第6話 一方その頃天才魔術師は
クロード・ヴァインハルト。
黒髪黒目の美男で、一際高い背丈を持つ男。
魔術師にしては珍しく、無駄のない筋肉がローブの下からでもはっきりと分かる。
12歳の頃に治療不可能とされた結晶病の特効薬を開発し、以降新しい魔素を次々と発見。
学園を卒業後は王宮の魔術師として使える傍ら、魔術ギルドにも所属。ギルドにてSランク任務を次々と達成し、王家専属宮廷魔術師に任命。
魔術師達の夢を詰めに詰めた素晴らしい経歴を持つクロードは現在───魔術ギルドの研究室で突っ伏していた。
そしてそんな彼にギルドの同僚である赤髪の青年フランツと、ギルドの後輩ネリムが口々に声をかける。
「もうしょうがないだろ~!?早く家に帰って奥さんに謝って来いって!」
「最低ですね。絶対に許してくれないと思うので覚悟しておいた方が良いですよ」
両者思い思いの言葉にクロードは更に項垂れる。
それに対して同僚のフランツは「何でこんなことになっちゃったんだか」とぼんやりと思った。
クロード・ヴァインハルトには学生時代からの想い人がいる。
王立学園中等部に入学早々一目惚れしたようで、ソフィー・シモンズという名の令嬢らしい。
楚々とした雰囲気のソフィーに一目惚れしたとのことだが、16歳の頃に告白し見事に振られたそうで。
背が高くがっしりとした体躯を好み、研究室に引き篭もってばかりの男は対象外だとはっきりと断られたとのこと。
そして当時線の細い美少年だったクロードは誓った。
絶対に見返してやると。
そのためにあらゆる新薬を試して身長を伸ばそうとしたり、地道に筋トレだって頑張ったらしい。
魔術師にそんな筋肉いらないだろと同僚達に言われながらも、自分のことをこっ酷く振ったあの令嬢を見返し、後悔させてやりたいと思っていたそうだ。
そんなクロードにフランツは「まだあの子のことが好きなんだなあ」と思いながらも「そうだな。その復讐が果たせたらいいな」と他人事のように応援していた。
しかしその矢先、ソフィーが同じ魔道具事業を行っている家へ嫁入りしそうだという情報が耳に入ったのである。
競合である他所の家と結び付き。
事業拡大しようという両家の魂胆の見える政略結婚。
そしてそれに待ったをかけたのがクロードだった。
「………で、何で競合相手の家に資金提供する代わりにソフィー嬢との結婚を止める裏取引を持ち掛けるんだよ」
「正直にシモンズ家にソフィーさんと結婚させてくださいって言えば良かったじゃないですか。先輩ならその地位で断られることも無いでしょうし」
するとクロードは眉間に皺を寄せて言い放った。
「それだとまるで俺がソフィー・シモンズを好いているみたいじゃないか」
「……………」
フランツとネリムの気持ちが一つになる。
めんどくせぇな、この男。
どう見てもソフィーのことが好きなんだろ。
学生時代にこっ酷く振られても、未だソフィーのこと引き摺っているんだろ。
「面倒くさくなってきましたね。自業自得なんで放っておいても良いんじゃないですか?」
フランツがあえて言わなかったことを後輩のネリムがばっさりと言う。
「それに好きじゃないなら落ち込む必要なくないですか?苦しめるために結婚したなら目的は果たせていますし。僕は披露宴に行ってないので知りませんが、ソフィーさん、泣くほど傷付いたそうじゃないですか」
そんなネリムの悪気ない言葉にクロードは更に項垂れた。
そう、泣いていたのだ。
王立学園に入学し、控えめで可愛らしい笑みを浮かべるソフィーに一目惚れしたというのに泣かせた。
しかもソフィーは中等部時代、上級生から自分を助けてくれた過去がある。
結晶病の特効薬の開発をする最中、もしあの時上級生達が研究室を荒らしていたら、完成できていなかったかもしれない。
研究室で青く光る薬草を眺め、ほうと息を漏らすソフィーの横顔。元々「可愛いなあ」と密やかに恋心を抱いていた相手を、より愛おしく思ったのが懐かしい。
そんな大恩のある女性に、自分は…………。
「……………実を言うと、俺はまだソフィーのことを好きなんだ」
「知っとるわ」
「なのに俺はアイツを逆恨みし、傷付けた。俺は最低だ…………」
「やっと自覚しましたか」
同僚のフランツと後輩のネリムが呆れた様子で溜め息を吐く。
「で?結論は出たんだ。今日のところは早く帰ってソフィー嬢にきちんと謝るんだな」
「………………そうしたいのは山々だが、聖女エミリアの奉祝祭の準備が立て込んでいるだろう」
聖女奉祝祭。
女神の信託を聞くことのできる聖女を讃える祭事。
この日、聖女は神殿で女神の信託を受け、人々に祝福と教えの言葉を伝える。
他国から狙われる聖女エミリアを魔術的な攻撃から守るため、宮廷魔術師からギルド所属の魔術師まで駆り出されるのだ。
その実働要員兼現場責任者としてクロードは務めを果たさなければならなかった。
しかし当の聖女エミリアはという学生時代と同じく第一王子や宰相、騎士団長の子息を侍らせ、絢爛なドレスを纏い、呑気に王都を闊歩する始末。その護衛に駆り出される魔術師や憲兵達は内心辟易としていた。
そしてそれだけではない。
聖女エミリア自身にある疑惑が掛けられていた。
「聖女エミリアに呪具使用の疑いがある限り、俺達も目を離せないしなあ」
彼女が王立学園の高等部に外部入学してきた際、第一王子を始め学園の目立つ令息達は皆エミリアの虜になったのだ。
正直ソフィーに一目惚れした前例のあるクロードにとって「アイツらも聖女に一目惚れしたってところか」と思っていたが、そうではないらしい。
クロードが高等部に進学した時、魔術ギルドからある任務を言い渡されたのだ。
聖女エミリアが、特定の異性を魅了する呪具や術を使っているのではないかと。
その調査をクロードは依頼されていた。
「でも術を使った形跡もないし、それらしい呪具も身に付けていないんですよね?一度身体検査でもしてみては?」
「相手は聖女だぞ?一度クロードが提案したが、神殿側が断固却下したらしい。それで一度国と揉めたから、現行犯で捕まえないと難しいってなったんだ」
聖女エミリアが学園を卒業後、その任務は魔術ギルドに託された。そしてクロードも卒業し、引き続きギルドと連携して聖女エミリアを監視しているとのことだ。
つまり、そういったことでクロードは屋敷に戻れないでいた。
「屋敷に帰って離縁状が置いてないと良いですね」
「うーん、どうだろうなあ」
フランツとネリムが好き勝手話す。
せっかく結婚まで漕ぎ着けたのに………。
ソフィーと離縁しないよう、これからどうにかするしかない。
建国以来の天才魔術師は重い溜め息を吐き出した。
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