍者じゃない!」

 何?

 俺は、どこかの十勇士になれと?

「翔だ。水澄 翔」

「おーそうだった。翔だ。翔」

 自分の生徒の名前を忘れるなと言いたいところだが、廊下に座り込んで飯を食べているこの担任にそのことを突っ込みたくない。なんか、面倒くさい状況になりそうだ。

 むしろ、先生としての威厳を全て投げ捨てている気がするのは俺だけなのだろうか?

 ぼっちだろうと、自重はしてほしい。

「それで、用ですか?」

 頬に伝う汗を拭い、問いかける。

「別に用事はないけど、一人は珍しいと思ってね」

「そっすか?」

「いつも、信二や雪子や舞花と一緒に居るから」

「信也と雪穂です!」

 舞さん以外は名前間違ってるし、本当にクラス担任なのか?

 俺の名前も間違っていたし、この先生はやる気があるのだろうか?

「そうそう。しんにゃ部長」

「噛むなよ!」

 これで、先生が務まるのだから世界は理不尽だらけだ。もっと、まともな人が担任であってほしい。

「こほん。まあ、三人といつも、と言う訳ではないが基本一緒だろう?」

「そうですね」

 実際その通りだろう。だからこそ、今は暇を持て余しているのだ。正直、昼休みが早く終われと願うくらいには暇である。

「だから、喧嘩でもしたのかなと、思ったわけだよ。違うなら、気にしなくていいよ。ちょっと似た匂いするけどね。ぼっちの匂いが」

「最悪だ!」

 かなり不名誉なことを言われている。華先生はドヤ顔でにやにやしているからほとんど本気なのだろう。本気で嫌だ。

「まあ、喧嘩なら早めに仲直りするように、後になると謝りにくいよ~」

「はい」

 それは分かっている。けれども、今回は喧嘩している訳ではない。しばらくしたらほとぼりも覚めるだろうし、何とかなるだろう。

「じゃあ、俺は行きますよ」

「あ~待って待って。せっかくだから話し相手にさ~」

「巻き込まないでくれません?」

 廊下は人目を集め過ぎる。そんな中で、先生と会話なんてどんな拷問をしようとしているのだろうか?

「ぼっちは寂しいよ~」

「経験談をありがとうございます」

 一礼と共にその場を去る。

 悲しそうに手を伸ばす先生。凄く必死そうに見える。その理由は、一人が寂しいからなのだろう。ここに居たら生徒が釣れると思ったのだろうか?

 実際に俺が釣れたから、あながち間違いではないだろうけど……後で、怒られないだろうか?

 まあ、俺には関係ないか。

「まあ、時間潰しにはなったか」

 内容で得られるものはなかったが、雑談なんてそんなものだろう。

「んっ?」

 ポケットで微かな振動がした。

 携帯しか入っていないから、誰かからの電話だろうか?

 信也、雪さん、舞さんであれば出ないことを決め、着信履歴を確認する。

「綾?」

 こんな時間に何の用だろうか?

 分からないが、とりあえず出てみよう。

「もしもし?」

『もしもし。翔か?』

「なんか用?」

『用があるから電話する。弁当は美味しかったか?』

「ああ。美味しかったって、用事はそれか?」

 どう考えてもそんなことで電話するとは思えない。綾の性格からしたら、こんな用事では電話しない。もっと大事なようでない限りは、俺に連絡することはないだろう。

『……話がある。今日、部屋に来てくれないか?』

「大事な話なんだな?」

『ああ。わたしにとっては、凄く』

 綾が大事だと言うのであれば、俺が出向かないわけにはいかない。

「分かった。学校が終わったら、すぐに行く」

『ありがとう。待ってる』

 電話が切れる。

 要件だけ伝えて切るなんてな。まあいいか。放課後の予定は決定したし、問題は亮太の内容次第か。まあ、くだらない内容だろうから、信也たちだけで何とかなるだろう。

 さて、教室に戻るかな。

       

            間章

 翔が去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、ため息をついた。無理矢理巻き込めば何とかなると思っていたが、逃げられてしまった。

 残念でならないが、その原因の一部は間違いなく亮太だろう。亮太がもっと深刻そうならば、きっと、話の一部は聞いてくれたはずだ。いや、もしかしたら全部聞いてくれかもしれない。そう考えれば……

「亮太がすべての原因だな~」

「おっオイラのせいっすか!」

「君の過去に苛立ったのでは?」

「うっうん」

「酷いっす!」

 過去は、恐らく関係ない。

 あいつは、そんなことを気にしている訳ではない。きっと感じ取ったのだ。この依頼は……

「楽勝か、自力解決可能か、だな」

 独り言ちる。

 あいつは理解していないみたいだけど、勘が凄くいい。

 大抵、翔の後ろを行動すると正解か、それに近いところにたどり着く。逃げない場合は、最善を尽くしても八方塞がりになっている時が常だ。一言二言で解決出来るような同年代以上の相談は、本当に聞かない。前回も、雪穂でなければ、内容が綾ちゃんでなければ、あいつは無視して立ち去ったであろうと確信している。

 前にそのことを説明したはずなのに、亮太が実行しなかった。それが、原因。

 はあ~

「まあ、いいや。聞くぜ。俺たちがよ~」

「マジっすか!」

「本気か、信?」

 ジッとこちらを見つめる舞花の視線にこくりと頷く。

 折角呼んだのに、翔が帰ったから追い返すのも問題だ。今までまともな活動してこなかったわけでもあるし、ここでちょっとは動いていないと、翔に本気で見捨てられかねない。

 あいつは、友達であろうと見捨てる時は見捨てる。あまり、呑気に構えすぎると自分の首を絞める羽目になるのは、これまでの経験で実証済みだ。

「その、前に。気になる。ことが」

「どうした、雪?」

「顔の絆創膏、どうしたの?」

 確かに、亮太はよく生傷をつけて登校してくる。

 喧嘩しているのだろうと、一度憶測を立てたこともあるけど、喧嘩にしては傷が少ない気もする。勝ち試合ならば、納得する。けれども、傷を負うくらいの喧嘩に楽勝とは思えず、かと言って聞くほどの用でもないので無視していた。

 でも、雪穂は気になったのだろう。

「ああ。これっすか?」

 ぺりっと絆創膏を外すと、引っ掻いたような跡がその下から出てきた。

「男の勲章っす」

 親指を立てて、満面の笑みを浮かべる亮太に若干引く。

 その傷が男の勲章であるのであれば、俺は一生つけなくていい。喧嘩の傷が勲章なんて嫌すぎる。

「ほう。この傷、猫か?」

 傷を見つめ、首を捻る舞花。

「へっ?」

 思わず、すっとんきょんな声をあげてしまった。

 喧嘩相手は、猫?

 マジか。

 どんだけ低俗な戦いだよ!

「いや~可愛い猫が居たっすから、抱きしめたいなって」

「そう、ですか」

 雪穂が椅子を数歩後ろに下げて、顔を伏せる。聞きたくなかった感があふれ出ている。自分で聞いていて、それはないだろうと思うが、実際に聞きたくない真実だった。

 これならば、喧嘩のほうがまだましだったかもしれない。

「可愛いは正義っす!」

「悪い。聞かなかったことにしていいか?」

「なんと!」

 亮太のイメージがボロボロに崩れていく。こんなガタイのいい奴が猫相手に遊んでいる姿を想像したくない。もしかしたら、猫耳とか集めていたり、写真集を買ってたり……

「悪い。俺は、な?」

「いや、何っすか!」

「さっ無駄話は終わりにして、本題に入ろうか」

 仕切りなおす舞花に感謝だ。

 このまま、変な方向に進むだけ進んで本題を聞くことなく昼休みが終わるところだった。それではただの雑談だ。

「あっああ。実は、オイラには妹が居るんすよ」

 急にしんみりした態度になり、机を見つめる。

 その話を聞きながら思い出す。

 そういや、妹が居たな。由佳ゆかちゃんって名前だったはずで、今は確か……綾ちゃんと同い年か一つ下くらいのはずだ。

 翔がたまに相談を受けていたし、小学校が同じだったからよく覚えてる。

 でも、前に引越すから転校していたはずで、違う小学校に行ったと翔がぼやいてた。亮太は中学で校区内だったから、転校しなかったみたいだったが、

「由佳ちゃんが、どうかしたのか?」

「ああ。信也は知ってるっすか。翔と仲いいからかっすかね?」

「まあな。それで?」

「最近。嫌われて困ってるっす」

「……」

「……」

「……」

 机に突っ伏す亮太を見て、沈黙が場を支配した。

 なるほど、翔が聞かないわけだ。こんなくだらない内容なんて聞きたくもないだろう。本人は至極真面目みたいだからこそ、どうでもよく感じられてしまう。

「で、その仲裁でもしろと?」

「出来ればっす!」

「却下だよ!」

 魂を込めて、叫ぶ。俺たちは便利屋じゃねえ!

 確かにボランティアのような部活だとは思う。相談に乗るだけの部活なんて使われてなんぼの世界だろう。だけど、俺たちだってそれなりの誇りがある。やる仕事くらいは選ぶつもりだ。

 そもそも、兄妹のいざこざに他人が介入なんてしたら面倒なことに決まっている。双方の意見があるのだから、亮太の意見だけを聞くことはできない。だからこそ、却下。

「まあ、信。そこまでいきり立たず、まずは解決策を提示し、実践してもらうべきではないか?」

「あっああ。そうだな」

 正論だ。

 三人寄れば文殊の知恵と言うし、四人も揃っているのだ。何か一つくらいはいい策が浮かぶだろう。

 よし。

「とりあえず、意見出そうぜ。亮太が嫌われてる理由」

「聞いて、いいですか?」

「雪穂?」

 おずおずと手を挙げる雪穂。その仕草が可愛すぎて思わず抱きしめたくなってしまう。けれども、我慢だ。

 己の欲求に正直な生き方は魅力だが、体裁を守らなければ、ダメな時だってある。今がそうだろう。

「由佳、ちゃんは、何歳。ですか?」

「十一だな」

「反抗期、では?」

「なっ!」

 まさかというように絶句し、頭を抱え始める。

「そっそんな。オイラの由佳が……」

「確かにお前の妹だろうが、お前の所有物じゃないぞ?」

 妹や弟が兄や姉の所有物になるわけではない。亮太は何を馬鹿なことを言っているのだろうか?

「もしくは、本気で嫌っているか、だな」

「なんと!」

 それも、あり得る。

 だが、最近って単語が気になる。いきなり嫌われる原因がよく分からないのだ。確かに、亮太は面倒くさい性格かもしれないが、いきなり嫌われるなんてことはないだろう。

「毎日毎日、由佳を気遣い、抱きしめて温めようとしたり、努力を続けていたっすのに!」

「それが原因か」

「だろうな」

「はい」

 なんだ。本人のせいなのか。それでは、俺たちが出る幕なんて何もない。

 よし、解決した。

「さて、教室に帰るか。翔も待ってるだろうし」

「待って、待ってくれっすよ~オイラを助けてくれっす!」

 俺の腕にすり寄る亮太。凄く暑苦しく面倒くさい。こんなことならば、呼ばなければよかったと後悔する。つうか、こいつが部に入るのかと思うと、少し嫌だ。

 暑苦しくなる気がする。

 それでも人手不足なのは事実だし、入部してもらわなければ困る。

「亮太。君は自分で努力することはしないのか?」

「努力? なにっすかそれ食べられるっすか?」

「よし、こいつの依頼は受けないでいいな。部長権限で決定」

「賛成だ」

「そう、ですね」

「おいおいおい!」

 立ち上がろうとする俺の腕に縋り付く亮太。男にされても全く嬉しくない。けれども、振りほどくにも力が足りないのか、本気で動かそうとしても、びくともしない。

「離せよ」

「頼むっす。マジ、辛いっす」

「いや、その喋りキモイから止めろ」

 顔を押しのけようとするが、全く動かない。ガタイがいいだけじゃなくて力もかなりある。

 なにより暑苦しい。

「舞花。ヘルプ」

 雪穂に頼まなかったのは、何もできないことを理解しているからだ。

 舞花ならば、何とかしてくれる。そんな考えが頭に浮かんだのだ。

「拒否する。暑苦しくて触りたくない」

「えー」

 マジかよ。

 もしかして、依頼を受けないと離さないつもりか?

 嫌だよ。面倒臭すぎるだろう。

 もしも、翔が居たら翔に丸投げしてやろうと思うが、俺たちに出来ることなんて何もない。うまく仲を取り持とうとして、逆に消えない傷を負わす可能性も否めない。

「おい、亮太」

「離さないっす。絶対に、このまま、夜になろうともっす!」

「嫌すぎる!」

 このまま夜までだと!

 いや、もしかしたら……

「信也くん。顔、青ざめ、てるよ!」

 そりゃそうだ。このままずっと離さないのかと思うと、嫌すぎて体が硬直する。

 想像すらしたくないほどだ。

「誰か、マジ。助けて」

 涙目になっている自覚がある。

 むしろ、このまま倒れるのではないだろうか?

「むしろ、このままでも……オイラは……」

「止めろ――――!」

 いろいろな意味でピンチだ。このままじゃ、ヤバイ。

 受けるしかない。

 このどうしたらいいのか分からないどうしようもない依頼を、受けるしかない。

「信。受けるのか?」

「受ける。しかないだろ?」

 もう、後がない。

 このまま、この状況が続くくらいなら、受ける。

「マジっすか!」

 ようやく離した。

 だが、離れようと力を入れすぎていたために、俺のほうが吹き飛んでしまった。

「痛ってえ!」

 床を転がり、壁にすら激突する。相当な力で抜けようとしていたのだと、今更ながら理解する。

「くそ、馬鹿力め」

 呻き、立ち上がる。背中がジンジンと痛むが、無視する。どうせ、しばらくすれば治る痛みだ。

「大、丈夫?」

「ああ。何とか」

 支えに来てくれた雪穂。その優しさに喜びを感じながら、受け入れる。

「マジで、受け入れてくれるっすね!」

「ああ。もう諦めたよ」

 こいつに、力で挑んでも言葉で挑んでも勝てない。言葉のほうは暴力なんて理不尽な方法で捻じ曲げる。最悪な奴だ。用心棒としては役に立つだろうし、労働担当としても使えるだろう。だが、入部されると暑苦しくて堪らない。これが、メリットとデメリットなのだろう。

「信が決めたなら、仕方ない。だが、手伝わないぞ」

「おいおい。それは、ないんじゃあね?」

 流石に傷つくぞ!

 暴力に負けた感じではあるけれども、仕方がないじゃないか。あんなのに耐えられるわけがない。

「大、丈夫。私。頑張るから」

「雪穂は、俺の天使だ」

 やばい、涙が出てきそうだ。

「それは、そうと、永海、くん」

「ういっす」

 とてもにこやかな雪穂の笑みに、頬を緩める亮太。少し面白くないと思うのは、俺だけなのだろうか?

 いや、もしかしたらこれが嫉妬なのかもしれない。

 まさか、俺が嫉妬するなんてと思ったが、彼氏なのだ。少しくらい抱いても不思議ではないかと納得する。

「また、信也くんに似たようなことしたら、許さないからね」

「うっうす」

 俺に説教するときのように、ゆっくりではない吐き敗とした話し方で、亮太を威圧する。顔はすごくにこやかで、まるで聖女のように感じるのに吹き出すオーラはまさに鬼。正反対の性質を抱えているのに、協調している雪穂。彼女に出来て、本当によかったと思えるまじりあいながら完成された美。

「最高だ。雪穂」

「朱交われば赤くなる。あばたもえくぼといったところか。まあ、嫌いでないボクも、似たようなものだな」

 隣で、意味不明なことを言いながらため息をつく舞花は無視していていいだろう。どうせ、俺には理解出来ないのだ。

「さて、そろそろーー」

「信也。これ、癖になるかもしれないっすね」

「ふざけんなよ」

 新たな性癖に目覚めようとしている馬鹿の頭を思いっきり殴りつける。

 だが、殴ったはずの俺の手が痛くなる。

 どんだけ石頭だ。

「雪穂は俺の彼女だ。ぜってえ手は出させねえぞ」

「おっおう」

 威圧に縮こまる亮太。

 その姿にほっとしてから、教室に向かうために移動を開始した。

                           (続)

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