case.5~ハーメルンの笛吹き男~
case.5~ハーメルンの笛吹き男~
グー、
低く唸るような音が響く。
「あー、腹減ったな」
一人の若い男が自身のお腹を右手で摩りながら石畳の上を歩いていた。
ズラっと並んだ赤い小さな家々。
窓から洗濯物を干す中年の女
道端で荷台に果物を積み、売り歩く老人
路地裏で駆け回る子供たち
どれもがこの町にとって取り留めもない日常であった。
だがしかし、先ほどからお腹をさするこの男にとっては物珍しくあった。
男は旅をし、いろいろな町を巡ってきた。そんな男にとって、どの町も同じような感じで目に映った。
繰り返し言うが、この町はそんな沢山の色々な町を見てきた男にとっては珍妙であった。
「なぜ…男がいないんだ?」
そう、この町には若い男がいなかった。さっきから見かけるのは子ども、女、老人のみ。
たまたまなのかもしれない。 今は昼間。 仕事に出ているだけで、夜になれば戻ってくるに違いない。
男はなぜか"ここに居てはいけない"という第六感が反応していた。
なぜかは分からない。 しかしこの町に居たら危険だと。
そういえば、先ほどから歩いて居ると誰からか分からないが視線を感じる。
町の人だろうか。
古びた洋服に色褪せたローブを纏った俺の姿は、この町の人にとったら珍妙なのだろう。
そうだ、物珍しく俺を見ているに違いない。
男はそう言い聞かせ、今夜泊まる宿を探した。
第六感が危険だから告げているのは理解しているのだが、如何せんここ1週間ずっと歩きっぱなしだったのだ。
眠るときも土の上か良いときは草の上。
食事だって、携帯用の固いパンばかり。
そろそろふかふかのベットや温かいスープが欲しい所。
そんなわけで、胸のざわめきよりも己の欲求を優先させたのであった。
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「結構良い宿だな」
ベットに寝転がり、食事も風呂も済み、あとは眠るだけである。
泊まる宿の借りた部屋にて
男はぽつりぽつりと、この町に対する違和感を頭の中で整理していた。
宿のおかみさん。
俺が泊まりたいと申し出たとき、えらく親切だったなー
感じの良い宿だけど、俺以外に宿泊する客はいないようだ。
夕食は酒場に行って見た。
しかし、居るのは酒を運ぶ中年の女とその娘たち。
客も女だけときたもんだ。
まだ男たちは仕事なのだろうか。
今日はもしかしたら帰ってこないのかもしれない。
酒場にいた女たちは俺に好奇の目を向けるだけで、あの昼間のような突き刺さる視線ではなかった。
酒場で久しぶりに飲んだビールも、温かい豆スープもどれもこれも絶品だった。
俺はとても気分が良かった。
昼間のあの視線が誰のものだったか、なんて深く考えていなかった。
が、今よくよく考えると変な違和感がある。
酒場から宿に戻る際に、宿のおかみさんに
「アンタ、明日にはここを発つのかい?」
「ええ、そのつもりですけど…」
「もう一日この町に居ることは出来ないかね?」
「え?」
「いや、今の話は忘れてくれ」
そういうやり取りがあった。
これもなんだか可笑しい。
だが、どうせ明日にはこの町を発つのだ。
少々気味が悪いが、それも明日までの我慢。
だいたいそれ以外は、普通の町ではないか。
「明日も早いし、寝よう」
そうして久しぶりのベットに男は、すぐに深い眠りに入った。
男が眠りについてどのくらいの時間が経っただろうか。正確な時間は分からないが日を跨いだ、まだ草木も眠る頃
男は目を覚ました。
ガサガサ
部屋のどこかで音がする。
「ん………なんだ、この音?」
眠たい目を手でこすりながら、暗い部屋を見回す。
今夜は満月とはいかないまでも、月が出ている。
窓からさす光、そして暗闇に慣れてきた目により、男は部屋の角で蠢くその物体を捉えた。
その瞬間
「うぎゃあああああああ!!!!!!!」
静まりかえった町に、鋭い悲鳴が轟いたのであった。
バタン!
「あんた、大丈夫かい!?」
扉を勢いよく開け、燭台を持って入ってきたのは宿のおかみさんだった。
男はベッドから半身が床に落っこち、青ざめた顔をしていた。
―――――
「ちょっとは落ち着いたかい?」
「…はい、なんとか」
あの後、泊まっていた部屋にいたくないため、宿の入り口にある小さな椅子に座っていた。
心配しておかみさんはまだそばにいる。
「さ…さっきのはいったい」
「やっぱり、あんたも見たのかいあれを」
「はい」
「そうかい。 あんたはこの町の奇妙さをもうわかってるんだろ?」
「…町に若い男が一人もいないことですか」
「あぁ、そうさ」
おかみさんは、あっさりと答えた。
俺の予想はあっていた。
「でもどうして…」
「それは、ね…」
おかみさんは一瞬戸惑い、男から目を逸らしたが心を決したのか再び男に
向き直り、真っ直ぐと男を見つめた。
「いいのかい、後悔しても知らないよ」
「はい、お願いします」
そうしておかみさんは話し始めた。
―――――
それはひと月ほど前のこと
あいつらがやって来るまではこの町は普通の町だった。
が、その日町ではあるモノの目撃が多発した。
それは至る所に。
当時この国には鼠が大量発生していた。 疫病をまき散らすとともに、食糧を食い漁る
鼠は人々に害獣として処理されていた。
だが、コレは別段気にする必要はない
なにも悪さをしないのだから
少々気味が悪いが鼠ほどではない、
コレに構う暇があるのなら、害獣を駆除するほうがよっぽどいい
そういうわけで誰もなにも対処をしないままコレが現れてから一週間経った。
「うわああああああああああ」
若い働き手である男たちが突然発狂し始めたのである。
口ぐちに
「もう無理だ」「我慢ならない」
そういって町を捨て、近くの山に避難し始めた。
そういった男は最初はひとりふたり、であったがぽつりぽつりと増えていき、
コレが町に現れてから3週間ほどで、若い男は町から消えた。
「なんで、町の女である私たちは平気なのかよくは分からないんだけど
人手不足でどこも困ってるのよ」
おかみさんは眉間に皺をよせ、ため息をつく。
「私たちも町の男たちに戻ってきて欲しいから、なんとかしてアレを追い出そうとしたんだけど、1つ居たら30はそこに居るって言うほど生命力はあるし、叩いてもしぶといのよねー」
「なるほど」
男は神妙な顔をし、下を向いている
「でも明日ここを発つあんたには関係のない話だったわね
今夜を乗り切れば大丈夫だからそれまでの辛抱よ」
おかみさんは男を気遣うように男の肩をぽんと叩く
下を向いていた男は何かを決心したように顔を上げ、
「じつは…」
―――――
夜が明け、男は町の中心である噴水広場へ立っていた。
男の手には木で作られた小さな横笛があった。
太陽が少しづつ、町にある家々を照らし始め、町に朝がやって来る
男は静かに笛を吹き始めた。
不思議な音色であった。 町の人は窓を開け、何事かと顔をのぞかせる。
すると
ガサガサ、ガサガサ
どこからともなく、家々から路地の隙間からアレが出てきたのである。
様子を見ていた町の人は小さな悲鳴をあげた。
しかし、アレは笛を吹く男のもとへ一直線に進んでいく
みなが「危ない!」と叫んだ。 しかし男は笛を吹き続けるばかり。
すると、男は動き始めた。 この町の傍を流れる大きな川に向かって。
不思議なことにアレらは男の後を着いていく。
男は笛を吹き続けながら川の中に入っていく
後についていくアレらも川の中へ入っていく
川の中央で笛を吹くのを突然止めた男は川岸に上がってきた。
しかし、アレは川で溺れてしまったのか姿を現さない。
町の人は歓声を上げた。 あの忌々しいアレが町中からいなくなったのであるから。
町の人は男に礼を言おうと男のいる川岸に駆け寄った。
だが、そこに男の姿はない。
もしや川で溺れてしまったのか、いやさっき川岸に上がったのを見たはず。
ならばどこへ行ってしまったのか。
不思議に思いながらも、町の人は各々の生活に戻っていく
2時間ほど経っただろうか。
また町にあの不思議な音色の笛の音が聞こえてきたのである。
あの男がまたやって来たのかもしれない、お礼をしなくては…! と町の人は笛の音がする方へ向かった。
すると山から笛吹き男がやって来るではないか。
その後ろには、町から逃げ出した町の若い男たちがぞろぞろと歩いてくるではないか。
――――
こうして再び町は活気づいた元の普通の町に戻ったのである。
アレはそれから二度とこの町に現れることはなかった。
奇しくも、あの笛吹き男もまた現れることはなかった。
男たちを連れてきた笛吹きはいつの間にかいなくなってしまった。
不思議な笛の力を聞き出すことも、お礼もなにも言うことはできずじまいだった。
だが、たまにではあるが町に
明け方不思議な笛の音色が風とともにやって来るそうだ。
(おわり)
残念な童話しりーずには珍しい爽やかな終わり方ですね
町の人を苦しめたアレは言わずもがなGのつく黒光りのアレですね(笑)
元のお話は作り話ではなく実話をもとに作られた「本当は怖い話」
子供の大量失踪事件やら、疫病によって亡くなったとかまことしやかに囁かれていますね
事実がどうであるかは分かりませんが、舞台となったドイツのハーメルンでは現在もとあある街の一角だけ楽器の演奏を禁止している場所があるそうです、怖いですね
鼠と子供を呼ぶ笛吹き男ではなく、Gと若い男を呼ぶ笛吹き男いかがでしたでしょうか?
ある意味ざんねんなお話でした。