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俺猛る!  作者: 佐藤コウ
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第五話 『VS ラスボス』

男には避けられない戦いがある。だから……俺は頷くしかなかった。

 十一月二日――つまりは文化祭を明日に控えた生徒会室である。普段の殺風景な部屋とは違い既に喫茶店らしい装飾は済ませてあった。今は彼女たちに接客を教えているところだ。

 リサ、クルミちゃん、マコトの一年組は実に飲み込みが早い。一回手順を見せただけで仕事を覚えてしまう。しかし、会長、カスミさんの二年組は……。

「だから、それじゃダメだって言ってるでしょ。左手は下で右手を被せる様にしてお釣りを渡すんですよ。で、お客さんの顔を見てニコッですよ」

「ふむ……。こうか?」

「あー、違いますよ。それじゃあ、誘ってるような笑みでしょ。そんなんダメダメなんですよ。ちょっと、リサ! 見本たのむ」

「めんどくさいわね」

 そう言いつつも、俺が右手を差し出すとお釣りを渡す仕草をしてニコッと笑った。バックに満開の花が映るような、そんな素晴らしい作り笑顔だった。

「マーヴェラス! これ! これですよ!」

「……ふむ、難しいものだな」

「いいですか、テーブルにお品を置く時も同じようにニコッですよ。やってみましょうか」

 そう言い席に着く俺。

「練習ですから全員いっぺんにやってみましょう。まずは一年組からどうぞ」

 リサ、クルミちゃん、マコトが順々にコップを置いてニコッとしていく。うむ、色気も何もあったもんじゃないが今は逆にそれが素晴らしい。

「じゃあ、二年組いってみましょうか……って何、今からニコッしてるんですか!」

「……ダメなのですか?」

「あー、全く解ってない! ダメダメって奴だ!」俺は首を振りながら。「いいですか、あんた達は クールキャラでしょ。普段は素の表情で渡す時だけニコッですよ。だからこそ『萌え』に繋がるんですよ。……なんつーの? 俺にだけ見せる笑顔的な感じがいいんですよ。そこに痺れる憧れるってなもんですよ!」

「そういうものなのかい?」

「そういうものなんです! 二人は美少女キャラじゃなくて美人キャラなんだからしっかりしてくださいよ。……まったく……」

 普段と違いやたらと強気の俺の態度にやや引き気味の女の子達。しかし、接客するわけだからお客さんに失礼に当たる行為をさせる訳にはいかない。まあ、主に俺のリビドーの為にって話なわけでもあるのだが……。

「風間 タケル」

「何ですか?」

「アナタの言っている事は矛盾しています。それならば、わたし達の衣裳がおかしいのでは?」

 女の子たちは色違いではあるが皆同じデザインの衣裳を着ていた。光沢のある生地で作ったメイド服である。スカート部分はミニで可愛らしいフリルの着いたデザイン。一年組には実に良く似合っていたが、二年組には正直似合っていなかった。

 しかし、それは計算ずくで衣裳を作ったのである。

「そこがツボなんですよ。一年組の女の子達が元気に可愛らしく働く中、あまりに似合って無い衣裳を着せられて『何よ! 見せつけちゃって!』みたいな時折見せる不満というか恥じらい――これがギャップ萌えって奴なんですよ」

 弁に熱が入りすぎてテーブルをドンと叩いてしまう。そして、その反動でコップが落ちる。それを拾う会長。ここでまた俺の怒りに火が付くのだ。

「会長! 何やってんすか!」

「いや、コップを拾ったのだが?」

「そんなの見れば解ります。何見せてんすか! パンツ見せて嬉しがる趣味でもあるんすか!」

「……キミは何気に酷い事を言うな。しかし、男は見えた方が嬉しいのではないのか?」

「そりゃ、普通のスカートなら嬉しいですよ。ですが、これは普通に動く分には見えそうで見えない長さ――えーと、絶対領域って言うんですが――に調整してあるんですよ。それで見えたら興醒めも甚だしいでしょ?」

 俺の発言に納得がいかないような表情の会長。やはり女の身であるこの人には男のリビドーってもんが解らんらしい。

「……まあ、この話は終わりにしましょうか。今日は衣装合わせをやって明日に備えましょうか。寸法直しやるんで着てきちゃってください」

 そう、衣裳は全て俺の自作である。メイド服の他に各一着の替えを用意してあるのだ。

「ねー、ボクほんとこれでいいの?」

 いつもの赤鉢巻きに体操着と赤ブルマ――つまりはいつもの奴である。マコトには何が似合うかを考えた結果、これとなった。俺は親指を立てグッとやって答える。

「着替え終わったぞ」

 そう言ってウサ耳会長が出てくる。そう彼女は黒のバニースーツであった。短い黒のチョッキに腿までの黒のタイツ。やはり彼女みたいなメリハリのある体格の人にはボディーラインがはっきりと解る衣裳が良く似合うのだ。

「風間 タケル。これはアナタの趣味ですか?」

 はい、その通りです。カスミさんのは似合うとか――いや、すごく似合っているのだが――以前に俺の趣味丸出しであった。薄いピンクのナース服に白のストッキング、スカートの部分の下からちらりと見えるそれを釣るサスペンダーの留め金が見えるのがまた、堪んねえ!

「カスミさん、それ着る時は髪型後ろ縛りにしてください。後、眼鏡クイっとやってください」

 そう言われると素直に人差し指でクイっと眼鏡を押し上げる彼女。思わず太ももを手の平でバンバン叩いて喜びを表してしまう俺。真面目なナースさん……イイッ!

「……何か視線で汚された気がするのですが……」

「どうやら風間君のドストライクだったようだね」

 ニヤけた会長の顔を見て俺はコホンと咳払いを一つ。

「ま、まあ……次いきましょ」

「あの、クルミはメイド服とあまり変わらないのです」

 確かにその通りだがウェイトレスさんと言えばこれを外すわけにはいくまい。白の半袖シャツにオレンジのエプロンドレス。ただし胸を強調するようにそこの部分にはオレンジの布がない――所謂、アンミラ風制服という奴だ。

「ねー、あたしだけ地味じゃない?」

 そう言って出てきたのはリサだった。

 いや、俺の中のイメージでは正にお前はそれなんで文句を言われると困る。俺が他の女の子にちょっかいを掛ける度に厳しくそれを取り締まる彼女は俺にとって婦警のようなものなのである。



 文化祭当日、開店は九時からだというのに早くも生徒会の外には長蛇の列が出来ていた。何故なら俺がネットやら町の掲示板やらで半月も前から宣伝をしていたからである。

 俺は百人分用意した整理券を配り終えると部屋の入口にある看板に「後×時間待ち」と書き込んで部屋に戻った。

「では、先発四人で十五分ごとに一人ずつ入れ替わってください。で、休憩毎に衣裳チェンジお願いします」

 俺の役目と言えば仕切りと裏方である。九時五分前になると開店を宣言しお客さんを入れだした。生徒会室は通常の教室の半分の広さしかないので厨房&着替えスペースとフロアで仕切ってしまうと四人席四つに二人席二つしか置けなかったのだ。これぐらいなら少人数でもなんとか回せるだろう。

 メニューもケーキセット(五百円也)と女の子とのツーショットポラ写真(五百円也)の二種類しかなく恐らく大方は二つ注文で一千円となるだろう。こんな感じで会計も楽なようになっていた。「文化祭でその値段設定は高いのでは?」と彼女たちから言われたのだが衣裳は全部俺の自腹だったのでそれだけは回収できないと困る事。「黒の部分は全額ユニセフにでも寄付しましょう」などと交渉して納得させたのであった。

 十分以内に退室という決まり――つまりは十分で一グループが掃ける――もあり接客時間も予想がつきやすいので順調に店が回転していく。

「おつかれさん」

 そそくさと着替えスペースに消えていくクルミちゃんに声を掛けながら思う。俺はミスを犯した。それは何かと言うと、俺の休憩時間を考えていなかったのだ。十三時に定めてある休憩時間までの四時間というもの俺は動き詰めなのである。厨房でケーキとドリンクを並べ、呼ばれればすぐにポラを取りに行き、品が切れかかると倉庫代わりの隣部屋に品を取りに走る。予想以上に客が多かった事もそれに拍車を掛け実に大変だったのだ。

「接客というものも、これがどうして中々楽しいものだな」

 十三時になり一旦お客の入店を止めて最後の客が退室した後、会長がこう感想を漏らした。一時間の休憩タイムに入ったのだ。

「予想以上の大変さですね」

「まあ、キミがやりたいと言い出したのだ。頑張りたまえ」

 そう言いながら渡してくれたペットボトルを礼を述べてから受け取り一気飲みする。

「ねー、あたしたち、これからお店回ってくるけど一緒に行く?」

「俺はパス」

「私も遠慮しておこう」

 カスミさんも「それでは自分も残ります」と言ったのだが会長が「折角だから一緒に行きたまえ」と言うとそれに従ってリサたちと一緒に店回りに出掛けて行った。

「会長は行かなくていいんですか?」

「ああ、私も少し疲れてしまってな。……さて、風間君。頑張っている御褒美に膝枕をしてあげようではないか」

「マ、マジっすか!?」

「私では嫌かね?」

「いえ、超光栄っす!」

 こんな機会は二度とないかもしれない。そう思い彼女の気が変わる前に床に素早くシートを敷くと彼女を座らせて膝に頭を乗せる。バニー会長の膝の柔らかな感触が頬から伝わってきた。それに何かいい匂いもする。会長は俺の髪を撫でる様にして遊んでいた。

「このまま眠ってしまってもいいぞ。時間になったら起こしてやる」

 そう言って優しげな表情で微笑みかけてくる。

「いえ、寝るより会長の太ももの感触を味わっている方が体力が回復しそうなんで」

 いやらしくスリスリして止められてしまっては元も子もないというものだ。俺は目を閉じてその欲求をグッと堪えるのだ。

「ふふふっ、そうか。それもまた好しだな」

 そう言って俺の髪を撫でる。何だか遥か昔に母親が同じ事をしてくれた時の事を思い出した。安心感というか心地よさを感じるのである。

「しかし、これで安心した」

「何がです?」

「いや、キミは私には欲情しないのかと思っていたのだよ」

「そんなこと……ありませ……んよ……」

「ふふふっ、眠ってしまったか」

 そう、俺はあまりの心地よさとそれまでの疲れも手伝って、いつしか眠ってしまったのだ。

「あー! タケル、何やってんの!」

 眠っているので自覚はないが、そんなリサの声が聞こえた気がした。それに対して会長は人差し指を唇に当てシーッとやる。

「風間君は疲れて眠ってしまったのだよ。休ませてやりたまえ」

「……う、うん」

「それにしても」会長がニヤリとした。「そんなに風間君を他の誰かに取られるのが嫌かね?」

「当り前じゃない。コイツにそのつもりはなかったみたいだけど……。あたしはつき合い始めて四年目のつもりだったんだから……」

「四年目か……長いな」

「でしょ、でしょ? クリスマスまでにはどうにかしたいんだけど……。会長、コイツ鍛えてくれません?」

「私は構わんが、それは彼が請いてこないだろう」

「どういう意味?」

「フッ、彼には彼のプライドがあるって話だよ」

「むー、わけわかんない」

 困惑顔のリサに会長は「フフフ」なんて意味あり気な表情を見せた。

「ところで、リサくん。風間君のどこがそんなにいいのかね?」

 やはり、女の子と言うものはこういう話が好きなのだろう。それぞれに雑談していた他の女の子の声が止み、リサの発言に耳を傾けていた。

「どこがいいって……スケベだし、ヘタレだし……いい所なんて無いんだけど……」

 起きていたら『ふざけんな!』って言いたくてしょうがない発言に会長は目を細めて「ほうほう」などと相槌を打つ。

「でもね……少しはカッコイイ所もあるんだよ……」

「キョーカ、どうやらスーパー惚気タイムが始まるようですよ」

「うむ、藪を突いてしまったらしいな」

 恐らく今のリサは乙女モード全開な表情をしているのだろう。これから始まる長話を予想してカスミさんと会長がそんな感想を漏らした。

「うっさいわね。別に長くはないから質問した責任取ってちゃんと聞きなさいよ」

 頬を赤くして俯き加減でリサは話を続けた。

「いつから好きかって聞かれたら……多分、出会ってすぐだと思うの。でもね、自分の気持ちに気付いたのは小学校を卒業する時だったわ。あたしってお母さんが早くに死んじゃって、父親はどうしようもない奴でしばらく家を空けるなんてしょっちゅうだったのよ……」

「やはり『殴らないからこっちに来なさい』的なお約束ですね」

「うむ……」

 こんな事を言うカスミさんにツッコむ事もしないリサは既に完全なお花畑状態のようだ。

「でね、家がそんなんだからタケルのお父様とお母様によくお世話になってたのよ。一緒に旅行に連れて行ってもらったり、色々教えてくれたり。うん、料理はお母様に教えて貰ったの…」

 もはや、無敵モードに入ったリサは全員の『いいから本題に入れよ』みたいな視線を全力でスルーしつつ、しばらく俺の両親について語った後にようやく本題へと入るのだった。

「でね、でね、小学校を卒業する時にね、タケルのご両親が海外に行く事になっちゃったの。もちろんタケルもまだちっちゃかったから一緒に行く事になってたんだけどね。その時に、タケルが言ってくれたのよ……」

「ほう、何と?」

「『俺が行ったら、リサが一人ぼっちになっちゃう。だから、俺はここに残る』って……。その時にね『ああ、あたしはこの人の事が好きなんだな』って気が付いたの……。それなのにコイツは……」

 頬に冷たい感触がありビクッとして目が覚める。婦警のリサが腕を組んで俺を見降ろしていた。『夢か?』と一瞬思ったのだが、すぐに血の気が引いて行くのを感じた。会長の太ももの感触が俺に危険を告げていたのだ。

 俺にとってのリサのイメージは述べた通り警官である。但し、『逮捕しちゃうぞ』的なものではない『死刑!』の方である。

 この状況は危険である。本来フリーの俺としてはやましい事は何もないはずなのであるが、それは俺の主観の話であって彼女の主観はまた別のところにあるのだ。だから危険なのであった。ああ、覚悟を決めるか……。何故覚悟を決めるかと言うと、彼女が制裁をしてくるからであって、それに反撃しないという事は俺にとって彼女に対する何らかの後ろめたさがあるからであるからして……。(以下略)

「はい、これ」

 やや現実逃避ぎみであった俺に彼女は何もしてこなかった。いや、正確に言うとツンとした表情ではあったが良く冷えた冷たいジュースを差し出してきたのだ。礼を言うと、それを恐る恐る受け取る俺。

 会長たちがニヤニヤしながら俺たちのやり取りを見ていたが何なんだろう?

 チラ見を繰り返しながらチビチビとジュースを飲み様子を窺う。しかし、彼女はそれ以上、何も言わない。それが恐ろしくもあるがここはこの件は許されたと考えて良いみたいだ。

 店が再開された。『早く十七時(終了時間)になんねーかな?』なんて思いつつも、やはり忙しく動き回る俺。そして十七時になると終了のアナウンスがあり、入店出来なかった客の不満をよそに無情にも閉店を告げ中の客を追い出すのだ。

「しかし、喫茶店とは想像以上に儲かるものですね」

 閉店後、銭勘定をしていたカスミさんが目を丸くしながらこう言った。会計は役職的にはマコトのはずなのだが、やはり名目上の役職でしかないようだ。ちなみに、マコトは売れ残ったケーキが僅かであった事に大層不満顔で頬を膨らませている。

「ええ、こういうのは女の子を見るのがメインなんで女の子さえ皆の様な美少女を集めちまえば食品類は安ものでも十分客が入るんですよ」

 取りあえずは俺の出資を取り返さないといけないので領収書の束とそれを表にまとめた紙を彼女に手渡す。そして、それを見て再び驚きの声を上げる彼女。

「恐ろしい利益率ですね……」

「ぶっちゃけ、もっとボッても同じだけ客入ったと思いますよ」

「そうですか……」

 カスミさんが俺に経費をよこす。そして「あざーす」と言い受け取る俺。十万以上掛かっていたのだが、それでも残った金は結構な額となった。

「ねー、本当にそれ寄付しちゃうの?」

 現金な奴だ。それを見てリサがすかさず会話に割り込んで来た。恐らく儲けが出るなんて思っていなかったのだろう。

「ああ、俺は利益を上げたくてやって企画したわけじゃないし、こういうのは本来そういうもんだろ? もう、俺の煩悩は満足しちまってるんだよ」

 今回のは俺の全額出資である。つまりは本来、出るはずの学校側からの予算を使っていないのだ。だから、山分けとかでも問題はないのだが、先に言っちまった事を違えるのは俺の主義に反していた。俺の意思は結構、堅いのである。

 それに俺の目的は単純で彼女たちのコスプレ姿を見たい。ただ、それだけだったのである。よって目的を十分に果たした今となっては他の事に大して興味はなかったのだ。

「もー、タケルってば妙なところが真面目なのよね」

 そう言ってリサは会長をチラ見する。

「ふむ、風間君」そう言って彼女は俺の肩をたたくと続けた。「こう言うのはどうかね? 今日の利益の何割かを使ってクリスマスにパーティーをしないか? 私達が働いた分も経費と考えるのはどうかね?」

「クリスマスケーキ食べたいー」

 会長の言葉に反応してマコトがはしゃぎ出す。

「それは詭弁ですね」

「……ミニスカサンタ……」

 俺の反論に彼女は俺にだけ聞こえる様に耳元でそう囁くと離れていった。そして意味ありげな笑みを浮かべる。

「是非やりましょう! ええ、確かにタダ働きと言うのはよくありませんね!」

 どうやら堅いものと言うのは折れ易くもあるらしかったのだ。



 十二月に入ると、リサは何故が機嫌の悪い日が多かった。機嫌が悪いと言うより何かにイライラしている、と言った方が正しいか。

 話しかけてもどこか素っ気ない。と言うより俺を避けているような気さえする。家では家でいつもなら寝るまでテレビを見たり宿題をしたりと一緒にいるわけなのだが最近は夕食を済ませるとすぐに家に戻ってしまう。風呂の窓にも鍵が掛けられていて覗かせてもくれない。

 俺の曖昧ってか、不誠実な態度にいい加減に嫌気がさしたのか? とも思った。しかし、それなら食事を作ってくれたり、一緒に登校したりするのも変だ。だから、恐らくはそれはないだろう。かと、言ってアノ日にしては長すぎる。そんなわけで俺まで落ち着かない日々を送る事となっているのである。

 そんなこんなで十二月も半ばに入った今日、いつものように駄弁ろうかと思い生徒会室のドアを開けるといつもとはちょっとだけ違った光景が目に入るのである。

 いつもであれば会議デスクの上座に会長が座っていてその横に他の娘達が座っているという配置なのであるが、今日は上座に実に不機嫌そうに腕を組んでリサが座っており、やや神妙な表情で会長やその他が横に座っていたのだ。

「タケル! ちょっとそこに座りなさい」

 俺の姿を確認するとリサがデスクをバンッと叩き俺に座るように催促する。俺は周囲のただならぬ雰囲気を察し無言で下座に着席した。

「タケル。あたしはね、アンタの顔を立ててずっと待ってたのよ」

 俺が着席するとリサは話し始める。

思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。額を滝のように流れていく汗が実に不快だった。何となく彼女が何を言わんとしているか解ってしまう自分がいたのだ。

「確かにね、ここのみんなは可愛いわよ。うん、だからタケルがちょっかい掛けたくなるのって解らなくもないの。それは解っていたから今まで容認してきたわけよ」

「あれで容認だったのですか……」

「そこ、うるさい!」

 クルミちゃんが思わず漏らした言葉に怒声をはらんだリサのツッコミ。下手すると死にかねない制裁をしてきたんだ、彼女がそう思うのは無理のない話というものである。

「だけどね、いい加減ちゃんとケジメをつけるべきだとあたしは思うわけ。最近さ、みんなと結構いい感じだよね? だから、あたしとしては焦っているの」

 そうか、言われてみると確かに話の合う会長や趣味の合うマコトなんかとはいい雰囲気の様な気がする。これがリサのイライラの原因だったのかと今更ながらに理解。

「あたしの言ってる事ちゃんと解るよね?」

 俺は黙って頷いた。

『ついに、この時が来てしまったか』と心の中で思う。まだ、自信はない。できれば高校卒業まで待って欲しかった。しかし、ここで首を横に振るようであれば俺はもう男を名乗る事はできなくなるだろう。

「タケル、あたしと『決闘』しなさい! 種目はもちろんアンタの好きな格闘でいいわよ」

 皆の視線が一斉に俺に向けられる。

 彼女の言葉に黙って頷く。頷くしかないのである。

「アンタがあたしに勝ったら――いいわ、あたしが一号ってことでハーレムでも何でも認めてあげるし協力もしてあげる。でも、負けたらキッパリと諦めてあたしだけにしなさい」

「ねー、それってどちらにしろ、タケルとリサはつき合うって事?」

「どうやら、そこは決定しているようですね」

「だったらヤル意味なくない?」

「ふふふっ、マコト君は若いな。これはプライドの勝負なんだよ」

 女の子達が口々に感想を述べるとリサはコホンと咳払いをして話を続けた。

「勝負は五日後の日曜ね。場所は……」

「なら、わたしの家の道場を使ってください」

「じゃあ、そういう事で!」

 そう言い切ると彼女は出て行ってしまった。

「んー、じゃあ、俺はそれまで休学して山籠りでもしますよ」

 俺は頭を掻きながら立ち上がり部屋を出ようとした。

「では、これを持って行くといい」会長が布の塊を投げてよこす。空手着だった。

「その方が雰囲気がでるだろ?」

 そう言って彼女はウインクをした。実に魅力的な表情であった。

 それに対して俺は無言で腕を高く上げるとその場を離れた。



 俺はあの後、素早く家に戻ると山籠りセット(常備品)を取り山に向かった。都合のいい事に家から約10kmの場所に高い山があるのだ。シャドーボクシングをしながら山に登る。滝の近くに着くとテントを張って野営に備るのだ。

 別に山籠りなどする必要はなかったし、高々五日で強くなれるとは思っていなかったが、決闘するとなるとそれが終わるまではリサは敵だ。ならば彼女の作ってくれる食事に甘える事は俺的には許されない事である。この戦いは負ける事が許されない。ハーレム云々は実のところどうでもよかった。無論、彼女の事が嫌いだからではない。むしろ、ハッキリ言おう。俺はリサの事が好きだ。しかし、だから尚更に勝って彼女をモノにしなければいけないのだ。

 設営が終わり川原の大きな岩に座し、リサについて考える。彼女との出会いは十年と少し前に遡る……。



 当時、五歳の俺。俺はその頃から既に馬鹿だった。ただ単純にヒーローというものに憧れていたのだ。少年にはよくある話だ。だからイジメの様な行為は許せずに相手が何人だろうが食って掛かっていったものだ。彼女との出会いはそんなある日、公園の砂場で同年代の悪ガギどもが女の子にちょっかいを掛けていた時に起こった。

 話は実に単純であった。それを見かねた俺が止めに入る。そしてケンカになる。相手は五人、俺は当時から体格がよかったとは言え、多勢に無勢だ。二人倒したところで形勢が逆転したのである。そしてボコボコにされる俺。

「ひっさあつ! リサちゃんスラァァッシュ!」

 そんな中に飛び込んでくる女の子の姿があった。そして、バッタバッタと悪ガキどもを倒していく彼女。その姿は何と言うか――まるでヒーローもののアクションシーンのようで凄くかっこよく見えたのだ。

「だいじょうぶだった?」

「……う、うん」

 彼女の差し出した手を握り起き上がる。彼女は俺の服に着いた泥を払ってくれた。実のところ俺は彼女が何処の誰かを知っていた。最近、変わり者の一家が俺の家の隣に越して来たのだ。その時に彼女の顔は見ていたのだ。

 彼女と手をつないで公園を後にする。そして家路に。

「へー、お隣さんだったんだー。あたし、車田 リサ。よろしくね」

「うん、ボクは風間 猛。こちらこそよろしくね」

 こうしてリサとの仲が始まったのだ。当時、彼女は親父さんに無理やり稽古を付けられていた。俺はそんな光景を横から眺めていたのだ。彼女の子供とはとても思えない動きに当時の俺は純粋に憧れたものであった。

 俺は彼女の稽古の姿を思い起こし一人で稽古をしていた。そんな姿を見た親父さんが「一緒にやるかい?」と誘ってくれたのだ。願ってもない展開だった。

 親父さんは容赦なく――無論、大きな怪我をしないように手加減はしているが――当ててくる。当然、痛いのは嫌だ。だから必死で回避方法を学ぶのである。

なるほど、と思った。彼女の強さはこういうところから来ているのか。

 稽古の終わりは彼女との組手となる。当然、始めたばかりの俺は手も足も出ず彼女に負けてしまう。しかし、俺はめげなかった。彼女に勝ちたい、と強く思い始めていたからだ。

「んー、タケルは弱いな」

「しょうがないでしょ、まだ始めたばかりなんだし」

 こんなやり取りをもう三カ月ぐらい続けていた、そんなある日。

「何か目標が合った方がいいよね? んー、何がいいかな……」

 彼女が頬に指を当てて少しの間考える。そしてやがて満面の笑みを浮かべながら手を叩くと、確かにこう言ったのだ。

「うん、タケルがあたしに勝ったらお嫁さんになってあげるね!」

 とても眩しい笑顔だった。


 これが俺の始まりなのである。この後、中学に上がって親父さんが長期遠征に行ってしまい彼女が修業を止めてしてしまうまでの四年間こんな日が続いたのであった。

 そう、彼女はもう四年近くこの手の鍛錬はしていない。そして、その間は一切俺との手合わせはしていないのだ。俺に勝機があるとしたら正にここであろう。

 リサは単純な性格で頭もお世辞にも良いとは言えない。しかし、この手の事に対しては掛け値なしの天才なのだ。ずっと彼女の側にいた俺はその事をよく理解していた。修業を続けていれば会長より強いと断言できるほどなのだ。

 対して俺はその期間ずっと鍛錬を続けてきたのだ。そして体格の差も大きく開いた。特に高校に入ってからと言うもの飛躍的に強くなった実感もあった。この差でどこまで彼女に迫れているかは解らないが、格闘というものは勘――つまりは経験が重要なのだ。その間、俺は戦い続けてきた。この差は何よりも大きいはずだ。


――短期決戦しかない。


 リサが勘を取り戻す前に倒す。そう結論付けて、瞬発力を上げるためのトレーニングに励む。そして、汗をびっしょりかくと精神を研ぎ澄ませるのにも丁度いいと思い滝に打たれる。真冬だと言うのに何故か水の冷たさは余り感じなかった。

 そんな事を繰り返し数日が過ぎた。

 俺はその最終日、滝の前に仁王立ちを決め込んでいた。時折、木の葉が水流に混じっている。それをじっと睨みつける様に見つめているのだ。

やがて時間の流れがおかしくなる。そう、本来より遅く感じるようになるのだ。水しぶきが弾ける瞬間さえ見えるようになってくる。

 俺は大きく目を見開くと滝に手刀を突きいれる。指に手ごたえがありニヤリと頬を緩める。そして滝に大きく一礼をすると俺は背を向けたのであった。

 俺は大きく腕を振り上げるとそれを放した。上空よりひらりひらりと舞い落ちる物――それは木の葉だった。



 当日、リサを目の前にして思う。彼女との付き合いもそろそろ十一年に達しようとしていた。俺にとっての彼女はそこに居て当然――つまりは家族の様な存在なのである。

俺は当然、彼女の気持ちを知っていたし、恋人としてつき合う事に何ら異論はない。つき合う事を承諾しなかった理由――彼女に勝ってモノにしたい――なんてのはただの理屈でしかなかった事に今更ながら気が付かされたのであった。

 勝ち負けなど、どうでもよかったのだ。単に俺が彼女に相応しい男になっているか自信がなかっただけなのだ。

「とうとう、リサ君の実力が明かされる時が来たか」

「不本意だけどね」

「どっちも頑張れ―」

 カスミさんの道場にて対峙する俺とリサ。見届け人として会長、カスミさん、マコトの三人が来てくれた。クルミちゃんはこういうのに興味がないのだろう、今日はいなかった。

「リサ、始める前に言いたい事がある」

「どうたの、タケル?」

 こういうセリフってのは勝った後だと押しつけがましくて、負けた後だと言わされた感が強くなってしまう。だから、今、言うべきだと強く思った。

「リサ、俺はお前が好きだ。だから、お前を全力で倒す」

「……あたしもだよ」

 いつものリサを籠絡するためのずるい言葉ではなく、真摯な言葉。お互いに微笑み合う。そして、お互いに照れも無い。そして、しばらく無言で見つめあった。

「……なあ、もう戦わなくてもいいんじゃないかい?」

 以前は理解を見せた会長の呆れ顔のそのセリフでお互いに顔を真っ赤になった。

「自分でもそう思いますよ。自分のカノジョを全力で殴ろうなんて正気の沙汰じゃない。だけど、避けられないんですよ。俺は今日、リサに勝ってリサに相応しい男になる」

「なら、あたしはタケルを負かして一生尻に敷いてやるんだから」

 そう言ってリサは幸せそうに笑った。

「「ハイハイ」」

 そんな俺たちを外野の三人が物凄く嫌そうな顔で見つめていた。



「では、準備が終わり次第始めましょう」

 カスミさんが俺たちにそう告げた。

 俺は会長から貰った空手着に着替える。

リサは上着を脱いだだけだった。上がタンクトップに下がホットパンツという格好である。

「では、構え!」

 カスミさんの号令で俺が構える。リサは手足をブラブラさせているだけで構えない。疑問顔で何かブツブツと何かを言っているのだ。

「始め!」

 その合図で俺が動いた。リサに右回し蹴り、そしてインパクトの瞬間に脚を戻し左回し蹴りに変える。飛燕脚と言う奴だ。

 対して彼女は跳んだ。そして俺の左足に乗る。全く重量を感じさせない着地であった。何故ならその感触が伝わり切る前に俺の首、目掛けて回し蹴りを放ったからだ。


――やはりそうだ。


 彼女の回し蹴りをモロに受けて俺は口には出さず、心の中でそう呟いた。俺は素早く首元に手をまわし彼女の足首を掴むと力任せに壁にぶん投げる。

 明らかに打点がずれた――力の乗りきらない蹴りだったのだ。戦いの勘が戻ってないのである。素の身体能力に任せて恐ろしい動きを見せたが、それでは俺は倒せない。

 リサが体を回転させて体勢を立て直し壁を蹴ってそのまま俺に向かって跳びかかって来た。俺は体を横に捻り回避する。彼女の体が通り抜けたところで俺は素早く彼女の背後に脚をやや開き気味にしてスライディングをかます。着地と同時に振り向き様の足払いをしてきた彼女の脚を引っかけ見事に転ばす。そして、脚を挟み強引にマウントに持って行こうとする俺から何とか脱出する彼女。

「……何か違うのよね」

 リサ自身が違和感を感じているようだ。しかし、短期決戦を決め込んでいる俺には好都合でしかない。

 右正拳突きと見せかけて下半身を抉るような左嘗低。彼女の体を不完全ではあったが捕える。反動を逃がすように後ろに跳ぶ彼女。それを俺は逃がさない。前傾姿勢でタックルを決め壁と激突させる。

 クッ、と彼女が苦悶のうめき声を上げた。

しかし、まだだ。俺は彼女の腕を取り一本背負い。彼女を床に叩きつける。そして、全体重を乗せて彼女を踏みつける。

「風間君はまるで悪役の様な非道さだな」

 離れた場所で会長がやや引き気味でそんな事を言うのが聞こえた。

 それは違うのだ、まったくの見当違いなのだ。例えば会長やマコトの様な普通の女性であれば俺はここまでしない。一本背負いの段階で一旦離れた事だろう。

ならば『決闘』だからか? 否、それも違った。

「タケル、強くなったね」

 リサが感慨深そうな表情で告げる。

 俺は彼女を踏みつける事ができなかった。何故なら、腹部目掛けて放ったそれは彼女の交差させた拳に阻まれているからだ。

 俺の体重を乗せた足が徐々に上げられていく。この体勢にも関わらずだ。大の男だってこんな事できないはずだ。これが会長やマコトの様な人種を『普通』と言った理由であり、まともに続けていれば会長より強いと述べた根拠である。

 危険を感じて俺は後ろに跳ぶ。しかし、リサは寝転んだ体制のまま片腕を軸に俺に足払いを掛けてきた。そして俺は床に叩きつけられた。

 頬に痛みが走る。俺が床に叩きつけられた瞬間に彼女がマウントを取り一発入れてきたからだ。さらに三発殴られる。打点をずらして何とかダメージを減らす。四発目で彼女の拳を掴み力任せに頭上に腕を振るった。不完全なマウントだった事もあり、彼女の体が俺の上方に飛んでいった。その隙にすかさず起き上がる。

 こいつは人類の肉体構造とは別の生き物だ。基本的に女性の腕力は男性のそれを下回る。当たり前の話だ。だから女性の格闘家は足技使いが多いのだ。リサと言う女の子に限ってはそれが通用しない。彼女は外見こそ普通の女の子ではあるが、まるで見えない筋肉があるようにタフであり俺以上の腕力を持つのである。よくマンガなどで自分より大きな獲物を軽々と振るうキャラがいるが、彼女はまさにそれなのであった。


――チッ、チャンスを逃した……。


 俺の心の中で焦りが生まれてくる。パンチの威力から察するに幸いまだ勘が戻ってないようだ。それだけが今は救いであった。

 今度は彼女が跳びかかって来た。大ぶりでいて物凄い速さのパンチだ。俺は掌で彼女の手首を打ち上げるとショートレンジのタックル。彼女が怯んだところに右回し蹴りで吹き飛ばす。いや、脚を掴まれた。

「まだ、違うな」

 リサの言葉に思わず悪寒が走った。

掴まれた脚を軸にして左足で延髄切りを決める。しかし、彼女は両足を開きグッと耐える。ならば、と思い彼女の首を滑らすようにして脚を前方に出すと首狩り。そして手首を取る。だが彼女はこれも耐える。そして腕を振り上げ床に思いっきり俺の体を叩きつけた。

 そして俺が起き上がる前に腰の辺りを蹴り上げる。宙に浮く感覚。今度はその足で俺の腹めがけた踵落とし。再び床に叩きつけられる俺。

 肺から空気がすべて吐き出されるようなそんな苦しみが俺を襲う。そんな俺に彼女は容赦なく蹴る、蹴る、蹴る。また浮かされては堪らんと転がって何とか逃れようとする俺。彼女に蹴られながら起き上がるタイミングを測る。そしてうつ伏せになった瞬間に腕の力で跳ね起きる。

 ……もはや短期決戦にこだわっている場合ではない。

 連続技を使っての短期決戦は諦めた。大したダメージを受けていないリサ相手に一連のコンボで止めを刺そうとするのは俺にとってもリスクが高い事は理解した。ヒット&アウェイで確実にダメージを蓄積させるしかないと覚悟を決める。

 彼女の体のキレが明らかに良くなっていた。焦ってはいけない。決められる時のみ手を出し、それ以外は距離を取るのだ。

 リサが右ハイキックを繰り出してくる。俺は落ち着いて腕でガードする。そして、右ロー。

浅かったが素早く足を引っこめる。これでいい。大したダメージでなくてもいいのだ。まずは数を当てて足を殺す。

 俺は地味ではあるが確実に少しずつ、隙を見て彼女の足にダメージを加えていく。その間俺も何発か殴られたがまずまずの成果だと言えよう。

 リサの手数が減っていた。俺の攻撃は相手を苛立たせる効果もある。それを知ってか彼女はそうはなるまいと手数を減らしているのである。

 やがて完全に二人の動きが止まった。距離を置きにらみ合いが続く。お互いタフすぎるのだ。本来なら俺が一本背負いを決めた時に終わっていても不思議ではない勝負だったのだ。

 先に動いたのは彼女だった。ジグザグに跳びながら俺に迫る。上段回し蹴りの動作と途中で止めて中段蹴りに変えてきたのだ。腹筋を締め衝撃に耐える。俺はアッパーの要領でその足を打ち上げた。大きくバランスを崩す彼女。


――チャンスだ!


 強く右足で踏み込む。そして手首を合わせる様にして両手での嘗低。彼女がくの字に体を曲げて片膝を着く。

まだだ! 彼女の顔面にハイキック。そして胴に中段回し蹴りを決める。

 リサがゲホゲホと咳をしながら仰向けで倒れた。


――やったか?


 ギャラリーから冷たい視線を感じた。ああ、女の子の顔面を蹴るとか悪かったよ! でも、選ぶ余裕なんて俺にはないんだよ。後で好きなだけ罵ってくれ!

 構えながらじわりじわりと彼女に接近していく。まだ、彼女は苦しそうにしていたが俺は気を抜かなかった。

 しかし、これが仇となってしまった。ここで慎重にならず一気に畳み込んでいたら、また別の結果が得られたかもしれない。

 彼女がゆっくりと起き上がる。まだ続行する気のようだ。ならば、と思いまだ立ち上がりきっていない彼女に中段蹴り。リサは笑っていた。嬉しくて堪らない、そんな表情であった。

彼女は馬鹿の目をしていたのだ!

 俺の蹴りを体を回して避ける。そして避け際に裏拳。あまりにそれが自然な動きであったので俺は反応する事が出来なかった。顔面に喰らいよろめいてしまう。

少し前までとは明らかに拳の重さが違った。

 彼女の追撃。軽く跳んで回し蹴り。回転は止まらず更に回し蹴り――旋風脚を決めてくる。そして吹き飛ばされる俺。

「思い……出しちゃった」

 嬉しそうな表情のままそう俺に告げた。そして、俺が起き上がるのを待つのだ。

「ひっさぁぁああつ」

 彼女は右手で手刀を作り一度、天に向かい腕を上げるとゆっくりと左腰に当てる。そして、左手でその手刀を掴み腰を落とした――居合の構えである。

「リサちゃんスラアァァアアッシュ!」

 タンッと言う踏切の音しか聞こえなかった。その音とほぼ同時に俺は胸部に激しい痛みを覚えた。そして天井が近付いてくるのを感じる。物凄い力で上に飛ばされたのだ、そして頭から床にグシャッと叩きつけられた。

 所謂、車田飛びと言う奴だった。



「勝者、車田 リサ」

「やったー!」

 カスミさんがそう宣言をすると決闘が終わった。

 マコトがキャハハハとか笑いながら「リサちゃんスラッシュー!」とか真似してるのがムカつくが取りあえずは無視しておこう。

「おい、ふざけんな! これ見てみろ!」

 そう言って俺は自分の胸部を指さした。まだ、頭が少しクラクラしていたがそんな事はどうでもよかった。丈夫な空手着が斜め一文字に切れておりそこから血が滲んでいるのだ。

「そりゃ、必ず殺すと書いて必殺技なんだからしょうがないでしょ」

「いや、風間君。それより頭部から流れる血の心配をしたほうがいい」

「いや、血とかどうでもいいんですよ。高い場所から落ちたんだから血ぐらいは出ますって。問題は分厚い布が綺麗に切れる手刀って何だよ! って事なんですよ」

「風間 タケルの論点がおかしいように思えます」

 そう言いながら頭の怪我の手当てをしてくれているカスミさんの横でリサが俺の首にカチャカチャと何かを付けていた。

「……リサさん、あなたは何をやってらっしゃるのでしょうか?」

「え? 何って首輪付けてるんだよ」

 そう、彼女は実に上機嫌で鼻歌交じりに赤い犬の首輪を俺に付けているのだ。

「だって、これでタケルはあたしのモノなんだから……」

「いや、それと首輪がどう繋がるか俺には解らんのだが……」

「だって、首輪付けてればちゃんと飼い主がいるんだって他の人に解るでしょ? だから外出する時はこれから必ず付けてね」

「俺は犬かよ……」

「だって、確かあたしの言い分が正しくなるんだよね?」

「うむ、その通りだ」

「……結果に異議を挟むつもりはないですけどね。でも、この仕打ちはあんまりじゃないかと俺は思うんですよ」

 抗議も余所に上機嫌のリサが俺の首に纏わりついてくる。悪い気はしないが傷が痛むので止めて欲しいものである。

「風間 タケル、中々似合っていますよ」

「ああ、中々の男前だな」

 畜生、他人事だと思いやがって……。

「キャハハハ、リサちゃんスラッシュー」

 そう言ってマコトが俺の頭に軽くチョップをした。


 うっさいよ! おまえは!


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