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朝5時30分の目覚ましがなる。
いつもと同じ朝が始まった。
何の気なしにカーテンを開く。
今日は雨のようだ。
月曜日から雨とは、ついていない。
俺の名前は仁藤悠生、世間で言う、ごく普通のサラリーマン。
さあ朝ごはんを作ろう。
炊きたての白米の匂いが台所に漂う。
その前にやる事がある。
茶碗にごはんをよそい、湯呑みに茶を注ぐ。
部屋の角の仏壇に供える。
?「たまにはコーヒーとかココアが飲みたいな。」
悠生「お前、お茶好きだっただろうが。」
数週間前から同じような会話だ。
俺の妹・・・6年前に他界した妹・・・血は繋がっていない。
俺の両親は小学6年生の時に離婚し、俺は母親に引き取られた。
高校2年生の時に母が再婚した。
義父は優しい人だった。
父親になった人には娘がいた。
高校1年生の娘。そして、俺の妹。人懐っこくて明るい妹だった。
俺の人生で一番幸せな時だったのかもしれない・・・
1年後、妹は事故で他界した。
その2年後、義父が病気で他界した。
母も1年前に他界した。
数週間前から妹が現れるようになった。朝の少しの時間だけだが。
最初は驚いたが、数日で慣れた。
まともな肉親が今は誰もいない俺には、逆にありがたい。
妹は明るくて優しい奴だから、朝から元気になれる。
妹の生意気な言い草も、朝の目覚めには心地いい。
妹「コーヒー飲みたいな。」
悠生「お前コーヒー飲んだ事ないだろ。」
妹「あるもん。昔、銭湯でコーヒー牛乳飲んだもん。」
悠生「それほとんどコーヒーじゃねえし。コーヒー飲んだら夜眠れなくなるって
親父さんに言われてただろ。」
妹「お茶で我慢するよ・・・」
こんな会話がここ最近の日課だ。
悠生「じゃあ、今日は帰り遅くなるから。」
妹「おう、いてら~。」
こんな感じでいつも仕事に向かう。
何で妹が現れるようになったのか、そして、いつまでいられるのか奴は言おうとしないし、あえて聞こうともしない。
誰もいない1人の朝ほど寂しいものはない、俺はそう思う。
職場へは電車で30分程度。
学生やサラリーマンの渦に巻かれながら、会社まで辿り着く。
都会の雑踏の中の一角に、職場のオフィスビルはある。
うちの会社は、東京に本社を置き、本社はシステム開発に力を入れている。
大阪に支所があって、大阪の方は広告関係をメインにやっているらしいが、そちらの事はよく知らない。
俺は東京本社で総務の仕事をしている。
高校生の時に情報処理の学課を選択していた俺には、別段苦になる仕事ではない。
女性社員「お疲れ様です。」
10時の休憩だ。
いつものように後輩がコーヒーを入れてくれる。
悠生「サンキュー。」
後輩の名前は佐倉幸、後輩といっても俺より1年後輩、そして3歳年上。
彼女は大卒だからね。
仕事は俺より早い。
幸「あいかわらず堅い仕事しますねえ。」
悠生「遅くてすまんね・・・」
幸「いえいえ、数分早くてもコーヒー入れるのが仕事ですから。」
悠生「いつも助かるよ、ありがとう。」
幸「どういたしまして。」
10分休憩の後、仕事再開。
うちの部署は俺と彼女の2人だけ、俺達2人いれば十分な仕事量だから。
キーン コーン カーン
お昼だ。
幸「悠さん、今日のお弁当何ですか?」
悠生「ウィンナーと卵焼きだよ。」
幸「いいっすね。定番だけど悠さんの卵焼き天才っすよ。」
彼女にコーヒーを入れてもらう代わりに彼女のお弁当を作ってあげている。
弁当の1人分も2人分も大して変わらないし、正直彼女の仕事の速さに助かっているからお礼のつもりもある。
幸「今度この卵焼きの作り方教えて下さいよ。」
悠生「別にいいけど、食べさせる相手いるの?」
幸「悠さん、それ軽くセクハラっすよ。」
悠生「すいません、聞かなかった事にしてください。」
午後8時00分
幸「悠さん、先にあがりますね。」
悠生「おつかれさま。」
幸「おいっす。」
彼女に勝とうと頑張るが、いつも10分程度負けてしまう。
悠生「よし、終わった。」
タイムカードを打ち、会社のロビーを出る。
幸「悠さん、たまには飲みに行きませんか?」
悠生「わっ!びっくりした。」
背後から急に声を掛けられ声が裏返る。
たまにというか、誘われたのは今日が初めてだ。
悠生「今日、友達と約束してるんだけど、一緒でもいいかな?」
幸「いいですよ。月曜の夜から飲む人って、私以外にもいるんですね。」
悠生「床屋やってるツレなんだ。高校の時の同級生。」
幸「おっ!床屋ですか。私も切ってもらおうかな。」
悠生「お前は美容院行けよ。」
幸「腕がいい床屋さんなら切れるでしょ。」
悠生「腕はいいけど、そういうもんなのかなあ?」
幸「それに悠さんの友達なら、サービスしてくれるかもしれないし。まあ、とりあえず
行きましょうよ。」
騒がしい繁華街を通り過ぎ、
午後9時 居酒屋 慧樹到着
女性店員「いらっしゃいませ。」
悠生「お久しぶり、あいつ居るかな。」
女性店員「お久しぶりですね。ご案内いたします。」
洒落た和風の店内を進む。
幸「落ち着く感じのお店ですね。」
悠生「ああ。雰囲気いいだろ。」
女性店員「こちらになります。」
個室に通される。
悠生「ありがとう。注文決まったら呼ぶね。」
女性店員「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ。」
男「おっす。おつかれ。」
悠生「おっす。」
こいつは高校の時の同級生の滝川光志。短髪で顔はそれなりにイケメン。こいつとの関係は腐れ縁って奴かな。
光志「おっ!女連れか。」
幸「ちは。」
悠生「お前の腕目当てだ。」
光志「はは~ん。お前、闇医者だな。もしくは刺客か?」
幸「どういう発想だよ。多分、今の日本にそういう闇医者や刺客は居ないと思うぞ。
それと多分、君より3つ年上だから、そこんとこよろしく。」
光志「ずいぶん威勢のいい姉ちゃんだな。」
幸「人の話聞いてたか?まあいいけど。」
光志「で、この3つ年上の女性は誰よ?」
悠生「職場の後輩。」
幸「よろしく。」
光志「お前の会社って、変わった人多いのな。」
悠生「まあ、実力主義の会社だから。」
幸「どういう意味だよ。」
光志「まあ、深く考えないで何か飲みなよ。」
壁際からメニューを取り出す。
悠生「じゃあ、俺は生大ジョッキで。」
幸「月曜から飲みますねえ。じゃあ私も生大ジョッキで。」
光志「今日は悠が彼女連れだし、俺が奢るから。」
悠生「おいっ!」
幸「彼女です。」ガシッ
悠生「コラ、腕組むな。」
幸「腕フェチの闇医者ですから。」
光志「・・・結構、根に持つ人?」
悠生「そうみたいね・・・」
女性店員「お待たせしました。生ビール大ジョッキが2つですね。」
悠生「ありがとう。」
女性店員「失礼します。ごゆっくりどうぞ」
光志「じゃあ、とりあえずおつかれ。」
悠生、幸「おつかれさま。」
カチーン
悠生「で、この子がお前に髪切ってほしいって言うんだけど、光志って女の人の髪切れる?」
光志「姉貴の髪も切るから問題ねえよ。」
悠生「お姉ちゃんの髪って光志が切ってたんだ。あの髪型かっこいいよな。じゃあ頼むわ。」
光志「おう、まかしとけ。」
幸「サービスも頼むな。」
光志「安くやってやるよ。ポイントカードのポイントも倍にしてやる。」
悠生「そんなのあったっけ?」
光志「最近親父が始めたんだ。最近、悠来てくれてないしなあ。」
悠生「ごめん、散髪代ケチってるから。」
幸「頼んでもいいかな?。」
光志「ああ任しときな。顔は悪くないんだから、悠好みにセットしてやるよ。」
幸「わ~い。」
悠生「コラコラ。」
女性店員「失礼します。こちら店長からのサービスです。」
光志「おっ!イカのワタじゃん。これうまいんだよね。大将に宜しく伝えといて。」
女性店員「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ。」
光志「お姉ちゃん、これ食べてみな。」
幸「悠さん、これ何ですか?」
悠生「イカのはらわたを凍らせたもの。」
幸「そうなんですか。いただきます。」
光志「どう?」
幸「美味しい!!口の中で溶けてとろける。風味も絶品ですね。」
光志「そうだろ。悠、この作り方って教わらなかったの?」
幸「?」
光志「俺達、この店でバイトしてたんだ。」
幸「そうなんだ。」
光志「俺はホール担当してて、悠はこの店の厨房で働いてたんだ。筋がいいって大将がいつも褒めてたっけ。」
幸「へー。」
悠生「大将、この作り方だけは教えてくれなかったんだよ。インターネットとかに載ってる作り方じゃこの味出せないし、今も謎のままなんだ。」
光志「そうか、死ぬ前に聞いとかないとな。」
悠生「!!!大将、体悪いのか!?」
光志「いや全然。」
悠生「ブッ。」
光志「こら、ビールは吹く物じゃなくて飲む物だぞ。」
悠生「すまん。」
午後11時
店内の客もだいぶ減ってきた。
悠生「そろそろあがろうか。」
光志「だな、お互い明日仕事だしな。そうだ、この店のポイント貯まってるから、
ねーちゃん好きな景品貰ってきな。」
幸「このお店そうゆうのがあるんだ?」
悠生「今時珍しいよな。」
幸「料理の味も量もいいし、良いお店ですね。」
光志「良かったら使ってあげてよ。このお店の大将には俺も悠も昔世話になったから。」
幸「了解です。」
悠生、幸、光志「大将ごちそうさまでした。」
大将「おう。」
悠生「大将、イカのワタ最高だった。いつもありがとね。」
大将「おう、そりゃよかった。」
光志「大将おいくらですか?」
大将「9000円だね、おっ!悠ちゃん今日は彼女連れだったのかい?」
悠生「いや。」
幸「彼女です。」ガシッ
悠生「もうその件やめないか?」
幸「ちっ。」
光志「まあまあ。はい9000円ちょうどね。大将またまけてくれたでしょ?いつもありがとね。」
大将「バレてたか。いいんだよ、お前らの元気な顔が見れりゃそれでいい。」
悠生、幸「ありがとうございます。」
光志「大将、ポイント貯まってるんだけど。」
大将「おう、結構貯まってんな。このぬいぐるみなんかどうだ?」
幸「うわっ、めっちゃカワイイ。大将センスいいね。」
大将「お嬢ちゃんいい子だね。良かったらまた遊びに来てよ。」
幸「はい。私このお店好きになりました。」
大将「うれしい事言ってくれるね、ありがとう。」
幸「こちらこそ。」
11時30分 駅到着
普段は騒がしい駅周辺も、平日のこの時間には人影は疎らだ。
光志「じゃあ、おつかれさまね。幸ちゃん散髪の件は予約してから来てくれな。」
幸「おう、まかせたぞ。」
悠生「おつかれさまね。」
駅のホームに辿り着く。
悠生「幸ってどこの駅まで?」
幸「またセクハラっすか?」
悠生「いえ・・・聞かなかった事にしてください。あと、告訴はしないでください。」
幸「冗談ですよ。告訴はしませんよ。悠さんの降りる駅の1つ後です。」
悠生「俺の降りる駅、知ってたんだ?」
幸「ストーカーですから。」ニヤッ
悠生「そ・・そうなんだ。」苦笑
幸「冗談ですよ。そういう反応軽く傷つくな。」
悠生「すまん。」
電車に乗り込む。
幸「あのお店の大将いい人ですね。お付き合い長いんですか?」
悠生「ああ、昔俺と光が町で悪さしてた頃よく叱られてた。いつだったか、腹空かせてた時にタダでチャーハン食わせてくれたんだ。俺も光も大将の人柄が好きになって、「遊んでる暇があるなら雇ってやる」って言われて、俺は高校3年生までだったけど、光は美容師の学校行ってた時もバイトしてたから付き合いは、かなり長いよな。」
幸「そうだったんですね。」
幸「これ内緒にしておこうかと思ったんですけど、私、荒れてた頃の悠さん知ってるんですよ。」
悠生「えっ!!」
幸「私、町でヤンキーに絡まれた事があって。」
悠生「俺絡んだかなあ?」
幸「その時に助けてくれたの悠さんだったんですよ。」
悠生「えっ!!」
幸「相手が多人数だったから、私の手掴んで一緒に走ってくれた。」
悠生「そんな事あったかな?」
幸「やっぱり覚えてなかったか。ちょっと残念だけど、あの時はありがとうございました。」
悠生「いや、何と言ったらいいのか・・・」
幸「さっきストーカーだと言いましたが、この会社で出会えたのは偶然です。でも、悠さんの事を尊敬しているのは事実です。」
悠生「ありがとう。」
幸「いえ。」
会話をしているうちに、電車は結構進んでいた。
悠生「じゃあ、次の駅で降りるから。」
幸「お疲れ様でした。」
悠生「遅くまで付き合わせちゃって悪かったね。」
幸「いえ、とても楽しかったです。」
悠生「それなら良かった。じゃあ、気を付けて。」
幸「じゃあ。」
電車を降りると、扉は閉まり、ゆっくりと電車は動き始めた。
幸はぬいぐるみを抱えたまま、いつまでもホームに手を振っていた。
駅前はほとんど人影がない。
悠生「静かだなあ・・・」
家に付いたのは、午前0時を過ぎた頃だった。
悠生「ただいま。」
家に帰って1人になると、寂しさを感じる。
さっきまで楽しかったせいか、余計に・・・
悠生「寝るか、おやすみ・・・」




