第4話 夢の中でタイムリープ《12歳》②
その後、騒ぎを聞きつけた学園の教師に私はこんこんと叱られた。
「───本当に信じられません!まだ入学して一か月ですよ!?入学早々他人に魔術を使って吹き飛ばす生徒なんて、今までこの学園におりませんでした!このことはきっちりと貴女の御実家であるシモンズ家に報告させていただきますからね!」
中等部職員室にて。
学年主任のトレメイン先生にご尤もなことを言われ、私は「申し訳ありませんでした」と素直に謝った。
背筋をぴんと伸ばした───気難しそうな印象の老女、トレメイン先生。一見厳しそうに見えるものの、この先生が本当はとても優しいのを知っている。
中等部の頃、魔術がうまく使えなかったり勉強が分からない時に親身になって面倒を見てくれたのだ。
そしてそんなトレメイン先生のお手間を煩わせてしまい申し訳なく思う。
「良いですか?魔術とは他者を圧倒する強い力なのです。それをきちんと理解した上で反省なさい」
トレメイン先生にそう言われて、本当にその通りだと反省した。
夢だからとはいえ、やっぱり魔術を他人に使うなんて良くない。大人しく先生を呼びに行けば良かったなと後悔する。
「…………ですが、クロード・ヴァインハルトから聞きました。個人研究室の鍵を奪われた彼を助けるために、魔術を行使したのだと。
入学してまだ一か月ですが、これまでの授業態度に何の問題もないこと。また魔術を行使した理由に情状酌量の余地があること。それから相手生徒に怪我や後遺症がないことから、生家への報告と反省文10枚で収めましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「ほら、早くお行きなさい」
トレメイン先生に促されて職員室を出る。
そしてふと職員室前の廊下を見渡せば、クロードが佇んでいた。
どうしたんだろうと不思議に思っていると、彼がずんずんこちらに近寄ってくる。
「ソフィー・シモンズ嬢」
「は、はい」
「…………助けてくれて、ありがとう」
視線を反らしながら、少しだけ照れた様子で礼を言うクロードに首を振る。こちらは好きでやったことなのだ。
するとクロードは私の制服の袖をちょんと引っ張った。
「君に見せたいものがある。来てくれ」
何だろう。
そんな彼に不思議に思いながらも、私は大人しく着いていった。
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クロードに案内された場所は彼の個人研究室だった。
金色の鍵で扉が開かれた先には、壁一面に分厚い蔵書が敷き詰められ、日当たりの良い窓付近には薬草の鉢がたくさん置かれている。机の上は綺麗に整理されているものの、実験で使われるような器具が並べられていた。
「今度からここの施錠は鍵だけじゃなくて、魔術による封印術も施した方が良さそうだね」
クロードが苦笑しながらそう言う。
そして彼はいそいそと大きな窓のカーテンを閉めた。
「あの、ヴァインハルト君?」
薄暗くなった部屋に一抹の不安を覚え尋ねる。
すると彼は「こっちに来て」と言って、薬草の鉢の前に促した。
「わあ………」
薬草が蛍のように淡く光っていたのだ。
カーテンによって光が遮断された部屋で、ほんのりと葉脈が青く光る薬草に息を呑む。
そしてクロードは私の隣に立ち、口を開いた。
「これはポーションの原料である薬草を特殊な魔素の沁み込んだ水で育てているんだ。その水で育った薬草は暗くするとこうやって青く光るんだよ」
「へえ、すごくきれい………」
私が魔術を使って上級生達を吹き飛ばしたことは確かに良くなかった。
けれどもしクロードを見過ごしていたら、この薬草もめちゃくちゃになっていたかもしれない。
私が行なったことは(夢だとしても)間違っていたが、これを見るとほんの少しだけ気持ちが軽くなる。
「…………君は『魔石化血症』という病気を知っているかい?」
クロードの言葉に不思議に思いながらも頷く。
魔石化血症───通称、 結晶病。
体内に貯蔵された魔力が何らかの異常により正しく放出・循環されなくなることで滞留し、その魔力が血液と交じり合って結晶化する病気だ。魔力量の多い人がなりやすい病気で、未だ治療法が発見されていない。
「僕の両親は結晶病で幼い頃に亡くなったんだ。今ヴァインハルト家は一時的に叔父が継いでくれているけど、成人したら僕がいずれ当主として据えられる」
淡々と語るクロードの横顔を見つめる。
不思議と表情は穏やかだった。
「この薬草を育てている水には特殊な魔素が沁み込ませてあって、体内に蓄積される魔力を分解する作用が含まれているんだ。ただ直接使うと人体に影響が出るから、こうやって薬草に含ませて中和させている」
「特殊な魔素って?」
「絶滅危惧種である宝来蝶の鱗粉から発見されたものだよ」
クロードは薬草越しにどこか遠くを見つめながら続ける。
「薬草の栽培が成功すれば、体内に淀んだ魔力を分解する薬が作れる。特殊な魔素を生み出す蝶は保護され、薬は量産され、結晶病で亡くなる人は今よりもっと増えると思うんだ」
そして彼は私と目を合わせた。
「だから、ありがとう。ソフィー・シモンズ。君があそこで上級生を倒してくれなかったら、彼らによって研究室は荒されていたかもしれない」
「そんな………」
「この薬草も栽培するには細心の注意が必要だから、少しでも栽培に失敗したらやり直しなんだ。そうしている間にも蝶は絶滅してしまうかもしれないしね」
淡く光る薬草を前にうすく微笑む12歳のクロード。
そんな彼に対し、私は───後悔していた。
16歳の頃、私は彼の告白を何と言って振っただろう。
“ 研究室にこもって魔術ばっかりやってる人って、正直ちょっと陰険そうで苦手なの。魔術ができるのはすごいと思うけど、人生それしかやってこなかった感じがするし………人としての魅力が足りない、かな?”
なんて最低だったんだろう。
彼がどんな思いで研究室に籠って、魔術の研鑽をしてきたか。
亡き両親と同じように苦しむ人を救うため、薬の開発に勤しんでいた彼になんて残酷なことを言ったんだろう。
ここは夢の中だというのに、底知れない罪悪感が沸々と沸き上がる。
「…………まあ、栽培が成功するかはまだ分からないし、薬だってできるかも分からない。偉そうなことを言ったけど、僕はまだ何も成し遂げていない半端者なんだ」
そう言って眉を下げてクロードが苦笑する。
そんな彼に私はぽつりとこぼした。
「………………ヴァインハルト君は、将来すごい魔術師になるよ」
「え?」
「色んな魔素を発見して、魔術ギルドの魔術師として難しい任務を成功させて、宮廷魔術師としても国を支えるの。ドラゴンだって倒せちゃうくらい強くなって、ヴァインハルト君の魔術で、たくさんの人が救われるの」
夢の中だから良いかと思い、戸惑うクロードを横に好き勝手話す。
「結晶病を治す薬ができるか分からないけど、ヴァインハルト君は将来たくさんの人を助ける魔術師になるんだよ。半端者なんかじゃ、全然ないからね」
そう言えばクロードは呆けた顔で私を見つめる。
コイツは何を言っているんだろうと思われているかもしれない。
けれどもう良いのだ。
ここは夢だから。
クロード・ヴァインハルトが私の生家を没落させようとしていたとしても、目の前の少年には何の罪もない。
すると12歳のクロードはくすりと小さく笑った。
「それは随分と大きく出たものだな」
冗談だと思われているらしい。
でも「まあ、いっか」と思う。
だって夢だし、変に思われたっても別に良い。
しかしその時、私の膝がカクンと崩れ落ちた。
「ソフィー!?どうしたんだ!?」
「あ、いや、何だか急に眠くなっちゃって…………」
「は?」
異様に眠いのだ。
クロードが戸惑った様子で私の身体を支えてくれる。
ごめんね、クロード。
12歳の頃じゃ私の方が背が高いから重たいよね。
そんなことを思いながら、瞼がどんどん下がってくる。
「おい!ソフィー!」
そして私の意識は唐突に暗転した。
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