この村は十年に一度、海神に捧げられる~嘆きの日~
気に入らない子供を魚に変えてしまうと噂のカイリ婆。彼女の住む薄暗い部屋の中に一歩を踏み入れるのは震えるくらい怖かったが、尻尾を巻いて逃げ帰ったら村中の子供たちに「あいつは負けた勝負の責任を取らない」と言われてしまう。
小屋の前で鼻をひくつかせても、潮と干した海草の香りしかしない。僕は意を決し、恐る恐る中に足を踏み入れた。暗くて目が慣れないが、勇気を出してゆっくりと奥に足を踏み出してみた。
突然後から首根っこを掴まれて宙づりにされてしまった僕は思わず悲鳴を上げた。
「おやおや、命知らずのガキだね。誰に言われてきた?」
石をこすり合わせるような、しゃがれた声でカイリ婆が喋ると、鼻をツンと刺すファエル草の香りがした。人に言われてきたと思われたことに何故か腹が立った。
「自分で来た。パモに負けたからカイリ婆に嘆きの日の事を聞いて来いって」
「それを人に言われたから来たって言うんだよ、間抜け。嘆きの日? 教えてやるから聞いたらさっさと消えろ」
彼女に宙づりにされたまま僕は頷いた。
「その昔、風のムア、雨のフア、そして雷のスアが三人とも天に居た頃、十年に一度だけ近くに揃う日があった」
「え? 空には二人しか居ないよ?」
「黙って聞きな。三人はいつも誰が一番深く海に潜れるかを競い合っていた。だが、ある時、深く潜り過ぎたスアは海王神ザァの昼寝を邪魔してしまった。怒ったザァはスアを捕らえて溺れさせたんだよ」
僕は口を開けて聞き続けた。
「それ以来、ムアとフアは同じ日に集まると海の水を大きく引いてスアを探す。見つけられないと大地をその水で覆い、スアの体を返してもらおうとザァの所に地上の物を贈る」
「地上の物って、何を贈るの?」
「地上で暮らす我々さ」
僕は自分が生まれる直前に引き潮にさらわれた父の話を思い出した。お母さんが匂いすら戻ってこなかったって言ってた。
「僕のお父さんもその贈り物になっちゃったの?」
「そうだな。我々が根こそぎ奪われる、嘆きの日だ。分かったら失せろ」
カイリ婆はそう言い終えると僕を外に放り投げた。宙で一回転し、ちゃんと四本足で着地をした僕は、地平線に沈んだフアの代わりに緑色の空に浮かぶムアを見上げた。昔は月が三つもあったなんて。僕は尻尾を振りながら走り出した。
パモに早く教えてやらないと。神様が死んだ日の事も、もうすぐ来る嘆きの日の事も。
遠くで海が鳴った。
神話っぽいショートショートを書いてみました。
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