大阪出張編 -6-
ある日の休日の朝。
大阪へ来てすでに3ヶ月が経っていた。
自宅で洗濯物を干していると、玄関のチャイムが鳴った。
ドアの覗き穴から覗くと、田丸さんが立っていた。
悠生「おはよう。何かあった。」
田丸「おはようございます。急にお伺いしましてすいません。」
悠生「いえ。」
田丸「実は、朝早くに山上さんから電話があって、うちの父に会いたいと・・・」
悠生「うん、それで?」
田丸「今、父の病状は少し回復はしてきているんですけど、父に会わせるべきか悩んでしまって、仁藤さんに相談したくて・・・」
悠生「うん、でも、俺に相談されても・・・俺もまだ西村所長にはあった事ないし・・・」
田丸「・・・そうですよね・・・ごめんなさい・・・」
そういうと田丸さんは悲しそうな表情を浮かべ階段を駆け下りていった。
悠生「田丸さん、ちょっと待ってくれ。」
ギリギリ聞こえたようで、田丸さんが手摺の隙間からこちらを見上げている。
悠生「決めるのは田丸さんだけど、もし西村所長に会いに行くなら、俺も連れて行ってくれないか?」
田丸さんは何も言わず、首を縦に振り自分の部屋へ戻っていった。
部屋に戻り洗濯物の残りを干すことにした。
悠生「今日は晴れてていい天気だなあ。」
洗濯物を干し終えたころ、また玄関のチャイムが鳴った。
ドンドンドンドン
田丸「仁藤さん。」
悠生「今開けるからちょっと待って。」
田丸さんの勢いに驚いた。
急いで玄関に行きドアを開けた。
田丸「仁藤さん一緒に病院へ行っていただけますか?」
悠生「ああ、今着替えてくる。」
田丸「駐車場で待っています。」
そう言うと田丸さんは急いで階段を駆け下りていった。
急いで余所行きのスーツに着替え駐車場へ向かった。
駐車場には既に車のエンジンを掛けた状態で田丸さんが待っていた。
急いでいるようなので話は車内でしよう。
車に乗り込んだ。
車はマンションの駐車所を出て、アーケード街の方向へ進んでいった。
田丸「急な事ですいません。」
悠生「いや、いいよ。一真にはもう言ったの?」
田丸「はい、病院で待ち合わせする事にしました。」
悠生「そうか。」
車で30分位走ると、病院が見えてきた。
悠生「あそこの病院?」
田丸「はい、そうです。」
駐車場に着き車から降り、病院の正面玄関に向かうと、入口に一真が立っていた。
一真はこちらに気付き、深々とお辞儀をした。
一真「急にすいません。」
田丸「いえ・・・」
病院内を進んで行きエレベーターで上の階へ。
エレベーターから降りると、その病棟は普通の病棟とは違った。
田丸さんが入口付近の看護師にジェスチャーすると、その看護師がボタンを押し入口のドアが開いた。
看護師「こんにちは。」
田丸「こんにちは、お世話になっています。父は居ますか?」
看護師「はい、今案内しますね。」
看護師は、そう言うとゆっくりと歩き始めた。
病室へ行く途中に、色々な患者が見えた。重度の患者も居るようだ・・・
途中の食堂らしき場所の入口のガラスに、カルロスの展覧会のポスターが貼られていた。
悠生「あっ!これ。」
看護師「うちの病院の院長がこの展覧会を見に行って感動したみたいで、この病院の財団法人からの進めもあって、患者さんの家族に紹介しているんです。」
悠生「そうなんだ。」
田丸「看護師さん、このポスターうちの会社で作ったんですよ。」
看護師「そうだったんですか、どうりで・・・」
田丸「何か?」
看護師「いえ、食事の時間になると西村さんがいつも、このポスターをじっと見つめていたので。」
田丸「そうでしたか・・・」
看護師「こちらの病室ですね。先生がおっしゃってましたけど、最近西村さん元気が出てきたみたいだって。」
田丸「そうですか。」
看護師「では、お帰りの際は、また入口の看護師に声を掛けて下さい。」
田丸「はい、ありがとうございました。」
病室は個室のようだ。西村所長は開閉できない窓から、外の景色を見つめている。
悠生「今日は、いい天気ですね。」
西村所長は、顔を軽く縦に振った。
仕事の話をしてもいいものなのか・・・考えてしまう。
一真「所長、ご無沙汰いたしております。」
悠生「おまっ」
田丸「お父さん、山上さんが会いにきてくださいましたよ。」
西村所長に反応はない。
田丸「お父さん、椅子に座りましょう。」
田丸さんが西村所長を椅子に座らせた。
田丸「こちらは、お父さんの後任で東京から来てくださった仁藤悠生さん。」
悠生「仁藤悠生と申します。お初にお目にかかります。いつも美樹さんには大変お世話にになっています。」
西村所長は軽く会釈をした。
とても優しそうで紳士的な顔立ちをしているが、あまり元気なようには見えない。
田丸「お父さん、山上さんは分かるよね。」
一真「ご無沙汰いたしております。」
西村所長の反応は薄い。
悠生「食堂の入口のポスターはご覧になられましたか?」
西村所長は軽くうなずいた。
悠生「気付かれていたかもしれませんが、あのポスターは大阪支所で作ったものです。山上君と美樹さんが社員をまとめ作り上げたものです。率直に、あのポスターは西村所長から見てどうですか?」
西村所長は考え込むような表情をした。
悠生「私が大阪支所に初めて来たとき思ったのは、個性が強い社員が多いという事でした。」
田丸、一真「・・・・」
悠生「でも、それは西村所長が退任された悲しみや、そうさせてしまった責任感からだと直ぐに分かりました。いい社員達です。今は心からそう思います。そして、その社員達を育てた西村所長を深く尊敬いたします。」
田丸「仁藤さん・・・」
悠生「私は、東京本社の時に1人の後輩を深く傷付け、悲しませてしまいました・・・
あなたのような上司に成れていたら、きっとそんな事にはならなかった・・・」
西村「・・・・」
一真「西村所長・・・俺は今まで自分の事しか考えていませんでした。チームの事や会社の事・・・仁藤さんに出会って自分の甘さが分かりました。そして、チームの大切さを知りました。」
西村「・・・・」
一真「西村所長、本当に申し訳ありませんでした。もし、もしも可能なら・・・また西村所長と一緒に仕事がしたいです。そして、もっと色々な事を学びたいです。」
西村所長に反応はない・・・ように見えたが、小刻みに体が震え始め、目にはうっすら涙が浮うかんでいた。
悠生「今日は天気がいいですね。もし良ければ、カルロスの展覧会へ一緒に行きませんか?」
田丸「えっ!仁藤さん。」
西村「・・・見て・・・みたいですね・・・」
田丸「私、看護師さんに聞いて来ます。」
そう言うと田丸さんは走って病室を出て行った。
少しして、田丸さんが戻ってきた。
田丸「外出の許可出ました。」
悠生「それは良かった。」
田丸「お父さん・・・一緒に見に行こう。」
そう言うと田丸さんの目からは涙が溢れだした。
西村所長を病室着から着替えさせ、駐車場の車に向かった。
駐車場に向かう途中、一真に肩を引っ張られ、西村所長達とは少し離れた。
一真「俺、今日はここで失礼します。俺と一緒だと西村所長は仕事の事を考えてしまうと思うから・・・」
悠生「そうか・・・」
そう言うと一真は俺に深々と頭を下げ、西村所長に駆け寄り深々と頭を下げ去っていった。
田丸さんの軽自動車に乗って、展覧会場へ向かった。
お昼時という事もあり、展覧会場の客は疎らだった。
受付を済ませ中を観覧して行く。
カルロスは不在のようだ。
西村所長はうっすら笑みを浮かべながら絵を見ている。
少し進んでいくと、見覚えのない絵に気が付いた。
悠生「前に来た時には、この絵はなかった・・・」
カルロス「アミーゴ。」
後ろからカルロスが抱き上げてきた。
悠生「こら、それはやめろって。」
カルロス「ごめんよ師匠。」
悠生「この絵、前はなかったよな?」
その絵は、一つの画材に10人の男女が絵を書いているという絵だった。
一風変わった絵だが、その絵に描かれている男女はみんな笑顔で、その男女が書いている画材の中心には仲と書かれていた。
カルロス「この絵はね、師匠の会社を想像して描いた絵なんだ。展覧会が終わったら、この絵は師匠の会社に寄贈するよ。本当に師匠の会社の人たちには感謝しているんだ。そして、師匠にも言葉にできない感謝の気持ちがあったから。」
悠生「なんて言葉にしたらいいか・・・カルロスありがとう。」
不覚にも涙がこぼれ、気が付けばカルロスを抱きしめていた。
カルロス「ありがとうは、こっちのセリフだよ。」
カルロスも強く抱きしめかえし、泣きだした。
気が付くと、周りからは拍手が起きた。
カルロス「師匠、これからも、いい友達でいよう。」
悠生「ああ、カルロスは俺の数少ない親友の1人だよ。」
カルロス「シンユウって何?」
悠生「ベストフレンドだよ。」
カルロス「師匠とは、昔からベストフレンドだよ。」
悠生「そうだったな。」
その後、カルロスとも一緒に絵を観覧した。
悠生「じゃあ、また来るよ。」
カルロス「うん、また会おうMy Best Friend」
展覧会場を後にし、田丸さんの軽自動車で病院へ戻った。
いつのまにか夕方になり、綺麗な夕日が射していた。
病院へ到着すると、朝来た時のように、また病室へ戻った。
悠生「今日は、無理をさせてしまってすいませんでした。」
西村「いいえ・・・今日は・・・仁藤さんと・・・カルロスさんに・・・元気を貰いました。」
早い返事に少し驚いた。
西村「仁藤さん・・・私はまだ少し・・・時間が掛かるかもしれませんが・・・絶対にまた・・・大阪支所へ戻ります。どうかそれまで・・・大阪支所をお願いします。」
悠生「はい、それまでお引き受けいたします。今日はお疲れになっていると思いますので、ゆっくり、お休みください。」
西村「今日は・・・ありがとう・・・」
悠生「では、失礼いたします。」
病室を後にした。
田丸さんの軽自動車で自宅へ向かう。
田丸「仁藤さん、今日は本当にありがとうございました。」
悠生「いや、今日は愉しかったよ。西村所長にも会って話ができたし、良かった。」
日も暮れ、外は夜になっていった。
田丸「こんなこと聞いてもいいのか・・・」
悠生「何?」
田丸「もし、答えたくなければ答えなくて結構です。」
悠生「わかった。」
田丸「朝、病室で仁藤さんが言っていた、後輩を傷付けてしまったって言う話がどうしても気になってしまって・・・」
悠生「・・・・」
田丸「ごめんなさい、聞かなかった事にしてください。」
悠生「・・・いいよ。聞きたければ話すよ。」
俺は、幸と出会った事から、転勤までの事を話した。
田丸「うちの家族のせいで・・・・本当に申し訳ありません・・・」
悠生「気にするな、同じ会社の事だし、俺は大阪支所で充実した毎日を送ってる。だからいいんだよ。」
田丸「佐倉さんの事は気にならないんですか・・・」
悠生「あの子は強い子だよ、俺がいなくても十分やっていける。」
田丸「連絡は取り合っているんですか?」
悠生「いや・・・こっちに来て一度も・・・」
田丸「ダメですそんなの、連絡しなくちゃ。」
悠生「連絡して何になる?会えない辛さが増すだけだよ・・・忙しくて東京に帰る暇なんてないし、帰ったとしても大阪に戻るときには、また悲しくなる。」
田丸「ごめんなさい、何も知らないのにでしゃばって・・・」
悠生「気にするな、田丸さんは優しいから。」
田丸「優しくなんて・・・ないです・・・」
悠生「えっ?」
田丸「優しくなんてないです。」
田丸さんの声が荒々しくなっているのを感じた。
田丸「私は仁藤さんが、いつまでも大阪に居てくれればと思っています。佐倉さんの話を聞いても、そう思っています。私は優しくなんてないです。」
悠生「・・・・」
田丸「佐倉さんの話を聞かなければ良かったとすら思っています。私は・・・優しくなんてないです。」
悠生「落ち着けよ。」
田丸「・・・私、仁藤さんが好きなんです。」
悠生「はあ?」
田丸「私は・・・」
悠生「降ろしてくれ・・・」
田丸「でもまだっ」
悠生「いいから降ろせ。」
自分の口調が荒れているのは気付いたが、どうにもできない苛立ちがあった。
田丸「はい・・・」
車は道路の脇に停車した。
俺は何も言わず車から降り、歩き始めた。
何なんだこの苛立ちは・・・こんなはずじゃなかった・・・俺は今まで何をしていたんだ・・・
苛立ちは誰かのせいではなく・・・自分への苛立ちだった。
40分ほど歩くと自宅のマンションに辿り着いた。
田丸さんの車は駐車場には無かった。
自宅に着くとそのままベッドに倒れ込んだ。




