第18話 天才魔術師の死
宵闇に紛れて突如現れた聖女エミリア率いる集団にクロードも私も立ち尽くす。
するとクロードが聖女エミリアのある一点を凝視し吐き捨てた。
「あの女、転移装置の腕輪を身に付けている。王家の宝庫にも手を出したな……!」
聖女エミリアの手首には魔石の嵌め込まれた腕輪があった。
王家の宝庫には、代々ありとあらゆる場所から収集した魔道具が収められている。それはおいそれとは使うことはできず、王族を中心に厳しく管理されているはずだった。
(まさかウィリアム殿下に宝庫の使用許可をもぎ取ったんじゃ………)
すると聖女エミリアは集団に向かって言い放つ。
「この者達は聖女に謀反を起こした大罪人です!ウィリアム殿下から賜ったアイテムで貴方達をサポートします!そこにいる者達を確実に始末するのです!」
しかしそれに集団の一人、宮廷魔術師の男が怪訝そうに尋ねた。
「ですが、あちらにはクロード・ヴァインハルトがおります。奴を始末するには到底………」
「───仕方ないでしょう!!だって何を言っても言うことを聞かないんだから!!それだったら殺しちゃった方がマシでしょ!?」
支離滅裂な聖女エミリアの癇癪が辺りに響き渡る。
それに宮廷魔術師達も私達も茫然としていれば、彼女は慌てて言い直した。
「え、ええっとウィリアム○殿下からたくさん魔道具を頂いているから、それがあればクロードを始末できるわ。だから皆さんは安心してください!」
………この人にはもう理性なんてないのだろう。
自分の欲望だけで動き、取り繕ったとしても誤魔化しが利かない。
するとクロードが私の手を掴み「《転移》」と唱えた。しかし術は作動しない。
「残念!クロード相手に私が何の準備もしないなんてあるわけないじゃない!この辺りには転移除けの術をかけさせてもらったわ!」
そして聖女エミリアが絶叫する。
「さあ、あの者達を始末なさい!!!」
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クロードの強さは圧倒的だった。
私に《結界》をかけながら宮廷魔術師達を一掃する。
王家の宝庫から拝借したらしい杖で聖女エミリアが彼らに支援魔術をかけるものの、クロードの魔術には叶わなかった。
(クロードって本当に強いんだ………)
そんな状況に痺れを切らしたのか。聖女エミリアの視線が、はっきりと私を捉えたのが分かった。
背筋が凍る。
「───ッ!」
空気が軋む。
魔力が聖女エミリアの杖に一点に収束していくのを、嫌というほど感じ取ってしまった。
クロードの《結界》はまだ健在だ。
けれど、今まで彼女が使ってきた支援魔術とは明らかに質が違う。
王家の宝庫に保管されていた魔道具の杖と聖女の名を冠する者が放つ、純度の高すぎる魔術。
そして聖女エミリアは唱えた。
「《流星群》!!!」
光が弾ける。
杖から放たれる白い光の巨大な弾が流星群のようにいくつも私に降り注ぐ。クロードのかけた結界に耳を裂くような音が鳴り響いた。
結界が軋んでいる。
(耐えきれ………!)
そう思った瞬間、視界の端で、黒い影が私の前に躍り出た。
「ッ、クロード!?」
歯を食いしばり、杖を構え、私を背に庇う。
「下がれ!」
次の瞬間、結界が砕け散った。
聖女エミリアの魔術が容赦なく流れ込んでくる。
私は息を呑み、反射的に身を縮め───衝撃。
いや、違う。
来るはずの痛みが、来ない。
代わりに聞こえたのは肉が焼けるような音と、鈍い衝突音だった。
「───ぐっ……!」
「クロード!!」
クロードの身体が大きく傾く。
咄嗟に支えれば、手が赤く染まった。彼の背中は血に染まり、抉れている。肩から腰にかけて、聖光に抉られた痕が生々しく残っていた。
あれほどの魔術を結界なしで、私を庇ったまま受けたのだ。
クロードの息が細い。
「…………良かった。無事か」
クロードが笑みをこぼすから、私はたまらなくなって抱きしめる。
「ご、ごめんなさい………!私を庇って、こんな………クロード?」
けれどクロードからの返事がない。
見れば彼は瞳を閉じ、息をしていなかった。
それに私は目の前が真っ暗になる。言いようのない絶望が襲い掛かり、一瞬理解できなかった。
するとその時、私達のそばに聖女エミリアがこつこつとやって来る。そして宮廷魔術師達には聞こえないような小さな声で私に囁いた。
「あーあ!クロードも私の夫にしたかったのに何でこうなっちゃうのかしら。顔だけだったら一番好きだったのに」
怒りでどうにかなりそうだった。
杖はなく魔術を使えないものの、彼女に掴みかかりそうになる。
けれど聖女エミリアの放った次の言葉に動きが停止した。
「でもクロードも本当に哀れよねえ。だってアンタさえいなければ、きっと今頃生きていたはずなのに」
そして彼女は私をニヤニヤと眺めながら続ける。
「アンタがいなけりゃ、こうして身を呈して死ぬことはなかった。国を出ようとも考えなかった。───そもそも、もっと早く私から呪具を見つけ出せていたかもしれない。クロードがアンタに執着せず、私だけを見て、私のそばに付き添って監視していれば、呪具を発見できたかもしれないのにね」
「…………私の、」
「ええ。ぜーんぶアンタのせいよ。アンタがクロードの心にいつまでもいるから、こんな結果になっちゃったんだから」
私のせい。
それは確かに、その通りだった。
私がいたからクロードが死んでしまった。学生時代、私なんか気にせずクロードがもっと聖女の監視にリソースを割れていれば、イザベラ様は陥れられなかったし彼も死ぬことはなかった。
こうして、私を庇うことなく死ぬことはなかった。
(全部やり直したい。全部、もう一度)
「……………何をしているのよ」
懐から、クロードから貰った水薬の小瓶を取り出す。
眠れなかったらこれを飲めば良いと言われたそれ。
「まさか毒?自害しようと?別にそれならそれで構わないけど」
違う。
栓を外し、一気に飲み干す。
甘いシロップのような水薬が喉を通った瞬間、くらりと視界が歪んだ。
何度タイムリープできるかは分からない。
それでもほんの少しの望みをかけて、私は意識を手放した。
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