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少年と〈声〉

「やっと来たか…待ちわびたぞ…」


その声は少年の頭に直接響いて来る。

辺りに人の姿は無い。

目の前に広がるのは月夜に照らされた〈祝福の泉〉


少年の祖父が領民に立ち入りを禁止し、また

自分の身に何かあれば一人で訪れる様に

言っていた場所。


「だれ?だれかいるの?」


少年は震える声で〈声〉の主を探す…が、

周囲には気配どころか、音すら無い深淵の

闇が広がるばかりだった。



「お前は…玄十郎の息子だろう…?」


「おじいちゃんをしってるの?」


「そうか…孫か…また随分と時が経ったものだ…」



〈声〉の主は相変わらず見当たらない。

だが、どうやらその主は祖父を知っている

様だった。


玄十郎ーーその名前は少年の祖父のものだ。

この世界では一般的な名前ではない。

少年の祖父は、この世界とは別の「異世界」から召喚された「勇者」だ。


いや「元勇者」と言った方が正しいのかも

知れない。

玄十郎は確かに「魔王」を倒した。

その功績に大陸中が狂喜乱舞し、元の世界では

平民だった玄十郎は召喚された国で貴族へと

取り立てられた。

だが、そこから何かが狂い始める。

玄十郎は持ち前の知識を活かし次々と平民や

貧民を救済する政策を打ち出す。

だが、それを善しとしない者達がいた。

自らの利権を侵されだした貴族達だ。


高まる「勇者」の人気と名声に危機感を覚えた

彼らは、謀略の限りを尽くし玄十郎の名声を

落として行った。


だが皮肉にも、その地位に止めを刺したのは

玄十郎自身だった。


「魔王」が死に手下の魔族は、その勢いを

失った。

世界には平和が訪れたかに見えた。

だが何処の世界も平和は人の欲を駆り立てる。

きっかけは隣国との領地争いだ。

「魔王は殺せても罪無き民は殺せない」

玄十郎の発言は、彼に敵対する利己的な貴族達に

格好の口実を与えてしまう。


結果として玄十郎は殆どの財産を没収され、

王都から遠く離れた森しかない土地に領地を

変えられてしまった。

貴族としての地位を剥奪されなかったのは、

彼の功績に対する恩赦の意味合いが強い。


その事件以降、玄十郎は「裏切り者」

「役立たずの勇者」といった反勇者派が撒いた

不名誉な名前で呼ばれる事になった。



「少年よ…見えないだろうが、私は人間だよ…

いや…人間だった者…だな…お前の祖父と同じ世界から来た…」


「おじいちゃんとおなじ?」


「そうだ…」


「じゃあ、おじいちゃんもおばけになるの?」


「そうか…玄十郎は死んだか…残念ながら奴は私の様にはならない…」


「そっか…」


少年は何時の間にか怯える事を止め、

〈声〉の主に問いかけていた。

だが問いが否定されると、悲しそうに

俯いてしまう。


「元英雄」玄十郎は、この日の朝に他界した。

祖父を敬愛していた少年は一日中悲しみに

暮れていた…が玄十郎の遺言に従い、

夜を待って泉を訪れていた。


「少年よ…親や兄弟はいるか?」


「おばあちゃんだけ…おとうさんも、おかあさんも…しんじゃった…」


「ならば、これが最後の機会かも知れんな…」


〈声〉の主はそう言うと暫く黙っていたが、

用件を切り出す。


「少年よ…力が欲しくは無いか?」


「ちから?」


「そうだ力だ…お前は今よりもずっと強くなれる…」


「ちからがあれば、ぼくも まじゅつ がつかえる?」


「残念だが魔法は使える様にはならない…私の言う力は〈知力〉だ…」


「ちりょく?」


「私の知力は、やや偏っているがな…

だが知力は時に魔法すら凌駕する…だが

私が与えるのは、あくまで〈知識〉だ。お前の知性にまでは干渉できん…要はお前次第だな…」


少年は考えていた。

祖父が魔王から受けた呪い…

血の連なる者と〈精霊〉の契約を阻害する呪い…

そのせいで、少年は5歳になった今でも

〈精霊〉と〈契約〉が出来ていない。

祖父のパーティーとして同行していた

国内有数の魔術師であり、貴族である祖母の血。

そして入り婿だった天才魔術師と呼ばれた父の血を

受け継ぎ、保有する魔力量は既に宮廷の魔術師をも

越えていた。

だが魔力はあっても〈契約〉が出来なければ魔術は使えない。


姿の見えない〈声〉の主に従えば、それに代わる

力が手に入るのだろうか?


「ください…ぼくに ちから を…」


少年は答える。

その瞳に宿る光に迷いは無い。


「良いのか…?」


「はい!ぼくは きょうから とうしゅ です!

みんなを まもらなきゃいけないんです!」


祖父が逝ったこの日、少年は当主となっていた。

当主とはいえ、この地は国からも見捨てられた森。

名ばかりの領地、名ばかりの貴族…

だが少年にとっては世界の全て…

その全てを守る為に少年は決断する。


「そうか…礼を言おう…少年よ…最後にお前の

名前を教えてくれ…」


「ぼくは アスマ…アスマ=シノミヤ…」


「アスマよ…有難う…これで2000年の楔から…

ようやく…」


〈声〉の主が消え入りそうな声で呟くと、

泉が光に包まれる。

その光は少年を…アスマを包み込み、そして

穏やかに消えて行った。

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