第二十五章 桜の花道は、未来じゃなく今ここに
評定が終わった日の夕方。
私は秋仁に呼ばれて、社の裏庭へ行った。
あの夜、初めて本当のことを言った場所。
月明かりではなく、夕陽が差す場所。
桜の木は、花のない枝を伸ばしている。
でも私はもう、花がなくても怖くなかった。
「桜」
秋仁が私の名を呼び、隣に立つ。
「今日で終わったわけじゃない。……これから、もっと反発が出る。
でも、記録がある。味方もいる。
お前の言葉もある」
私は指の鈴を撫でた。
ちりん、と鳴る。
「……秋仁。私、幸せになっていいって言った。
でも、幸せって……具体的に何をしたらいいのか分からない」
正直に言うと、秋仁は少しだけ笑った。
「分からないままでいい」
秋仁は言った。
「幸せは、正解がない。
だから“自分で選ぶ”って言ったんだ」
私は息を吐いて、頷いた。
「……じゃあ、最初の選び方」
秋仁が私の手を取る。
「今、ここで」
夕陽の中、秋仁が私を見た。
皇子の目じゃない。秋仁の目。
「手を繋ぐ」
私は頬が熱くなって、でも逃げなかった。
繋いだ手が温かい。
遠くから、鈴緒の声が聞こえた。
「桜さまー! 薫さまー! 今、巫女たちが集まって、“次から死ななくていいって本当ですか”って! すごいことになってます!」
薫の低い声が返る。
「鈴緒、廊下を走るな!」
「走ってません! 早歩きです!」
そのやりとりが、いつも通りで、可笑しくて、私は笑った。
笑った瞬間、夕陽が桜の枝を照らした。
花はない。
でも、枝の影が地面に落ちて、道みたいに伸びる。
私はその影を見て、ふと思った。
桜の花道は、未来にしかないものじゃない。
満開の奇跡じゃなくても――今ここに、作れる。
誰かと手を繋いで。
鈴の音を聞いて。
怖いと言って。
それでも生きて。
それが、私の花道だ。
秋仁が小さく囁いた。
「桜」
「なに」
「幸せになってくれて、ありがとう」
私は胸がいっぱいになって、でも言葉を持つと決めたから、ちゃんと返した。
「秋仁も、幸せになってね」
秋仁は息を止めたみたいに見えて、それから笑った。
ちりん。
指の鈴が鳴った。
合図じゃない。
ただ、生きている音。
私はその音を聞きながら、思った。
人は幸せになっていい。
私が生きる理由は、幸せになること。
それ以外に、ない。
だから今日も、明日も、私は生きる。




