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俺猛る!  作者: 佐藤コウ
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第四話 『VS 生徒会とか』

こんな俺でもたまにはいい目を見てもいいはずだ。

「ねー、暇だしどこかに遊びに行こうよ」

 庭の木に吊るしてあるサンドバッグを熱心に叩く俺をよそにベランダに座ってそれを見ていたリサが詰まらなそうにそう言った。

 今まで俺のトレーニングを邪魔するような事はなかった彼女だがここ最近はやたらとデートに行きたがるのだ。

「今の俺が暇そうに見えるか?」

「ぶー」

 パンチ、パンチ、キック、パンチ、キック! 俺が動くたびに汗が飛び散る。実に汗臭い光景ではあるのだが一日三時間はトレーニングに費やさないと寝つきが悪くなるし、俺はそもそも体を動かす事が大好きなのである。

「ねー、いつになったら、あたしに挑んでくるの?」

 彼女の問いに俺は答えない。正しくは答えられない。ただ黙々と体を動かすのだ。

「なあ、おやじさんと連絡取れたか? そろそろ手解きをして欲しいんだが」

「知らないわよ、あんな人。もう三年も帰ってこないし、どこかでくたばってるんじゃない?」

 少し不機嫌そうな表情で彼女。俺が一人で暮らしているのは前に述べた通りなのだが、彼女も一人暮らしをしている。母親は彼女が小学生の時に病気で亡くなられた。父親は『俺より強い奴に会いに行く』的な人間でちょくちょくと家を空けてしまう。数日で戻る時もあるのだが一年以上戻らない事もざらだった。だから、と言う訳ではないがリサは父親を嫌っていた。

「大体、今時ばっかじゃないの。何よ、武者修行とか裏格闘とか……」

 父親もそうだが彼女は格闘技の類を嫌っている。元々女の子らしい趣味をしていた彼女を父親が無理やり鍛えたもんだから、余計に嫌いになったらしい。

「んー、そろそろ組み技とか教えて欲しいんだけどな」

「と・に・か・く、その話は終了。ジ・エンドよ」

 こう言われるとそれ以上追及するわけにもいかなかった。彼女に蹴られるからだ。何らかんら言って父親譲りなのだろう、彼女は口より先に手が出るタイプだ。そんな自分も嫌っているのだから始末に悪い。

「ねー、一人で黙々とやっても強くならないよ? だからデートに行こうよ」

 確かに彼女の言う通りなのは解っている。強くなりたいのなら道場に通うべきだ。しかし、俺は我流を貫きたかったし何よりも体育系の先輩後輩のノリが好きではないのだ。

「そうだな」

「じゃあ、あたし着替えてくるね」

「いや、マコトでも呼んで付き合わせようかと……イテッ」

「なんでよ!」

 リサが物凄いスピードで延髄斬りをかましてきたのだ。



 マコトに電話すると『すぐ行くよー』との返事。話の解る奴だ。組手の相手ならリサがいるのだが彼女はそういう付き合いはしてくれない。話の解らない奴だ。

 呼びつけたのだからと、菓子とジュースの用意をして待つ。リサは何か言いたそうな目で俺の動きを追っていたが、俺は鈍感なので気付かない事にした。

「おじゃましまーす!」

「失礼するよ」

「お邪魔します」

「あれ、会長たち、どうしたんです?」

「む? もしや私たちはお邪魔だったかな? もしや……、恋愛のやり方は人それぞれとはいえ流石に3Pは関心せんぞ」

 会長はリサとマコトを見比べながらそんなずれた事を言う。

「……いや、勘違いも甚だしいんですが……」

「も、もしや……私たちも入れて5Pなのか!」

「ねえ? 3Pとか5Pってなに?」

「知らないわよ!」

 マコトの問いにリサが顔を真っ赤にして答える。

「えっと、そろそろ話し戻していいですかね?」

「……なんだ、詰らんな」

 彼女たちの話によると、カスミさんの家に道場がありマコトが会長に頼んで稽古を付けてもらっていたらしい。で、マコトが呼びつけられたついでに二人も来る事にしたのだと。

 そう言えば、友人が自分の家に来るなんて事態は初めての事かも知れない。だから、遠慮の欠片もなくずかずかと家に踏み込んでくる彼女達をどう扱えばいいかが解らずに戸惑ってしまう自分がいた。

「……えっと、何で二階に上って行くんでしょうかね?」

 玄関から茶の間に案内しようとすると彼女たちは何故かツカツカと階段を上っていく。

「え? 今日はお父様もお母様もいらっしゃらないのでしょ?」

 会長は俺の方を振り返ると顔を赤くしてそんな事を言い出した。瞳も少し潤んでいた。どうやら俺の家に来て恥じらいながらも期待をしている、という設定らしい。リサが嫉妬するのでその手の冗談は止めてもらいたものだ。

「……えっと、俺の部屋を見たいって事でいいんですか?」

「ふむ、今日はノリが悪いな」

 会長が不満そうな顔を見せたが俺としては不意の来客にまだ戸惑っている訳だ。

「いえ、二人っきりなら勘違いもしますがね……。この状況じゃあ流石にノレませんよ」

 流石の彼女でも勝手にドアを開けるような事はしないようだ。ドアの前に立ち。無言の催促をする。それに渋々と答える俺。

「実に殺風景な部屋ですね」

 とはカスミさんの評である。

 俺の部屋というものは俺にとっては寝る場所である。一軒家を一人で占有している俺にとってそれ以外の何ものでもない場所なのだ。よって、部屋には中央に布団が敷いてある他は壁に制服が掛けてあるぐらいで机すらないのだ。

「……えっと……」

 こういうのを家探しと言うのだろう。会長とカスミさんが中に入るとすぐ蒲団の下だの押し入れだのをあさりだしたのだ。それを見てマコトまで「わーい」なんて言いながら参加する。それを唖然としながら眺めるしかない俺とリサ。

「風間 タケル。キョーカがアレを所望しています。素直に出しなさい」

 まだ部屋を荒している二人をよそにカスミさんが俺に右手を差し出してきた。

「……アレって言うと……やっぱアレの事ですよね……」

 彼女に言われて、『ああ、そう言うことか』とようやく納得がいった。エロ本なりのエログッズを探していたのか。ところがどっこい、そんなものは無いのである。

「アレは一切ありませんよ」

「「嘘だ!」」

 会長とカスミさんが同時にビシッと俺を指さした。



「しかし……、実に詰らんな」

 そう言って実に不満そうな顔でちゃぶ台に置かれた菓子をパクパクと食べていく会長。

何でだろう? 無いと言った途端に茶の間に連行されて正座をさせられているのは……。

「……いや、これがそういうの全部捨てるもんで……」

「何よ! エッチなの見たいならあたしの見ればいいでしょ!」

そう言ってリサはそっぽを向いてしまう。

「ツンデレか!」

「いえ、キョーカ。彼女のツンは主にわたしたちに起因するものなので彼女の場合はツンツンかデレデレが正解かと」

「おお、これはカスミ君に一本取られたな」

 などとのたまいながら「ワハッハッハ」とオッサン臭く笑う会長。

 何でだろう? 自分の家なのにこんなにも居心地が悪く感じるのは……。

「マコト、いっちょやらないか?」

「うん、いいよー」

 このままでは駄弁ってるだけで休みが終わってしまいそうだった。この人たちの暇つぶしに付き合っていたらマコトを呼んだ意味がない。

「おいおい、風間君。一発ヤろうなんて大胆な誘い方だな」

「ちょっと!」

 しょうもない会長のオヤジギャクを無視してマコトを連れて外に出る。リサが怖い顔をしてこちらを見ていた。おいおい、真に受けるなよな!

「おーい! 無視とは酷いぞ、風間君。私にツッコンでくれるのはキミだけなのだ」

 マコトの拳の連打を腕で受ける。

「……私に突っ込む。中々、意味深な表現とは思わないかね?」

 彼女の連打を受け切ると、今度は俺が右回し蹴りをする。マコトは両腕を使ってガード。

「放置プレーか。……キミもマニアックだな」

 蹴りを受けられると、すかさず左ハイキック。マコトはしゃがんで回避する。

「風間君、君がその気なら私にも考えがあるぞ……」

「会長ってば何やってるのよ……」

 どうやら会長はリサの喉元にバナナを当てているようだった。刃物のつもりなのだろうか?

「リサ君がどうなってもいいのかね?」

 マコトがしゃがんだのを確認するとそのまま踵落とし。両腕をクロスしてガードされる。

「ガン無視か! ……こうなると意地でも注目を集めたくなるな」

 マコトはガードしたまま俺の方に迫ってくる。倒されそうになるのを強引に体を捻りながら横に跳んで逃げる。体勢は崩れたが着地には成功。彼女は俺が体を低くした所で首に向かって蹴りを放つ。

「こうなったら私は脱ぐぞ!」

 彼女の蹴りをかろうじて腕でガード。

チラッとベランダの方に視線を向けると会長が上を脱ごうとしているところをカスミさんとリサが必死に止めているところだった。

 ……ヤレヤレだぜ。

 俺は腕を前につき出し『待った』のポーズをすると立ち上がった。マコトは「もう終りなのー?」と頬を膨らませていたが、このまま続けるとマジで全裸になりそうだったので止むを得ない、というところだろう。

「あー、会長。実に言いにくいんですが……邪魔しないで欲しいんですよ」

「……ふむ、やはり裸が見たかったか。キミも好きだなぁ」

「あんた、帰れよ!」

 俺のツッコミに会長は実に満足そうに頷いたのだった。

 あー、この人たち早く帰んねーかな……。こんな事を思う時に限って長々と居座られるものだ。夕方になっても帰りゃしねえよ。

 女の子はいいよ。仲が良さそうに会話するの結構得意だしな。しかし、男の俺はそうはいかないんだよ!

「風間君、どうしたのかね? 自分の家なのだから寛ぎたまえ」

 彼女たちが会話に花を咲かせる中、実に居心地が悪そうにしていた俺にまるで我が家にいるかのように寛いでいる会長がこう言った。

「えっと、そろそろ帰らないでいいんですか? お家の方とか心配なさっているのでは?」

「ボク、家には遅くなるって言ってあるよ」

「わたしも外で夕食を済ませてくると両親に言っておきました」

「……私、今日は家に帰りたくないの……」

 しなを作って芝居をしている人はこの際だから無視しておこう……ってか早く帰れよ!

 俺は両親がいない生活が長いので、何と言うか――こういう家族団欒的な雰囲気がどうも苦手だ。合宿の時は何も思わなかったのにこう感じるのは恐らく、ここが自分の家だという事なのだろう。逆に同じ境遇のリサは少しうれしそうで、上機嫌で夕食を作っていた。

「もうちょっとで出来るから待っててね」

 台所からリサの声がする。こんないかにも日常な感じを彼女たちに知られる事も妙に気恥ずかしかったりするのだ。

「まるで新婚家庭のようですね」

「ああ、微笑ましい限りだ」

「そう思ったら、早く帰ってくれませんかね?」

「おいおい、こんな時間からガンバルと言うのかね? リサ君も大変だな!」

「何をがんばるのー?」

 肩肘付きで彼女達のやり取りを眺める。

 ああ、そうかこれが嫌な理由なのか。こういう茶々が俺は苦手なんだと……思う。

「もう、タケルってばみんなの事をそんな風に言ったらダメでしょ」

 リサが恐ろしく上機嫌で皿を並べて行く。軽口を叩いて機嫌を損ねたら後での報復がいつも以上に凄そうだ。ここは耐えるしかないのか……。

 再び女の子たちの会話に花が咲く。俺は無言で料理を食べる。畜生、味が良く解らないぜ。

「御馳走さま。合宿の時も思ったがリサ君は実に料理上手だな。いい嫁さんになりそうだ」

「凄くおいしかったー!」

「御馳走様でした」

 会長の言葉に照れたリサが「お粗末さまでした」と言い食器を片づける。どうやら会長はリサの懐柔の仕方を覚えてしまったらしい。そして、力関係が俺より彼女の方が上であるという事を良く理解していた。会長がニヤついた顔で俺の方を見ていた。恐らくこれは昼間の無視に対する報復なのだろう。女って奴はこれだからおっかねえんだ!

「しかし、会長は妙に寛いでいますね」

 テレビから流れるニュースを見ながら。食後のお茶を飲んでいる会長。カスミさんは台所でリサに今日のメニューについてあれやこれやを聞きながらメモを取っている。マコトは満腹になったのか幸せそうな顔で寝転んでいた。

「ああ、私の家は狭っ苦しいマンションでな。こういう部屋があるのは羨ましい限りだ」

「え? 会長っていいところのお嬢さまじゃなかったの?」

 後片付けが終わったリサがいつの間にか戻ってきていた。

「うむ、私の家は実に平凡な四人家族だぞ」

「へー、意外。守上院なんて名前だからてっきりお嬢さまかと思ってた」

 そんなリサの感想は実に俺の感想と同じだった。

「ああ、遥か昔にご先祖様は貴族だったのらしいのだがな。私は至って普通の家庭に生まれた実に平凡な子供なのだよ」

「平凡は無いんじゃないですか? 文武両道のスーパーマンなんですから」

「いや、それは私の努力の結果でしかないだろ?」

 そう言うと彼女は少しだけ不機嫌そうな表情を見せた。何だろう『普通』とか『平凡』と言う言葉に憧れでもあるのだろうか?

「ところでさ、前々から聞いてみたかったんだけど……。みんな格闘技とか武道とかやってるよね? 何でなの? 別に強いからって偉くなるわけじゃないのに……」

「んー、ボクは何となくなんだよねー」

 リサの問いに真っ先に答えたのはマコトだった。その答えに思わず苦笑いしてしまう。

「え? 強くなってプロになりたいとかじゃないの?」

 リサは現実主義者だ。俺たちの事を理解することなどできないだろう。まあ、リサに限らず理解できる人間の方が少ないのかもしれない。

「ふむ、風間君、言ってやりたまえ」

「俺たちは強くなって何がしたい、とかじゃないんだ。強くなる事自体が目的なんだよ」

 プロになってそれを職とする。確かにそれは悪い選択肢ではない。だが、俺は切っ掛けは違ったが、誰かの為にとか誰かに評価してもらいたくて強くなりたいんじゃない。武に限らず道と言うものは本来そういうものなのだ。自己満足と言ってしまえばそれまでだがな。

 リサは俺の答えに「わけわからない」と眉を潜めていたが、そういう馬鹿も世の中にいるってだけの話だ。

 完全に夜の帳が落ちる頃になると俺は皆に帰るように告げた。流石に時間が時間なだけに素直に従う彼女たち。布団に寝転んで思う。言葉にするとやはり実感が違うな。

俺は強くなりたいんだ。ただ、それだけなんだ。



 夏休みも終わり、学校が始まると二学期のイベントラッシュがやってくる。生徒会はその準備にまだ九月の初旬だと言うのに忙しく奔走しているのだが『決闘』となると話は別となる。

それは、十一月にある文化祭の話が出た時の事だった。

「俺は生徒会でコスプレ喫茶をするべきだと思うんです!」

 会議デスクをドンと叩き俺はそう熱弁したのである。

「美少女五人が着飾る様々な衣裳! これこそまさに癒し! これぞこの世のパラダイスってもんです! 俺プロデュースの衣裳で学園の男共の心を鷲掴み……フハハハハハ!」

 ルックスの平均レベルの高い我が校の中でもトップクラスの美少女達が集まる生徒会。この条件でこれをやらないわけにはいかない、これは俺に与えられた義務なのである。

「いいですよね、会長!」

「……風間君、落ち着きたまえ」

 あれ? こういうイベントは他の娘たちには白い目で見られる事は覚悟の上であったが会長だけは俺の意見に賛同してくれると思っていたのに……。なのに、なのに何故彼女は乗り気ではなさそうなのだ?

「我々生徒会は裏方なので出し物には参加しないのだよ」

 俺にとっての死の宣告。完全に当てが外れる形になった。会長なら『キミも好きだな』なんて笑いながら承諾してくれると思ってたのに……。

 当校の出し物は生徒数が少ない為か生徒達の自主性を尊重する為かクラスの出し物などはなく、有志が集まり運営する事になっていた。

「そんなに特権がいいのか! この資本主義の豚どもめ!」

 彼女の実に冷酷な宣告にすかさず暴言を吐く俺。

今回は――今回だけは引く訳にはいかなかった。

 文化祭当日の生徒会の役目は監査である事は俺も知っていた。そして、それは実は監査とは名ばかりの生徒会に与えられた特権で監査の名のもとに出展された屋台やら出し物を無料で満喫できるのだ。要するにプラプラと、しかも無料で文化祭を遊び倒せるのである。

「言うに事欠いて酷い言いようだな」

「……見損なったぞ! この俗物が!」

「いや……キミの提案も十分俗世の垢にまみれているのだが……」

「とにかくですね、これは俺の天命なんですよ!」

 いまいち自分でも何を言いたいか解らなくなってきたがここは迫力で押し切るしかない。一応、断られた時の対策は考えてあった。

「……ふむ。では、ここは公平に多数決で決めようか」

 そう言って決を取る彼女。当然の如く賛成二・反対四となる。ちなみに賛成のもう一人はリサだ。彼女には昨日の内に言いくるめてあった。

「この状況で多数決だと! 民主主義に見せかけたこの独裁者が!」

「納得してくれんとなると……。やはりここはアレをやるしかあるまい」

「上等! だったら『決闘』だ!」

 この展開に『よしよし』と、心の中で頷いた。我が校の校風である所の『決闘』。どうせ俺が負けるだろうなんて軽い気持ちで言ったのだろうが所がどっこいである。これは負けてはならない一戦である。だから、そこで俺は考えた。俺が挑まれる形を取ろうと。

 種目の決定権は挑まれた側にあるのだ! 

 殴り合いをするのは会長がいる以上、分が悪い。一人一人戦うのは効率が悪い。ならば女の子がやらなそうなゲームで決着を着ける。これが結論であった。

「マコト!」

「なにー?」

「コスプレ喫茶に決まればケーキとか喰い放題だぞ!」

「えー! じゃあ、ボクそっちでもいいかな」

 これで残りは三人だ。ここまでは計画通りだ。俺は今の勢いを殺さないように一気に長方形のバッグを勢いよく机に投げ出した。バッグから小さな長方形の立方体がいくつもこぼれ出す。

麻雀牌であった。

「風間 タケル。わたしは麻雀をやった事がありません」

「私もどんなゲームかは知っている程度で実際にやった事はないな」

 そうだろう、そうだろう。心の中でニヤリとした。何も語らないクルミちゃんが不気味ではあったが予想通りの反応だ。

 俺は何故か職員室にあった卓を運び込むと椅子を並べていく。そして場決めをすると彼女たちを座らせていった。上家(右側)に会長、対面(向かい側)にクルミちゃん、下家(左側)にカスミさん、となる。俺は簡単に牌の並べ方、取る場所、基本的な用語とルール等をレクチャーしゲームを開始した。

「風間 タケル。これは卑怯なのではないですか?」

「俺はこの学校に入ってから二つの事を学びました。それは何だと思います?」

 俺の問いにカスミさんは答えられない。

「何度負けても挫けない不屈の精神と勝負は勝ってこそ意味があるって事です」

 そうだ。俺は何度となく自分に不利、というか無理な状況で戦わされてきた。そして負けてきたのだ。その度に理不尽な扱いを受けてきたのだ!

 クックック、今度はあんたらが苦汁を舐める番だぜ。

「麻雀と言うものは実際に存在するゲームでそのルールに則っての勝負です。これは卑怯でも何でもありません」

「ふむ、キミにまんまとハメられた訳だな? 中々やるようになった」

「それに麻雀ってのは所詮は運の勝負なんですよ。ビギナーズラックとか期待できますよ」

 これは麻雀における強者が弱者をカモる時の方便だ。運が絡む勝負だと言うのは事実だ。しかし将棋やチェス程、絶対的ではないが結局は実力がものをいうのである。

「まあ、俺も鬼じゃないんで多少のミスはチョンボに取りませんので安心してください」

「タケルさん、ルールの確認いいですか? 半荘一回でトップがタケルさんならクルミたちの負けって事でいいのですよね?」

 今日初めてクルミちゃんが口を開いた。それに俺は頷いて答える。

「先輩たち、安心して欲しいのです。タケルさんが欲しい牌を切らなければクルミがなんとかします。クルミは某ネット麻雀でトップランカーなのです」

 熟練者か! 俺とてゲーセンで数々の女の子たちを脱がせてきた身だ。経験では負けていないはずだ! 

 文字通り賽が振られるとゲームスタートとなる。


 東一局 親 俺。

 配られた牌を見てニヤリとした。いきなり平和(役の一種)のリャンシャンテン(後二つ揃うとあがれる状態になる)だった。平和がちゃんと作れる時は調子がいいと言う。やはり夏休みの勝利以降、俺には勝ち運が来ていたのだ。

「リーチ!」

 五順目。俺は場に千点棒を投げつけて牌を横に倒す。

「クルミ君、こういう場合はどうしたらいいのかね?」

「現物(俺が既に切っている牌)を切っていけば安全なのです」

 クルミちゃんの助言に素直に従う会長とカスミさん。

「あー、ちなみに通し――何が欲しいとか言うのは禁止ですよ」

 確かに無難な戦法だ。ド素人の二人には下手降りをさせてクルミちゃんが点を稼ぐって事か。しかし、この流れはツモれるはずだ。

「ツモ! メンピンツモドラ1 親のチッチは二六00通しです」

 そして八順目、俺はこう宣言し牌を倒す。満貫には届かなかったがまずまずの滑り出しだろう。会長が「呪文かね?」などと素人丸出しの発言をしたが容赦なく点棒を回収する。

三対一の勝負ではあるが麻雀だとイカサマでもない限りは実質タイマン×3と変わらないのだ。この種目を選んでやはり正解であった。

 しかし、流石に下手降りされてしまうと中々あがれないものである。

 その後、二000点を加えただけで東場を終了した。


南一局 親 俺

 南場に入るとクルミちゃんが俺の方を見てクスリと笑った。

「タケルさん、音楽を聴いていいですか?」そう言った彼女に頷いて答える。

 すると彼女はイヤフォンを付けてMP3プレイヤーのスイッチを入れた。そして、徐々に表情とその瞳から光が消えていく。

「テンパイ即リーの猪麻雀ではクルミに勝てないのです」

 それが反撃の狼煙となった。

「ロン、跳満なのです」「ツモ、満貫です」次々と上がっていく彼女。


 南四局 親 カスミさん

 そして迎えたオーラス。トップはクルミちゃん。俺はと言うとトップとは二万点差のラス。普通であれば逆転などほぼありえない状況である。

 しかし、俺に絶望はなかった。高笑いをしたいのを必死に抑える。配牌時、俺の手には白、撥、中が三枚ずつ、大三元と呼ばれる役満(三万二千点)が出来上がっている状態なのだ。残りの牌も六萬が二枚に八萬と一萬――つまりはイーシャンテンである。

 三順目。思わずリーチを掛けそうになるのを必死に堪えるのである。七萬を引きいれてテンパイ。何食わぬ顔で一萬を切る。

 早く出せ! もしくはツモれ! 心の中で念じた。

 俺の念が通じたのか六順目、会長が六萬を河に捨てたのだ。……勝った。

「ロン! ロンロンロォォオン!」

「残念なのです。……頭ハネです」

「……へ?」

 クルミちゃんが端から綺麗に牌を倒していった。所謂、蛍返しと言う奴だ。時間が停止した。いや、実際停止するわけがないのだが、俺にはそう感じられたのだ。茫然とそして力なく彼女の牌を眺める。そして、やがて俺はやや大げさに卓に突っ伏したのであった。



 十月十二日、即ち体育の日である。我が校の行事は基本的に暦通りに行われる。

 我が校の体育祭は一風変わっていた。普通であればチームに分けられ勝敗を競う訳なのだがチームなんてものは存在せずに各人が参加したい競技にエントリーして個人毎に得点と順位が付くのだ。本来であれば燃えるシチュエーションなのだが、いまいち乗り気のしない俺は力半分といったところで参加をしていたのだ。

「会長はもう出ないんですか?」

 後半に入り残りの競技数も後僅かと言う所で会長が話しかけてきた。

「ああ、はしゃぎ過ぎたみたいでな、今日は疲れたよ。……ところで風間君は気が向いてないようだが?」

「ええ、女子がブルマーじゃないのが……じゃなくて、こういうのって本気でやっていいものかと思いまして……」

 徒競争など個人種目や体が触れ合う事のないものであれば問題ないのだが、棒倒しやら騎馬戦などは危ないのである。俺が危険な目に会うのは話の都合上仕方がない事なのだが、何らかんらいって俺は身体能力が他の人より高い。それによって怪我をさせてしまうのを悪いと思いどうして本気になれないのだ。

 ちなみに、この人は遠慮とか容赦とか言う言葉が辞書にないらしく現在、総合トップであったりする。

「ふむ、自惚れだな」

「ええ、自惚れさせてもらっていますよ」

 会長が笑う。俺は気恥ずかしくなって後頭部を掻いた。

 こういうイベントは馬鹿にならないと面白くないものだ。かと、言って俺が馬鹿になると迷惑を掛けてしまう事になりかねない。これはハリネズミのジレンマというやつである。

「では、自惚れ屋の風間君。キミは最終種目にエントリーするといい」

「何かあるんですか?」

「フフフッ、それは参加してのお楽しみだ」



 最終種目は長距離走であった。学校の敷地内に作られたコース約3kmを完走するだけだ、と会長は言った。しかし、スタートと共に『だけ』とは大間違いである事を思い知る事となる。そう、ただ走る種目に出ろなどと言う事は端からおかしな話なのであった。

 スタート前、競技開始のアナウンスがされるとスタート位置に十数名の男子生徒が集合した。彼らに視線を向ける。明らかに長距離向きではない体格の物しかいない。長距離ランナーというものは基本的に細身である。筋肉といえども無駄な肉があれば過酷な距離に耐える事が出来ないからだ。しかし、彼らは違った。一言で言えばマッチョである。しかも胴着やらレスリングウェアなどを着ている事から何らかの格闘技経験者である事が解る。

 ピストルが鳴りスタートが告げられる。前列の者たちが一斉にスタートダッシュを決める。俺も負けじとダッシュをしようとする。しかし、行き成り俺の右横の奴に殴られた。俺がそれに怯んだと見ると左横の奴が俺の腹に膝蹴りをかましてきた。余りの事に防御が出来なかった。俺はその場に膝から崩れ落ちたのだ。


――一体これは何なんだ!?


「おーっと、『無差別競争』最初の犠牲者が出た模様です! ノー・ルール、ノー・ボーダーのいかなる手段を使ってもゴールすればよい、と言う我が校伝統のレース。今年も白熱した展開が期待できそうです!」

 なるほど……。ルールが後付けなような気もしないでもなかったが、だから会長は俺に出ろと言ったのか。


――おもしれえ。


「おい、お前ら! まさか逃げ切ろうなんてセコイ考えしてないよな?」

 俺は立ち上がると素早く放送席に走りマイクを強奪するとそう挑発した。先頭との距離は既にかなり開いてしまったのだ。

 俺が勝つためにはこれしかない。

「ゴールに辿り着けるのはたったの一人。……それでいいだろ?」

 そして、俺は反応を確かめる様に一度言葉を切って見回す。

 この手の人間と言うのはこうも単純なのか。全員が足を止めて俺の方を振り向くのだ。

「お前ら全員、この風間 猛が倒してやるって話なんだよ!」

 大袈裟な被りを取りニヤリとする俺。マイクを天に向かって高く投げ捨てる。マイクが地面に落ちるとキーンという耳障りな音がスピーカーから伝わってくる。

 それが合図となった!

 うおおおおおおおお! 男たちが雄叫びを上げた。そして、その群れに俺は走っていく。その場で手近な者とやりだす者、俺を待ち構える者。様々ではあるが戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

 一斉に襲い掛かってくるなどという事はしない。彼らはそれぞれの構えを取って俺の到着を待っていた。そう、俺の啖呵に彼らも火が着いたのだった!

 まず、最初に対峙したのは俺を殴った奴だ。トランクスにシューズのみという彼はボクサーなのだろう。

「ふん、奇襲して悪かったな」

 彼がグローブをはめながら俺に謝罪した。それに俺は頷いて答えるだけだ。

「俺もグローブをした方がいいんですかね?」

 その俺の問いに彼を首を横に振った。その姿が俺はボクサーだからと雄弁に語っているのだ。

 彼が俺の顔面に右ストレートを放つ。俺は避けない。筋肉を硬直させてそれを受ける。速く、そして重い拳だった。思わず膝が崩れそうになるのを気合いで堪える。

 喰らって解る。この人は単に俺が横にいて、そういう競技だから奇襲をしただけなのだ。でなければ無防備でこの拳を受けたとしたらまともに動けるわけがない。

「ほう、倒れねーか。なら、お前にも一発サービスだ」

 同時にニヤリとした。心地よい感覚だった。

 それを見た俺を待ち構えていた人たちが我先にと争うように相手を探し戦い始めるのだ。

 そう、彼らもまた、実に気持ちの良い馬鹿なのである。

 お返しとばかりに彼の腹に強烈なボディーブローをかます。予告通り彼も避けない。体をくの字に曲げたが倒れなかった。俺は一度、右足で思いっきり大地を踏む。

言葉はいらなかった。彼は頷くと構え直したのだ。

 距離が近い。足を止めての殴り合いだ。俺は蹴りを使わない。彼を侮っているわけでも余裕なわけでもない。ボクサー相手に蹴りを使うのは礼儀に反するってもんだ。

 お互いの拳が当たる度に体が弾けると言うのを味わう。お互いに一歩も引かない。体を仰け反らせて何とか衝撃を逃がすのだ。

 何度目の打ち合いか、勝負を制したのは俺だった。俺の拳でとうとう彼が一歩だけであったが後ろに下がったのだ。その事実を確認した彼は構えを解いて背を向けてしまう。

素手とグローブでは威力が違う。素手の殴り合いであれば俺が負けていたかも知れなかった。だと言うのに、まだダウンしたわけでもないというのに彼は俺に対し敗北を認めたのだ。

「ボクサーがパンチで負けちゃあ終めえよ……」

 彼は背を向けたまま右腕だけを高く上げ俺に別れを告げた。

そして、ゆっくりと観覧席へ――リングを降りて行くのであった。姿勢を正すと、そんな彼の背中に深々と頭を下げる俺。彼に見えているハズもなかった。そんな事は彼に――そして俺にとってもどうでもよかったのだ。

 俺の中にある種の爽快感が芽生えた。しかし、戦いはまだ始まったばかりであった。



「これを卑怯とはまさか言わないだろうな?」

「もちろんですよ」

 竹刀を上段に構えた剣道着の男が俺に言った。

「それより、木刀じゃないんですか?」

「俺は剣術家ではなく剣道家なのでな」

 そう言って彼はニヤリとした。俺は無手の我流。相手は剣道。剣道家が竹刀を使うのが卑怯だと言うのであれば、空手家が鍛えた拳や脚を使うのも卑怯という事になる。

『剣道三倍段』という言葉がある。簡単に言うと獲物を持った相手を倒すのは遥かに上回る実力がいると言う例えだ。不利であるのは事実だが俺には竹刀を使うなとは、言えなかった。

 何とか距離を詰めて俺の間合いに入らねば……。

 じわりじわりと相手との距離を詰める。相手の射程圏内に入ると俺は一気に跳ぶ。あれは刀ではない。喰らっても斬られる心配などないのだ。腕を盾にして受け止め相手に攻撃を入れる。それで勝てるはずだ。

 俺はそう思っていた。

「面ぇぇええん!」

 気合いと共に振り下ろされる竹刀。それを腕で受け止める。そして……。俺は後ろに跳んだ。何だ、この腕から伝わる痛みは……? 

「これは木刀ではない。竹刀だ」

 彼がそう言った。とても冷淡な声であった。そして切っ先を俺に向ける。

「竹刀ならさほどダメージを受けない。そう思ったんだろ?」

 彼が俺との距離を一気に詰める。そして横薙ぎに竹刀を振るった。それを腕で受ける。いや、受け切る前にまた体が勝手に横に跳んだ。

「木刀とは刀を模したものだ。相手を破壊するために存在する」

 そして上段からの一閃。その切っ先は残像が出来る程の速さで俺に襲い来る。なんとか避けようとするも避けきれずにまた腕に被弾。やはり後ろに跳ぶ事でその痛みから逃げてしまう。

「竹刀は刀を模したものである。が、同時に鞭のようなものでもあるのだ」

 畜生! 俺が踏み込めないでいるのを解っている! 

 再び上段に構える彼。突いて来いと言わんばかりに胴は隙だらけであった。

「鞭とは本来相手を破壊するための武器ではない。相手を屈服させるためのものだ」

 その場で竹刀を振りおろした。その切っ先が当たるわけがないのは解っていた。しかし、思わず体がビクッと反応してしまう。

「実際に喰らってみれば違いが解るだろ?」

 そう言って髪を掻き上げ俺を見下したような視線を向ける。その口からはサディスティックな笑みがこぼれていた。

 通常の打撃による痛みというものはその部位が破壊でもされない限りは一瞬で体を抜けて終わる。しかし、俺が今感じている痛みは違った。まるでそこからゆっくりと全身に伝わっていく、そんな痛みだった。

 ……なるほど、この痛みは喰らい続ければ心が折れてしまいそうだ。

 カウンターしかない……。こう思った。

当たった瞬間――痛みを感じる前に奴に全力の一撃をぶちこんでやる。

 カウンターのタイミングを測る。彼が容赦なく打ち込んでくるのを大きく回避する。これを繰り返した。やがて息が切れてくるのを感じてくる。避けきれず肩に被弾してしまった。なんてタイミングが取りずらい相手なんだ。

「『縮地』と言う言葉を知っているか?」

 横薙ぎ一閃。両腕を前にしてガードを試みる。しかし、剣の軌道が変わり俺の脛を打つ。余りの痛みに片膝を着いてしまう。

「瞬間移動するっていうアレだ。まさにそんな感じだろ?」

 そう、瞬間移動しているはずはないのだが俺には彼の動きがそのように見えてしまう。一般的な格闘技というものは円――曲線の動きを基本としている。対して彼は躊躇なく俺に向かってくる。言わば直線の動き――それに加え袴で脚の動きが感じずらい事もあり彼に行き成り距離を詰められたように感じるのだ。

 彼が後ろに跳ぶ。

「突きぃぃいいい!」

 着地した瞬間に彼の体が俺の眼の前に迫って来た。それを俺は辛うじて手の平で受ける。  が、後ろに吹き飛ばされた。背中から地面に打ち付けられる俺。


――剣道、これ程のものか……。


 しかし、勝機はある。自分でも少々セコイと思ったが今ので勝機が掴めたのだ。

 ゆっくりと立ち上がる俺。俺が立ち上がるのを確認すると彼が打ち込んでくる。何発かもらってしまったが――やはりそうだ。

 大きく後ろに跳ぶと俺は短距離走の選手がやるような前傾姿勢を取る。

「受けて立とう」

 それを見た彼はニヤリとして大上段に構えた。そしてタイミングを測る。

「面ええぇぇぇええん!」

 ここで俺は踏み切った! そして彼の切っ先が俺の体に当たる前に全力のタックルを喰らわすことに成功したのだった。

「……見事だ……」

 俺のタックルは彼の体を押しつぶすような感じで俺ごと地面に打ち付けたのだ。受け身なんて考える余裕などなかった。そのおかげで相手に与えるダメージが増した代わりに体が痛くてかなわねえ。

 ゆっくりと体を起して立ち上がる俺。彼は立ち上がれないようだった。彼は決め技を放つ時に宣言をする。突きにしろ、そのおかげでモロに喰らわずに済んだのだ。故にそれがまさにカウンターのタイミングとなったのだ。

 宣言をせずに技を放てば俺には避ける事などできなかったろう。……何故だ?

「……愚問だな。……最初に言ったはずだ……。俺は剣道家なのだと……」

 俺の表情から疑問を読みとったのか彼はこう答え、そしてゆっくりと目を閉じたのだった。

 体中が痛む。まさに満身創痍と言う奴だった。このまま棄権してしまおうかとも思った。俺はこの清々しいまでの馬鹿野郎共との戦いに満足していたのだ。

だが、同時に俺にそれは許されない事でもあった。彼らは勝つ事だけにこだわれば俺が負けていたかもしれない。しかし、愚直なまでに己の道を貫いたのだ。肉体的な強さと同時に精神的な強さを併せ持っていた彼ら。素直に尊敬できると思った。

 そんな彼らに俺は勝ったのだ。ならば不様に負けてもいい。勝者の務めというものを果たす義務が俺にはあったのだ。



「遅かったじゃねえか」

 辺りを見渡すと彼が最後のようであった。空手着を着た彼は俺が構えを取ると続けた。

「先に言っておくが俺はフルコンタクトだ。あいつらのように甘くねーぞ?」

「彼らを愚弄するのは俺が許さねえぞ!」

「ちげえよ、馬鹿。単純に俺を上回らねえと俺には勝てねーって話だ!」

 言い終わると同時に彼が襲い掛かってくる。体の痛みが反応を鈍らせる。そして肩に鋭い痛みが走った。

「まぁ、トーナメントみたいになっちまったからな。悪く思うなよ?」

 そんな事は解っている。しかし、俺はそれを言葉に出せなかった。今は呼吸を整えて少しでもダメージの回復に努めなくてはならなかったからだ。

 拳の連打。俺は最小限の動きでそれを避ける。時折、当たってしまうが体を当たった方向に捻る事で拳を滑らせた。

 パンチの威力であればボクシング、スピードであれば剣道の方がそれぞれ上だろう。しかし、今の俺ではそれでも十分すぎる程に荷が重かった。

 再び、拳の連打。そして何とか避ける俺。しかし……。

「…ブッ……」

「悪りいな。俺っち、蹴りの方が得意なんだわ」

 彼の膝が俺の腹に刺さる。なんとか踏みとどまる俺。そして、肘を奴の顔面に入れて一矢報いる。だが、腰が入っていないので大したダメージではなかったろう。

「まだ、死んでねえか」

 彼は素早く後ろに跳ぶとトントンとその場で軽く跳びフットワークを使って細かく蹴りを出す方針に変えた。

彼の戦法は正しかった。弱った相手に対し無理に近距離で攻撃をする必要はない。反撃を受けないように軽い攻撃を繰り返し徐々に体力を奪っていけばいいのだ。

 左右の蹴りを交互に繰り返していく。どれも必殺の蹴りではなかった。ヒットした瞬間に次へ移る。ガードしているとはいえ、生身の腕だ。ダメージが徐々に蓄積していくのを感じる。しかし、同時に息が整っていくのも感じるのであった。

 彼は正しい。だが、同時に間違ってもいた。先に述べたように俺は異常に打たれ強いのだ。この手の痛みなら尚更に。動きの鈍った俺としては大技の方が怖かったのだ!

 彼の蹴りに正拳突きを合わせる。それに驚いた彼が動きを止めた。

「さて、反撃開始だ」

 俺はハッタリをかました。こう言うと腰を深く落として構える。それを見て彼も構える。

 少しでも時間を稼ぐ。まだ十分に呼吸は回復していなかった。

 俺は大きなモーションで彼の腰めがけて蹴りを入れる。彼は後ろに跳ぶ。当たったらラッキー程度の蹴りなのでそれで問題ないのだ。要は彼がまだ俺が動ける事を認識してくれさえすればそれでよかった。

 そして、構え直す。彼も容易には打ち込んでこない。これで時間が稼げた。呼吸が戻ったのを感じたのだ。これなら全力の動きはもう無理だが十分戦える。

 今度は俺が跳びかかった。そして鳩尾に向かい右正拳突きを放つ。彼は両腕をクロスさせてガード。俺は構わずそこに左正拳を放つと後ろに跳ぶ。

 次は二人同時に前に跳んだ。どちらも攻撃を仕掛けない。位置が入れ替わると彼が上段回し蹴りを放った。

「遅せえ!」

 アホみたいに速い竹刀の動きに目が慣れていたせいもあったろう。彼の動きがはっきりと見えたのだ。俺は彼の足首を掴むと力任せに振り回して投げる。彼の体が音を立てて地面に打ち付けられた。そこにすかさず跳ぶとフットスタンプをする。彼はゴロゴロと体を転がしてこれを回避しながら立ち上がった。

「ちっ、化けもんかよ!」

 そう言った彼の顔は嬉しそうだった。

 俺のハイキックを姿勢を低くして避けると同時に足払い。俺は体勢を崩し転んでしまう。すかさず顔面を踏みつけるような蹴り。その足を俺は両手で掴む。

「お返しだ」

 彼はニヤリとすると足に全体重を掛けてきた。

「ああ、そうかい!」

 それを腕力にものをいわせて押し返す俺。彼が後ろに跳ぶ。俺は腹筋のバネで起き上がった。

 何度かの攻防――俺が攻めれば彼が受け。彼が攻めれば俺が受ける――を繰り返した。現状は完全に互角の勝負であった。どちらも決め手が掛けていたのだ。

 彼は大きく後ろに跳ぶと俺を指さした。

「おい! 一発勝負受ける気はあるか?」

 彼が挑発的な表情でこう言った。

「ピストルの合図でよーい、ドンだ!」

 このままでは埒が明かない事も事実だった。

「で、それはどっちでやるんだ?」

 俺は拳と脚を順に叩いてそう答える。

「これって言ったらお前さんは受けるかね?」

 彼は片足を上げるとそう返し、俺はそれに頷いたのだった。

「おい、スターター! 今から……んー、そうだな、構えてから三十秒後ならどのタイミングでもいい。ピストルを鳴らしてくれ。それが合図って事にしよう」

「……解った」

「言っとくがガードは無しだぜ? これは純粋なスピード勝負だ」

 お互いに蹴りの間合いに入ると構える。体を限界まで緊張させてその一瞬を待つ。

 スターターがピストルを上に構えた。心の中で数を数える。


……15・16・17・18・19・20……


 お互いに目を合わせたまま放さない。蹴りの為のバネを全身で作っていく。


……25・26・27・28・29・30……


 お互いの表情が険しくなる。バネが臨界点に達しようとしていた。

 31・32・33・34――パンッ!

 お互いの蹴りがほぼ同時に繰り出される。そして俺の蹴りが確かに彼の首の感触を捕えるのを感じてニヤリとする。否、ニヤリとしたのは彼も同じだった。

 そして視界がおかしな事になる。恐らくは彼も同じだろう。



「あんた馬鹿だろ。何でハイキックなんだよ?」

 大の字に地面に寝転んだ俺が思わず噴き出しながらそう彼に言った。

「それはお前さんだって同じだろ?」

 同じく大の字に寝転んでいる彼もおかしそうに俺に言った。

 単に蹴りのスピード勝負であるのだからローやミドルでもよかったのだ。しかし、俺たちはハイを選んだ。一番、遅いのにも関わらず。

「「そりゃ、それが一番かっこいいからに決まってるだろ?」」

 今度は二人同時に言った。そして言い終わるとこれまた同時に笑いだす。

 そう、俺たちの蹴りはお互いの首を同時に捕えたのだ。そして、同時にその威力で吹き飛び地面に転がるハメになったのだ。それで終わりだった。もう動くのがかったるかったのでその場で眠ってやろうかと思ったほどに。

「両者ノックアウトにつき最終種目は無効試合とさせてもらいます」

 アナウンサーがそう宣言すると、俺は勝ち負けとかそういう事はもうどうでもよくなっていた。それは彼も同じだったろう。



「ほんと、タケルってば馬鹿なんだから……」

 二日後、生徒会室にて。

 あの後は酷いもんだった。いや、今も大して変わらないのだが……。幸いな事に骨や内臓に異常はなかったようだ。しかし、全身打ち身だらけだったのだ。俺はまさに平成の世によみがえったミイラ男と言った体だったのだ。二日経った今も包帯はだいぶ取れたとは言え体のあちらこちらにシップが張ってあり、クラスでは――主にカイに――『くっせんだよ』なんて言われて煙たがられたりしていた。

「でも、タケルかっこよかったよ」

 マコトがニコニコしながらそう言ってくれた。

「だろ? マコトも俺の余りのかっこよさに濡れ……イテッ」

 リサに小突かれた。怪我人に何て事するんだ!

「痛覚に異常がないかどうか調べてあげたのよ」

「そこまでの姿になったのに何で戦うのですか?」

 クルミちゃんが珍しく会話に加わってきた。

「んー、確かに痛かったが……。でもさ、俺、また強くなったぜ?」

「……クルミには意味が解らないのです」

 俺の言葉に会長とマコトがニヤリとした。

 確かにこんな答え方じゃあ一般人には解らないのかもしれないな。頭を掻きながら考える。しかし、彼女が納得してくれそうな理由に思い至らなかったので断念した。

「私は濡れ濡れだったぞ、風間君!」

 多分ギャグで言ってるのだろう。こう言うところがオッサン臭いんだよな……この人は。

「何だ、嬉しくないのかね?」

「どうせ言うならもっと色っぽく言ってくださいよ、会長」

「……むう」

「……しかし、参加してよかったですよ」

「そうだろう、そうだろう」

 俺の言葉に満足そうに頷く会長。

「俺、本当にこの学校入ってよかったですよ」

「ふふふ、私もそう思うよ」

 変な人たちに馬鹿な奴ら、この学校には一杯の非日常がある。毎日が楽しくて飽きないのである。それらが俺を強くしている。それを実感できるのである。恐らくは中坊時代の俺より比べ物にならないぐらいこの数カ月で強くなったはずだ。

 それにこれからも俺は強くなる。そういう確信があるのだ。

 そろそろかな? とも思う。まだ、自信はないが近いうちに決着を着けなくてはいけない事が俺にはあるのだ。高校が終わるまでにそれができればいいな、と思う。

 こんなこと思いながら俺はあきれ顔のリサの方に視線をやった。

「風間君、何エピローグ的な事を言っているのかね?」

「え? 何故、俺の心を……」

「風間 タケル。自分で喋っていた事に気が付かなかったのですか?」

 そう言うとカスミさんがハッとした表情になり口元を押さえる。

「……酸素欠乏性に……」

「違います!」

「それに文化祭の前フリをした癖にここで終わらすのはあんまりなのです」

 クルミちゃんまで何か良く解らない事を言い出す始末だ。

「そういやあ、文化祭の件はやっぱりダメなんですよね?」

「勝利者の弁が常に正義となる、だ」

「ですよねー」

「そんなにやりたいのなら知り合いを集めてやればよいではないか」

 会長の言葉に深く傷つけられる俺。何気ない一言が少年の心に大きな傷を残す事をこの人は知った方がいい。

 思わずしゃがみ込んで地面に『の』の字を書いてしまう程に。それを見てリサが俺の頭を優しく撫でてくれた。……お前はいい奴だな。

「な、何かね? 私は何か凄い事を言ってしまったのか?」

「……い…い…で…よ……」

「何かね? 言いたい事はハッキリと言いたまえ」

「……えっと、あたしから言うね。タケルの女の子の知り合いっていないのよ。……ここにしか……」

「……私とした事がそれは済まない事を……言った」

 微妙な空気が流れた。しかし、この空気は俺にとって、まさに天運であった。これは何となくいけそうだと本能が告げていた。

 誰も言葉を発さなかった。いや、発せないでいた。

俺は時折、彼女たちをチラ見する。イメージ的にはドナドナで荷馬車に揺られていく子牛の目で。その度に女の子たちが顔をしかめる。

「私が悪かったよ、風間君。」

 チラッ。

「そ、そうだ、キミは確か女体が好きだったな。こ、今回は特別だ、わ、私が見せてあげよう」

「会長ってば何言ってんの!」

 チラッ。

「う……。そ、そうだな。確かにもので釣るような行為はいかんな」

 チラ、チラッ。

「ふむ、解ったよ。で、では、コスプレ喫茶だったか? 検討しようじゃないか」

「どうせ検討して終わりってオチでしょ?」

 この降って沸いたチャンスを逃すわけにはいかなかった。

「そ、そんな事は無いぞ、風間君。そうだな、曖昧な言葉はよくないな。では、それをやろうではないか」

「本当?」

「本当だとも」

 会長が満面の作り笑みを俺に向けてそう言った。確かにそう言ったのだ。

 勢いよく立ちあがると俺はガッツポーズを取った。会長の言質さえ取ってしまえば他の誰が反対しようと問題はないのだ。なんせここは彼女のアレだから。

「じゃあ、企画や準備は俺がやっときますんで任せてください!」

 これから生地や食材の発注やら部屋のデザインやらで忙しくなりそうだ。しかし、降って沸いた幸運に俺はワクワクするのみであった。

「卑怯者」

 カスミさんがぼそりと呟いたが、そんな事は関係ないね!



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