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俺猛る!  作者: 佐藤コウ
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第一話 『VS 生徒会とか』

どうやら俺の今後が決まってしまったようだ。クソッタレが!

「…497…498…499…500! はい、腕立て終わり」

 こう、俺の上に乗っかった車田クルマダ 理沙リサが言うと風間カザマ タケル――つまりは俺は無様ではあるが、そのままへたりこむように地面に体をくっ付けた。

「あたし乗っけたまま腕立て伏せ五百回ってスゴイね」

 へたりこんだままの俺の頭の方でしゃがむ姿勢――うんこ座りをすると彼女はそう感心する。無地の淡いピンクだった。気がつかない振りをしてもう少し眺めていよう。

「……まあ、鍛えてるからな。それはそうとケツ大きくなったんじゃないか?」

「そうかな? 背はもう伸びてないんだけど……」

 そう言って彼女は立ち上がると自分の胸や尻をペタペタと触る。

「胸も順調に成長しているみたいだしな」

 と、助平そうなにやけた表情で返す。

 彼女は灰色のタンクトップ、下はデニムのミニスカートという色気のない格好ではあるが、やや長めのボブカットに愛らしい顔立ち、そして入りたての高校一年生として考えれば大きく膨らんだ胸に引き締まった腰、形よく丸まった尻と、中々に魅力的な少女だった。

「ところでさ、こんなに頑張ってるってことは……あの人と再戦するの?」

 彼女は俺が立ち上がり体に着いた土を払うのを見ながらそう尋ねてくる。

対して俺は顔をしかめた。それも露骨に。それを見たリサは「ふーん」なんて言った後、それ以上の言及をしてこなかった。これだけで察せるというのは、やはり彼女が俺の幼馴染という事なんだろう。

「ん? ああ、ありゃ、無理だ。なんつーか……、ありゃ、人じゃねえよ」

 片手で降参の仕草をしながらそう答える。嫌な事を思い出させやがって……。



 話は数週間前に戻る。今年の四月、俺とリサは私立『修羅之学園』に入学した。

この高校は一風変わった高校として知られていた。まずは受験時に学科試験と言うものがない。面接のみで合否が決まる。面接と言っても校長とサシで向き合い、どういう基準かは解らぬが彼が『うむ』と言えば合格となる。

 次に変わった校則だ。その中でも極めつけは、問題は何でも決闘をして解決をするというものだ。勝てば『お前のものは俺のもの』的な理不尽極まりない要求ですら正義とされる。

最後に、そんな変な高校ではあるのだが卒業者の中から各界のエリートとして活躍するものが少なくはない、という所だ。それ故にこれで学校経営が成り立つかどうかと心配してしまいそうな感じではあるが定員がきっかり百名という狭き門に毎年多数の受験者が現れるのだ。

 事はその入学式で起こった。きっかけは校長のとてもとても退屈な訓示をあくびを噛み殺しながら皆で聞き流した後、生徒会長と名乗った絶世の美女――守上院カミジョウイン 鏡花キョウカが学校におけるルール――つまりは『決闘』について説明している時の事だ。

「……以上。質問のあるものは挙手後、質問をするように」

 これだけは確認しておかないといけない事があった。生徒手帳には実際のところ勝った者が正義と抽象的な事しか書いていない。その為にここに入学したのだから。故に真新しい学ランを着た俺は立ち上がると手を高く上げたのである。

「キミの所属と氏名を名乗りたまえ」

彼女はまさに絶世の美女であった。腰に届くほどの長くて艶やかな美しい髪、あり得ないくらい整った顔立ち。そして、見事としか言いようのないプロポーション。そんな彼女がその長く美しい指を俺に向けて言ったのだ。

「一ノC所属。風間 猛です」

「よろしい。風間君とやら、質問は何かな?」

「例えばですよ? 例えば……、俺が先輩の体を賭けて『決闘』を申し込んだりして、俺が勝ったら先輩は俺のモノになるって事でいいんですか?」

 会場に下卑た笑い声やざわめきが起こる。

「その通りだ」

 彼女は自らの腕を組むと冷静にそう言い放つ。それに合わせてシーンと静まり返る周囲。

「じゃあ、もし今、言った事を――つまりは今決闘をしてくれ、と頼んだら先輩は受けてくれるのですか?」

 彼女の答えにニヤリとする。リサが「ちょっと!」と俺の袖を引いたが構うものか。

「ふむ……。本来はお互いの自由時間内で行うものではあるが、キミが望むと言うのであれば入学式の余興として認めてやらんこともない。……先生方、よろしいかな?」

 校長は無言で頷き彼女を肯定する。教師陣も何も口を挟まない。只、それが我が校のルールだから、とでも言うかの如く……。

「よろしい、ならば決闘をしようではないか。……では、風間君、決闘内容は私の体を賭けてと言う事でいいのかな?」

 これと言って感情の籠められてない平坦な口調で鏡花会長がそう答えると周囲から驚愕の声が上がるのだ。

「いや、それは止めておきましょう。んー、俺が勝ったら先輩はその色気のないしゃべり方を止めて……んー、そうだな。語尾に『ニャン』を付けるって事でどうですか?」

「フッ、キミは面白い男だな。最初の条件であってもそれを強要する事ができるのだぞ?」

「いやぁ、流石に体を賭けるってのはマズいかな、と……。済みませんが後の方の条件でお願いしますよ」

 彼女の問いに対して頭を掻きながらそう答える。

「まあよい。この場合、私に種目の選択権がある訳だが……。今回は余興だ。キミの得意なもので雌雄を決しようではないか」

 それに対し彼女はフッと笑うと少し可笑しそうな表情でこう告げた。

「では、これで!」

 俺は手短にそう答えると左手で右手の袖を引き上げながら拳を作り右腕を前に突き出した。



 間合いは3m程、舞台を校庭に移し俺とキョウカ会長は対峙していた。ギャラリーが囲む中、決闘が始まろうとしていたのだ。

 はっきり言って俺は殴り合いには自信がある。試合には出たことはないので一切の記録は持っていないが、そもそも俺は我流だ。我流に公式の試合などない。だが、中学に入ってからと言うもの喧嘩で負けたことなどなかったのだ。だから自信がある。

 足を肩幅と同じだけ開き、拳は軽く握り前に出す。これが俺のファイティングポーズだ。対して彼女は右手で手刀を作っただけで自然体のまま立っていた。しかし、その佇まいだけで彼女もまた、こういう事に自信があると云うのは感じ取れてしまうのだ。

「まずはキミの実力を知りたい。私からは仕掛けないので好きなように打ち込んできたまえ」

 彼女がその美しい髪を紐で縛りながら、そう告げた。

「ずいぶんと余裕な発言ですね。だからって、俺は遠慮なんてしませんよ?」

「ああ、遠慮する必要などはないよ」

 俺は一度、大きく息を吸い込むとヒュッと音を立て息を吐き出しながら数回ジャブをする。まだ本気ではない。ただの様子見だ。彼女は体を揺らす――ウェービングをしただけで難なく避ける。今度は一度下がって距離を置くと左足で踏み込み大ぶりのパンチをした。それを彼女は半身をずらしただけで無造作に回避する。しかし、これは予想の範囲内だった。

「キミは私を舐めているのか? それともそれがキミの本気なのか?」

 彼女が凍るような冷たい視線を俺に向け、そう言い放つ。背筋がゾクッとするのを感じた。


――おもしれえ……。


 思わずニヤケてしまう。街の不良どもでは味わえない感覚。武の意力とでも言おうか? とにかく、彼女の持つ威圧感とも呼べるそれが俺の脳内に快楽にも似た何かを走らせるのだ。

「じゃあ、次は本気でいくぜ?」

 思わず敬語を使う事を忘れてしまうほどゾクゾクしていた。

 俺はまた強く左足で踏み大きく振りかぶってパンチをする。今度のは本気だ。さっきとはスピードが違う。これも彼女に半身をずらされただけで避けられてしまう。しかし、この一撃はフェイクだ。左足を軸に裏拳を放つ。だが、これも彼女に潜り抜けられる。まだ、終わらない。今度はその勢いを生かして右足を軸に回し蹴りだ。

しかし、これすらも跳躍で避けられてしまう。再び距離を取って大きく息を吸い込む。今度は背筋に冷たいものが走った。


――この人すげえ……。


 上には上がいる。俺はこの言葉の意味を実体験するはめとなった。

「……ふむ、本気でやっても大丈夫だ、と言う事を体に教えねばならんか……」

 そう言うと彼女は前に出る。それも、ものすごい速さで。彼女との距離が近い。ほとんど密着したと言ってもいい程だ! 彼女が無造作に俺の右胸に掌を当てると俺の股の間に踏み込む。


――『発徑』と言うやつか! 


 俺の体が大きく後ろに飛ばされた。受け身も取れず地面に背中から打ちつけられる。口の中に薄らと鉄の味が広がっていくのを感じた。

 ギャラリーから大きなどよめきが聞こえてくる。それもそのはずだ。彼女は細身ではあるが女性としては長身な部類なのだろう。しかし、それでも所詮は160cm半ばといったところだ。それが無造作に突いただけで185cmの俺を吹き飛ばしたのだから……。 

「闘争とは……。結果はどうあれ、相手を殺すつもりでやるべきだとは思わないかね? 

しかも、実力差があるとなれば尚更だ」

 彼女が俺に穏やかな口調でそう告げた。そんな物騒な事を言った癖に追い打ちも掛けずただ、ただ見下ろしているのは俺には絶対負けない自信があるからなのだろう。

 俺は口元を拭うとゆっくりと起き上がる。なるほど彼女の言う通りだ。俺は彼女より弱いらしい。それに本気のつもりではあったが彼女の体を壊すつもりもなかったのも事実だ。無意識の内にインパクトさせる瞬間に打点をずらすなり止めるなりをしていたのだろう。

「まだやれるか?」

「もちろんです」

 目をギラつかせてにやりとする俺。彼女はまだ本気どころか実力の片鱗しか見せてはいない。しかし、敗北感も絶望感も覚えず。いや、それどころか脳内を駆け巡る快楽が増すばかりだ。

「ふむ、良い目になった」

 優しげな眼差しで俺を見てくる。

「あー、今更ですが……。最初の条件に戻してもらっていいですか?」

 鼻頭を人差し指で掻きながら、そう頼んだ俺に対し彼女は「構わん」と答える。

「なんだか……本気で惚れちまいそうだ」

「うむ、それはよく言われるな」

 照れたように言う俺に彼女はそう微笑んでくれた。

「「さて……」」

 二人同時に言葉を始める。しかし、その先を言う事はなかった。表情を引き締める。彼女も元の冷たい表情に戻し、お互い構え直す。

 こちらに手を抜く余裕がないのは理解した。彼女の動きを見るに打撃を当てることも至難の業だろう。

 すると、打撃を囮にして何とか彼女の体を掴んで押し倒す。これしかない。押し倒した後にどうするか? と、尋ねられると俺は打撃専門で組み技の練習などしたことがないので困るのだが彼女の様なタイプは押し倒した瞬間に「フッ、私の負けだ……」なんて言ってくれそうな雰囲気がある。押し倒した後に容赦なく目突きや金的で難を逃れられそうな雰囲気もまたあるが、どの道、彼女に勝てるとしたらそれしかないのも事実だろう。

 いつでも彼女を掴めるように手は使わず大ぶりな足技主体で攻める。が、全て彼女に避けられる。当てることが目的ではないのでそれは構わない。手が届きそうな距離に入るとぎこちなく手を伸ばす。しかし、これも彼女に払いのけられる。こんな単調な動作を何度か繰り返した。

だが、これらの動作はフェイクに過ぎない。本命は次だ!

 俺は小さく構えを取り直すと小刻みに跳ねる。このフットワークを使い彼女に近づいていく。今までの攻撃は掴もうとしていたのだがそれを諦めた、という演出に過ぎない。そしてジャブの連打。彼女は軽く後ろに跳び俺との距離を取る。それを見て攻撃を止める俺。

 彼女は決闘が始まって以来、俺の攻撃を回避し続けている。そう、受けるのではなく回避だ。よほど自らの見切りに自信がないとそんな事はできやしない。素人から見たら紙一重での回避。もちろん俺には紙一重どころかそれが彼女の実力の現れである事を理解している。

 では何故、受ける方が簡単であるのに回避に徹するのか? 

 彼女が俺の事を見くびっている。彼女が自らの実力を誇示したがっている。彼女がそれを見せることによって俺の心を折ろうとしている。

 ……全て、否だ。

 答えは彼女自身が俺の攻撃の威力を認めているからだ。その事がちょっと嬉しくなる。悲しいことに彼女は女性だ。それも鍛えてはいるのではあろうが線の細い女性だ。故に俺の攻撃を一撃でもいい場所に貰ったら、それで終わりにはならないかもしれないが大きく動きを鈍らせる事になる。それを彼女は理解しているからだ。

 ジグザグのフットワークを使い距離を詰める。そして拳が届く距離に入るとやはり素早いジャブを数回繰り返す。やはり、既の所で華麗に避ける彼女。俺はこれを逆手に取る。十分に接近をすると両腕を大きく開き低く飛び膝蹴りをした。この距離だ、身をひるがえして避ける事は出来ない。彼女はトンと俺の膝に両手を置くと俺の勢いを生かして大きく後ろに跳ぶ。


――チャンスだ!


 跳んでいる最中に姿勢を変える事などできない。

 俺もその足で強く踏み切ると彼女の腰目掛けてタックルをするように勢いよく跳ぶ。やや距離が足りなかったが彼女の襟をつかむことには成功した。後は着地の瞬間にそのまま力任せに押し倒すだけだ!

「よいタイミングだ。しかし、詰めが甘い」

 彼女が穏やかではあるがゾクゾクするような冷たさを帯びた声でそう言った。

跳んでいる最中に姿勢を変える事などできやしない。但し、それは触れられる物が何も無ければの話だ。彼女は俺の両肩に手を当てると強く肩を掴む。強烈な痛みと痺れが起こり、思わず襟を掴む手を放してしまう。彼女は俺の肩をまるで鉄棒のように使いグルリと伸身で飛び越える。その回転を生かし両足で俺の背中を踏みつけ大きく前に一回転すると着地した。

「相手の力量が明らかに自分より上で、また測れない場合は形振り構っている場合ではない。この場合は無様に落ちることとなっても襟を掴んだ瞬間に私を倒すべきであった」

 まるで俺に対してレクチャーするような口調の彼女。地面に叩きつけられたとはいえ大したダメージではなかった。俺はゆっくりと体を起こそうとする。

「さて、晒し者にするのも忍びない……。終わりにしようではないか」

俺が起き上がるのを待ってから彼女が宣言する。

それは死の宣告と同義だった!

 彼女が手刀を前に構え動く。今度は俺が受ける。ヒュンと風を切り振りおろされた手刀に腕を交差させて受け止める。……重い一撃だ。俺は腰を落としてそれに耐える。彼女の体が宙に浮く。いや、振りおろした勢いを生かして前に跳んだ。膝が俺の下腹部に向かってくる。この間合いではそれを避けられそうもない。腹筋を締めて耐えようとする。しかし、これはフェイクだった。彼女は俺の膝をその足で強く踏みつけると逆の膝で俺の顎を捉える。強烈な一撃を貰ってしまった。これでは衝撃を逃がすことができない。視界がグラつくのを感じた。

 まだ、彼女の攻撃は終わらない。俺が大きく後ろにのけ反ると両の手で俺の両手首を掴み彼女自身が身を丸めるように両足を引くと腕を放し、そのバネで俺の肺の辺りを強く踏みつけ後方に高く跳ぶ。そして宙で体を伸ばし一回転すると華麗に着地した。

 再び受け身も取れずに地面に叩きつけられた。焦点が定まらず視界がグルグルと回転する。肺を強く蹴られ上手く息をすることもできず酸欠に似た状態にもなる。

 彼女が少なくとも俺ではない誰かに向かって何かを言っていたが、それを聞き取ることはできなかった。何故なら、まもなく俺の意識が閉ざされたからだ。



 そして時は今に戻る。

「……根性ないわね。タケルって昔からそうだよね。あたしのお風呂を堂々と覗く癖に体には指一本触れようとしないし……。『俺はハーレムを作る!』とか何か言っちゃって結局はまだあたしだけだし……」

「何か話が変わってないか?」

 そう反論した俺に彼女はジト目で言い返す。

「一緒よ。根性も度胸も甲斐性も無いじゃない」

 フンと、鼻で笑われてしまうと事実なだけに言い返せない。畜生!

「何度も言うが俺は――『強い風が吹いたらスカートが捲れてパンツが見えちゃいました』とか、『ぶつかって転んだ拍子におっぱい触っちゃいました』みたいな微エロが好きなんだよ。それに俺とリサは幼馴染ってだけで、まだ、つき合ってないだろ?」

 全部、本当の事だ。少なくとも俺の中では……だ。それを聞くとリサは「えっ!」と驚きの声を上げて、何故だろう……? 目にも止まらぬ神速で俺の頭にチョップをする。声にならない痛みとはまさにこの事だろう。俺は頭を抱えるとその場にしゃがみ込んだ。

「ちょっと待ってよ。あたしとタケルがつき合ってないってどういうこと?」

「……痛ってえな。どういう事も何も、お前が『あたしに勝てたらカノジョになってあげるね』って言ったんじゃねえか」

「何よ、あたしそんなこと言った記憶ないわよ!」

 両手をギュッとしてそう反論する。

「ああ、正確な日時を聞かれると答えられんが……。大体で言うと十年前だな」

 思えばそれが始まりだったのだ。

「えー、そんな前のこと無効でいいでしょ。それに中学の時にさ、……あたしのこと好きか? って聞いたら『好きだ』って答えたじゃない……。だから、あたしとしては……てっきりタケルとつき合っているものだと……。そう言えば確かにキスもまだだけど……」

 少し顔を赤くして上目遣いでリサはそう抗議する。

「それに、それにね……。あたしね……友達とかにタケルとつき合ってるって言っちゃってるんだよ? だから、今更そんなこと言われると困るわけ……」

 段々と目に光が無くなりブツブツと消え入りそうな声になっていく彼女。

「いや、そんな事を言われてもそもそも強くなろうと思ったきっかけがそこだからな……」

 彼女には俺の言い訳など耳に入ってないようだ。

「だって、だって……。そう思ってたから何度コクられても……あたしカレシいるからって断ったのに……。だからお風呂覗かれても、まっ、いっかみたいな感じだったのに……。ごはんだって作ってあげてるのに……」

 何だろう? なんだか彼女に物凄く悪い事をした気になってくるのは……。

とてもとても気まずい空気だ。彼女にかける言葉が思いつかない……。

「そうよ、タケル」

「何だ?」

 リサがそう言い出したのは場の空気に耐えられなくなってランニングにでも出かけようとした時だった。

「今から勝負しない? あたし負けるから……うん、それで問題ないわよね」

 その瞳にはまだ光が戻っていなかったが彼女の中でそう決まったのだろう。ウンウンと、しきりに頷きながらとんでもない言葉をほざく。

「何よ? 何か問題があるの?」

「大アリだ! それじゃあ俺のプライドがズタズタになるだけだろ!」

「そんなのいいじゃない。あたしの――乙女のプライドの方がよっぽど大事よ?」

「俺の気持ちは関係ないとおっしゃられますか?」

「当り前じゃない。人間って自分が一番かわいいって知らないの?」

「そ・れ・に・だ! 俺はお前に勝つって目標を果たして…イテッ」

 最後まで言わせてもらえなかった。無表情のリサがスススと音も立てず近付いてきて俺の頭にチョップをした。そして、胸倉を掴まれて引っ張り上げられる。

「……順番とかどうでもいいのよ」

「え、えーと……リサさん?」

「順番とかタケルの言い分とかどうでもいいって言ってるのよ」

 無表情のまま覗きこまれる。……正直、怖いです。

このままでは平行線のまま会話が続き、その度にこいつに殴られる事になっちまう。取りあえず今は逃げよう、どうせこいつの事だ。一晩経てば今の出来事など忘れてしまう。

 俺は彼女の手を何とか振りほどき、脱兎のごとく逃げだした。後ろから「ちょっと、タケル待ちなさいよ!」と言う彼女の声が聞こえたが、その声は逆に俺の加速を促すだけとなった。

この状況で捕まったらボコボコにされるのは確実だった。



「おっはよー、タケル」

「オッス、リサ」

 リサが機嫌よさそうな顔で俺を起こしに来る。実に平和な日常だ。彼女と俺は家が隣どおしって事もあり美少女な幼馴染に起こされるイベントを毎日のように体験していた。

 まあ、俺の方が先に起きてトレーニングなんかをしているので正確には『起こされる』は間違いなんだが。

 彼女は昨日の事は忘れたのか、実は腹にため込んでいるのか、は解らないが、馬鹿だと思われがちで実は成績のいい俺と違い彼女は特に暗記系の教科が苦手な正真正銘の馬鹿だ。恐らくは前者だろう。

都合のいい設定だと言われようが『実はつき合っていなかった』の件のみに強烈なインパクトを覚えて他は忘れてしまった。と、いう事にしよう。そうに違いない。いや、そう言う事にしておいて下さい。お願いします。

 こんな事を思いつつも内心はビクビクしながら登校中、彼女の顔色を何度か窺う。彼女がいぶしかんだのか何度か訪ねてきたが、「いや、今日のお前ってなんかいつもより可愛いなって思って」などと白々しいおべっかを使うと顔を赤らめて上機嫌になるのだ。

 フフフッ、かわいい奴め。

 『一ノC』のプレートのある教室に入ると雑談をしていた生徒たちが一度、言葉を止めるとプッと笑ってまた雑談を再開させる。それに対して俺は渋い表情をすると自分の席に着く。

畜生、入学以来いつもこうだ……。

「よう、マケル!」

 そう俺を呼んだのは茶髪でロンゲのチャラ男だった。お前の名前など紹介してやらん。俺はその言葉を無視してプイッと横を向く。

「どうしちゃったの? マケル君、お腹でも痛いのかな? かな?」

 そう言うと何が面白いのか腹を抱えてゲラゲラと笑いだす。額に青筋的なものを浮かぶのを感じるがジッと耐える。

 入学式で生徒会長に負けてから俺は俺の名前と一文字変えた、そのあだ名で呼ばれる事となった。気に食わないが事実だったし言い返してもドツボにはまるだけなので実に耐えがたい事ではあるのだが耐えざるを得ない状況となっている。

「あー、チャラ男くん。俺はね……暴力はいかんと常日頃から考えているのだよ」

「チャラ男言うな! 俺には横山ヨコヤマ 甲斐カイって名前がちゃんとあるんだよ!」

 そんなチャラ男の抗議を無視して言葉を続ける。

「だからね、ロンゲくん。俺は暴力は振るわないが……いい加減にしないと武力制圧しますよ?」

「いやーん、マケルくんってばこっわーい」

 俺の脅しにカイが身をしならせて返す。

なんでオネエ言葉なんだよ!

 そんなしょうもない会話を続けているとチャイムが鳴り、担任の古谷教諭が入出すると皆が席に着く。今日の一限は彼の担当する現国である事もありHRが終わるとそのまま授業となる。

 彼は文法を教える時は実に丁寧で解りやすく教えてくれる良い教師なのだが教科書の項目が自分の好きな作家になった途端、豹変する。こんなもんでは先生の良さが伝わらん、と各生徒にその作品を配り、延々と何時間でも『このページの何行目の表現がどうすばらしい』等々を延々と語る。これは後での話となるが、それだけで一ヶ月間の授業を使い切ってしまう程だ。

 簡単に言ってしまうと文学に興味のない大半の生徒にとってはとても詰らない授業となるのだ。しかも、普段は授業を聞いてなくても騒がなければOKみたいなスタンスの癖にこの時だけはよそ見でもしようものなら、その生徒に自分の最も気に入っている章を延々と朗読させるなんて無茶苦茶な事もしだす。

 大量の文庫本を抱えて入室してきたと言うことは今日もそうなんだろう。

「先生! マケルくんがこの作品嫌いだから辞めてほしいって言ってます!」

 古谷が本を配り始めるとカイが立ち上がりやや芝居がかった仕草でこう言ったのがきっかけだった。おい、俺かよ! 

「風間か!」

 バンッと大きな音を立てて両手で教卓を叩き俺を睨みつける古谷。いや、俺は『授業中は遊ぶ事なく真面目に受ける』を信条としているので、そんな事はちょっとしか思っていない。

「風間 猛か!」

 肩をいからせてツカツカと俺の席に歩み寄っていく古谷。

「それは俺に対する挑戦と受け取っていいのか!」

 俺の席の前で仁王立ちの古谷。元々ガタイがいいのと殺気だった目をしている事もあって妙な迫力がある。

「いや……、俺…」

「マ・ケ・ル! それ、マ・ケ・ルッ…」

 俺の否定の言葉は途中でカイの合いの手によって遮られる。

 高校生にもなって学級崩壊かよ! 

なんて普段なら突っ込む所ではあるが古谷に睨まれた状態の今の俺にはとてもそんな余裕はなかった。

「「「マ・ケ・ルッ! マ・ケ・ルッ!」」」

 他の生徒たちもカイに扇動されるように手拍子を取り叫びだす。徐々に大きくなるマケルコール。その異様な雰囲気に俺はつい……。

「うおっしゃー!」

 上着を脱ぎ捨て右腕を天に向かって掲げるとこう雄叫びを上げてしまったのだ。

「いい度胸だ、風間。捻りつぶしてやる!」

 対して古谷は大げさな身振りをした後に自らシャツを破り捨ててこれに答えた。

「「「ウオォォォオオオオ!」」」

 そんな俺たちの雄叫びを聞くと生徒たちから歓声が上がるのだ。

って……何だよ、この展開は!


「さあ、今日も始まりました。古谷教諭VS風間マケルの百本勝負。尚、実況はこの俺、横山 甲斐が担当します」

「今日もってか、今回が初めてなんだけど……。解説はあたし、車田 理沙が担当するわね」

 この学校の教室は妙に広い。三十数名が定員の教室なのだが、後方に生徒の机が並ぶのと同じだけの広さの謎の空間があるからだ。その謎の空間の大部分には衝撃吸収用のバネの入った妙に分厚い畳が敷かれている。普段そこは休み時間に生徒たちが駄弁ったりしているわけだが本来の用途は……結局はこれなのだ。

 俺と古谷は下履きと靴下を脱ぐと畳に上がる。雑用係の生徒たちが中央に6.5×6.5となるように四隅にポストを立てロープを張ると四角いジャングルの完成となった。

 歓声を受けロープを潜る二人。そして対峙する。二人とも上半身は裸になっていた。

 どちらかというとB・R氏やJ・C氏を目指している俺はできるだけマッチョにならないように体を作っている。一方、古谷は柔道四段という実力も手伝ってか太マッチョとでも言うのだろうか? 実にそれっぽい体つきをしていた。

 カーンと、カイが口でゴングの鳴る音を出すと決闘は始まった。

「おい、プロレス勝負なのか?」

 などと言う俺の質問は華麗にスルーされ、古谷が「ウオー!」と雄たけびを上げながらこちらに迫ってくると俺としては応じるしかなかった。

 まずはお互いの首を取り合っての組み合い。お約束ってやつだ。

 やはり体格の差か。力は彼の方が上のようであった。

「まずは力比べです。どうでしょう解説のリサさん」

「体格がヘビーとジュニアヘビー級以上の差があります。やはり初手制するのは先生でしょう」

 いつの間にかリングの横に机を二つ並べてそれっぽいしゃべりをしているカイとリサ。

「おーっと、これは卑怯です。マケル選手、力では敵わないと見ると組み合いを拒否するように下がってしまいました!」

 Boooooooo! 

生徒たちからブーイングを浴びせられる俺。それに対し古谷は右腕を高く上げ『俺の勝ちだ』とばかりにアピールする。

「おーっと、今度は古谷選手、大きく腕をまわしラリアットだー!」

 そんな大ぶりの攻撃が当たるはずもなく難なく彼の腕の下を潜り抜けると足払いをする。わざとらしい大きな動きでドスンと派手な音を立てて倒れる古谷。再びブーイングを喰らう、俺。

「これはいけません……。マケル選手、完全にヒールとなってしまいました」

「空気読めって感じですね」

「起き上がると古谷選手――今度はケンカキックだぁ!」

 おい、なんか動作前に言ってるような気がするぞ?

 古谷はゆっくりと起き上がると勢いをつけて、これまた大きなモーションで上段蹴りをしてくる。そんな大ぶりな攻撃が……。

生徒たちの視線が冷たい視線が俺の背中に突き刺さる。


――解ったよ!


 大胸筋を絞め衝撃に耐える。スピードはなかったが体重の乗った重い蹴りだ。思わずよろめきロープに振られる。

 そして……。

「ロープの反動を利用して強烈なラリアットだぁあ!」

 古谷のラリアットに首を刈られドスンと大きな音を立てて倒れる。受け身を取ったので倒れた痛み自体は大してなかったのだが彼の図太い腕で叩かれた衝撃はかなりのものだ。

 俺が倒れたのを見ると古谷が素早くコーナーポストに上っていく。そして一度雄叫びを上げると体を半回転させてフライングヒッププレスを……って、おい! そんなの喰らったらシャレにならん。冷たい視線なんて構うものか。俺はゴロゴロと体を転がしてそれを避ける。古谷がドスンと尻から着地し、やはり大袈裟な身振りで痛がる。

 オオオオオオオオオオオオ! 生徒たちから歓声が上がった。

 ん? どういうことだ?

「マケル選手これは上手い! 上手くピンチを脱しました! どうでしょう、解説のリサさん」

「うーん、彼のスタミナを考えると、まだ大技は早かったようですね」

 なるほど『大技』とやらは避けるのはアリなのか。しかし、やたらと解説のセリフが説明臭いのは如何なものか……。

 二人が起き上がると、古谷は自分の胸をパチパチと掌で叩き雄叫びをあげて挑発してくる。どうやら今度は俺の番って事らしい。

 俺は仕方がないので拳を固め大ぶりのパンチで古谷の顔面を殴る。それを額で受けるとこれまたわざとらしく大きくよろめく古谷。

 Booooooooo!

 周囲から再びブーイングが起こった。そして何故か守上院 鏡花が華麗にロープを飛び越えてリングに入ってきて大袈裟な身振りを踏まえて俺の拳を両手で覆うように掴むと「No! No! Ok?」などと言ってくる。どうやらレフリーのつもりらしい。

「おおっと、レフリーがすかさず止めに入る。マケル選手、これではまるで素人だぁ!」

 そんな事を言われても、そもそも俺は素人である。プロレスは見た事はある程度で3カウントのフォール勝ちぐらいしかルールを知らない。


――これは不利だ……。


 額に冷たいものが流れるのを感じる。どうやらパンチはダメらしいという事は理解した。だが、何がよくて何がダメかがよく解らん。それに、相手の技を受けなくてはいけないらしい。古谷も全力でやっているわけではないので一発の威力自体はさほどでもない。しかし、体格の差を見て解る通り奴の方が確実にタフだ。そして、何より打撃主体で組み技がダメな俺に対して相手は柔道四段――つまりは組み技、寝技のエキスパートだ。

 そもそも、何でプロレス勝負なのか? そんな事は一言も言ってなかったではないか。などと今更、抗議したところでギャラリーの怒りを買うだけだ。

 それに授業中なのに何で上級生の会長がここにいるんだよ! まあ、授業中に何やってるんだって言われてしまえばそれまでなのだが……。

「ファイッ!」

 一度、間合いを取りなおし会長がそう叫ぶと試合は再開された。

 仕方が無い。癪だがここは古谷に先手を取らせて見よう見まねで学ぼう。

 古谷との何度かのやり取り。ようやくコツが掴めてきた。要はプロレスってのはいかに相手の攻撃を受け切り、いかに相手のタフネスサを上回るかっていう種目なんだな。

そして俺の番だ。彼の胸に連続でチョップを決める。これで倒して……そうだな、四の字固めでもしてみるか。

 しかし、古谷は倒れない。それどころか余裕の仁王立ちでそれを受け止める。

 ずるいぞ! そんなのもアリなのかよ!

 思わず唖然とする俺。古谷はその隙を見逃さなかった。俺の手首を掴むと流石としか言いようのない一本背負いを決める。そして俺を仰向けに寝かすと素早く俺の足を両足で挟み……。

「こ、これはステップ・オーヴァー・トゥ・ホールド・ウィズ・フェイス・ロックです!」

「S・T・Fってやつですね」

 ウオオオオオオオ! 生徒たちが歓声を上げる。

 古谷は勝ちに走った。もしかすると、それまでは俺を心底油断させるための演出であったのかもしれない。どちらにせよ今までとは完全に違う技のキレだった。

 やばい、完全に極められた。

 俺には慣れのない痛み――殴られた時の鋭い痛みではなく絞められた時、特有の緩く鈍い痛み――が各関節に走る。


――ロープに逃げなくては……。


 俺は蛇のように体をくねらせてゆっくりと徐々にではあるが腕をロープに近づけていく。キリキリと締め付けられる痛みに耐え気を抜かずにロープににじり寄る。


――あと少しだ……。


 痛みの為か脂汗が浮かんでくるのを感じたがなんとかなりそうだ。

(甘いな……)

 それまで、雄叫びや苦悶の声以外一切上げなかった古谷がやたらとシブイ声で俺の耳元でそう呟く。 な、なんだと!

「こ、これはぁ! F・T・Sだぁぁぁああ!」

 そのままの体勢で反転する両者。天井の蛍光灯が眩しかった。顔、腕、足を極められたまま俺の体を強引に海老反らせる。俺にはもうこの状態をどうする事も出来なかった。

 会長が「Give? Give up?」と、尋ねてくる。それにタップすらできない俺は頷いて答える。それを見て彼女が古谷の肩を素早く二回叩くと俺は痛みから解放された。

「古谷選手、実に見事な勝利でした」

「タケル選手には荷が重い相手のようでしたね」

 などとカイとリサが勝手な感想を述べる。

 会長が試合時間と決まり手を宣言した後、古谷の腕を取り高く上げ、彼の勝利を宣言したのはチャイムが鳴るのとほぼ同時だった。

 生徒たちから歓声が起こった。それは勝利した古谷に対する勝算が半分。そして残りの半分は授業が潰れた事に対するものなのだろう。中には感極まってリングに乱入し「先生!」などと叫びながら彼の胸に飛び込んでいく奴も数名いた。

「なんだよ、この茶番は!」

 勝負というものは非情である。敗者である俺のツッコミなど誰も聞いちゃくれなかった。

「中々、良い試合であった」

「ところで何で会長がいるんですか?」

 俺が畳に寝転んだまま、こう彼女に訪ねたのは古谷が「いつでも掛ってこい、コノヤロウ!」と筆入れ――恐らくはマイクのつもりなのだろう――を握りしめながら俺に罵倒をし、ノッソノッソと大股で退室した後の事であった。

「ああ、済まんな。私は勝負事には目がなくてな…つい……」

 鼻頭を掻きながら彼女が答える。

「……いや、そういう事を聞いているんじゃないんですが……」

「おお、そうであった」わざとらしく手の平を叩いて驚くと彼女は続ける。「風間君――キミに用事があったのだよ。放課後、生徒会室まで来てくれ」

「……え?」

 それだけ告げると颯爽と守上院 鏡花はその場を後にした。そして、取り残される俺。サーッと血の気が引くのを感じた。



「ねえ……、何であたしも付き合わされるわけ?」

 呆れたような声でリサに振り向かれた。やはり表情も呆れ顔だった。

「だってよ、あの人からの呼び出しだぞ。怖いじゃないか……」

「まあね、付き合うこと自体はやぶさかでもないわけよ。でも、何であたしが前なの?」

 放課後になると、バックレようかと何回も考えたのだが、やはり後が怖そうなので生徒会に出頭する事となった。しかし、『やはり一人は不安だ』と言うとても情けなく惨めな結論に達しリサを用心棒として連れていくことにしたのだ。

用心棒なんだから前を歩くのは当然だろ? なんて言ったら怒って帰られそうなので流石に言えなかった。

「ホント度胸ないわよね」

「そう言うけどよ。俺、アレだよ。入学式でやっちゃったんだよ? きっと、それで呼び出されたんだぜ? そうなると密室でボコボコにされるとか普通に考えられるじゃん」

「だったら始めからそんな事しなけりゃよかったじゃない」

 リサが首を横に振りながら心底呆れたように溜息を一つこぼす。

「いや、俺も今の状況がすげー情けないって事ぐらい解ってるんだ。だけど、すげービビってるのも事実なんだよ!」

「と・に・か・く!」

 会話をしている内に生徒会室の前に到着する。実際は唯の扉なのだろうが今の俺にはそれから何か瘴気的なものが溢れ出してきているようにも見えた。

「ここでちゃんと待っててあげるから、チャッチャと行ってきなさい」

 そう言い彼女が両腰に手を当てながら俺をジト目で見る。長身の俺が腰を低くして――そして恐らくは涙目で――オドオドしているのは客観的に見れば面白い画なのだろうが当事者となってしまっている今は面白くもなんともない。ただ、ただ、情けないだけだ。

「おい、リサ……気合い入れてくれ」

 彼女の両肩に手を当て総懇願する俺。すると『いい加減にしなさいよ』見たいな顔をするが、少し優しい表情を作り俺の頬を両手で張る。やはり、幼馴染とは良いものだ。こんな状況でも二つ返事で相手をしてくれるのだから……。

 覚悟を決めるとノックをし、ガラリとスライド式のドアを開ける。中には四人の女の子が並べられた会議デスクに座っていた。

「『一ノC』風間 猛、来ました」

 後ろで腕を組みボコられる覚悟を決める。しかし、会長の表情は怒っているというより機嫌が良さそうな感じだ。俺の思いすごしだろうか?

「おお、来たか。まあ、取りあえず座ってくれ。外の彼女も一緒にどうだ?」

 などと友好的に接してくる。ショートカットに赤の鉢巻きをしている活発そうな女の子がパイプイスを二つ並べてくれた後、外にいるリサを引っ張ってきて同じく座るように催促する。

折角なので座らせてもらうことにした。

 ……緊張が走る。俺の運命や如何に。

「会長、ご用件は何でしょう?」

「まずは楽にしてくれたまえ」

 机に両肘を付き指を絡めるという格好で会長が話を始める。

「今日、キミを呼んだのは他でもない……」

 会長の鋭い眼光。それを見て体がこわばるのを感じた。

 やはり制裁なのだろうか? 俺は緊張を少しでも和らげられれば、と周囲を見回した。

 まずは横に座るリサ。『めんどくさい事に巻き込まれた!』みたいな、やや不機嫌そうな表情。

 次に会議デスクの俺から見て近い方に座っている元気系少女。ポッキーを何本か一度に咥えながらニコニコと機嫌が良さそうな表情。

 次にその向かいに座る三つ編みの女の子。今の状況に興味がないのか、これといった表情は見せず文庫サイズの本を読んでいる。

 さらには会長の傍らに立っているサイドアップの眼鏡っ娘。クールビューティーとはこのことか、俺の方に視線は向けていたが表情は読み取れない。

 最後に上座に座る鏡花会長。前にある手が邪魔で顔がよく見えないのだが何やら口元が緩んでいるような気がしたのは俺の勘違いであって欲しくない。

「キミは私の体を賭け、そして敗れた。私が何を言いたいか解るかい、風間君?」

「……いえ……」

 彼女の眼がキラリと光る。俺は緊張のあまり、そうとだけ答えるので精一杯だった。

「ならば――キミは私のものだと思わないかね?」

「なっ……!」

 そう言ったのは俺ではなかった。リサが立ち上がり机に手をついて抗議をした。

「そんなルール聞いてないわよ!」

「勝利者の弁は常にこれを正義とする。……忘れたわけではあるまい?」

 俺は彼女の言葉にまだ答えられない。ゴクリと唾を飲み込むのが精一杯だった。

「そんなの横暴よ!」

 リサがそう食って掛かったが、ボコられる展開ではないようなので安心している自分がいた。

「ふふふっ、それに安心したまえ…」

 いつの間にかリサの横に移動していた会長が彼女の肩に手を置くとこんな事を言い出した。

「何も伽をさせようと言うわけではないのだよ」リサの背に周り胸を揉みしだきながら続ける。

「それにどちらかと言うと私はこっちの方が趣味なんだ」

「なっ……」

 リサが素早く体を捻るのと同時に裏券を繰り出す。それを後ろに下がり回避する会長。リサは両手で胸を庇う仕草をして腰を引く。それを見てニヤリとする会長。

「まあ、話を戻そうではないか。彼女らが生徒会のスタッフだ。彼女らは厳選な審査――主に私の趣味で選ばれた実に優秀なスタッフなのだが……やはり女性だ。力仕事には向いていない」

 約一名、向いてそうなのがいるが彼女の中ではそうなのだろう。

「簡単に言ってしまえば男手が欲しかったところなのだ」

 そう言って彼女は何やら意味ありげに俺を見る。

「要するに俺に雑用係をやれ、と言う事ですか?」

「実にその通りだ」腕を組み頷く会長。「それに私と共にあれば強くなる機会も少なくはないだろう。キミとしても悪い条件ではあるまい?」

 これはラッキーかもしれない。俺はこんな事を思っていた。

 確かにこれから何故か次々に戦いに巻き込まれそうな予感もあるし、その場合、アドバイスつーか、修業をつけてくれそうな人が身近にいた方が便利かもしれない。それに可愛い女の子に囲まれた生活とか悪い条件どころか最高じゃないか! などと考える。

 しかし、問題はリサだ。情けない話と言うか何故かは解らないが、こういう場合リサの許可の有無で俺の立ち位置が決まるのだ。

「だからって何でタケルなんですか? 男手が必要だって言うなら力持ちの人を雇えばいいじゃないですか! とにかく……」リサは辺りを見回してから、「ここは別の意味で危険な気がしてならないのよ!」

「主人公だから、と言う理由は身も蓋もなさ過ぎだろうか?」

「そうだぞ、リサ。会長を困らせるんじゃない」会長の後ろに立ちウンウンと頷く俺。

「タケルまで……、さっきまでビビってた癖に何やってるのよ!」

 まだ述べていなかったが俺は心変わりの早さには定評のある主人公です。

「ふむ、この理由で駄目だと言うのなら風間君を好きになった。と、でもしておくか?」

「そんな投げやりな言い方されると……俺が傷つきますよ?」

「ふふふ、済まんな」などと、いたずらっぽく笑う。

「……」

「では、好きになる(予定)と言う事にしようか」

「(予定)って事は『好きになる』って事でいいんですか?」

「おお、そうだったな。この場合(未定)が正解だな」

「………」

「ハハハ、会長はキツイッすねー」

「まあ、キミの頑張り次第という事にしておこうか」

 ドン! 

 リサが力いっぱいデスクを叩いたのだ――手形状の陥没が出来る程に。そして怒りのオーラを纏いこちらを睨みつけてくる。俺は反射的に防御姿勢を取った。悲しいかな条件反射のようなものだった。

「ふざけんじゃないわよ……」

「リサ君、落ち着きたまえ」

「落ち着けるわけないじゃない!」

「先に述べたように風間君には基本的に力仕事をしてもらうだけだ」

 リサの右手を取り優しく背中を擦りながら、なだめる様に会長が言う。

「要するに風間君が彼女たちとどうにかなるかも知れない、というのが心配なわけだな?」

 会長の問いに実に不機嫌そうな表情で頷くリサ。

「ならばキミがそうならないように、ここを監視すればいいだけではないか」

「え……? いいの?」

「もちろんだとも。そして、もし私たちの内の誰かが風間君と好い関係になりそうならキミが直接、彼を止めればいい」

 そう優しい目をして右側――つまりは感情脳に呟く会長。対してリサは彼女の呟きに段々とボーッとした表情になっていく。

「そうすれば……大丈夫なのかな?」

「その通りだとも」

「解った……。あたし、そうするね……」

 人の心、操るのうめえな、おい!

「では、今日は顔見せ、という事で自己紹介をしてからお開きにしようか」


「では、もう既出ではあるが私から行こう。『二ノA』守上院 鏡花。生徒会長だ」

 後ろを向いて振り返る。長く艶やかな髪がフワッと広がった。そして腰を屈めると両腕で胸を強調するような格好をして会長。なんかノリノリである。

「次はわたしですかね。同じく『二ノA』山城ヤマシロ 香澄カスミ。副会長を務めさせて頂いています」

 眼鏡の位置をクイッと指で押し上げる様にして彼女。

「ボクの番だね。ボクは『一ノB』ミナミ 真琴マコト。えーと、会計だよ」

 そう言うと満面の笑みを浮かべる。

「え? クルミの番ですか? クルミは『一ノB』花山ハナヤマ 胡桃クルミなのです。書記やってます」

 ずっと本を読んでいた彼女は少しボーッとした表情でこちらを見上げていた。

「じゃあ、あたしね。あたしは『一ノC』車田 理沙よ。えーと……、役職は…」

 まだ、何か納得のいかないような表情ではあったが空気を読んでリサが言う。

「ああ、リサ君。役職は私以外、各人が勝手にそう名乗っているだけで実質意味がないのだ。だから気にしなくていい」

「ずいぶんといい加減な組織ですね」なんて俺のツッコミはスルーされてしまう。

「そうなんだ? じゃあ、監査って事にしとこうかな?」

「うむ、ではこれでお開きにしよう」

 会長がそう宣言すると全員が「おつかれさま」なんて挨拶をしつつ、席を立ち退室の準備を始めてしまう。

「会長、あの……俺は?」

「うむ、男の自己紹介は省いていいのではないかと、私は思うのだ」

「わたしもそう思います」「そうだねー」「そうなのです」「なのかな?」

 その言葉にそれぞれの言葉で肯定の意を表明する女の子たち。そして、「お疲れさまでした」と、何事もなかったかのように次々と退出していくのだ。

「……えっと、みなさーん……」

 当たり前の話だが誰一人として待っちゃくれない。基本的に俺の味方のはずのリサさえさっさと退室してしまったのだ。

 その場に残された男一匹。ヒュルリヒュルリと冷たい隙間風に吹きつけられるのを感じた。

「ああそうだな。男キャラとかどうでもいいよな!」

 などと悪態を着くもやはり返答はない。

「俺は風間 猛。一応、主人公だ!」

 やけくそになった俺はヒーロー物の様なポーズを着けてそう叫ぶ。

「何やってんのよ、恥ずかしいわね……。早く帰ろ!」

 これは扉の所で待っていたリサの感想である。


 そりゃないぜ!



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