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第十七章 甘い夜と、苦い決意

 秋仁の滞在所は、御殿から少し離れた小さな離れだった。

 外から見ればただの建物。けれど内側には護衛が配置され、風の流れまで管理されている。

 私は部屋に通され、ようやく膝が笑っていることに気づいた。

「桜さま、座って!」

 鈴緒が慌てて座布団を敷く。

 私は座り、深呼吸した。

 秋仁は少し離れた位置に立ち、護衛に短く指示を出してから私の前に戻った。

「……禰宜が動き出した」

 秋仁の声が低い。

「穢れ祓いで眠らせて、花嫁巫女を“正しい場所”に戻す気だ」

「正しい場所……」

「檻だ」

 秋仁は言い切った。

 私は唇を噛んだ。

 怖さが戻ってくる。あの香に混ぜられて眠らされたら、私はもう言葉を持てない。

 秋仁は私の前に膝をついた。

 昨日の御殿の“皇子”ではなく、今は“秋仁”の近さ。

「桜」

 名前を呼ばれて、胸が震える。

「お前は、よく逃げてきた。逃げたんじゃない。生きるために動いた。……それは誇っていい」

 私は喉が熱くなる。

「誇っていい、の……?」

「誇れ」

 秋仁は断言した。

「お前が生きたいと言ったことは、弱さじゃない。……世界を変える最初の強さだ」

 私は涙が溢れそうになり、首を振った。

「私、強くない」

「強くなくていい」

 秋仁は言う。

「怖いなら怖いって言え。……泣きたいなら泣け。俺の前で」

 私はとうとう、耐えられなくなって泣いた。

 声は出さない。出したら崩れる。だから、静かに涙だけ落とす。

 秋仁の手が、私の頬を包む。

 親指が涙を拭う。

「……満月まで、あと六日」

 秋仁が囁く。

「その日、お前はまた言葉を言う。今度は、神々の前で。祟り神の前で。国の前で」

 私は頷いた。

 泣きながら頷く。

「お前の言葉が、儀になる」

 秋仁の声は、祈りみたいだった。

「そして――儀が終わったら」

 そこで、秋仁が一瞬だけ言葉を止めた。

 目が揺れる。

 私は息を止めた。

 儀が終わったら、私は生きている?

 それとも――。

 秋仁は、私の手を取り、指先に唇を落とした。

 それは軽すぎるほど軽い口づけ。

 でも、その一瞬で、世界が静かに燃えた。

「儀が終わったら、お前にちゃんと求婚する」

 求婚。

 その言葉が、胸に落ちて、眩しくて、怖い。

「……わ、私」

「返事は生きてからでいい」

 秋仁は、同じ言葉を繰り返した。

「生きて、幸せになって、その上で――お前が“はい”と言うなら、俺は一生、喜ぶ」

 鈴緒が後ろで「うわ……」と小さく声を漏らし、慌てて口を押さえた。

 その反応が可笑しくて、私は泣き笑いになった。

 秋仁が、私の髪の簪に触れる。

「……似合ってる」

 その一言が、甘い。

 私は小さく言った。

「秋仁がくれたから」

 秋仁の目が少しだけ柔らかくなる。

「なら、もっとくれてやる」

 溺愛みたいな言葉に、私は顔が熱くなった。

 でも、甘いだけでは終われない。

 式部が襖の外で低く言った。

「殿下。……保守側が動く。今夜、花嫁巫女を“戻す”ために、ここへも探りを入れる」

 秋仁の表情が一変する。

「……来るか」

「来る」

 式部は短く答えた。

 秋仁は私の肩に手を置く。

「桜。今夜から、お前は“守られる”だけじゃなく、“守る”側にもなる」

「守る……?」

「お前の言葉を」

 秋仁の声が低くなる。

「言葉は、奪われる。……奪わせないために、今夜から準備する」

 私は頷いた。

 怖い。

 でも、私はもう“檻”に戻らない。

 生きる理由は、幸せになること。

 その当たり前を守るために、私は立つ。

 満月まで――戦いは始まったばかりだ。


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