2
「ダンバ。あなたの祖父を助けたことがあります」
「あ!」
ネクターシャの言葉に、ダンバは眼を剥いた。
「棘谷の底で」
「知ってる!」
ダンバは聖女を遮った。
「祖父ちゃんを助けた女は、お前だったのか!」
が、蛮族の若者は首を傾げた。
「お前、何歳だ? 祖父ちゃんが助けられたのは、ずいぶん前だぞ?」
「ダンバ! 不敬すぎるぞ!」
ネクターシャは、再びケルビンを手で制した。
彼女が「アハハ!」と笑う。
「私は見た目が若いのです。美容には、気を使っていますからね」
聖女の屈託のない笑顔に、テント内の人々はホッコリするのだった。
敵砦の裏手の丘に、ネクターシャはユニコーンに乗ってやって来た。
ダンバと、その手勢の一部が同行している。
祖父と聖女の話を聞いた彼は一転、別働隊を志願したのだ。
「祖父ちゃんが言ってた不思議な女の力を、この眼で確かめてやる」
ネクターシャは、彼との共闘を快諾した。
丘沿いに砦を攻撃できるルートは、険しく狭い。
別働隊は途中から徒歩で、目的地を目指した。
到着すると、陽の下に敵砦が見渡せる。
こちら側には予想通り、敵兵はあまり配置されていない。
「これなら楽勝だな」
ダンバが、ニヤッと笑う。
確かに30人とはいえ、蛮族の兵は強い。
敵を混乱させるには充分だろう。
だが、しかし。
「あれを」
ネクターシャが指す先には、3mはあろうかというトロールが1匹居た。
「闇から助力を得ています。普通の攻撃では倒せないでしょう」
ダンバは頷いた。
正面を攻めるケルビンの軍から、攻撃開始の狼煙が上がる。
彼らにはダンバの副官率いる残りの蛮族たちが編入されていた。
ネクターシャは銀の弓を構え、背中の矢筒から取った矢をつがえた。
空を狙う。
「おい! どこを狙っている!」
声を抑えたダンバの指摘に、彼女は矢の発射で答えた。
天に飛んだ矢は先端を下に落ち、無数の光に分かれ、雨の如く敵に降り注いだ。
ダークエルフたちが、悲鳴と共に倒れる。
生き残った者が、こちらを見上げた。
「かかれ!」
雄叫びをあげ、ダンバと蛮族たちが斜面を滑り下りる。
ネクターシャも続いた。
ダークエルフの弓矢が放たれる前に、聖女の矢が敵を倒す。
すさまじい速さと精度であった。
砦に侵入したダンバたちが手斧を振るい、縦横無尽に暴れる。
砦内から駆けつけた新手のダークエルフも、ネクターシャの弓術で無力化された。
ダンバの前に、トロールが立ち塞がる。
「おおぉぉぉー!」
咆哮と共に、蛮族の若者は巨躯の敵に襲いかかった。
素早く的確な斬撃が怪物の手足を裂くが、瞬く間に再生してしまう。
トロールの鋭い爪をかわしたダンバの肩に、また現れたダークエルフの放った矢が刺さった。
バランスを崩したところに、怪物の両爪が届くと思われた刹那。
ネクターシャが1度に2本、弓につがえた矢が同時に放たれ、1本はダークエルフの喉に、もう1本はトロールの胸を捉えた。
闇のエルフは倒れ、トロールは呻く。
体内で輝く矢の聖なる力で、怪物は両膝を突いた。
ダンバはここぞとばかりにトロールを攻撃し、ネクターシャもその間に2の矢、3の矢を射ち込んだ。
再生できなくなった怪物は、とうとう倒れ、動かなくなった。
ダンバとアイコンタクトしたネクターシャは、後を蛮族たちに任せ、砦内を下に向かう。
敵が設置した、悪の源を絶たねばならない。
地下の1室に、それはあった。
部屋の中央に、人の頭大の闇球が浮かんでいる。
悪の生物は天敵の到来を敏感に察知した。
触手の如く闇が伸び、ネクターシャに向かってくる。
迅雷の弓術が、それを全て射ち抜き、消滅させた。
無限に補充される矢を続け様に放ち、闇球を完膚なきまでに貫く。
悪の源は四散し、この次元から完全に消えた。
「よし」
ネクターシャは頷くと、階段を戻った。
すでに砦内はケルビンとダンバの軍に制圧されていた。
城主と蛮族の若者が、聖女の元に駆けつける。
「聖女様!」
「上手くいったようですね」
「はい。トロールには手こずりましたが、突然、弱り始めたので何とかなりました」
「闇の力を失ったのです」
「なるほど、それで」
「祖父ちゃんだけでなく、オレも助けられたな」
ダンバが右手の人差し指を横にして、鼻の下を擦る。
そうすると、まるで少年のようだった。
「私は、いつもあなたたちを見守っています」
ネクターシャが慈愛に満ちた微笑みを2人に向ける。
「これからも各々の役割を果たしてください」
ケルビンとダンバは、大きく頷いた。
聖女は軽く手を振り、砦を後にする。
彼女を待っていたユニコーンに乗り、地平線へと走りだす。
夕陽に照らされながら、一角獣を駆る聖女の姿は、まるで1枚の絵画のように美しかった。
(ミリンダル、ラファンタ、ペプシア、セブンナ、エネーポン、スコールオと合流しましょう。敵は大規模な攻撃を画策しているに違いない)
ネクターシャは美しい姉妹たちの元へと急ぐのだった。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝でございます\(^o^)/