確かに悪女だった彼女の真実と、たったひとつのちいさな恋の物語。
暗い話です。ただ暗く、でも本人たちは幸せ……なのかな?というプロローグ的な話。
死ネタなので苦手な方はお気をつけください。
確かに彼女は悪女だった。
けれど、それでも彼女は美しかった。憐れだった。
………………そして、愛しかった。
「わたくしはね、世界が間違っているのだと思うの。わたくしを取り巻く世界が、この世を支配する者達が」
彼女は気高かった。そして優しかった。
「だからね、わたくしはあの聖女を蹴落として王太子妃になるわ」
そう微笑んだ彼女はとても愛らしかった。
「……フィンセント。あなたは無関係だと言いなさい。これはすべて、わたくしの独断だと。私に脅されたのだと」
彼女に従い聖女に毒を盛り、王太子に催眠を施したのは確かに私の意志だった。
「言いなさいっ! あなたはわたくしに脅されたのよ! わたくしに利用されたのっ! っ、……お願いよフィンセント……。お願いだから、言ってちょうだい……お願いよ……」
声を震わせるあなたが、瞳に涙を溜めてくださるあなたが……とても、私には愛しかった。
だから決して、あなたのその命令だけは聞けなかった。
「わたくしがすべて命じたのよっ! この男はわたくしの美貌に騙され、利用されただけのバカな男なの! だからその男に非はないわ、いますぐ解放しなさいっ!」
私のために必死に庇ってくださるあなたがとても愛しくて、なのに助けることが出来ない我が身が口惜しかった。
「……フィンセント。フィンセント……ありがとう。あなただけよ。あなただけが、ずっとわたくしに寄り添ってくれた。あなただけが、わたくしの生きる意味だった」
処刑の前に、そう微笑んでくださった。
いままでで一番清々しい笑みだった。
…………もっと早く、その顔をさせたかった。
「フィンセント…………ッ、フィンセント……。…………フィンセント…………だいすきよ。…………ほんとうに、ほんとうに……だいすきよ。……ごめんなさいね。来世は、わたくしみたいな悪女に好かれることなく、幸せになってね……」
そう微笑んでくださるあなたがとても愛しくて、いますぐ抱きしめたくて。
けれど後手に拘束されている身では頬に流れる涙を拭うことも、震える身体を抱きしめることもできなくて。
処刑台へとのぼるその足を止めることも叶わず、投げられる石から庇うこともできず……首へとかけられる縄から救ってやることもできずに。
あなたの唇が、自分の名を呼ぶ動きを見ていることしか出来ずにいて……。
「アデレシアッ!!」
そう叫ぶ声が誰のものかもわからずに。
「アデレシアッ……アデレシアッ!!」
喉から鉄の味がせり上がるほどに叫んではじめて、自分の声だとわかった。
「アデレシアぁぁぁぁッ!!」
彼女の身体が宙に揺れる。
波打つ暗色の美しい長い髪が。細く白い躯が。重力をともなって、ぶらぶらと……揺れている。
「ア"ア"アアアァァァァァァ……ッ!!」
彼女のもとへ行こうと、すぐにでも助けようと思うのに抑えられて動けない。
彼女の瞳から徐々に光が失われていっているのに、いますぐ駆けていかないといけないのに。
まるでゴミのように地へと投げ捨てられる身体。彼女の、細く軽い……憐れな躯が…………捨てられる。
駆け寄って、縋りついて、抱き締めたいのに。
ただ頬から雫が伝うことしか出来ない我が身が恨めしく。
彼女と同じように首にかかる縄が救いのようで。やっと彼女を抱き締められると思うと、幸せで。
未だ片付けられることなく打ち捨てられている彼女を見つめ、神はいるのかもしれないと思った。
けれど、もしいたとしても……自分は許さない。
彼女に地獄しか与えなかった神を。彼女を救わなかった神を。
──────決して、許しはしない。
「……あなたのフィンセントが、すぐに参りますよ」
だからもう、泣かないで。
もう、強がらないで。
もう二度と、ひとりで孤独に震えないで。
「愛しています……アデレシア」
首に一気にかかる強い力も。揺れる視界も。
眼下にいるあなたが。あなたと同じ苦しみを味わっていることが。とても、心地良い。
やっと、あなたと一緒になれた。
やっと、あなたと苦しみを共有できた。
もう二度と、あなたひとりを苦しめはしない。
どこまでも、このフィンセントがお傍におります。
さあ、ともに参りましょう。地獄への旅路を。
きっと、この世の地獄よりも楽ですよ。
そう言って手を取る私にあなたは。
「……バカね。ほんとうに、ほんとうにバカ……」
そう涙を流すのを、やっと拭うことができた。
「あなたはバカよ。わたくしなんかを愛して……」
震える身体を、やっと抱き締められた。
「ごめんなさい……ッ、ごめんなさいフィンセント……」
泣き崩れそうなあなたを、やっと支えることができた。
「ありがとう……わたくしなんかを、愛してくれて……」
────やっと、あなたの幸せそうな顔が見れた。
「私こそ、愛することを許してくださって……ありがとうございます」
手と手を取り合って、微笑み合う。
地獄へ向かう死出の旅路になってやっと……私たちは笑い合えた。
「地獄って、どんなところなのかしら」
「さあ……。でもどんなところだろうと、あなたのお傍にはこのフィンセントがおりますよ」
「ふふっ、わかってるわ。今更離れるなんて許さなくてよ?」
初めて、初めてあなたが屈託なく笑ってくれた。
その顔が見れるのなら、たとえ火に焼かれようと、槍に刺されようと私は笑っていられる。
「離れませんよ。あなたは私が唯一愛した女性なのですから」
「っ……! もっ、もう……! そういうことを死んでから言われても……」
「死んでいるからこそ、です。生きてるうちはお互い、色んなものに縛られていましたから」
「…………そうね。……ねえ、フィンセント。わたくしたち……そういう意味では、死んでよかったのかしら……?」
期待を込めた眼差し。薄く色付く頬に、愛しさに口角が上がる。
「……そうですね。死んで、良かったかもしれませんね」
本当は生きて、幸せにしたかったけれど。
それが叶わないのなら、これで良かったのかもしれない。
……………………本当は、生きていてほしかったけれど。
どんなに辛くても、苦しくても、頑張ってほしかったけれど。
「ふふっ……! そうね、そうよね。死んで良かったのよね!」
こんなふうに笑うあなたには、とてもそんなことは言えない。
「はい…………。どこまでも、どこへなりとも、あなたがおられるところに私は参ります。あなただけが、私のすべてですから」
嬉しそうに微笑むあなたは知らないだろう。
本当に、あなただけが私のすべてなのだと。
孤児で餓死寸前の私に気まぐれの施しを与えてくださったときから。本当は私のために、この世へ復讐してくださろうとしたときから。
「……すみません」
「どうして謝るの?」
「いえ、嬉しくて」
「もう! ……これからは、ずっと傍にいるわ」
すみません。私のせいで……私のために、あなたを犠牲にして。
あなたを、救えなくて。
あなたを…………幸せに、できなくて。
「フィンセント……?」
「…………次は、あなたに神の加護があるよう祈っていたところです」
「もう……ほんとうにバカね、フィンセントは」
いるかどうかもわからない神に、ただ祈る。
どうかどうか、彼女だけは幸せにしてくださいと。
彼女の罪はすべて自分が被るから。彼女の不幸はすべて私に負わせていいから。
だからどうか、彼女だけは幸せにと。
次に生を受けた時には、もう二度と…………私とは出逢わないようにと。
あなたを不幸にして、犠牲にして……救えない男との縁は切れてほしい。
この手を二度と握れないのだとしても、それであなたが幸せになるなら安いもので。
祈る。ただただ、彼女の幸せを。
だから、地獄までのこの道のりの間だけは……彼女を愛することを許してほしい。
お読みくださってありがとうございました。
また現在の連載が終わり、色々落ち着いたら連載してみたいなと思っている作品です。




