第3話 夢の中でタイムリープ《12歳》①
もう最悪すぎる。
あの後泣き腫らしたまま会場に戻り、何とか披露宴を終わらせた。顔が何とも情けないことになっていたが、運が良いことにそれは『結婚式に感極まって泣く花嫁』として好意的に捉えられた。
そして現在。ヴァインハルト伯爵家の屋敷にて。
日はとっぷりと暮れ、私は用意された寝室のベッドで横になっていた。昼間のこともあって初夜なんかできるはずもなく、またクロードからも「今日はゆっくり休んでくれ」と言われたのだ。
(…………というか、今日はゆっくり休んでくれって何?クロードがあんなことを言うからこんな目になっているのに)
生家シモンズ子爵家を没落させ、一生苦しめるためだけに私と結婚するなんて。
すぐにでもそれを両親に伝えたかったが、もうすでにクロードから資金提供を受けた後だし、正直信じてくれるかも分からない。
彼は魔術ギルドのSランカーで王家専属の宮廷魔術師でもある、訳の分からない経歴の持ち主なのだ。そんなエリートが私みたいな女に復讐する器の小さな男だと誰も思わないだろう。
(追々証拠を集めて両親に話すつもりではあるけど………)
僅かばかりの救いは友人のレベッカだ。
あの場にいた彼女は事情を無理矢理赤髪の青年から聞き出し本気で怒ってくれた。また茫然と立ち尽くすクロードに火炎魔法をぶっ放そうとし(赤髪の青年の防御魔法で防がれてしまったが)披露宴会場に戻っても尚彼らを威嚇してくれた。
“ 貴族の結婚には政治的な話がつきものだけど、これは違う。アンタがあんな酷い奴のもとに嫁ぐのなんて私は反対よ。時期を見て離縁した方が絶対に良いわ ”
レベッカの言葉をぼんやりと思い出し、もちろんそうするつもりだと頷く。
(こんな結婚、あまりにもシモンズ家の尊厳を踏み躙っている。離縁はもちろん、証拠を集めて裁判を開いてやるんだから)
今となっては悲しみよりも、クロードに対する怒りが湧き上がる。
学生時代、彼とあまり話したことは無かったけれど、こんな酷いことをするような人だったとは。懐かない猫みたいな雰囲気でちょっと近寄りがたいけど、他人を陥れようとする人ではなかったはずだ。
(……………でも私があんな酷い振り方をしたから、ああなっちゃったのかな)
そう思うとほんのわずかに罪悪感が突き刺さる。
とりあえず今日はもう寝よう。明日はまたクロードと対面しなくてはならないのだ。その時に今日のことを改めて話すべきだろう。
打倒クロードを掲げ、毛布に包まり英気を養うために私はゆっくりと目を瞑った。
───薄れゆく意識の中、自分の身体が淡く光っているのも知らずに。
◇
12歳の頃、私はアレンスティア王国の王立学園中等部に入学した。
美しい白亜の校舎に、所々金糸の刺繍が施された黒い制服を身にまとう中等部の生徒達。
あの頃は髪もまだ肩までしかなくて、長くて美しい髪の令嬢に憧れを抱いたものだ。
そうそう。
今横を通り過ぎた女生徒みたいな…………
「…………───ん?」
違和感を覚えて周りを見渡す。
何故かそこは王立学園中等部の中庭で、中等部の制服を着た生徒達が私に気にすることなく思い思い過ごしていた。
(あれ、私寝てたよね?何でこんな所にいるの?)
卒業生とはいえ大の大人が勝手に中等部に忍び込んでいるのはまずい。
とりあえずここから出なくてはと踵を返そうとすると、足元にある池の水面に目を奪われた。
水面には、中等部時代の12歳の頃の私が映っていたのだ。
「………………んん?」
頭をぺたぺたと触れば腰まであった髪は肩までしかない。体を見下ろせば、何とまあ、中等部の制服を身につけていた。
(まさか………)
そこでふと中庭のベンチで手鏡を掲げて前髪を直している女生徒を見つける。
「す、すみません!ほんの少しの間、鏡を貸していただいても良いでしょうか!?」
「あら、別に良いわよ」
親切な女生徒に貸してもらい鏡を掲げる。
そこには、12歳の私がいた。
水面に映った不鮮明な姿ではない。肩までの栗色の髪に幼い顔立ちの、何とも情けない表情した子供の頃の自分の顔が映っていたのだ。
「な、な、何これ…………!?」
戻ってる!
原理とか何も分からないけど過去に戻ってる!
「自分の顔見てどうしたのよ?」
しかも手鏡を貸してくれた女生徒は、よく見れば友人である12歳の頃のレベッカだ。
「レベッカ?貴女はレベッカ・ハミルトン?と、歳はいくつ?」
「歳?12歳よ。それは貴女も同じでしょ?同級生のソフィー・シモンズさん?」
苦笑しながら言い返す12歳のレベッカに呆然とした。
そしてそんな彼女の姿に「そうそう。小さい頃のレベッカってばこんな感じの女の子だった」と思い出す。
一体何が起こっているのか。
しかしそこではっと閃いた。
「あ、これ夢か」
なーんだ。それなら納得できる。
というか普通にそうに違いない。
さっきまで私はクロードへの怒りを感じながらベッドに横になっていたのだ。それが急に過去にタイムスリップするだなんてあり得ない。
何らかの魔術的関与もあり得るが、過去への時間移動なんて神話レベルだ。一介の令嬢である私が神やら精霊やらに狙われるはずもない。
「なあんだ。夢か!焦った〜」
「夢?もしかして貴女、寝ぼけてるの?」
「ええ、そんなようなものよ。 あ!レベッカ。この年の冬に別荘のあるククル高原に行くのよね?そこで確か………クリムゾンベアに襲われて腕に怪我をするの。だから別荘に行く際はクリムゾンベアに気を付けてね」
「はあ?」
彼女はこの年の冬に、冬眠から早く目を覚ましたクリムゾンベアに襲われるのだ。
そこで命は助かるものの腕に酷い傷跡が残ってしまう。
夢の中だし良いかと思いそう忠告すれば、幼いレベッカは怪訝そうな顔をした。
「そういうわけだから本当に気を付けてね。それじゃあ私、もう少し学園内を見て回ってくるから!」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」
懐かしすぎる学園内を見て回ろうと歩き出す。
幼いレベッカが引き止めようとしてくるが、それに私は「また夢から覚めたら会おうね!」と我ながら呑気に返したのだった。
・
・
・
「───返せ!返せよ!」
懐かしすぎる中等部の校舎を見て回っていると、ふと前方から喧騒が聞こえてきた。
何だ何だと近寄ってみれば、そこには体格の大きい複数の男子生徒達と一人の華奢な少年がいる。
そしてその華奢な少年に見覚えがあった。
(ク、クロード・ヴァインハルト………!)
12歳の頃のクロード・ヴァインハルトだ。
今はもう立派な青年になっているが、この時のクロードは私よりも背が低く女の子みたいだった。
そんな彼を上級生らしき男子生徒達が囲んでいる。
そしてその内の一人の手には、金の鍵を通した細いネックレスが握られていた。
「返せよ!それは大事なものなんだ!」
「個人研究室の鍵だろ?お前みたいな奴にはもったいねえよ」
個人研究室とは、教授から認められた者のみ与えられる私室のことをいう。
クロードもその魔術への探究心から研究室を与えられた一人であった。
大方彼らの様子を見る限り、入学したばかりのクロードが早々に研究室を用意されたのをやっかんでいるのだろう。
(そういえば入学したばかりの頃、クロードってよく上級生から目を付けられていたなあ)
そう思うと同時に、現在進行形でクロードに絡んでいる上級生達に「おいおい、やめとけ」と止めたくなる。
そこにいる小さな少年は今後魔術ギルドのSランカーとなり、ドラゴンを単騎で倒す程の力を持つ魔術師に成長するのだ。
おまけに振られた女の実家を没落させる陰湿さも持ち合わせているため、将来私みたいに復讐されるぞと忠告してやりたい。
「───チッ、うるせえな!!」
するとその時、研究室の鍵を奪った上級生がクロードの横腹を蹴り上げた。小さな体がボールみたいに飛ばされて廊下の床に転がっていく。
その光景に、思わず息を呑んだ。
自分の夢だというのにあまりにも物騒なそれに冷や汗が流れる。
「そうだ。お前の研究室、少し借りるわ。ちょうど溜まり場が欲しかったんだよな」
上級生達がにやにやと笑い出す。
そんな彼らの姿を見て、ふと思い出した。
中等部の頃、クロードは一時期厄介な先輩らに目をつけられて個人研究室を奪われてしまったことを。
教授に申告して彼らはすぐに罰則を受けたが、研究室には今までクロードが経過観察していた薬草や実験で使われる本が跡形もなく破壊されていたらしい。
(…………もしかしてクロードへの恨みからこんな夢を見ているのかな)
私の生家を没落させ、嫌がらせを行うために結婚した男。おそらくそんな彼への復讐心からこんな夢を見ているのかもしれない。
自分の性格の悪さに辟易とするが、それくらい彼に対して怒りがあるのも事実であった。
目を背けたくてその場から去ろうとする。
しかしその時、クロードの泣きそうな声が耳に飛び込んできた。
「鍵を返してくれ!あそこには大切なものがあるんだ………!」
───これは私が見ている悪趣味な夢で。
酷い目にあっているのは私の家を没落させようとした男の少年時代の姿だ。
けれどクロードのその言葉を聞いた途端、自分の脳裏にとある記憶が蘇る。
クロードの研究室が上級生達によってぐしゃぐしゃにされた時、ちょうど隣の席だった彼に聞いたのだ。
大丈夫かと。
“ 別に。大したことないよ ”
普段話さないクラスメイトが話しかけてきて驚いたのか、クロードはさらりとそう答えた。
けれど授業中こっそり顔を見れば、彼の瞳に涙の膜が張っていたのに気付く。
全然大丈夫じゃないのに、どこか耐えるような12歳のクロードの表情を鮮明に思い出せる。
「………………あ?誰だよお前」
いつの間にか私は上級生達の前に立っていた。
背後にうずくまるクロードが「シモンズ?」と驚いているのが分かる。
「今すぐクロード……じゃなくて、ヴァインハルト君の鍵を返してください。さもなければ酷い目に遭いますよ」
「は?やれるもんならやってみろよ」
上級生達が馬鹿にした様子で笑みを浮かべる。
そんな彼らに私は腰に付けたホルスターから杖を取り出した。
この王立学園にて魔術を行使した場合、酷い罰則が待ち受けている。反省文や生家への報告はもちろんのこと、一週間の停学処分や場合によっては退学なんかもあり得るのだ。
それにこの学園に通う生徒達のほとんどは皆貴族であるため、どんな不良でも他人に魔術を使おうだなんて思わない。
「お、お前、まさか………!」
上級生達の顔が引き攣る。
しかしもうどうだって良い。
だってここは夢だから。
夢だから、たとえ私の生家を没落させようとした男の少年時代を助けたって構いやしない。
「《ウィンドショット》!!」
そして私は相手が怪我しないように手加減をしつつも、遠慮なく風魔法で上級生達を吹き飛ばした。
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