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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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お揃いのマフラー

作者: ネガティブ

 空は曇っていて太陽の姿は見えない、そこには白くて冷たいものが幾つもあってそれらが下へと落ちてきている。噴水の前でほっぺたを赤くした幼い兄弟が目と口を大きく開いて両手を上へと伸ばしそれらを掴もうとしているのか負けてたまるかと勝負している姿を、真っ黒な傘をさした黒髪の長髪の女性がベンチに座って虚ろな目で見ている。

 兄は弟よりも背が高く体も大きい、弟はその逆で背も低く体も小さい。兄のほうが有利であるのは当然だ、しかし弟はそのハンデを乗り越えようとしているのかぴょんぴょんと飛び跳ねて対抗している。すると思い切り伸ばした両手は兄の頭をこえた、兄はそれを見てニッと笑い弟と同じように飛び跳ねて両手を伸ばす。すると弟はほっぺたを膨らませてお尻を地面床に着けて、両脚の膝を立てて踵を揃え、両腕を両膝に抱え込んで体育座りをした。

 兄は困った顔になり、弟はすねている顔になっている。兄はこう思っているのだろうか、弟がせっかく考えた兄に勝つ作戦を俺が真似したからすねたのかなと。弟はこう思っているのだろうか、僕がっかく考えた兄に勝つ作戦を勝手に真似されたから兄のバカヤロウと。

 兄弟喧嘩なんて別に珍しいものではない、むしろよく見られる光景で日常茶飯事だろう。兄弟は毎日一緒だ、起きて朝食を食べて弟は兄に手をつながれ学校へ行き下校も兄は弟と手をつなぎ公園で泥だらけになるまで遊び暗くなる前に家に戻りお風呂に直行、そして夕食を食べテレビを見たり宿題をやったりしているうちに眠くてしょうがなくなり仲良くおやすみだ。いつも一緒にいるからこそ喧嘩は起こる、そういうものだ。

 兄はお兄ちゃんとして弟を気にしなければならない、ちょっとでも目を放したら何をしでかすかわからないから常に気にして目を光らせる。学校では学年が違うからさすがにできないだろう、唯一弟から開放される時間ともいえる。しかし弟が苦とは思っていない、兄とは年下である弟のめ面倒を時には見て一緒に遊び泣き笑いを共有するものだ、誰が決めたわけではないそういうものだ兄というのは。


「こんにちは、遅れてすみません。人身事故か何だかで電車が遅れたみたいで、予定より三十分も遅れてしまって。昨夜の天気予報で明日は快晴と天気予報士が言っていたのですがね、まさか降るなんて」


 大人げなかった、兄は弟の横に座る弟と同じ座りかたで。すると弟は何かぼそっと言った、小さい声なので全く聞こえてこない、聞こえてくるのは公園の遥か上空で飛んでいる飛行機の音だ。大人げないって兄ちゃんまだ小学生じゃん、弟はそっぽを向いて兄に言う。すると兄はクククと笑った、突然の笑い声にびっくりした弟は思わず振り向いて兄と目が合い釣られて笑う、こうして兄弟にまた笑顔が戻る。

 俺まだ小学生だもんな全然大人じゃない、兄は改めて自分に言い聞かせるように言う。そうだよ兄ちゃん小学生のガキンチョだよ、笑顔が戻って調子に乗る弟。俺よりお前のがガキンチョだよ背も低いし走るのも遅いし、弟の頭を優しく撫でながら言う。頭なでなでやめてよガキンチョに見られるから、頭を撫でている手をどけようと頭を揺らす。

 良いじゃんそう見られても弟は皆に甘えられるからお得だよ、兄というのは弟が産まれた瞬間あまり甘えられなくなる、甘えたくても弟優先になってしまう。お得なの知らなかったじゃあもっと撫でていいよ特別だよ、弟というのは産まれたら特に兄に可愛がられる、待望の兄弟ができて張り切っているのかお兄ちゃんだからしっかりしなさいと言われたのかはわからないが。


「いえ、自分には怪我はありません。あの電車に乗っていた何人かは怪我をしたみたいですが。自分は丈夫な体だけが取り柄でして、大きな病気も怪我も今までしたことがないのでありがたいです」


 兄は弟の赤いほっぺたを人差し指でツンツンしている。何だよ兄ちゃん急にツンツンしてさ、急じゃなくて事前に許可をとれば良いのかわからないが。やらかいからに決まってるだろ癖になるんだよ、人には様々な癖がある貧乏ゆすりをしたり爪を噛んだり髪の毛をいじったり人の癖は深層心理が潜んでいると言われているが兄の癖はそれではない。

 じゃあ僕もツンツンさせてよ兄ちゃんのもやらかいよきっと、兄の癖に興味を持ったのだろう何でも真似したくなる。お前よりはやらかくないからあんま期待しないでね、弟へとほっぺたを向けた兄は反対側のほっぺたを自分でツンツンする。すると弟には聞こえない声で、癖にならない。

 弟は人差し指をつくりゆっくりと慎重に兄のほっぺたへと近づける、緊張しているのか胸を押さえている。兄はなかなかこない弟の人差し指にイライラもせず待っている、短気は損気になるからだろうかそれぐらいでいちいちイライラしていられないからだろうか。

 人差し指に優しく押されたほぺたは少し凹んだ、ねっ全然やらかくないでしょお前のがやらかくて癖になるの。兄のほっぺたは何回もツンツンされて何回も凹んでいる、弟は楽しそうだ、兄ちゃんもやらかいじゃん気に入った癖になった。兄弟同士ほっぺたをツンツンする光景は微笑ましいのだろうか、それとも仲良すぎて逆に気持ち悪いのだろうか。


「……すみません、軽率なことを言ってしまって。気分を害されたなら謝ります。ですが何か話していないと貴女は自分の世界に行ってしまいますから」


 噴水の前で遊んでいる兄弟は二人とも厚着だ、色違いのダウンジャケットを羽織っていて首にはお揃いのチェック柄のマフラーを巻いていて暖かそうだ。防寒対策バッチリなのだろうが厚着で遊ぶと意外と暑くなる、店内や電車の暖房で冬なのに汗が出るということもある。兄弟も暑いのだろう、ダウンジャケットをベンチに置いて水筒でお茶を飲んでいる。

 弟に先に飲ませているあいだに、兄はこんにちはと頭を下げて挨拶をする。頭を上げたら弟からコップを奪いドバドバっとお茶をいれて飲んだ、喉が渇いていたのかもう一度コップをお茶でいっぱいにする。飲み終わり水筒をベンチに置いたとき、兄ちゃんそんなに飲んだらおしっこ行きたくなるよとモゾモゾしながら弟は言った。ついでに俺も行くよ、と兄は苦笑いしたあとに黒髪の長髪の女性に目配せをした。

 はぐれちゃいけないからね、右手を伸ばしたら左手が伸びてきて兄弟は手を繋いだ、兄ちゃんがいるからはぐれないよ。その様子をベンチに座る男は見ている、もう一人はいったいドコを見ているのか。


「しっかりしたお兄ちゃんですね、弟の面倒も見ていますし挨拶もちゃんとできますし。貴女がこういう状態だからでしょうか」


 手を繋いでトイレへと歩く兄弟は、噴水から離れていっている。弟はもう片方の手で股をおさえており限界は近いようで、兄は手を引っ張り兄弟は早歩きになった。なんでもっと早く言わないんだ漏らしたらどうする、だって兄ちゃんと遊んでて楽しかったんだもん、兄はそれを聞いて嬉しいのか顔を赤くした。

 すれ違う人はあまりいない、いたとしてもジャージ姿でジョギングをしている若者やひとつの傘に一緒に入って歩いているカップルぐらいだ。何もこんな日に走らなくてもデートしなくてもと思うがそれぞれ事情があるのだろう。日曜日の公園だというのに閑散としていて少し寂しい、公園内にいる子どもは二人だけかもしれない。

 トイレに到着した兄弟は早速用事を済ませる、ちょっと暗くて人けのないトイレは不気味で他の所に行く時間は弟に残されいないだろう。怖いよここ絶対お化けいると弟は兄の後ろに隠れる、いないよそんなんいたら一緒に遊びたいねと兄は強気だが声は震えている。我慢するから別のところ行こうよと弟はさっきよりモゾモゾしている、駄目ださっさとしたら怖くなんかないよへっちゃらだと兄は小便器へと向かう。


「……わかっているじゃないですか、それなのに何故貴女はあんなことを? 自分にはわかりません、例えストレスや重圧や孤独感が原因だったとしても」


 蛇口を捻って水を出して手を洗っている、水の音しか聞こえなくて兄弟は丁寧に手を洗っている。流水で汚れを簡単に洗い、せっけんをつけて十分に泡立て、手のひらをあわせてよくこすり次に手のひらと手の甲をあわせてよくこすり、両手を組むようにして指の間をよく洗い、爪の間も十分に洗い、親指は反対側の手でねじるようにして洗い、手首も忘れずにに反対側の手でねじるようにして洗って、洗った手が再び汚れないように蛇口をせっけんで洗い流してから水を出し流水でせっけんと汚れを十分に洗い流し、清潔な乾いたハンカチで水気を拭きとり、手洗い完了をした弟は先に外へと走る。兄はちょっと待てよ迷子になるだろと急いでハンカチで手を拭き走った。

 トイレの外では弟が息を切らしている、あー怖かったあれ以上いたらお化け出たよ。だからお化けはいないよ出てきてドッジボールやりたかったな、怖がっていた兄の震えは止まった。さあ噴水のところまで戻ろうあんまり遅かったら心配する、右手を伸ばしたら左手が伸びてきて兄弟は手を繋いだ、そうだね心配してまた警察呼ばれたらご近所に迷惑になるし。そうだね、弟の言葉に兄は元気なく答えた。

 手を繋いで噴水へと歩く兄弟は、トイレから離れていっている。弟はスッキリとした様子で今ならジュースをがぶ飲みしてもそう簡単にモゾモゾしないだろう、兄は何かを考えているのか難しい顔だ。どうしたの元気ないよお腹すいたのと弟は兄の顔を見て心配する、別にどうもしないよ俺は元気だよと兄は笑うが上手く笑えず苦笑いだ。


「助けを求めたら良い、そう簡単に言っては無責任かもしれませんがそうしてほしかったです。隣人でも、あの子達の担任でも、自分に電話をくれれば……そうすればこうはなっていなかった」


 風が吹き木々が揺れる、チェック柄のマフラーも揺れる、空中を舞う白くて冷たいものが流される。ダウンジャケットをベンチに置いてきた兄弟は少し震えて寒そうだ、もう暑くないのだろう早くダウンジャケットを着なければ風邪をひいてしまうかもしれない。

 痛いよ兄ちゃんもっと優しく握ってよ、右手に力を入れてるのだろう、ごめん気づかなかった優しくする。弟は兄をまじまじと見ている、突然元気がなくなった兄を心配しているのだろう、だが前を向いていないと危ない。前見て歩かないとこけるよ、兄がそう言った直後弟は転けた、だから言ったのにとため息をつく。

 転けた弟へ兄は手を差し伸べるが、弟はすくっと自分で立ち上がってズボンについた汚れを手で払った 。泣いてないよ偉いでしょと弟は強い子アピールで笑っている、怪我とかないか擦り傷とかさ痛かったら言いなよとアピールより怪我の有無が気になる兄。


「そうですね、自分も行動を起こせば良かった、気にしていながら何もやっていない。今更そんなことを言っても貴女がしたことは消せない、あの子達の心に、体を傷つけたモノは消せない」 


 僕よりさ兄ちゃんが心配だよ元気がない、弟は兄の目をじっと見て言う。わかっちゃったかーさすが俺の弟、兄は弟の頭を撫でながら言う。どうしたの何かあったの、しかし兄は何も答えない弟の声や思いは届いているはずだが何故答えないのだろう。

 手を引っ張りそこにあったベンチへと兄は弟を歩かせる、噴水のところへ戻るんじゃないのかここに座って何が始まるのだそろそろ寒いからダウンジャケットを着たいと弟は思っているだろう、だからベンチに座らずに突っ立っていて困惑している。弟が座るであろう場所をハンカチで拭いて、座りなよと先にベンチに腰を下ろした兄は言う。その表情はなんだか寂しげな顔をしている。

 弟はハンカチをじっと見ている、別に何もない普通のハンカチだ、さっき手の水気を取るために使ったぐらいだ。恐る恐る腰を下ろして両手を両膝に乗せて握りこぶしを作る、そして歯がカチカチと音をたてる。それを見た兄は寒いのかと聞く、いや寒くないと答える、我慢してるんじゃないのかと聞く、ホントに寒くないと答える、じゃあ何で震えているんだと聞く、すると小さく震えた声でこわいからだよと答える。


「なに開き直っているんですか? 貴女はあの子達のなんなのですか、他人ではないでしょう、貴女から産まれてきたんですよ貴女は腹を痛めて産んだんですよ」


 こわいって俺のことかと聞く、首を横に振って答える、何がこわいんだと聞く、しかし答えはなく口を閉じている。言いたくないのかと聞く、首を縦に振って答える、俺は別に怒ってるわけじゃないだから教えてくれと頼む、しかし縦にも横にも首は振られずなんの反応もない。

 お前が何も言いたくないなら無理して言わなくていい、これからのことをゆっくりお前に話したかったけどそれはできないみたいだ、だから俺は勝手に話すお前は俺の言った事をちゃんと聞いてくれればそれでいい。突然のことで心の準備はできないかもしれない、俺だってこんなこと突然言われたらすぐに受け入れられない、でも前から決まっていたことでこれから言うことはもうすぐ起こることなんだ。

 カチカチと音が鳴り、ヒューヒューと風が吹き、ちらちらと舞っている冷たくて白いモノ。それらはスローモーションで再生されているかのようにゆっくりだ、まるで二人だけの世界かのようで幻想的であり神秘的でもある。そんな中で口がゆっくりと開いた。


「……どうすれば良いかですか、自分やまわりの人たちが助けます、躓きそうだったら支えます、問題ができたら一緒に考えます。貴女があの子達を愛しているなら、貴女がまたあの子達と寝起きを共にしたいなら、頑張るしかないんです」


 あの人とは別々に暮らすよ――スローモーションが終わった、カチカチも聞こえなくなった、ベンチには涙ぐむ弟と俯いている兄がいる――前みたいに戻るまで一緒には住めない。

 兄弟の体にはあちこちに痣がある、初めてその痣を見た人には転んだと嘘をつく、しかしそんな嘘はいつまでも通用しない。だから嘘を並べるしかない、喧嘩した時にできたんだ、罰ゲームにしっぺばっかりしてたからできたのかも、アザじゃなくてタトゥーだよ、見間違いじゃないのそんなのないよ。嘘つきは泥棒の始まりということわざがあるが、ついて良い嘘とついて駄目な嘘があると兄弟はわかった、痣のことに関してつく嘘は良いほうだと兄弟は思い本当のことは誰にも言わなかった。

 我慢していればそれでいい、ややこしくなるのは避けたい、僕らにはあの人しかいないんだから。兄弟には父がいなかった、二人が今より小さかった頃に出て行ったのだ、そこから女手一つで兄弟を育ててくれたのがあの人というわけだ。料理もできない、掃除もできない、家事ができない、本を読んだり教室に行ったりご近所さんに教えてもらったりして少しずつ出来るようになっていった。二人も大変でしょう、うちの息子と結婚しなさい、私が面倒見ているから仕事行ってきな、いつしかちょっと有名になっていて皆が助けてくれた皆が支えてくれた。だからあの時の三人は笑っていた、どの写真を見ても笑顔で幸せそうだった。


「また皆力を貸してくれますよ、貴女の頑張りは皆認めているし有名だったじゃないですか。ここ暫くは皆距離を置いてましたが、貴女があの子達を愛していればそれは皆にも伝わります」


 しかし幸せな日々は終わった、それは何の予兆も前触れもなく突然やってきた。仕事から帰ってくるとやめたはずのお酒を買って帰ってきた、両手に持っていた袋にはよく行くスーパーのマークがあった。お酒は袋いっぱいだ、重い音を立てながら床に置きその場で服を脱ぎ始めた。兄弟は声もかけられずに目を丸くしぽかんと口を開いて見ていた、全裸になってそのままお風呂場へと向かう、点けっぱなしのテレビから聞こえてくるバラエティー番組の笑い声が虚しく響く。

 シャワーの音が聞こえてきた、何かを叫んでいる、耳を塞ぎたくなるような声で。近所迷惑になるんじゃないのかと兄はお風呂場へ様子を見に行く、するとそこには頭を壁に打ち付けながら叫んでいる姿があった。ただ事ではないと思った兄はお風呂場へと入り止める、しかし子どもの力では止まるはずがなく、奇声を発して殴り飛ばした。弟は様子が気になってお風呂場へとやってきた、そこで見たのは頬が赤くなっていて倒れている兄と裸で暴れているモンスターだった。

 弟は泣いた、その異様な光景が怖かったのだろう、大きな声で泣いた。兄は起き上がると弟へと叫ぶ、誰か呼んで来てくれ、しかし返事は来なくて鳴き声だけが聞こえる。早く誰か呼んで来い、兄は大きな声で弟へ命令した、自体は深刻なのだ。すると声量を上げて泣く、鳴き声と叫び声は混ざっても素敵なハーモニーにはならない、しかし涙を零しながら鼻水を垂らしながら玄関へと歩いて行った。兄はホッとした、これで弟に目が向けられることはないこれで止められる僕が止めなきゃだってそこにいるのは大好きなおかあ――


「そうですよ、また三人仲良く暮らせます、なんなら自分が一緒に住んで四人で仲良くってのも良いですね。貴女は素敵な女性ですから、あの子達にも素敵なところをまた見せて下さい」


 再び止めようとした兄はモンスターに胸ぐらを掴まれた、何か奇声を発して床に叩きつけて身動きがとれないように羽交い絞めにした、足をバタバタしても両手で押してもびくともしない。するとモンスターは兄が着ていた白いTシャツを思い切り力を入れて手で破った、ビリビリに破った、Tシャツはゴミとなった。モンスターはまた奇声を発する、兄は抵抗のつもりなのかじろりと睨む。

 モンスターは強引にズボンとパンツを脱がした、兄は裸にされて震えていた、この時はまだ痣なんてどこにもない。笑い声をあげながらシャワーヘッドへと手を伸ばし、蛇口を捻ってお湯を出し、それを怖くて震えている兄へと向けた。お湯は勢い良く出ている、熱い熱いという声が響くがお湯は止まらない、全身にかかるようにシャワーヘッドを動かしている。

 頭が濡れて体が赤くなったのを見て満足したのか、モンスターはせせら笑っている。お湯を出しっぱなしでそこらへんにシャワーヘッドを置いて、全身から湯気を出して震えている兄へと悲鳴のような声を張り上げて拳を振り上げて殴った。腕や背中や腹や足に拳は飛ぶ、兄は必死で防御するが痛みは走る。


「ちょっと、泣かないでくださいよ、貴女を虐めているみたいじゃないですか」


 リビングで点けっぱなしになっているテレビは天気予報を映していた、どうやらバラエティー番組は終わったようだ。弟はまだ帰ってこない、いったいドコまで行ったのだろう、兄ともう一人も大丈夫だろうか、殴られて無事なはずもないが。

 テレビが盛大な音楽を鳴らした、どうやら映画劇場が始まったようだ、ナレーターがこのあとから放映する映画を紹介している。その時パジャマに着替えた女性がリビングへとやってきた、兄の姿はないまだお風呂場だろうか、バスタオルで髪を拭きながらテレビを観ている。ナレーションが終わり本編が始まった、ハリウッドのアクション超大作で三人で観ようと思っていた作品だ、兄弟がいないことに気づいた女性は辺りを見回す。しかし誰もいない、弟は助けを求めて外に行っていて兄はお風呂場にいるはずだ、女性は髪を拭くのをやめて和室や洋室のドアを開けた。しかしそこにもいない、女性は震えているどうしようどうしようと声を出してリビングに戻ると、受話器へと手を伸ばした。一〇二、一七八、一二三、目的の番号に押せないのだろう舌打ちをしている、兄弟の名前を言って私が見つけるから心配しないでとも言っている。

 ここにいるよ、後ろから小さな声が聞こえて女性は両目を見開いて振り向いた、そこにいたのはパジャマ姿の兄だった。どこにいたのよ心配したのよと泣いている、無事で良かった怪我はないと抱きしめる、私の可愛い息子と頭を撫でる。ピンポンと音が鳴って、女性はこんな時に誰よと玄関のほうを睨む、兄は僕が行くよと女性をリビングに残して歩いていった。

 玄関には涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった弟と、兄のクラスメイトのお母さんが息をきらして立っていた。どうしたの何かあったのとクラスメイトのお母さんは聞いてくる、いいえ何もありません、そんな事ないでしょう弟君助けて助けてって泣き叫んでたわよとクラスメイトのお母さんは聞いてくる、虫が出てきたから怖かったんですだから外に行っちゃって、それならいいけど小さい子が夜に一人で外を歩くのは心配よお母さんは帰ってるのとクラスメイトのお母さんは聞いてくる、いいえまだ帰ってません遅くなるってメールがきました、あら大変ねお仕事で遅くなって弟君まだ怖がってるみたいだからお兄ちゃん手を握ってあげてね。

 弟を家に入れて手を握った、冷たくて震えている、兄もまださっきの事が怖いのか震えたが歯を食いしばり震えを止めた。兄弟二人で女性が待つリビングへと行く、女性は弟の姿を見て再び泣き出した、先ほど兄に言った台詞をまた話し始めた、どこにいたのよ心配したのよ無事で良かった怪我はない私の可愛い息子。弟はキョトンとしている、さっきはモンスターになっていて今はいつもの女性だから意味がわからないのだろう、女性もモンスターになっていた時の記憶はないようで自分がしたことはまだ知らない。

 コイツながれ星が見たいって外にいたらしいよ、母のやった事を隠すために嘘をつく、そういえば今日だったね流星群でも一人でダメでしょ、いつもの優しくて素敵な笑顔、お風呂まだ入ってないからコイツ入れてくるね、弟はただ黙っていた震えていた、ごめんね私とお風呂入ったのにまたお風呂で、大量に買ったお酒がそこにある、いいよお風呂大好きだしやったね、無理して笑い弟の手を引っ張りお風呂場へと歩く。

 脱衣所に着いたが二人とも脱ごうとしない、兄は胸のあたりをおさえている、さっきの事が怖くて怖くてしかたないのだろう。弟は洗面台へと向い顔を洗った、蛇口から流れてくる水で顔に付いた涙と鼻水をとる。静かに水音が響く、そっちからは派手な爆発音が聞こえてくる、主人公がヒロインを助けるために敵のアジトへ突入したのだろうか。顔を洗い終わって弟が無言で脱ぎ始めた、それを見て兄も脱ぐ。

 お風呂場は壁に血のあと、床にはビリビリに破れたTシャツがあって、湯船にはお湯がなかった。兄はボタンを押した、すると湯船からお湯が出てきてそれを兄弟は見ている、弟は脱衣所へと戻り暖房のボタンを押した、するとお風呂場の天井から暖かい風が出てきた。弟はドアを閉めて血のあとと破れたTシャツを見る、また目が潤んできている、兄は弟を湯船に入るように言う弟はまだお湯が少ないと言う。掃除したいから入ってくれと言う、わかったよ兄ちゃんと湯船に入る、兄はシャワーヘッドを持って壁と床に向けて水をかける、血が流れてTシャツも流れる。とりあえずはこれでごまかせる、ここで何があったのかわからないだろう。

 まだ半分もお湯が溜まっていない湯船に兄は入る、先に入った弟は手で肩のほうへとお湯をかけている。寒いけどそのうちあたたかくなるから、うん、もう怖くないからあの人は何も覚えていないみたい、うん、お前は俺が守るから俺はお兄ちゃんだから、うん。二人とも泣いていた、涙は頬に流れて顎まできて湯船に落ちた。

 三人のためにさっきのことは内緒な、誰にも言っちゃいけない、男と男の約束だ。兄と弟は約束を必ず守る証として指きりをした、互いの小指を曲げ絡ませて誓い合う。指を絡め合った状態で上下に振り、兄弟の約束ができた。


「貴女は女手一つで男の子を二人育ててる強い女性です、だからきっと乗り越えられます、だから二人がトイレから戻ってきたら笑顔でいましょう」


 隠すことはなかっただろう、早い段階で誰かに言っておけば良かったのかもしれない。だが兄は誰かに知られるのが怖かったのだ、誰かに知られて噂になったらどうしよう、もうご近所さんや友達が仲良くしてくれなかったらどうしよう、三人がバラバラになったらどうしよう。誰にも相談できず悩む時間もなく、一人で考えてしまったのだ。

 結果的にこのあとも暴力は続き、弟だけには手を出させないように守ってきたが兄のいない間にそれは起こってしまった。兄はモンスターが瓶ビールをラッパ飲みしている姿と、ぐったりと横になっている弟を見て、膝から崩れ落ちて目の前が真っ暗になった。今までおさえてきた何かがパチンと音を鳴らして弾けて割れて、全身に怒りが渦巻きそれはそこにいる怪物へと向けられた。

 兄は全身に力を入れて立ち上がりキッチンへと歩く、小窓から夕陽が射し込んでいるので眩しいのか、目を細めて包丁差しから武器を取り出す。柄を両手でしっかり持つ、震えはない、だが表情は悲しげだ。

 空になったのか瓶ビールを壁に向けて投げる、音が鳴って割れてガラスの破片が飛び散った。モンスターはけらけら笑い、新しい瓶ビールを手に持った。栓抜きでフタを開けて飲もうとしたとき、兄は包丁を両手で構えて睨んだ。モンスターは気にせずビールを少し飲んだ、そして不気味に笑いぐったりしている弟に向かって口に含んだビールを吐き散らした。

 それが引き金となって、兄はモンスターへと思い切り走った。弟を助けるために、自分が受けてきた痛みを仕返しするかのように、三人バラバラになっても、誰から何と言われようとこの怪物を止めるために、刺した。それは腹のあたりに刺さった、どれぐらい刺さったのかわからない、刺されたほうは悲鳴を上げて倒れてのたうちまわる、刺したほうは柄を両手でしっかり持ち刃についた血を見て泣き崩れた。


「今のうちに泣いておきましょう、そして二人と笑顔でわかれましょう」


 誰が通報したのかはわからない、いつの間にかパトカーと救急車がきていて、警察官と救急隊がきていて、外は野次馬でざわついていた。ドラマで見たようなシーンが目の前で行われていた、写真を撮ったり指紋を採取したり。弟はまだぐったりとしていて起きない、命に別状は無いみたいなので安心だが目が覚めた時が心配だ。兄は別室へと移動させられて婦警に質問にされているが、口は固く閉じられ目が虚ろでとてもじゃないが話せる状態ではない。

 兄弟は警察の監視下のもとに入院となった、刺された女性も同じ病院に入院している。腹に刺されはしたが、深くはなく命に別状は無いみたいだ。三人とも生きている、それが唯一の光なのかもしれない、ここで一人でも欠けてしまったらもう元には戻れない。だがその光はまだ全く見えない、いつ光るのかもわからない、今はただ三人の回復を祈るばかりだ。

 兄弟は心に傷をつけた、心の傷はそう簡単にとれない。女性はこのあと後悔するだろう、今まで自分が傷つけていたことに。


「鼻水出てますよ、このティッシュ使ってください、遠慮はいりませんポケットティッシュ駅でよく貰うんです」


 そして再び今に戻る、兄は三人で住めないことを弟へと言った、弟はそれを今初めて聞いて驚いている。しかし静かに涙を流すだけで何も言わない、うんと頷き納得したようだ。なんとなくわかっていたのだろう、一緒に住めなくなることを、だから今日は早起きして映画やゲームセンターやショッピングを三人で楽しんだのだと。

 引越しするんだよね僕たち、そうだね新しい場所に行く、ママは一緒じゃないんだね、そうだねあの人とはしばらく住めない、しばらくってどれぐらいなの、さあどれぐらいだろあの人の頑張りしだいかな、そっか寂しいね、うんでも俺にはお前がいるし、そうだけど三人が一番だよ、しょうがないよ俺達に怖いおもいさせたから、そうだけど色々悩みとかあったんだよ、でも俺達を殴って良いってことはないよ、わかってるよそれでも僕たちのママだもん、うんそうだね俺達二人の。

 そろそろ行こうかと兄は右手を出す、おわかれは寂しいぜと弟は左手を出す、兄弟はおわかれをするために歩く。空に舞う白くて冷たいものはさっきより増えた気がする、傘を差していないとそれが頭に積もるかもしれない。空は暗い、もう夜が顔を出している、気温はぐんぐん下がるだろう。


「あっ、二人が来ましたよ、さあ涙はふいて」


 ベンチにいる男はポケットから携帯電話を取り出してどかに電話する、男の隣に座っている黒髪の長髪の女性は顔を上げる、兄弟は小走りでベンチに向かってくる。

 兄弟はダウンジャケットを急いで羽織り、寒い寒いとリュックサックからカイロを取り出す。男は立って、兄弟をベンチに座らせる。ベンチには親子三人が座っている、左から兄、弟、黒髪の長髪の女性の順番だ。男は少し離れたところから三人を見ている。

 誰も喋り出さない、三人とも誰かが喋りだすのを待っているようだ。兄は空を見ている、弟は左右をキョロキョロ見てどっちか喋らないか気になっている、黒髪の長髪の女性も空を見ている。

 わかっていてもいざとなったら話せない、話し終わったら暫く会えなくなる、そういう思いが邪魔をしているのだろう。真ん中でキョロキョロしていた弟は空を見てため息をついた、そして喋り出した、


「僕ね、こわいの。ママともう会えないんじゃないかって、三人でもう暮らせないんじゃないかって。だからおわかれするのが嫌、誰も喋らなかったらおわかれしなくてもいいのかなと思ったけど、おわかれは決まったことなんだよね? じゃあ黙ってても寒いだけだから言う。ママ大好き、大好きだからまた一緒に暮らそう、だから反省してくださいいっぱい反省してください。僕からはいじょうです」


「……」


「じゃあ俺からも。俺はあんたにされた事は許さない、痣はまだ残ってるし殴られた時は痛かったし今でもその時の夢を見てうなされる。でもあんたは俺の、俺達のお母さんだからさ、女手一つで育ててくれたお母さんだからさ、縁は切りたくないまた前みたいに三人で暮らしたいって思う。あんたを止める時刺したのは謝る、ごめんなさい、でもそうしなきゃ俺達はどうなっていたかそれはしっかり考えてほしい。まだ今は言えないけど、いつかまた前みたいにお母さんて呼べる日がきたら嬉しいって思う、だから三人で暮らせるように頑張ってください」


「…………」


 兄弟の母は二人の息子の目を見て頷いた、何回も何回も。涙は出ていない、潤んではいるが流していない、我慢しているのだろう。兄弟の母は傘を地面に置いて、弟を抱きしめた、兄も抱きしめられて兄弟は母に包まれる。弟はとてもいい笑顔だ、兄も笑顔だが素直に喜べないみたいだ。

 息子の名前を言う母、そして二人にしか聞こえないぐらい小さな声で、ごめんね辛い思いをさせてごめんね。ようやく出た声は弱弱しく、前のような元気の良い声はない。

 その様子を少し離れたところから見ていた男は、靴音を鳴らして近づいてきた。そろそろ行こうか寒いしラーメンでも食べに行こう、おわかれの時間はきたようだ。

 名残惜しそうに兄弟は母から離れる、兄弟の母はおわかれの準備をする息子たちをじっと見る。兄と弟色違いのリュックサックを背負って準備完了した、兄弟は母をじっと見る。

 今生の別れではない、そう思いたいが兄弟も母も心のどこかでそう思っているのか、わかれの挨拶が始まらない。さあお母さんにまたねって言ってラーメンだ、男はあえて急がす、今生の別れじゃないまた三人は暮らせる、そう思えるからこそ。

 すると兄は首に巻き付いているマフラーを外し、母の目の前に伸ばした。これあんたが持っててよ離れてても三人はいつも一緒って思えるから、兄は恥ずかしそうに言う、それを見ていた弟と男は拍手をした。兄弟の母は頷くと、自分の首にマフラーを巻きつけた。

 マフラーがない兄は弟のマフラーを無理やりとった、何するんだよ兄ちゃんと弟が騒ぐ、母はマフラーに手をあてる。こうしたら俺もあたたかい、そう言ってマフラーを弟と兄の二人で巻いた。母はそれを見て笑った、つられて兄弟も笑う。

 そして時間がきた、兄は言うまたねと、弟も言うまたねと。兄弟の母は、またねと言わない、行ってらっしゃい早く帰ってきてね、まるで兄弟が今から登校するかのように言った。それを聞いた兄弟は声を揃えて、行ってきます、元気良く言い手を振って遠ざかっていった。


「お母さん、息子さんたちのために頑張りましょう」


 茶色のコートの女性が傘を拾い、傘を広げて言った。兄弟の母は両手でマフラーを触り、はい、と返事をした。このマフラーは兄弟の母の手作りだ、愛情をたっぷり詰め込んだ君達を寒さから守るママ特製のレアアイテム! と毎晩徹夜で作ったマフラーを兄弟に渡したのだ。兄弟はもちろん喜んだ、ありがとうママ、大切にするねお母さん、マフラーは兄弟の宝物となった。

 そのマフラーが親子を繋ぐ、離れてても三人はいつも一緒、その言葉が耳から離れなくて響いたのか兄弟の母は声を出して泣いた。

 空は真っ暗で月の姿は見えない、雲に隠れているのだろう。そこには白くて冷たいものが幾つもあってそれらが下へと落ちてきている、明日には積もるだろう、子どもたちは喜んで雪合戦や雪だるまを作るだろう。兄弟もきっと、母と子お揃いのマフラーを巻いて。

読んでくださり(*´∀人)ありがとうございます♪



短編で一万文字文字超えは前やってた時もなかったので自分的に過去最長短編でしたwでも一万文字も書いたって感じはないです、気づいたらそうなってました。


さて、残酷な描写ありにテェック入れておきましたが念のためです。あれぐらいなら残酷違うかもしれんすがね。

ここからはあれやこれや後書きっていうか言い訳っていうかを適当に書いていきます!

まず登場人物に名前がなかったのは名前考えるのメンドかった事と名前書かずに書けるのかっていう自分への挑戦というか、結果どうかわからんすが完成したしよしとしてください。

兄弟の母の名称がころころ変わったのはスミマセン、彼女の心の変化をあらわしているもりですがわかりにくかったです。

ベンチにいた男や茶色のコートの女性は誰だよと思いますよね、きっと兄弟の母と関係している人物です!それぐらいしか考えてなかったですw

あとは男は兄弟の母と話しているんですが男の会話だけしか書かなかったです、母には最後で喋ってほしいと思っていたので。回想で喋ったのであれですが。



と色々書きましたが本文長いのにここも長くてすみませんwそれでは次があればまたよろしく(∩´∀`@)⊃

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