第0.5章「目覚め」
―現在2013年から何百年も後のとても遠い日本での話―
世界は腐っていた。
日本は荒れていた。
醜い国を治める政府は働かぬ者を“ゴミ”と法律に定め、ニート、不良、ヤクザを徹底して処分することにした。
その為に彼らは幾つかの団体を作った。
―しんと静まり返る冷たい部屋。
棚に並べられた分厚い本と多量の試験管。
ところ狭しとごった返すビーカーやフラスコにはまだ謎の液体が浮いており、どうやら実験は途中で終わったらしい。
人のいた気配さえしない研究所にたった一つ生命を宿した者が未完成の状態で放置されていることは、もう何百年も人々に忘れられてしまった。
その生命は幾年かに一度だけ目覚める。
しかし自分が何で、ここは何処で、自分の存在理由は何なのか、そもそも意識や願い、望むことを忘れてしまったから、目覚めてもほんの数分でまた夢などない眠りにつくのである。
今日もその何もない目覚めの一律を終わらせるハズだった……。
―――――――
「ブクブクブクブク……」
うすい緑色の液体が入った大きな筒がたの水槽、そしてその中には何ら人間と容姿は変わらない“何か”が静かに眠っていた。
―景色が真っ暗から淡い緑に変わっていく。
その生き物はゆっくり目をあけた。
何年ぶりの目覚めかと周りを少し見てみる。
もちろん、変わった所など一つもなく、何年も前に目覚めた時と全く同じだ。
もう一度そっと目を閉じようとした時、何かが体で渦を巻いた。
溢れてきた何かが脳まで届き、その生き物は初めて物を思ったのだ。
全身から沸いてくる気持ちがその生き物に変化をもたらした。
“ここから出たい”
今まで一度も思いもしなかったこと。
自分でも気づかぬうちに水槽のふたに手を伸ばしていた。
水槽に手をかけて少し周りを眺める。
あるのは大量の実験器具や本、データ、セキュリティバッチリの扉くらいだ。
息をフゥと吐いてから水槽に足をかけてピョンっと水槽から飛び降りた。びしょぬれの髪から緑色の一粒の水滴が落ちると同時にユラッと揺れてそのまま倒れそうになる。
いったん、膝をついて震えが止まってからもう一度立ってみた。
少しぐらついたが立てた。
ホッと息をついてちょっと歩いた頃には、何故かもう濡れてなどいなかった。
少し歩いてみて、ふと立ち止まった。
前に何かがある、--壁だ。
初めてものに興味を持つ、その壁にそーっと触れてみた。
“つめたい”ものを初めて触って少しビクッとしたがすぐにほかの考えが脳裏をよぎった。
(このものの向こうには何があるのか)
町はずれの古びた研究所に大きな爆発音が響いていく。
そして大きく穴のあいた壁の前にストッと降りた生き物。
その生き物は何の戸惑いも見せずに暗い夜のヤミに消えていった。
―――――――
「ちょ、先輩。」
「あぁ?んだ?」
月も見えてきた夜に少年が2人歩いていた。
「散歩って何処までいくんスか?」
茶髪に特徴的なキャップをかぶった男の子がどうやらその先輩らしい少年に言った。
―暮無 稜太 16歳 通称・リョータ―
彼の先輩は少し黙ってうつむくと、急に顔を上げた。
「今さら何を言う?俺はお前についていく。」
「あんたふざけんじゃねーよ!!俺がてめぇについてきたんだろ!?」
「……ストーカー?」
「ちげーよ!!」
―幸谷 優介 (こうたに ゆうすけ) 通称・ユウスケ―
ユウスケは「まぁまぁ、落ちつけ」と後輩をなだめると得意げに言った。
「まだ希望はある」
「どこにあるんスか!?」
「―リョータ、希望はあるのではない、自ら作り出すものなのだ」ユウスケ
「あんただろ!あるっつったの!」
リョータは呆れてその場に立ち尽くした。
「―俺には行き先がある」ユウスケ
「急に何スかっ?」
「―しかし少々リスクがある」
「どこスか?」
「―だが…」「あの、セリフの前にちょっとためるのやめて下さい。」
リョータは鋭くユウスケを見た。
「分かった。」ユウスケもうなずいた。
何か真剣な空気が漂った。
「よし……俺達の行き先はな……。」
ユウスケは真面目な顔でリョータを指差した。
(ん?何!?)
「――そこだっ!!」
ユウスケが突然大きな声を出したのでリョータは少しビビったが、すぐに後ろを振り向いた。
「自販機!?つか近っ!!リスクって何!?」
「悪いか?」ユウスケ
そこには、でーんと自販機が構えていたのだ。
「いやいやいや、何十分も歩かせてそれはないっスわ。」リョータ
「リョータ……甘いな。」
「何がっスか!?」
ユウスケは自販機に近づくとトントンと自販機を叩いてみせた。
そこには……
“おいしいピョン・ペポ”
「何そのメーカァァー!?何スかペポって、初めて見たんスけどぉお!?」リョータ
ユウスケはすました顔で言った。
「おいしいピョン、ペンギンがポートランドでペペロンチーノ食べながらポップダンスするくらいという意味。」
「どんだけおいしいスかっ!!」
その自販機をリョータはまじまじと見つめた。
―普通の自販機と一見変わらない……
―品揃えもまぁまぁ気がきいている……
「……何スかこれ!?」
驚くリョータの視線の先にはジュースそして値段が……
「コ〇ラが6300円ってナめてんスか?買う人絶対いないっスよね……?」とリョータがユウスケを見やる。
ユウスケは静かにまた指差した。
「……お汁粉だ。」
「やめろ、一万しますよ?コレ。」リョータ
「オレ持ってるしー」ユウスケが財布を見せびらかす。
「なんか自慢するの止めて下さい。……リーダーに怒られますよ?」呆れながらユウスケに言った。
ユウスケは諦めきれないのかつっ立ったままだ。
(ハァ……ここまで何しに来たんだよ……もう帰ろっかな……。)
リョータはふと左を見た。
―一瞬にして夜の静けさが戻ってきた―
「…………………。」
リョータはまた一旦右を見た。
そして左をチラ見してから、「……ちょ、先輩」とユウスケを小声で呼んだ。