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俺猛る!  作者: 佐藤コウ
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第三話 『VS ヤンキー』

力とは平等に相手を傷つける。しかし、俺は俺だ。

「では、本日はこれで終わりだ。また暫らく休みとなるが赤点取った奴はその間、補習があるので必ず出席するように」

 古谷教諭は全員に紙を配り終わり、そう宣言するとダルそうに退室していった。

 当校では期末試験の結果が一括で渡される。答え合わせすらない。一枚の紙に各教科の得点と校内順位が書かれているのみである。答案用紙が返却されない所を見ると『誤採点などありえない』と言うよりは『面倒臭いから気にするな』と言う事なんだろう。実に味気ない話だ。

「よお、マケルくーん」

 兎にも角にも本当の意味での期末の終わりとなるとカイの野郎が、まだ席に着いていた俺に馴れ馴れしく肩を組んできたのだ。

「で、どうだった?」

 やたらと顔がニヤけている所を見ると、やはりそう言う事なんだろう。つまり俺は馬鹿だと思われていて赤い数字の並ぶ紙を見て俺を嘲笑いたいのだ。

 まずまずだな。俺は期末の結果を見て、そんな事を思っていた。平均すれば九十三点。校内順位でいえば十六位。次は張り出しを狙ってみよう。(十位までは廊下に名前が貼り出される)

「……カンニング?」

「違うわい!」

 俺の結果を盗み見て数瞬の後のカイの反応である。まあ、お約束って奴か。

「で、カイくんは何位だったの?」

「……ろく…じゅう…い……」

 そして、お返しとばかりに嫌味たっぷりな口調で奴に聞き返してやるのである。

「え!? 何、聞こえない?」

「人間に順位なんてつけられないって偉い人が言ってただろ。それにキャラに合わない事すんなよ。JAROに訴えんぞ!」

 筋肉馬鹿って思われたくないから頑張ってるんだよ。こうツッコミそうになるのを何とかこらえて、今度は俺がニヤニヤする番だ。経験上無言でこうやられると予想以上にむかつくもんだ。案の定、もうそれ以上は何も言わずに憤怒の表情のカイはどこかに行ってしまった。

「タケルぅぅ……」

代わりに手に紙を持ったリサが力なくフラフラとした足取りでこっちにやってくる。長い付き合いである所の俺は無言でリサの両肩を叩くと彼女は力なくその場に崩れ落ちるのだ。

 ハラリハラリと舞い落ちるリサの紙。そこには真っ赤な数字が沢山書かれていた。

「……まあ、補習頑張ってくれ」

「そんなぁ……」



 期末休みが終わり七月も終盤に入ると終業式があった。俺は一応生徒会のメンバーだったので舞台袖で控えている。

「……では、各人、高校生らしい節度のある夏休みを送る様に」

 例によって皆が全力で校長のありがたくも長い話を聞き流した後、小中と今回も代わり映えのない夏休みの注意事項を会長がし終えると解散となる。

「しかし、こういうのは何でいつも、いつも同じなんですかね。こんなん守る気がある奴なんていないでしょうに……」

「まあ、そう言ってくれるなよ。風間君、こういうのは様式美と言って無ければ無いで寂しいものだぞ?」シレッとした顔で会長。

 式の後片付けは生徒会の仕事である。普段、手伝うなんて事をまるでしないリサも今日ばかりは上機嫌で後片付けの手伝いに精を出していた。

 それもそのはずだ。夏休みと言えば夏合宿がある。合宿という表現を使ったが実際は海の近くにある我が校の合宿所を使っての三泊四日の旅行であった。当然参加する権利があるのは生徒会メンバーのみなので普段何も仕事をしないリサとしては自分もメンバーなのだという事をアピールしているのだろう。現金な奴だ。

「ねね、露天風呂とかもあるんだよね? 勉強のしすぎでホント疲れたわ」

「うむ、宿舎は結構、豪華な造りでな。温泉が引かれていて内風呂と外風呂がある。私たちの合宿期間は利用者がいないので――と、言うより誰もいないので料理は自分たちで用意しなくてはいけないが施設を自由に使ってよい、と校長からの許可も頂いている」

「やったー!」

その言葉を聞いてリサが両手を上げて喜ぶ。


――話が上手過ぎる。


 二人の会話を聞いていてまず思った事だ。夏休みに合宿所が偶々、生徒会が使う時だけ利用者がいない。それも管理者すらいないなんて時期的に考えられなかった。絶対に何か裏があるはずだ。そして、これはそれの報酬に違いない。

「リサ君、施設については一昨日配った『旅のしおり』で確認しておくといい」

「はーい」

 そう言うと鼻歌交じりにマコトの手を握りクルクルと回りだす。こいつがやるとジャイアントスイングになるのでマジで危険なのだが、まあ、マコトなら大丈夫か……。

「どうしたね、風間君?」

 少し沈んだ俺の表情を見てか会長が声を掛けてきた。

「何が起こるんですか?」

「ふむ、中々の洞察力だな。鋭い洞察力を持つ事は格闘家にとって大事だよ」

「いえ、あまりに話が上手過ぎますからね」

 明らかに会長が話題をすり替えようとしていた。洞察力云々の話ではない。気がつかない方がどうにかしてるってもんだ。

「ふふふっ、それは後の楽しみに取っておきたまえ」

「教えてはくれないんですか?」

「うむ、どの道キミに拒否権などないのだよ」

「さいですか!」

「まあ、腐るなよ。こうは言ったがどうしても参加したくないというのなら無理強いはせんよ。しかし、キミが来ないとなると残念だな。水着を見せる相手がいなくなるではないか! ああ、どうしようか!」

 実に芝居がかった会長の話し方だ。畜生、人の足元を見やがって!

「ねー、これ終わったらみんなで水着買いに行かない?」

 『水着』と言うキーワードに反応したのかリサがバンザイをしてメンバーに呼び掛ける。

「ふむふむ、では私が皆に凄い奴を選んでやろうではないか」

「どんなの?」

 そう聞かれてリサの耳元で――ちらちらと俺の方を見ながら――何やらごにょごにょと呟く彼女。それを聞いて顔を赤くするリサ。

 思わず、すんごい水着を着た彼女たちを妄想してみる。

 ……結論、生で見たい。

 いや、別に行きたくないなんて言ってませんよ? ええ、唯の一言たりとも!

 会長に無言で肩を叩かれた。そしてニヤリとする彼女。

「何なりとお申し付けください、会長閣下!」

「うむ、人間素直が一番だ」

 俺の答えに会長が実に満足そうな表情で頷いたのであった。



「いやぁ、眼福、眼福っと」

 夏の海。その砂浜ではしゃぐ水着の女の子たち。それを寝転んで眺める俺。そこにはパラダイスが広がっていた。

「ちょっと……、タケルってばグラサンはいいとして、それはないんじゃない?」

「変態チックだとクルミは思うのです」

「もっこりしてるね」

 そう言ってマコトが笑いながら棒でつつく。こら止めないか! 

 今、彼女たち三人の視線は俺の下半身に注がれているのだ。

「何だよ、ビキニパンツいいだろ!」

 俺は普段はボクサーパンツを履いているんだ。だからピッタリ感のある水着の方が落ち着くんだよ。スカスカしてると落ち着かないんだよ! それにトランクスみたいなのは軟弱野郎の履くものだとの自負があるのだ。

 が、女の子たちには大変不評だったらしい。それならいっその事、ウケを狙って赤フンにでもすればよかったぜ。

「なんかさ、俺のでかいだろ? みたいなのって……」

「いやらしい、と言うより汚らわしいのです」

 久しぶりにクルミちゃんの声を聞いたと思えば俺批判だよ!

「似合ってないか?」

 そう言って立ち上がるとポージングをする俺。

 よく引き締まった体に黒のビキニパンツ――似合ってると思うんだがな……。

「うわっ、止めてよね」

「警察に通報するべきだとクルミは思うのです」

「……」

 女には男の美学が理解できねえらしい。しかし、会長とカスミさんがまだ来ていない。色々と趣味の合うあの人ならきっと、解ってくれる……はずだ。

 よく聞き取れなかったがリサとクルミちゃんがまだ何か言っていたが俺にとって不愉快な内容なのは間違いないので無視する事にして再びマットに寝転び水着鑑賞に戻った。

 まずはマコト。チェック柄のエメラルドクーリーンのタンキニを着ている。彼女は締まっているところは実によく締まっているのだが出るところにあどけなさを残しているのが実に残念である。来年に期待だな。

 次にクルミちゃん。白いフリルの着いた薄いブラウンの柄ものワンピースだ。決してポッチャリしているわけではないが運動によって引きしめられた体の二人と比べるとやや線が太く見える気がした。

 最後にリサ。無地でピンクのビキニだった。他の二人と比べると出るところがきっちり出ているように思える。他二人を見た彼女の表情も何となく勝ち誇っているように思えたのは俺の気のせいではないだろう。

 しかし、一年生組の水着は似合っているし本体と相まって実にかわいらしいのであるが、それ故に健康的すぎる。エロスというか……俺のリビドーを刺激しないというか――とにかく色気というものが感じられない。こりゃ二年生組に期待だな。

「ところで会長たちはまだなのか?」

 俺の『会長』という言葉に反応してリサが不機嫌そうな顔を俺に見せる。

「やーね、あの人たち。わざと遅く来て見せつける気なのよ。きっと」

そして俺の横にうつ伏せに寝転びながら「オイル塗って」と、これまた不機嫌そうに言った。

「キョウカ様たちは何やら挨拶があるとか言ってたのです」

「ふーん」

 クルミちゃんの答えを聞きながらリサの背中にオイルを満遍なく塗っていく。若々しくつやのある彼女の肌に手を滑らせる。

 確かに、リサは魅力的な女の子だ。俺と幼馴染という関係がないのであればこのシチュエーションにドキドキしていた事は間違いないだろう。プールでの一件で解っていただけただろうが、俺と彼女は――無論、性的な場所ではないが――体に触れ合う機会が多い。だから肩を揉むぐらいの感覚でこんな事をできてしまう。

 リサと言う女の子は俺にとって兄妹と言うか夫婦と言うか……、兎に角、家族の様な存在なのだ。もちろん異性としてとても大切な存在な訳だが、これと言って特別意識する存在でもない。俺のその態度が彼女をムカつかせる原因となっているのは理解している。

 こんな事をしていると離れた所で何やら歓声のような声が聞こえた。会長たちが俺たちの方にやって来たのだ。

 会長は白地に黒のラインで縁取りをしてあるビキニを着ていた。髪型も普段のストレートではなくポニーテールにしていた。まるでスーパーモデルのような素晴らしい体形で胸を惜しげもなくプルンプルンを揺らしながら歩いてくるのだ。リサのチッと言う舌打ちが聞こえた。しかし、この人もダメだ。俺のジュニアがピクリともしない。

 この人の外見は文句なしの美人だ。中身を知らなければ俺もカイの様な反応をしたことであろう。しかし、俺は中身を知ってしまった。ハッキリ言えばオッサンである。オッサンにエロスを感じろってのも無理がある話だ。

 しかし、そのやや後ろに控えるカスミさんは別だった。こういうのもワンピースと言うのだろうか? 胸元と腰が大きく開いた水着だ。やや窮屈そうに水着からはみ出そうとする胸を押さえつける黒のライン。それによって出来る胸の形、そして普段はクールな彼女が見られる事に抵抗を感じているのだろう。そんな姿が俺のリビドーにビンビンくるってもんだ。

「どうだ? カスミ君は凄いだろ」

 俺の緩みきった表情にオッサン――もとい会長が誇らしげに胸を張ってそう言った。

「彼女は最高です!」キリッとした顔で親指をピッと立ててそう答える。

「このような姿を人に見られるのは……」

 そんなやり取りを見て、カスミさんは顔を少し赤くして身を軽くよじらせて恥じらう。そんな姿もまたグッと来るのである。

 い、いかん……。たかが水着姿を見ただけだと言うのに鼻の下を伝うものがある。

「おいおい、風間君。鼻血が出てるぞ、仕方のない奴だな」

「カスミさんがトゥ・セクシーでセクシャルバイオレットだったもので」

「それでは夜までもたないだろうに」

「それは真夏の太陽のせいってことで」

 意味不明のやり取りの後、二人同時に『ワッハッハ』と笑いあう。

するとカスミさんがパーカーを着てパラソルの陰に入り体育座りをしてしまう。俺と会長が視線を向けると顔を背けてそっぽを向いてしまった。そういう所も堪んねえ!

「海に行こっ」

 イテッ……。俺の余りの反応の違いにリサが拗ねたのか俺の脛を蹴ると、マコトとクルミちゃんの手を引いて海に入っていった。

 だから、そういう余裕のなさが色気のなさに繋がるんだよ!

「リサ君を放っておいていいのかね?」

「ところで、どうして、わたしを挟んでいるのでしょうか?」

 リサ達が行ってしまうと俺と会長でカスミさんを挟んで座った。彼女がマットの中央に座っていた為にそうなったのだが、理由を話さない方がおもしろい反応が得られそうだったので黙っておこう。

「んー、今何かを言っても白々しいだけですよね?」

 鼻頭を掻きながらそう答える。

「ふむ、確かにそうだな。……ふふふ、中々、妬ける関係だな」

「それにしても凄いですね」

 チラッとカスミさんを見て視線を戻す。

「あの……」

「うむ、私が選んだのだ」

「正直、欲しくて堪らないですね」

 再びチラ見する俺。

「……」

「私のであるからして、やらんぞ」

「会長、きっついっすねー」

「………」

「ふふふっ、欲しいものは自力で手に入れるのだ」

 主語を敢えて抜いての会話。カスミさんが顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。普段と違いすげー可愛らしい彼女。色気むんむんの彼女が見せる可愛らし仕草。

くうぅ、堪んねー!

 やがて俺達も黙ると二人揃ってカスミさんを視姦する。

さて、そろそろ本題に入るか。

「ところで、そろそろここに来た目的を教えてくれませんか?」

「……そうだな。実は校長に頼まれたのだ…」

 彼女が語りだす。校長の家系はこの地域の名士で、どういう訳か厄介事があるとこの地域の住民は彼に助力を仰ぐそうなのだ。そして最近、この地域で目に余る悪さをする集団が現れたらしい。よくある話だ。住民が困っているのでどうにかして欲しい、と彼に依頼した。それを了承した校長は生徒会を派遣したのだと。

「しかし、何で生徒会なんです? ぶっちゃけ、大人、つーか警察の仕事だと思いますが?」

「うむ、詳しくは解っていないのだが、その輩は我々と同じぐらいの年齢らしいのだ。故に校長は『出来る限り警察沙汰にはしたくはない』と、おっしゃられたのだ」

「それは解りましたが――で、何で生徒会なのですか?」

 理由は察しが着いていたが、敢えてこう尋ねた。そして、それを聞いた彼女がニヤリとした。

「無論、私が買って出たからに決まっている」

「会長、馬鹿の目をしてますよ?」

「……斯く言うキミもそんな目をしている」

「ええ、俺も馬鹿なんで――そういうの嫌いじゃない、と言うより好きです」

 武の道を志す人間と言うものは基本的には馬鹿である。頭が悪いという意味ではない。例えば空手の達人も素人の持つ銃には敵わない。そういう意味では技を鍛えるというのは無意味な事だ。要するに馬鹿な事をしているのだ。

 そんな事は解っている。だが、武の力と言うものは知力とは別のベクトルで人を引き付ける魅力がある事もまた事実だ。その魅力にどうしようもなく魅せされてしまった人間がいる。それが俺やマコト、会長といった人間たちだ。

 野蛮だ、などと言われようがそんな事は知った事ではない。使ってもよい機会があるのであれば遠慮なく使ってやるさ。法律? そんな言葉知らないね、なんせ『馬鹿』だから!

「しかし、その悪漢共の素性が割れていないのだ。これから調査をして殲滅するのだと時間が掛かり過ぎる。そこで私はこう考えた」

「ほうほう」

「彼らと抗争をしようかと」

 そう言って言葉を締めた彼女の表情は穏やかであったがその瞳は爛々と輝いていた!



 作戦はこうだ。昼間は海で遊ぶ。そして日が沈んだ頃に各自バラバラで散歩タイムに移る。生徒会メンバーは美少女揃いなので自然と人目を引くのだ。自分たちを餌に彼らを釣り、最終的には合宿所におびき寄せて一網打尽にする。実に単純な筋書きである。

 昼間、できるだけ目立つように遊んだ後、夕方の散歩タイムに入った。リサが文句を言っていたが「ならば宿舎に戻り一人で遊んでいたまえ」と会長に言われてしまうと渋々ではあったが従う事となる。

 俺はと言うと……。

『あの……。ちゃんとクルミの事、見えているのですか?』

『大丈夫だよ。ちゃんと見えてるよ』

『ホントですか?』

 メンバーの内、他の四人は町の不良ごときに遅れを取るはずがない。しかし、クルミちゃんは運動がまるでダメだという。そこで俺の役目は少し離れた所から彼女に着いていきボディーガードとなる事だ。

 やはり不安なのだろう。時折、俺の携帯に電話を掛けてきて確認を取ってくるのだ。

しかし、これは……。事情を知らない俺たち以外の人間から見ればか弱い女の子を大柄の男が後を着けているようにも見える。要は見ようによっては俺はストーカーという事になる。警察には見つからない事を祈ろうではないか!

『しかし、こういうのも探偵ゴッコ見たいで面白いね』

『無責任な事を言わないでくれませんか? ちゃんとしてくれないとクルミは困るのです』

 そんな俺の刈る愚痴に心配そうな声で彼女が抗議してくる。

『いや、ちゃんとクルミちゃんの事は俺の命に代えても守るよ』

『え……』

『キミから見て俺は不真面目な人間に見えるかもしれないけど、俺は嘘は言わないよ。そこだけは信じてもらいたいんだ』

『……』

『確かに俺はスケベでいい加減な奴かもしれない。でも、俺は生きる上で三つの事だけは何があろうとしないと決めているんだ。『人を騙す事』、『無意味に暴力をふるう事』、そして『女の子を泣かす事』の三つだ』

『フフフッ』

 答えは返ってこなかったがどうやら彼女は信じてくれたらしい。声のトーンでそれが解った。

『でも、怖いなら断った方が良かったんじゃないかい?』

『キョウカ様にあんな事を言われてしまうとクルミにはお断りすることができないのです』

 俺の問いに「んー」と少し考えてからこう答える彼女。

 会長は解散時に『クルミ君が一番の適役だろう』と言った。確かにその通りだと思う。会長、カスミさん、リサの三人は気の強い印象を相手に与える。マコトは表情が幼い。普段はボーッとしているクルミちゃんには穏やかな雰囲気があり。なんとなく隙があるのだ。

『あっ……』

 こんな事を考えているとクルミちゃんがチャラ男二人に何やら言い寄られて困っている様子だ。いきなり『当たり』なのだろうか?

 素早く彼女に接近して声を掛ける。するとチャラ男たちは『チッ、カレシ持ちかよ』などと捨て台詞を残して去ってしまう。どうやら、ただのナンパだったようだ。

 しかし、それでも彼女は怖かったのだろう。体が小刻みに震えていた。

「クルミちゃん、大丈夫か?」

 彼女は怯えた表情で俺を見上げると頷く。

こりゃ今日はもう無理だな。そう思い、何とか彼女の緊張を解そうと彼女の背を擦ろうとする。しかし、彼女に拒否されてしまう。

「ごめんなさい……」

「いや、俺の方こそ何も言わないで触ろうとして、ゴメン」

「タケルさんがいやらしい気持ちでクルミに触れようとしたんじゃないのは解ているのです。で、でも……。男の人……苦手なのです。」

 うーむ、これは参った。彼女が落ち着くまで待つしかない……か。

「落ち着いたら帰ろうか」できるだけ優しい声を作ってそうとだけ告げる。

「……はい」

 よくよく考えてみると、このタイプの女の子の扱いには慣れていなかった。

生徒会に入って以来よく話をするようになった会長。プールの一件以来、偶にスパーリングをするようになったマコト。リサに至っては十年来の付き合いのある幼馴染だ。俺がよく相手をする女の子と言うと彼女たちのような活発なタイプが多い。この手のタイプは男友達と接する感覚で相手ができて気を遣わなくて済む。

 クルミちゃんのようなどちらかと言うと内向的なタイプには根本的に『カノジョいない歴=年齢』の俺にとって慣れがないのだ。もちろん嫌いではない。どう扱ったらいいかが解らないだけだ。

「もう、大丈夫……です」

「そっか」

 彼女が落ち着いたようだ合宿所に戻る事にした。苦手宣言をされてしまったので少し距離を置いて歩く。

「タケルさんは大丈夫なのです」彼女がクスリと笑ってこう言った。

「そっか」

 彼女のお許しが出たと解釈して手を伸ばせば掴めそうな距離まで近づく俺。

「タケルさんはもう慣れてますし、クルミなんかには興味なさそうなので……」

 確かにそうだろう。彼女と知り合ってからもう三カ月経つのだから。

「でも、エッチなのも解ってるので、これ以上は寄らないでくださいね」

 そう言ってまたクスリと笑う。

 うーむ、これが現状の彼女との距離か。手を伸ばせば届く距離。……うむ、悪くはないな。

「しかし、心外だな」

「え? でもエッチなのですよね?」

「いや、そこじゃないよ。『自分には興味がない』ってところ」

「……え?」

 彼女が俺の方を見た。目と目が合う。彼女の頬はピンクに染まっていた。

「俺はクルミちゃんにめちゃめちゃ興味があるんだぜ?」

「でも……。キョウカ様やカスミさんみたいな大人びた女性が好みなのですよね? ですからリサさんに冷たいのじゃないのですか?」

 やはり、リサとの仲は誤解されるよな。どう説明していいか解らず頭を掻く俺。いや、説明はできるのだが説明したくないと言うか……。

「……あいつは違うんだよ」

 あいつに勝って、あいつをモノにする。それが取りあえずの俺の目標なんだ。

「クルミちゃんは勘違いしてるようだが、俺は彼女たちみたいなタイプも大好きだ。だけど、『彼女たちも』なんだよ。この意味が解るかい?」

「そういうの最低だとクルミは思うのです」

 ジト目で即答された。

「何だよー! 会長はよくて俺はダメなのかよ!」

「人には『器』と言うものがあるとクルミは思うのです」

「そりゃ、酷でえよ」

「解りました。タケルさんは『クルミも』狙っているって事なのですね?」

 彼女の声が冷たい。どやら俺は発言を間違えたようだ。

「『クルミを』なら少し心が傾いたかもしれないのですが汚らわしいので離れて欲しいのです」

 そう言って悪戯っぽく笑うと俺から離れてしまう。しかし、離れ際に確かにこう言ったのだ。

「クルミも欲しいのなら頑張って欲しいのです」



「で、結局は全員ボウズだったの?」

 無駄に歩かされたのがよほど嫌だったのだろう。全員が戻るとリサが前で腕を組みながら実に嫌味っぽく言った。

「しかし、十分なアピールにはなった事だろう」

「そうかもしれないけど……とにかく疲れたわ」そう言ってリサは畳に体を投げ出した。

「車田 リサ、これはどうやって作るのですか?」

「え? 後で教えてあげるね」

 全員が戻ると大広間に集まってリサの作った夕食を食べながらの報告会となった。彼女の作った料理が気に入ったのかカスミさんが何かを食べる度に質問をしていたりした。

「ボク、カラオケやりたい!」

 何十畳だかは解らないが、やたらと広い部屋のその中央にたった六人の人間が鎮座する姿はある意味シュールである。報告が終わった後は膳を片付けて部屋の中央にテーブルを置きジュースや菓子を並べて駄弁る。

 その様子を俺は横になって彼女たちを眺めていた。

 部屋の上座にあたる一段高い舞台な様な所には豪華なカラオケセットが置かれていて、マコトが楽しそうに歌っている。マコトが歌い終わるとリサが音もなく忍び寄りマイクを強奪して歌いだす。それを手拍子を取りながら楽しそうに眺める会長。その横には例によってカスミさんが座っていて、クルミちゃんは興味なさそうに読書にふけっていた。

しかし、そんな事は俺にとってどうでもよい事であった。

 今は9時。今にも宴会モードに突入して朝まで騒ぐぜ! みたいな雰囲気が辺りに充満しだすのを感じて俺は焦りを覚える。なんとしても、それだけは阻止しなくてはいけないのだ。それでは来た意味がないのである。

 リサが今流行りのガールズロックを熱唱している。それを歌いたかったのかマコトが備え付けのもう一つのマイクを取り歌に加わっていく。どちらも下手ではない、むしろ上手い部類であろう。だが今の俺にはそれが雑音にしか聞こえなかった。

 その雑音によって上手く考えがまとまらなかった。『俺、汗かいたんで風呂行ってきます』、『あ、みんな一緒に風呂行きませんか?』、『露天風呂って初めてなんですよね』

 どれだ? どれが自然に彼女たちを風呂に誘導できる?

 リサとマコトが仲良くフリまで付けて歌っている。しまった! この音量だと相当大きな声を出さないとみんなに伝わらない。


――大きな声だと? あからさま過ぎる……。


 タイミングを測れ……。もはや台詞などどうでもいい。きっと『風呂』と言うキーワードに反応するはずだ。だって、日本人だもの、そうに決まっている。

肝心なのはタイミングだ。勝負の世界でもそれは同じだ。タイミングさえ良ければヘロヘロの猫パンチですら相手を倒す事が出来るのだ。

「俺、風呂いってきますね」

 決まった! 俺の中の全米があまりに完璧なそのタイミングにスタンディングオベーションだった。 二人の歌が終わると腹筋をバネにして起き上がる。そのドンという音に反応してこちらを向く女の子たち。そう、音の切れ目に別の音を立てる。すると不思議なもので人間とはその音に対して過敏に反応する。やはり『風呂』と言う単語にピクリと反応したのが俺にはちゃんと見えたのだ。

 しかし、ここで彼女たちに疑問を持たせてはいけない。少しでも不信感を与えれば最悪、彼女たちが風呂から上がるまで簀巻きにされかねない。いや、むしろ簀巻きにされる事は間違いないだろう。

 俺はダルそうに首をコキコキさせると肩で手ぬぐいを担ぎ大広間を出る。この段階ではしゃぐわけにはいかない。『あー、今日も疲れたから風呂入って早く寝よ』みたいな演出をしなければならない。素早く風呂に入り――行動はその後だ。ゆっくりと歩き浴場へ向かう。

 後ろから何人かの気配を感じた。彼女らも部屋を出たのだろう。焦りは禁物だ。彼女たちに悟られるわけにはいかなかった……。

 脱衣所で服を脱ぐと浴場に入っていく。大浴場の他、ジェットバスやうたたせ湯に五右衛門風呂、当然、サウナも完備されていた。ガラスの扉があり、その先には露天風呂。それらを満喫したい衝動に駆られる。

 しかし、俺は冷水を浴び意志の力でその衝動を押さえつける。壁の向こうは女風呂。壁には隙間はない。ならば、と露天風呂へと出た。どうやら露天風呂自体は一つのようだ。それを中央で木材と竹でできた仕切りで男湯と女湯とを隔てていた。

 これもダメだ。穴を開けたり、よじ登って覗く事自体は可能だ。しかし、当然そこは警戒の最重要ポイントとなるだろう。周囲を見回してみる。露天風呂の隅には柵があり、その柵は竹を交差させて作られており小さな隙間が開いていた。柵から下を覗く。崖だった。


――やるならここか! 


 女湯の方から女の子たちの声が聞こえてくる。それは俺に与えられた時間が僅かである事を示していた。危険ではあったがためらっている暇はなかった。

 素早く脱衣所に戻る。こんな事もあろうかと黒ずくめの格好と手の平にゴム盤が張られている軍手を運び込んでいた。素早くそれに着替えると俺は崖に向かった。

「ねー、露天風呂行こうよ」

 リサの声がした。早く来い。

 俺は今、女湯の崖にぶら下がっている状態だ。幸い崖は岩肌だったので指とつま先をひっかける場所があった。しかし、ほぼ垂直の崖でもあった。正直、幾ら鍛えているとはいえ長時間この体勢でいるのはきついものがある。しかし、まだ柵に顔を出すわけにはいかない。

 なら、彼女たちが露天風呂に入ってから向かえばよい、とも考えたがその際に音が立つことになる。辛いが我慢するしかなかった。

 ただ彼女たちの裸を拝むだけなら入口から女湯に乱入する、という手もあるがそれはダメだ。

「……それではキミの美学が許さんよな、風間君」

 全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出すのを感じた。何故、俺がここにいると解った!

「いや、私はキミに気が付いていない。……そういう事にしようではないか」

 そう言った会長の声は穏やかだった。

「答えなくともよい。今回はこれからキミにしてもらう事の報酬だと思ってくれればいい」

 恐らくは会長の言葉に嘘はない。しかし、逃げるべきか? こんな事を考えていると上からポチャンという湯の音が聞こえた。


――逃げちゃダメだ!


「会長さん、ずるいー!」

 マコトの声だ。その声と同時にバシャーンという音。

「ふふふっ、一番湯は頂かせてもらったよ」

「お湯が身にしみますね」

「クルミは露天風呂、久しぶりなのです」

 バチャバチャという音とお湯のしぶきが先ほどから俺の体に掛かっている。

「マコトってば、お風呂で泳いじゃダメでしょ!」

「えー、だって大きなお風呂なんだから泳ぎたいよー!」

「さて、皆のモノを測らせてもらおうか」

「ちょっと、会長! どこ触ってるの!」

「ふむふむ、これからも成長しそうではないか」

「ボクのはー?」

「マコト君も焦る事はない。ちゃんと育っているではないか」

「えへへー」

「さて、クルミ君はどうかね……?」

 い、いかん……会話を聞いているだけで妄想が膨らんでそれで満足しかけている自分がいる。それでは俺の苦労が報われないってもんだ。それに、その間に風呂から出られては意味がない。

 柵の隙間から覗きこむ。そこには彼女たちの生まれたままの姿が……。


――嗚呼、何て素晴らしいんだ! 


 正にプルンプルンの共演とでも言おうか。

 柵によって遮られた視界と風呂の湯気で肝心な所が見えないのが実に残念ではあったが、それはそれで想像力が掻き立てられて逆にアリのような気もするし、さらには彼女たちの黄色い声が――描写を放棄するほど、とにかく堪んねえ!

 おっぱいの大きさはカスミさん、会長、リサ、クルミちゃん、マコトの順と言ったところか。興奮が高まっていくとやはり肝心な部分が見えない事に対する苛立ちが高まっていくのを感じる。畜生、こうなったら乱入しちまおうか。

「タケルさん、覗きに来ると思ってたのですが、ちょっと意外なのです」

 クルミちゃんが仕切りの壁をコンコンと叩きそんな事を言い出した。

 ところがどっこい、この風間 猛、意外性の無い男なのです。

「風間 タケルもそこまで露骨ではないでしょう」

 カスミさんの言葉に意味深な表情になる会長。畜生、神にでもなった気か!

「あー、ここから海が見えるよー!」

「あ、ホントだ。 露天風呂から眺める夜の海って風情があるわ……」

 リサと目が合った。額に冷や汗と脂汗が同時に流れだす……。

久しぶりに見た彼女の裸体は以前のそれより育つ所が育っていて、健康的なその裸体はすごく魅力的だった。嗚呼、俺という奴はすぐ近くにこんな魅力的な少女がいると言うのに何故、他の娘に目が行ってしまうのだろう。


……嗚呼、俺の馬鹿、馬鹿。


 い、いかん、あまりのピンチに思わず恋愛モードに逃避してしまっていた。

「や、やぁ、リサ。おっぱい大きくなったか?」

 蹴り落とされるか、と思ったのだが意外にも、彼女は無言で洗い場の方に行ってしまう。

助かったのか? なんて思っていると、リサが手に何かを持ってこちらに戻ってきた。それはホース(ジェット付き)だった。

「まあ、度胸が付いたのは認めてあげるわ。でもね、タケル。罪を犯せば罰を受けるのが当然だと思うの……」

 それが死刑宣告だった。

 マコトが無邪気な笑顔を向けながら手を振っていた。

 冷たい水が勢いよく俺に襲いかかる。何とか耐えろ。下は暗くて良く見えなかった。風呂の明かりがあるにも関わらずだ。恐らくは10mはあるに違いない。流石にここから転落したら無事では済まないだろう。

「リサさん、せめて上で……」

 そう、許しを請うなんて甘っちょろい事は言っていられなかった。どの道、制裁を受けるのであれば風呂場に上がってボコボコにされる方がましだった。

「何? 聞こえない」

「だから! せめて上でボコれ……グボボボ」

 しまった。彼女の策略に乗せられてしまった。俺が上を向いてそう叫ぶと口を狙われた。勢いよく口の中に流れ来る水圧。鼻にも入り息苦しくなる。

「ふむ、中々粘るではないか」

 そう言って会長も俺の方を覗きこんでくる。

 畜生! 顔に掛かる水しぶきが邪魔をしなければ会長の裸体もはっきりと見る事が出来るのというのに……。

「根性も付いたのも解ったわ」

 こんな状況でもがく俺の中に芽生えたスケベ心を読んだのだろう。リサは一瞬ムッとした顔をするとカスミさんが無言で差し出した木製の桶を手に取る。そして、それでお湯を掬うと力任せに俺に放り投げた。

 畜生! 何だって言うんだ。肝心なもんが見えないのにそう言ったものばかりははっきりと見えるのは。

 スローモーション。桶が俺めがけて唸りを上げて迫りくる。そして俺の顔面に直撃するとパカンという音とともに綺麗にそれは二つに割れた。

 マンガなどではよく見られるシーンではあるが、不特定多数が使う事を目的に設計されたそれは見た目以上の強度がある。それが割れたのである。いくら普段から鍛えられていて頑丈な体を持つ俺とて意識を失う程の痛みを覚え、頭の中が真っ白になり握力が失われていく。

 そして、俺の体は奈落に飲まれていったのであった。



「生きてるって、すばらしー!」

 俺は日の光で覚醒した。数m上に俺が落ちた場所――つまり露天風呂があり、これまた数m下には地面が見えた。風呂と地面の大体中間点に設置してあったセーフティーネットに横たわっているのが現状だ。恐らくは俺と同じ方法で風呂を覗き、落下するものが多かったのだろう。

 崖をよじ登り露天風呂に浸かりながら考える。マンガだと覗きがばれた後、ボコボコにされて説教を喰らった後『もう、だめだぞ(はぁと)』みたいな感じで許されるパターンが多い。不覚にも俺は最後の工程を省いてしまったのだ。

 風呂から上がり脱衣所で着替えを済ませて廊下を歩きながら思考を再開する。リサは制裁こそ過激とはいえサッパリした性格だ。もう、怒っていないはずだ。会長も報酬と言ってたくらいだから怒ってはいないだろう。

 部屋に向かう道中にマコトと会う。彼女は「昨日は残念だったね」とニコニコしていた。すると気にしてない、と見ていい。問題は残り二人だ。

 朝食はカスミさんが作ってくれたようだ。テーブルの上にはご飯に味噌汁、焼鮭にその他諸々とシンプルではあるが実に美味そうだった。

 問題はその数である。彼女に会った時に「おはようございます」と朝の挨拶をした。彼女は無言で頷くだけでそれに答えた。これはいつもの事だ。並べられた食器類はそれぞれ五個ずつであった。テーブルから少し離れた場所に膳がありその上には食パン(袋に入ったまま)のみが置かれていた。どうやらこれが俺の分のようである。また、そこから察すると彼女は態度にこそ見せないがかなり怒っているようであった。

 クルミちゃんに至っては完全に無視であった。挨拶をしても無視。近づいていくと無言で離れて行く、という徹底ぶりであった。全く後悔なんぞしていなかったが、昨日、俺がした事を考えれば当然と言えば当然の態度である。

 ……しまった、と思う。

 覗きをやるのであれば最終日にやるべきであった。この状況で後二泊を過さないといけないのは気まず過ぎる。これだけが唯一の後悔となった。しかし、解って欲しい。美少女達を前にして少年の情熱は暴走しがちなもので、また美少女たちの風呂を覗かないという行為自体が神を冒涜するに等しい行為なのであると。

 食事が終わるとカスミさんに肩を叩かれた。そして、無言で厨房の方を向く。俺はこれまた無言で敬礼だけすると食器を片づけて厨房に運んでいく。そして洗い出す。

「あー、タケル。昨日の罰として大広間とお風呂掃除忘れないでね」

 食器を洗っている厨房に顔を出してリサ。彼女の言い方から察するに俺には拒否をする権利はないみたいだ。

「後ね、みんなのお布団も干しておいて。いい? 触っていいのはお布団だけよ」

「は…はい……」

 彼女が何を言わんとしているかは解っている。『バッグを勝手にいじるな』という事だ。

「じゃあ、海に行ってくるから夕方またね」

 そう言って去ってしまう。『海に来るな』という意味ではない。掃除の完了にはそれぐらい時間が掛かる、という意味だ。

 誰も手伝ってくれない。無論、手伝ってくれとも頼めない。無言で従うしかなかったのだ。これは恐らくリサなりの気遣いであったはずだ。流石、付き合いの長い幼馴染なだけはある。今の俺の状況を可哀想だと思ったのか時間をくれた訳である。要するに許して欲しければ誠意を見せろという事だ。

 大広間に掃除機を掛け、風呂の栓を抜くと布団を干しに各部屋に回っていく。贅沢な事に五人部屋ぐらいの大きさの部屋をそれぞれが一つずつ使用していた。窓を開けて布団を干していくとやはり、と言うかどうしても気になってしかたのない物体が目に入ってくる。女の子たちのバッグである。

 風呂場をブラシで擦りながら考える。即ち中には何が入っているのだろう? 着替えに化粧道具などはもちろんあるだろう。もしかすると、ひと夏の経験のための備えなんてものもあるかもしれない。


……ゴクリ……。


 溢れ出そうになる生唾を飲み込んだ。女の子のそれは俺のとは違うはずだ。まさに俺にとってのパンドラの箱だ! しかし、間違いなく俺が開ければそうと解る何らかの仕掛けがしてあるはずだ。だが、抑えようのない欲求――つまりは知的好奇心に支配されつつあるのも事実であった。少年の探究心は無敵なのである!



「あのさ、タケル……えっ?」

 夕方、海から戻ったリサが追及をしようとするのを強引に廊下に引っ張りだす事で止めた。

 そう、結局のところ俺はパンドラの箱を開けてしまったのだ。開けるだけでは済まず調査し、並べて鑑賞をし、挙句の果てには被りもした。だが、俺もそこまで愚かではない。調べたのはあくまでもリサのバッグだけであった。

「……タケル?」

 俺は掃除をしながら、どうすれば怒られずに調査ができるかを考えに考えた。まずは怒られなさそうな線から会長とマコトが浮上した。この二人は笑って許してくれそうな気がする。マコトに至っては調査された事自体に気が付かないかもしれない。

しかし、その他三人に怒られるのは明白であった。

 では、カスミさんとクルミちゃんだ。これは論外である。この二人のを調査してしまうと関係が修復不可能なところまで壊れてしまう可能性が大である。

 残りはリサとなる。当然、彼女も怒る事は間違いない。しかし、俺には秘策があるのだ。よって遠慮の欠片もなく彼女のバッグを開け中身を――主に下着をいじり倒したのであった。リサのは慣れているとは言え、シチュエーションがシチュエーションなだけに実に興奮したのである。

「いや、見たのは悪いと思ってるよ」

 彼女の手を上げさせ両の手首を右手で掴み壁に密着させる。この格好で俺はできるだけ真面目な表情を作り困惑の表情を見せる彼女に告げた。

「でも、リサのだけなんだ」

「……本当に?」

 彼女が上目遣いに俺を見上げている。瞳はやや潤んでいた。

「ああ、本当さ。他の娘にそれとなく聞いてごらん?」

 とても覗き魔が言うような台詞ではなかったが、どうやら俺の思惑通り事は運びそうだ。

「リサが怒るのも無理はないよ。俺がした事はマナー違反だって解ってる」

 彼女が俺から目を反らしうつむく。

「でもな、リサのがどうしても見たかったんだ」

「あたしの?」

「ああ、お前のが、だ」

 彼女の頬がピンク色に染まる。それを見て彼女の手を離す俺。気恥ずかしさからか俺の目を見られない彼女を素直に可愛いと思った。

「もう、こんな事しちゃダメだよ」

 彼女のその言葉に黙って頷く俺。

「そろそろ夜周りに行くぞ」

 会長の声がした。恥ずかしそうに大広間に足早に戻るリサ。

 クックック、シナリオ通りだ。



 結局のところそれが起こったのは三日目の夜であった。

『見られただけで妊娠させられちゃいそうなのであまり見ないで欲しいのです』

『そりゃ酷いよ、クルミちゃん』

 折角、縮まった距離は逆に開いてしまったらしい。まだ、クルミちゃんに許しを請えていない俺はここ二晩と言うものこんな調子であった。昨夜は何もなく終了。今夜が最後の夜となる。これでノーヒットとなると会長はどうするつもりなんだろう?

『クルミはやはり男の人は全員獣だって事を再確認させられたのです』

『トホホ……』

 ナンパも声を掛けてこない。それもそのはずである。彼女は普段のゆったりとした歩き方とは違い昨日、今日と肩を怒らせてツカツカと歩くのだ。これじゃあ声を掛ける奴はいないよな。

 しかし、コンビニを通り抜けようとしたその時、丁度店から出てきた不良風の二人組に何やら声を掛けられるクルミちゃんの姿があったのだ。少し会話をした後に進行方向に小走りで走り去ろうとする彼女。それを追う二人組。

って、俺からも逃げてどうすんだ!

「待って! クルミちゃん!」

 慌てて彼女を追いかける俺。どうやら彼女は慣れの無い事に混乱してしまったようだ。人気のない公園で追いつくことに成功した。追いつくと体を震わせながら俺の背に隠れる彼女。

「あんだ、おめぇ?」

 二人組――どちらもステレオタイプの不良風の格好をしていて見分けがつかないのでA・Bとしよう――のAがそう言うと俺の胸倉を掴んでくる。そのあまりのソレっぽさに思わず顔をしかめる俺。

「A君、こいつビビってね?」

「でかいのはずーたいだけかよ」

 やはりセリフまでステレオタイプらしい。

 初日に妙にノリノリだった自分を恥ずる。胸倉を掴まれたまま右手でこめかみを揉む俺。

「スケ置いてけよ。そしたら許してやっ……ゲフッ」

 Aの脳天にチョップをかます俺。当初、からかってやるつもりだったのだが激しい嫌悪感を覚え、すぐ終わらす方針に変更したのだ。

「てめぇ! ……ブッ」

 Bが大ぶりのパンチをしてくる。それが俺に届く前に蹴りで撃墜した。素人に蹴りを使うのも大人気ないとは思ったが直に触れる事が嫌だったのだ。

「てめぇ! どこのもんだよ! ……グフッ」

 地面にうずくまっているAかB――どちらでもいいや――が息巻いてくる。とてもウザかったので踵落としを決めて黙ってもらうことにした。

「ああっ!? それ聞いてどうすんだ? 仲間連れて報復でもするんですか?」

 残った一人の胸倉を掴んで強引に立ち上がらせる。

「俺は『修羅之学園』のもんだよ! 今は合宿所に泊まってんだよ! ほら、あそこに見えるのがそうだ! 忘れるなよ、この野郎!」

 実に親切な説明をしてやる俺。そしてリリースしてやったのだ。



 日が完全に落ち。辺りが暗くなると合宿所の前が段々とバイクの爆音やら下卑た罵声等で賑やかになっていった。

 まさに予定通りという奴だった。何でこういう奴らは行動パターンが単純なんだろう?

「あー、結構集まってきましたね」

「一杯いるねー」

「クルミには出来る事が無いので後はお願いするのです」

「ふむ、まだ襲ってこないという事はあれで全員ではないようだな」

「キョーカ、少し減らしますか?」

「いやぁ、それはダメだよ、カスミ君。やはりこういうのは全員集まってからでないとな」

「了解しました」

「じゃあ、ウノでもやって待ってる?」

 殺伐とした外に対して中は実に和やかな雰囲気であった。

「まあ、集まりきれば何か口上があるだろう。そうしたら頑張ってくれたまえ」

「頑張ってくれって、会長は暴れないんですか?」

「愚問だな、風間君」

 そう言って、チッチッチっと人差し指を振る会長。

「例えばこんな話がある。……そうだな、ジャンルは変えようか。あるバトル物のテレビアニメがあった、とする」

「……はあ」

 なんか訳の解らない例え話が始まるらしい。

「そのアニメは大変好評の内に終了し、数年後という設定で別の主人公を起てて続編が放映されたんだ。その続編の比較的早い時期に旧作の主人公が最盛期の力を持って再登場したらどうなると思うかね?」

「あ、クルミそれ知ってます」

「そりゃ、新主役を喰っちゃうんじゃないですか? 今までの積み重ねが違うわけですし、旧主役の方が人気だってあるでしょうし」

「その通りだよ、風間君。よってシリーズ物の旧主役は適当な理由を付けて弱体化させてファンサービス程度に登場させるのが上策なわけだ」

 この人は解るようで解ってはいけない例えをするな……。

「要するに俺がその新主役で会長が旧主役って認識でいいんですか?」

「うむ、その通りだ。よって私は出ない」

「いまいち納得できませんね……。これは前作もないしシリーズ物でもないんで……。と、言うかその例え話で『よって出ない』って結論がおかしい気がしますよ」

「ならば、私は核兵器なのだ。これなら迂闊に使うべきではないと納得できるな?」

「行き成り話が跳びましたね」

 俺の言葉に彼女は少し困ったような表情を見せた。

「……まあ、納得した事にしましょうか」

「……うむ、そうしてくれたまえ」

 最初から後者の例えをされた方がまだよかったな。出たくないなら出たくないって言ってくれた方がよっぽど納得できるってもんだ。

 俺は微妙な表情をしながら戦力の確認をする。

「えーと、会長とクルミちゃんは出ないっと。マコトはもちろん出るよな?」

「うん!」

「カスミさんは……」

「射殺しても良いのなら出ましょう」

 こう言って袋から弓を取りだす。慌ててそれを止める俺。

「カスミさんも出ないっと……」

 カスミさんが実に残念そうに弓をしまったが、流石にそれはまずい。

「何であたしの確認が最後なのかな?」

 いや、お前の事情は俺が良く知るところであるからして……。

「あたしは殴り合いとか野蛮な事は嫌いだから四人でウノでもやって待ってるわ」

 ……だよな。

「ほら、風間君。そろそろ集まったみたいだぞ」

「そうみたいですね。マコト、じゃあ出ようか」

「うん!」

 外から「出てこい! コラ!」などの罵声が聞こえてきた。どうやら、あちらさんの準備が整ったらしい。

さあ出陣だ!

 三十対二ぐらいか……。彼らを見渡した俺は何となく数を数えてみた。別に絶望感はなかった。むしろ、少し物足りなさを感じたぐらいである。

 ヤンキー共が何やら口上を上げている。俺は片手で肩を揉みながら首をコキコキしならがそれを聞き流す。言い分を要約すると『よくも仲間をやってくれたな。ボコボコにしてやる』こんな感じだろう。こういう輩はいつも同じなので聞かなくても解る。

「まだ、始まらないのかな?」

 マコトが準備体操をしながら言った。彼女はいつもの赤鉢巻きに体育着、赤ブルマー、そして手には指が出るようになっている格闘技用のグローブをはめていた。

 それを見て『ああ、俺もグローブ持ってくればよかったな』と思った。素手だと必要以上に怪我をさせてしまいそうに思えたのだ。どうやら俺は高校に入ってから感覚がズレたらしい。町のワル集団と聞いて俺はバリバリの武闘派集団を想像していたのだ。それなら面白い戦いが出来るはずだ、と思っていた。

 しかし、現実なんてこんなもんだ。数を頼りにイキがるだけの集団。集団心理に押されて歯止めが利かない集団だから一般人が恐れているだけだと知らない連中。これならこの場で殲滅してやればもう悪さなどしなくなるだろう。

「マコト、競争するか?」

「うん!」

 俺たちの余裕っぷりに憤慨したのか数名が罵声と共に襲いかかって来た。しかし、俺達は構えもせずに待ちうける。

 雄叫びを上げて角材を持った奴が俺に襲いかかってくる。俺めがけて振りかぶる角材に俺は蹴りを合わせる。折れた角材が宙を舞った。そいつは驚いていたが何て事はない。柱に使うような角材ではない。横幅が数cm程度のバットよりは太い程度のものであった。だから、折れるのが当然なのである。

 そいつの鳩尾の辺りに嘗低を喰らわす。呻き声を上げて倒れこむそいつ。恐らくは内臓に異常は起こらないだろう。近くにいた奴に振り向きざまの裏拳をかます。あっさりと後ろに吹き飛んでいってしまう。そして、うめき声を上げながらその場でのたうちまわる。


……脆いな、と思った。


 マコトはと言うと集団に飛び込んで次々と蹴りやら殴りやらでヤンキー共をばったばったとなぎ倒していた。

 競争に負けそうであったので俺も集団に向かい走っていく。描写がめんどうなので俺も次々と倒していった事にしておこう。何発かは殴られたが受ける場所をちゃんと選んで受けたので大したダメージにはなっていなかった。

 ヤンキー共を片づけている最中に離れた所でバイクに跨っている奴がいるのが見えた。恐らくこいつがボスなのだろう。

「そろそろ疲れてきた頃だろ?」

 立っているものが数名になると、そいつがバイクから降りこちらに向かってきた。

「丁度、体が温まって来た頃だぜ?」

「ハッ、言ってろって!」

 俺の挑発に彼は地面にツバを吐くとシャドーボクシングを始めた。中々機敏な動きである。これはそれなりに楽しめそうだった。

「マコト、残りはやるからこいつくれ!」

「えー」

 俺の声に不満の声を上げるマコト。「後でプリン買ってやる」と加えると渋々とではあったが了承してくれる。

 マコトとのやり取りが終わるとボスが無言でストレートを放つ。中々のスピードだ。それを半身だけずらして回避する。

「……気に入らねえな。お前ボスなんだろ? だったら最初に掛かってこいよ」

 呻き声をあげながら地面に転がっているヤンキー共を見渡しながら奴に言う。最初にタイマンで勝負決めちまえばこいつらも痛い思いしなくて済んだのにな。

「ラスボスは最後に出てくるもんだろ? それに相手が疲れちまえば俺も楽ってもんだ」

 バックステップで距離を開けると奴がニヤリとした。

「それが気に入らねえってんだ! 組織のボスならテメエの体で部下を守るべきなんだよ!」

 宿舎から『クシュンッ』と、くしゃみのような声が聞こえた。ああ、あんたもそうですね!

「自分を守れるのは自分だけなんだよ!」

 俺の発言のどこかに反応したのだろう。彼が激昂して殴りかかってくる。俺はそれを避けると足を掛けて転ばした。

「……誰も、俺の事なんか守っちゃくれねえんだよ……」

 ゆっくりと身を起こし、そしてファイティングポーズを取ると彼が続ける。ちょっと待て!モブの分際で自分語りを始めるんじゃねえ!

「俺はよ、最近までボクシング部に入ってて、インターハイに出た事もあるんだぜ? これでもエリート様だったんだよ!」

 残りを倒し終わり、観戦していたマコトがプッと笑う。

「笑うな! ……それがよ……たった一回だ。たったの一回、拳を壊しただけであいつは俺を捨てやがったんだよ」

「退部させられたのか?」

「……ああ」

 運動部では良くある事だな。そこについては同情できなくもない。

「運が悪かっただけなんだよ。カツアゲ中に壁殴っちまってな。それに治った後も理由を付けてサボってたりもしたさ。だからってクソがっ!」

「え? それって理由がちがうんじゃない?」

 マコトの言う事はもっともである。同情して損しちまったよ。

「うるせぇ! 俺はエリートなんだよ! エリートはゴミ共に何やっても許されるんだよ!」

 再びマコトが吹いた。

「おいおい、マコトくん。笑ったら彼に悪いだろ?」

「だってぇー」

 もはや完全にあきれ顔であった。自分語り何て始めるから、てっきり悲惨で理不尽な理由でもあるのかと思ったぜ。ただの自業自得じゃねえか!

「うるせえってんだよ!」

 彼がそう叫ぶと俺の顔めがけてストレートを放つ。今度は避けない。パンッという音がして頬に拳が当たる。俺はよろめきもしないでその場に立っていた。

「お前の拳じゃあ、俺は倒せないな」

「……なっ!」

 そしてボディブロー。俺は腹筋を締めてそれを受ける。

「拳を喰らって解った。結局は厳しいトレーニングが嫌で逃げただけじゃねえか!」

「……違う! そんなんじゃねえ!」

 もう一度ストレート。やはり俺は仁王立ちでそれを受け止めた。

「もう、トレーニングなんてしてないんだろ? 退部させられたってボクシング続けたかったらジムに通うなり何なり方法はあったろ? お前はそれらをせずに、ただ現状から逃げて不良になったんだ。 そんなボクシングくずれのパンチじゃ軽過ぎて俺は倒せないんだよ」

 ボディーの連打。こいつの気が済むまで打たせてやった。

 攻撃が止まるまでさほどの時間はいらなかった。一分も経たずに彼が息を切らしたからだ。

「お前は所詮、お前が言うところのゴミなんだよ」

冷淡にそう言い切る。自分でもびっくりするぐらいに俺の声は冷たさを帯びていた。

「確かゴミには何をしてもいいんだったよな?」

 ヒッと軽く悲鳴を上げながら後ずさる彼。恐怖で顔が歪んでいた。

 俺はゆっくりと腰だめに拳を作る。

 彼が俺に背を向けて逃げ出そうとした。

 俺は彼の右広背筋に向かって正拳突きを繰り出す。

 強い衝撃を受けて彼の体は前のめりに倒れ地面を派手に転がり、やがて壁に当たると一度だけ大きく跳ね上がった。それで終わりだった。。

「いいか、お前ら! 今後、この町で悪さをしたのが俺の耳に入ったら、この俺――風間 猛が地獄の果てだろうが追い詰めて、てめえら全員を病院送りにしてやる!」

 そう吐き捨てて彼らに背を向けて歩き出す。マコトが嬉しそうに俺の腕に跳びついてきた。背後で悲鳴を上げながら我先にと逃げ出していく複数の足音が聞こえた。



「やっぱ、ちょっと痛てえ……」

 服を脱ぐと胸のあたりに何個か痣があった。まあ、当然と言えば当然だな。

「わざと喰らうからよ、馬鹿ね」

 リサが軟膏を塗ってくれながら、もっともな事を言う。

 彼女は男の美学ってのが解らなくて困る。

「でも、タケルかっこよかったよ」

「うむ、中々いい演技だったな。これで彼らも懲りた事だろう」

「助けてくれてクルミは嬉しかったのです」

「風呂での一件はこれでチャラという事にしましょう」

 女の子たちには好印象を与えたようだ。

「イテッ!」

「何よ。湿布貼ってあげただけじゃない」

 彼女たちの反応に嫉妬したのかリサが思いっきり俺の背中を引っ叩いたのだ。お約束とは言え、ふふふ、可愛い奴め。

 戦いが終わった後、合宿所の庭で俺たちは花火をしていた。筒式の花火を数本並べて一気に点火する。赤や青や緑と色々な色の火花が上がった。それが消えるまでみんなは無言で眺めていた。とても綺麗だと思った。本当は海でやりたかったんだが9時を過ぎると禁止となるらしく無理だったのだ。

「やっぱり、夏のイベントの〆は花火に限りますね」

「綺麗だよねー」

 花火と言っても、コンビニで手に入るようなしょぼい奴だ。しかし、花火大会で上がるような立派な 花火にはない、これはこれで親しみやすさのような良さがある。

「線香花火って奴は戦いの虚しさって奴を教えてくれますよね」

「ふむ、言いた事があるならハッキリと言いたまえ、風間君」

「いや、皮肉じゃないですよ。奴らを見てたらなんとなく――武ってなんでしょうってね」

 今にも落ちそうな線香花火の火を眺めながらつくづくとそう思った。やはり無意味な戦いはどこまでも虚しいと。

「哲学かね? 確かにキミの振るう力と彼らが振るう力には違いはない。しかし、キミと彼らは違う。それだけでいいとは思わんかね?」

 そう言うと会長が俺にほほ笑んでくれた。とてもとても優しげな表情だった。

 確かに答えはそんなもんなのかもしれない。

「後、報酬の件ですが……」

「少なかったと言うのかね?」

「ええ、ちゃんと見れなかったんですよ」

「……ふむ」

 そうとだけ言うと会長は素早くリサの背後に回り込むと上をペロンと捲ったのだ。

「……なっ!」

 彼女のおっぱいがプルンと震えた。ふむ、見慣れているとはいえ、こういうシチュエーションだとまた違った味わいだな。

「タケル!」

「……何で俺なんだよ!」

「あんたが見たからよ!」

 リサが手に持った花火を俺に向けてきた。逃げる俺に追う彼女。終いには「キャハハハ」とか笑いながらマコトまで俺を追いかけてくる始末。

「……ちょっ、お前ら『人に向けるな』って注意書き見えないのかよ!」

 俺の横をロケット花火数発が通り抜ける。カスミさんが小さな弓を使って次々と俺にそれを射かけているのだ。

 ちょっと! もう許したんじゃなかったの! 良い子のみんなは危険だから真似しちゃ絶対にダメなんだぜ!

「……綺麗なのです」

「うむ、どこまで粘れるか競争しようじゃないか」

 会長とクルミちゃんは何事もなかったかの如く並んで線香花火をしていた。

「こら待てー!」

「キャハハハ」

「お前ら、ふざけんなよ!」

 俺の声が綺麗な星空に虚しく響いていった。

 この仕打ちは一応ヒーローになった俺にはあんまり過ぎると思った十六(誕生日が来た)の夏の夜なのであった。




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