06
・・・出来ればしばらく、彼と連絡を取りたくない。
図書室で勉強しているのに何も身に入らなかった。問題集を広げて、ノートを広げて、シャーペンを持って。・・・しかし何も頭に入ってこなかった。久しぶりに彼に会って、自分の見ないようにしていた部分に気が付いてしまった気がして、ただひたすらに怖かった。
彼とはまた喋りたいと思っていたし、友達としてまた仲良くしたいと思っている。ただ、今は、それによって映し出される自分の暗い部分があることを、少し自覚してしまったのだ。
今なら分かる。教室でタブーに触れられてヒステリーを起こしたあの子の気持ちが。この世代として生き続けることが恐ろしいと嘆いて、身を投げたあの子の気持ちが。
気持ちが悪くて、吐きそうな気分でただ参考書に目線を向けていた。目には何も映っていなかった。しかし予鈴がなって我に返った。
「ああ、教室へ帰ろう」
そう心の中でつぶやいた。
教室に入るといつもと同じ日常が広がっていた。自然と顔のこわばりが取れていく。別にこの学校が好きなわけでも、このクラスが好きなわけでもない。どちらかというと、多分嫌いだ。みんな独りではないということを確かめ合って誰かと行動を共にしないと気が済まない、そんな空気が薄っぺらくて居心地が悪かった。私も例にもれず仲良くしている友達は居たが、長子のように自然体で接するわけではなかった。ただ、このクラスに漂う空気に合わせて、2年3組の自分という人間を創り、そして演じた。
だからある意味楽だったともいえる。私をよく知らない人が言うように「しっかり」していて「素直」にしていればいいのだから。簡単だ。
私は、親の勧めで私立高校に通っていた。私立高校は、公立と違って最終世代以降の生徒も受け入れている所が多い。私の通う学校も、最終世代以降を受け入れている。そのため私は生まれてはじめて後輩というものの存在を実感している。しかしそこに、先輩たちと自分たち以上の壁を感じるのは、おそらく気のせいではないのだろう。ロストジェネレーションと呼ばれる彼らの目は、妙に血走っているような気がした。
ロストジェネレーションは、全くもって人権を無視されていたというわけではない。私立への就学に対して、市町村単位の行政から、ある程度の補助金が出ることもあった。ただ、当たり前に出ていたわけではない。資金の余裕のある地区では多くの補助金が出ていたが、そうでない地区は補助金が出ないこともあった。補助金を求めて引越しをする家族も多く、全国でさらなる過疎化、過密化が進んでいた。
しかしながら、過密化は社会問題になれど、過疎化に関してはあまり問題にはならなかった。
たとえ限界集落に住んでいようと老人たちの表情は実に穏やかだった。きっと優越に浸っているに違いない。
「私たちは当たり前に国家の保護下にいる。・・・可哀想に、保護されようと必死に逃げ回って。」
年金をもらいながら穏やかに暮らす老人。いつしかそれを疎ましく思うようになっている自分がいた。
分かっている。彼らが悪いのではない。誰が悪いわけでもない。この状況を作り出したのは他の誰でもない、私たち人類なのだ。私だって生まれる時代が違えば、今日の今のこの状況など予想しなかった、むしろ考えもしなかったのだから。でも、自分の運の悪さを、人類の浅はかさを、呪わずにはいられなかったのだ。
しかしだからこそ、私にはたった一つの欲望があった。
私こそが世界の終わりを見るのだ。
何でもいい、その荒れ果てたこの世界を眺めながら優雅に紅茶を飲んでもいい。今は飲んだこともの無いが、その景色を酒の肴にしてもいい。何でもいい、そのすべての終わりを見下して、誰の世話になることもなく、私が死ぬことでその歴史に終焉を打つのだ。
自分自身の全てを周りに擬態しながら生きている私の、たった一つの望みだった。