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1.歓声の日

 大歓声の中、決して姿が見えることがないように、フードを被り直した。

 フォルモント王国全土を巻き込んだ内乱から、三年――三年という月日で、傷というものはどれほど癒えるのだろうか。先王の治世を認めない先々王が反乱を起こし、そして先王と共に倒れ、三年。後を継いだのは先王が女王にと望んだ第三子ではなく、先々王が王にと望んだ第一子だった。


「春風王!」

「春風王万歳!」


 割れんばかりの歓声に、頭がおかしくなりそうになる。

 普段は地下に引きこもっているのに地上へ出てきたのは、自分のしたことの結果を見ておきたかった、ということにしておこう。


「どう、マガネ。自分がしたことの結果は」

「どうもこうもないのですよ、テオ。描いた絵の通りでなければ困ります」


 隣に立つ男は、どうしようもなく目立つ、熟れた杏と同じ色の服を着ている。ひらりとした裾のその服は、この国の国教である聖フリュイテ教の教団服だった。

 別に、そんなものは何も珍しくはない。ただテオには、どうしようもなくその色が似合わないというだけで。


「それより、フリュイテ教団の教団長があの場にいなくて良いのですか」

「別に? いてもいなくても同じだよ。祝福とか審判とか、そういう場じゃない限り誰でも良いんだし」


 聖フリュイテは、人々に愛を説いたという。真実の愛を貫きなさいとか、マガネに言わせれば『眉唾物』の教義を、フォルモントの人々は後生大事にしている。


「ふうん」


 だからこそ、恋愛だとかそういうものにこの国は寛容だ。真実の愛を見付けなさいと、そういうことらしい。その反面で、結婚した後には途端に厳しくなる。


「運命やら真実やら、仰々しい『愛』とやらの証明も大変ですね」


 運命の相手だとか真実の愛だとか。そういう目に見えない不確かなものを確かなものにするために、フリュイテ教団はある。と、そう言っても過言ではないだろう。

 結婚をするとなれば祝福をし、既婚者が妻や夫以外と関係を持てば審判をし。教団服と同じ色の髪をした聖フリュイテというのはよっぽどおめでたい頭をしていたのだろうなと、マガネが思うのはそれだけだった。


「他人事だな」

「他人事ですよ。一生縁はないのです」

「どうだか」


 テオはそう言うが、間違いなく縁はない。


「戻ります。万が一でも見られると、このおめでたい空気に水を差しかねないのです」


 本来マガネがいるべきは、光の下ではない。薄暗い地下の一室に留まっている、それが役割だ。

 別に、それを悲観するつもりはなかった。それはマガネ自身が望んだことであり、今の王の治世のためには必要なことなのだから。

 不平や不満をぶつける先は、ひとつであればいい。ぶつける先があれば、民衆の批難は王へは向かない。


「もうちょい見てけば良いのに。ほら、コウも陛下も取り澄ましてて笑える」

「それは笑えますが、かといって忌み嫌われる蟲が外でうごめいていても嫌でしょう」

「お前のお望み通りなのに?」

「そうですよ」


 大勢の人々が見ているのは、フォルモントの王。春風王の異名に相応しい、爽やかな容貌の男。それが、フォルモントを治める王、イフェイオンだった。その隣にいるのは解放戦争で先頭に立って戦い、自分の父までも討った救国の英雄コーウェル・シュエット。


「あれは……」


 そんな彼らの横に、やけに整った容貌の黒い男がいる。


「うん? ああ、リスイか。陛下の護衛の」

「そういえばいましたね、そんな人も」


 名前は把握しているが、まともに顔を見たのはこれが初めてだった。


「あっはっは、その程度か。可哀想に」

「可哀想?」


 何もかも面倒だという顔をしているくせに、それでいてテオは愉快そうに笑っている。

 ふと、その護衛の男と視線がかち合ったような気がした。向こうからマガネが認識できたはずもないが、そっと視線を外すようにしてテオの後ろに移動する。


「ま、そのうち面白いことになるだろ。暇つぶしになるだろうから、楽しみにしてる」

「相変わらず性格が悪いのです」

「マガネに言われたらおしまいだよね」


 白い花が舞っている。まったく、蟲には似合わない話だ。

 光の中から逃げ出すように、マガネはその光景に背を向けた。誰もいない、影の中へと帰るために。

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