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第十四章 満月までの七日

 満月までの七日は、戦いの準備の七日になった。

 昼は稽古。夜は書庫。

 私は“花嫁巫女”としての所作ではなく、“生きる祈り”としての言葉を覚えることになった。

 秋仁が巻物から拾い上げた古い文言は難しかった。

 でも、必要なのは美しい古語じゃない。

「言葉は、伝わる形に落とせ」

 秋仁は言った。

「祟り神にも、人にも。……難しい言葉は逃げ道になる。逃げ道があると、人は“分からないふり”をする」

 私は頷いた。

「だから、短く。強く。お前の言葉で」

 私は、何度も同じ言葉を口にした。

「人は幸せになっていい。生きる理由は幸せになること、それ以外にない」

 最初は恥ずかしかった。

 何度も言うと、少しずつ骨になる。

 鈴緒は練習のたびに、両手を握って「うんうん!」と頷き、時々泣き、時々笑った。

「桜さま、それ言うと、わたしも生きていいって思える!」

 薫は口を挟まない。

 ただ、私が言葉に詰まると、黙って湯を差し出す。

 それが支えだった。

 式部は相変わらず無表情で、必要な動線を作り、必要な情報だけを落とした。

「保守側が“新しい鎮め”に反対している」

「芙蓉が動いてる」

「満月の場に、余計な証人を増やすつもりだ」

 余計な証人――つまり、私を追い詰めるための人の目。

 その夜、私は一人になったとき、ふと思った。

 芙蓉公主は、敵なのか。

 それとも、ただ自分の役を演じているだけなのか。

 羨ましいと言った目が、まだ頭に残っている。

 ――自分の願いを言えるほど強くない。

 その言葉は、私の胸を刺したままだ。

 満月が近づくにつれ、社の空気は冷えていった。

 風が強い夜が増え、灯が揺れ、誰もいない廊下で鈴の音が鳴る。

 祟り神が、呼吸している。

 そして――人間もまた、呼吸している。

 私の幸せを奪うために。


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