第16話 聖女奉祝祭
聖女奉祝祭。
神殿で女神から神託を受け取った聖女は、王城のバルコニーに移動してアレンスティア国民に神託の内容を告げる。
私達招待された貴族はそのバルコニーの奥にある会場で待機し、女神からの有難い言葉を聞くのだ。
城の会場に着き、所定の場所に佇めば、学園時代からの顔なじみも複数いた。レベッカは父親に付き添ってもらっているらしく、会場の中央当たりで待機している。ヒース先輩や同じクラスだったリリエット・ミュラーもいたりなんかして、リリエットは何故か悔しそうな顔をしていた。
そして会場の一番最奥の玉座にハインリヒ国王とクラウディア王妃がいる。あんまりじろじろ見てはならないものの、お二人の顔が何故か陰っていた。
(一体どうしたんだろう)
するとその時、会場の大扉が開かれる。
扉の向こうから現れたのは、聖女エミリアと彼女に寄り添うウィリアム殿下。その後ろから城の若き大臣であるルシウスや現騎士団副団長のドミニクもいて───私の夫であるクロード・ヴァインハルトもそれに続いた。
しかしそれよりも、聖女エミリアの格好を見てぎょっと驚く。
通常聖女奉祝祭で聖女の纏う服は白いローブと決まっている。
けれど彼女はまるでウェディングドレスのような豪華絢爛な白薔薇のドレスを身に纏っていたのだ。
いくら似合っているからとはいえ、その光景に戸惑ってしまう。こっそりと周囲を伺えば、周りの貴族達も怪訝そうに眉をしかめていた。
貴族達が見つめる中、聖女エミリアとその一団はまっすぐバルコニーへ向かっていく。
女神からの神託が告げられるのだろう。
私達からは見えないけれど、バルコニーの下にいる市井の人達の歓声が聞こえてきた。
ルシウス大臣に拡声魔法を掛けられ聖女エミリアが口を開く。
「《───お待たせしました!先程神殿にて女神ユーフィリア様から有難いお言葉を頂きましたので、皆様にお伝えいたします!》」
聖女エミリアが無邪気に微笑む。
歓声がますます大きくなる。
けれどその直後、彼女はとんでもないことを言い放った。
「《この度聖女エミリアに複数の夫を持つことを許可する。聖女エミリアを守護するために必要な措置であり、夫の選定は聖女エミリアに一任させる───という神託が下されました!
女神様からの有難いお言葉により、ウィリアム殿下はもちろんのこと。ルシウス・ペンブルックとドミニク・ヴェインも、今後私の夫として支えていただきます!》」
そんな彼女の言葉に誰もが呆気にとられる。
会場にいる貴族達は、聖女エミリアの話す神託が到底信じられず立ち尽くしている。バルコニー下にいる市井の人達も戸惑っているのか、騒めいているのが分かった。
一体何が起きているのか。
会場の奥で、城の重鎮達がどういうことかとハインリヒ国王に詰め寄る。
ハインリヒ陛下も王妃も、おそらく事前に神託の内容を聞いていたとはいえ理解の範疇を超えているようだった。
(女神様は本当にそんなことを言ったの?うちの国は一夫一妻制としているのに………そもそも殿下達はそれに納得しているの?)
ふと見ればバルコニーにいる殿下達が愛おしそうに聖女エミリアを見つめている。
異様なその光景に言葉が出ない。
けれど女神ユーフィリア様からの神託には誰も逆らうことができなかった。
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聖女奉祝祭が終わり、会場から聖女エミリア達が姿を消す。
けれど私達貴族の者達は誰一人帰らず、先程の聖女エミリアの言葉に動揺していた。
「複数の夫を持つとはどういうことか!?」
「しかし前例がないわけではない。200年以上前に現れた聖女は夫を亡くした直後、女神様の神託により新しい夫を用意するよう命じられた」
「だがそれはその聖女の腹に子がいたからだろう!?しかし今回のは何だ!?…………もしかするとこの先、我が国に恐ろしい出来事が起こる予兆で、それに備えるために複数の夫を持つよう命じられたのか?」
そんな彼らの会話に周囲が恐れ慄く。
その時ふとあることを思い出した。
イザベラと共に私のもとにやって来た一人の女性、ジェーン・オルコット。
彼女は何と言っていただろうか。
“ 聖女エミリアは何らかの術や呪具を使用しているのではないでしょうか ”
あの言葉が今、現実味を帯びる。
すると城の使用人がこっそりと私のもとに訪ねてきた。
「ソフィー・ヴァインハルト様でしょうか?聖女エミリア様が別室にてお待ちです」
その言葉に思わず固まってしまう。
私に?聖女エミリアが?
先程の衝撃から立ち直れない中、一体私に何の用事だろうと首を傾げる。
私よりも先にこの混乱を収めた方が良いんじゃ………。
しかし一貴族が聖女様に逆らえるわけもなく、私は使用人の後についていった。
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通された部屋には聖女エミリア一人しかいなかった。
真っ白なふわふわのドレスを身に纏った聖女エミリアが、丸テーブルの上にある銀のスタンドから宝石のようなケーキを摘まむ。
「どうぞ座って。一度貴女とお話ししたかったの」
おそるおそる向かいの椅子に座れば、聖女エミリアはにっこりと微笑んだ。
「まずお話をする前に結婚おめでとう、かしら?貴女、確か学園にいた頃からクロードのことが好きだったものね」
そんな彼女の言葉に「いえ」と首を振る。
何だか得体の知れないものを相手にしているようで怖かった。
「でも可哀そう。だってクロードはいずれ私の夫になるんだもの」
「…………え?」
「バルコニーではああ言ったけど、クロードにも4人目の夫になってほしいなって思っているの。今の段階で彼は結婚している身だから、流石にバルコニーでは言えなかったんだけど………。でも女神様から夫の選定は聖女に任せるって言われているわ」
だから仕方ないわよね?
そんな風に宣う聖女エミリアに言葉が出てこない。
この人は一体、何を言っているんだろう。
聖女奉祝祭の時からずっと理解できない。
本当にそれは、女神からの神託なんだろうか。
茫然と黙り込む私を聖女エミリアがじっと眺める。
そして彼女は肩をすくめて、深いため息を吐いた。
「ま、もういっか。ばらしちゃって。本当はクロードにも《魅了》をかけたかったんだけど、呪い耐性持ちでかかんなかったのよね」
「何を言って………」
「ウィリアムもルシウスもドミニクも、そしてクロードも私のものにしたかったんだけど、クロードが思った以上にアンタに執着するから結婚しちゃったのよねえ。だったらもう女神の神託でも何でも利用して奪い返すしかないじゃない」
彼女は立ち上がり、ガシャンと丸テーブルから銀食器を落とし始める。
恐ろしくなって腰を浮かし後ずされば、聖女エミリアはにっこりと笑みを浮かべた。
「でもありがと。クロードがアンタに執着していたおかげで、呪具は見つかんなかったんだから。あの子が私を朝から晩まで一時も離れず監視していたら流石にばれていたと思うけど」
「呪具って………」
「アンタがクロードの目を良い感じに集めてくれたおかげで、聖女奉祝祭までばれずに済んだってこと。聖女奉祝祭で告げられた女神からの神託は、いくらクロードでも覆せないもの。───晴れてウィリアム達は私のものに。クロードもいずれそうなるわ」
そして次の瞬間、聖女エミリアはつんざくような悲鳴を上げた。
驚いて立ち尽くしていると、彼女が取り乱した様子で言い放つ。
「誰か来て!ソフィー・ヴァインハルトが私に襲い掛かって来たの!女神の神託は嘘だって!殺してやるって───!誰かこの女を取り押さえなさい!!」
すると部屋の扉が勢いよく開き、続々と兵が入ってくる。
そして私は瞬く間に彼らによって取り押さえられてしまった。
両手を後ろ手に拘束され、そこでようやく理解する。
私は聖女エミリアに嵌められてしまったのだと。
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