大阪出張編 -1-
JR新大阪へ到着した。
腕時計の時間は午後1時30分を指し示していた。
東京からは思っていた程、時間は掛からなかった。
ただ、陸路を走る新幹線は、距離の遠さを実感してしまう・・・
改札をぬけ、駅を出る。
東京とは、やはり違う。明らかに違うのに何が違うのかが解らず困惑してしまう。
女性「仁藤さんですか?」
悠生「はい!?」
20代前半ぐらいの眼鏡を掛けたキレイな女性だ。
女性「大阪支所で総務をしている田丸美樹と言います。社長から話は聞いています。転居先にご案内しますので、あちらの車まで。」
指差す方向には、可愛らしい軽自動車が停まっていた。
言われたとおり、車に乗り込む。
そういえば、社長に新幹線の出発時刻を聞かれていた。
悠生「何で、これだけ大勢人が居るのに俺の事わかりました?」
田丸「社長から仁藤さんの容姿については聞いていました。それに、大阪に来るのが初めての人って、似た順路を通るんですよね。」
とっさにこの子は頭がキレる子だと直感した。かつて、幸にも同じ事を感じた事がある。
それと、もう一つ聞きたい事がある。
悠生「大阪の人なのに、大阪の方言が出てないですよね?」
田丸「鋭い質問ですね。大阪の出身なんですけど、東京の大学に行って、東京で就職をしたんです。父が体を壊しまして、最近、実家のある大阪へ戻ってきたところなんです。」
悠生「もしかして・・・」
田丸「仁藤さんは頭がキレる人だと聞いていたから、ここまで話せば理解できると思いました。そうです、大阪支所の前所長の娘です。仁藤さんには何とお詫びを申せば良いのか・・・ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
悠生「いえ、同じ会社の事ですので。東京に未練が無いと言えば嘘になるけど、正直に言うと、色々挑戦してみたいという気持ちはあったんです。」
田丸「本当にありがとうございます。」
悠生「いえ。ところで、お父さんのご容態はどうなんですか?」
田丸「はい・・少し精神を病みまして・・・家族としては、このまま退職を願っています。」
悠生「そうですか・・・」
田丸「私もまだ、大阪支所に来て数ヶ月なんですが、会社の雰囲気は・・良くはないです・・・自分の父が管轄してきた支所なのに・・・情けないかぎりです・・・」
悠生「・・・・」
田丸「それと、私が前所長の娘だという事は秘密にしておりますので、どうかご配慮ください。」
悠生「でも、苗字で社員は気付かなかったんですか?」
田丸「田丸という苗字は母方の旧姓です。父方の苗字は西村ですので。」
悠生「そうですか。」
田丸「もうすぐ会社の前を通ります。あそこのオフィスビルの3階のフロアが大阪支所です。」
悠生「へえ、ここかあ。」
オフィス街の一角に、少し古めのオフィスビルが建っていた。
田丸「この辺りは、平日の日中は、かなり人が多いんですよ。」
悠生「へえ、そうなんだあ。」
田丸「仁藤さんの転居先は会社からすぐそばのマンションを用意しました。」
悠生「助かります。」
田丸「ここです。」
3階建てのマンション。それほど新しくはないが、緑に囲まれた良い場所にある。
車を駐車場に停め歩き出す。
田丸「このマンションのB-3です。会社まではバスで1駅、まあ歩いて5分なんで歩いた方が早いと思います。」
悠生「いい場所を選んでもらってありがとうございます。」
田丸「いえね、実は私・・・このマンションのB-1なんですよ。B-3が最近空いたので直ぐ手を打っておいたんですよ。」
悠生「そうだったんだ!」
田丸「引越しの荷物は明日届くそうですね。また、明日手伝いに伺います。」
悠生「そんなに荷物はないから、気を遣わなくていいよ。明日は日曜日なんだからゆっくり休んでください。」
田丸「もしよかったら、仁藤さんに会わせたい人がいるんですよ。その人、日曜日の夕方ぐらいが都合が良くて。だから引越しを早く済ませて、その人に会ってもらおうかと・・」
悠生「えっ!うん、わかった。」
田丸「詳しい事は、また明日話します。では、明日の午前10時に伺います。それでは。」
悠生「うん。今日はありがとうございました。」
・・・なぜ、引越しの荷物が届く時間まで知っているんだ・・・
まあ、深く考えずシャワーを浴びて汗を流そう。
部屋は2DK。壁紙も変えてあり、特に気になる点も見つからない。
俺が嫌いな風呂とトイレが同室のユニットバスでもないし。
シャワーを浴びて、腕時計を確認すると、時計は午後4時を指し示していた。
悠生「少し、買い物をしたいなあ。」
キャリーケースからタオルと着替えを取り出し着替える。
出かけよう。
この町に土地勘はほとんどなかったが、来た道とは逆の方向に向かい歩いてみた。
5分ほど歩くと、そこには商店街のアーケードが広がっていた。
引越しの荷物は必要最低限の物しかない。
運賃より買った方が安くなってしまうからだ。
東京の荷物のほとんどは、光志や秀秋や村上さんにあげてしまった。
とりあえず、部屋に冷蔵庫はまだ届いていない。
今日の夕食と明日の朝食用の調理パンと飲料水を購入し、必要な生活雑貨を買いそろえた。
お店や店員さんの雰囲気は東京のそれとは明らかに違う。慣れれば、それはとても心地良い物なのだと思うが、今はまだ少し緊張してしまう。
買い物を終え家路に向かおうと思った時、街角に昔ながらといった感じの居酒屋を見つけた。
のれんには樹と書かれている。
悠生「いつきと読むのかなあ?」
何かいい感じのお店だな・・・
何故か、とても惹かれるものがあった。
お店の看板には午後5時からと書かれていた。
腕時計で時間を確認すると時計は4時50分を指し示していた。
悠生「家に荷物を置いたら、もう一度来てみよう。」
腕いっぱいに買い物袋を掛け、家路を急ぐ。
自宅に帰り、買った物を整理し、さっきのお店に行ってみることにした。
お店の前に来て、一瞬躊躇した。
お店は、いきなり東京から来た、一見の客を快く迎えてくれるだろうか・・・
考えても仕方ない、入ってみよう。
のれんをくぐり、片引き戸をずらす。
女将「いらっしゃい。」
悠生「一見なんだけど大丈夫かな?」
女将「・・・かまへんよ、カウンターへおいで。」
ぶっきらぼうに聞こえるが、優しさを感じる声だった。
女将はまだ30代半ばぐらいの、女将というには若く思える小奇麗な女性だった。
悠生「おじゃまします。」
カウンター席に座る。
店内に客は、まだ俺しかいないようだ。
女将「ビールでいい?」
悠生「うん。」
女将「生と瓶どっちにする?」
悠生「生で。」
女将「はいね。」
生ビールとお通しが出てきた。
女将「はいどうぞ。」
悠生「ありがとう。」
女将「あんた、大阪の人間と違うな。それもここ数日に来たところやね?」
悠生「凄いね!今日、東京から来たところ。」
女将「猫被るのは、やめや。あんたは頭のキレる子や。この店に来たのもわかるわ。」
悠生「たぶん女将さんが思ってるとおりだよ。この町やこの地域の事を知りたかったんだ。
買い物をしながら、どこか呑める場所を探してた。それを知るには、チェーン店や新規参入の店ではなく、昔からある、この都市の文化を知っている店が良かった。だから、このお店を選んだ。」
女将「そうか・・・気に入ったわ。」
悠生「えっ!?」
女将「あんた、いい目をしとるわ。それと・・・あんたにはツイてるなあ。」
悠生「ツイてる?」
女将「可愛いらしい女の子やね。妹さん?」
悠生「女将には見えるのか?」
女将「見えるんやない、感じるんや。他の人には内緒やで。こういう話をすると、のめり込む子が多いから。」
悠生「うん、わかった。このお店を選んでよかったよ。」
女将「何でも聞きや。おばちゃんで良ければ何でも答えたる。」
悠生「ありがとう。」
悠生「結構飲んじゃったなあ・・・今日はこの辺で帰ります。」
女将「あんた、こっちに知り合いも少なくて不安やろ?いつでも頼ってきいや。」
悠生「うん、ありがとう。」
お代を払い店を出る。
久しぶりに母親を感じた気がした。
それを求めて、このお店には色々な客が来るのだと思う。
とてもいい気分に酔う事が出来た。
家に帰り時計を確認すると、早い時間から飲んだせいか、まだ午後9時だった。
明日は朝早いからシャワーを浴びたら早く寝よう。




