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第7話『私に勇気が足りないばかりに、お友達になれないのです』

天野さんと出会ってから、怒涛の如く過ぎ去ってゆく日々はまるで私の人生に突然生まれた台風の様でした。


しかし、過ぎ去ってみればなんて事はなく、私は今まで通り平穏な日々を取り戻す事が出来たのです。


ただ平穏な日々が戻ってきたと言いつつも、私の日常は以前とは大きく変わっていました。


「んー。明日の準備もオッケーだし。なんかゲームでもやる?」


「……夢咲さん!」


「はいはい。なんでしょう佳織ちゃん」


「夢咲さんは明日から、星上中学校に転校されますよね」


「そうだね。しかも佳織ちゃんと同じクラスだよ!」


「はい。私もそうお父様から聞きました。しかし、です。転校というのは一大イベントだと聞きます。ここで失敗しない為にも練習しませんか!?」


「練習かー。ふんふん。まぁ面白そうだし。やろうか」


「で、では。まず挨拶の確認からですね。私のクラスですと、担任は小林先生ですので、温和な女性の先生です。緩やかな口調で夢咲さんの事を紹介するでしょう。それから夢咲さんが自己紹介をするという流れになりますが、ここの挨拶は簡潔に、かつ適格にお伝えする必要があると考えております」


私は唾を飲み込みながら、その重要さを改めて噛みしめる。


「んー。ちなみに、佳織ちゃんのクラスの人って、怖い人が多いの?」


「いえ! 皆さん私にも優しくしてくださる人ばかりで。良い方ばかりですよ」


「なるなる。ん? でも、佳織ちゃんってそのクラスにお友達居ないんでしょう? もしかして、本当はイジメとか」


「違います! 本当に皆さん良い方ばかりで。ただ、私に勇気が足りないばかりに、お友達になれないのです」


「……よく分からないなぁ。勇気が足りない。んん?」


「わ、分かりました。少々恥ずかしいですが、私の現在の状況をお伝えします」


「うん聞く」


「ありがとうございます。では、ご説明させていただきますね。まず基本情報から。何でもない二人がお友達になる為には三つのステップを乗り越える必要があります。これは私が独自にドラマや映画や漫画小説、劇等を拝見させていただきまして導き出したかなり信頼性の高い情報です」


「ふんふん」


「まず一つ目。自己紹介です。名前や家族構成、趣味や仕事、好きな物など、自分の情報を相手に伝えます」


「大事だね」


「はい。大事です。明日の夢咲さんを微力ながら応援しております」


「頑張るよ!」


私は気合を入れている夢咲さんに小さく拍手を送った後、続きを話します。


「そして二つ目のステップ。こちらは時間が掛かりますが互いが信頼出来る様になるまで親交を重ねる事です。お友達というのは家族にも等しいくらいの信頼関係が無くてはいけませんから。こちらはじっくりと時間を掛けても良いと思います。ただ、河原でこう、叩きあうという様な行為をする事でもこちらは満たす事が出来る様です。こ、怖いですが、私もいつか挑戦してみたいと思います」


「それは絶対に駄目」


「え?」


「駄目。それは嘘だから」


「えぇ!? 嘘なのですか!?」


「うん。嘘っぱちだよ。殴り合っても、生まれるのは友情じゃなくて敵意か殺意だからね」


「そ、そうなのですね。大変勉強になります」


「なんか、三つ目が怖くなってきたなぁ」


「そんな事はありませんよ。三つ目はどんな作品にも出てくる共通事項ですから」


私は自信満々にそう夢咲さんに告げましたが、夢咲さんは何処か胡散臭そうな顔をしていました。


し、信頼を失っている!


しっかりと伝えなくては!


「最後に三つ目ですが、これが一番重要で、一番難しい所です。そして、私が躓いている場所でもあります」


「ゴクリ」


「しょ、正面に向き合いながらお友達になりましょうと言って、相手から了承を受け取る事! です!」


「……?」


「あの、以上ですっ」


「……一つ、確認なんだけどさ」


「はい。なんでしょうか?」


「なんで佳織ちゃんは私の事を、夢咲さん。って呼ぶの?」


「それは、あの……お恥ずかしいのですが、やっぱり名前で呼び合うのはお友達になってからの方が良いかなと思ってまして。でも、待っていて下さいね。私、必ず勇気を出して、夢咲さんに、お友達になりましょうって」


「佳織ちゃん! 友達になろう! 友達になろう! 友達になろう!」


「え? は、はい?」


「了承したね? じゃあ私たちはもう友達だね? だって、そういう風に佳織ちゃんが言ったんだもんね?」


「え? え?」


「はぁー。なんかおかしいなぁ。距離あるなぁ。壁感じるなぁ。って思ってたけど。まさかこんな所に罠があるなんて思わなかったよ。じゃあ友達だし。陽菜って呼んでね」


「ふぇ!?」


「ほら。友達になったら呼ぶんでしょ? ほら。ほら」


「あ、あぅぅ。それは、あの。もう少し、時間を」


「だーめ。すぐに呼ばないと。こうだぞー!」


「きゃ」


私はベッドの上に押し倒されて、腕や足や脇などを指でつつ、つー。っと触られて、意地悪されてしまいます。


お腹も撫でまわされて、何だかくすぐったい感触から逃げる様に、私は夢咲さんの事を陽菜さんと呼びました。


それで何とか許してもらう事が出来ましたが、このままでは大変な事になってしまう所でした。


「あー。そうそう。もしまた夢咲さんって呼んだら、もっと凄い事しちゃうからね?」


「ひぇ」


「佳織ちゃん。分かった?」


「分かりました……」


「あれぇー? お名前が聞こえないなぁ。佳織ちゃん。分かった?」


「わ、分かりました! ひ、陽菜さん」


「むふふ。満足満足」


「それは、良かったです……」


「しっかし。そうかぁ。佳織ちゃんは友達をそういう風に考えてたんだね。こりゃ明日。もしかしたら荒れるかもしれないなぁ」


「え? そうなのですか?」


「だってさ。私の自己紹介が終わった後、休み時間とかね? 私が……あー。まぁ良いか。敵が居れば分かりやすいし。誘ってみるのもアリかな」


「……?」


「うん。佳織ちゃんは忘れて。はいじゃあ寝ようか!」


「は、はい」


それから私はそのまま横になり、夢咲さんは私に抱き着く様にして眠ってしまいました。


まるで子供の様に。


同じ年だというのに、可愛らしい夢咲さんの仕草に、私は自然と笑みが浮かび上がるのを感じました。


そして夢咲さんの頭を撫でて眠りの世界へと向かいます。


「おやすみなさい。夢咲さん」


「……はい。罰ゲーム」


「ふぇ!?」




夢咲さん……いえ、陽菜さんとの夜を乗り越えて。


私はいつもの教室で、教壇に立ってもかなり小柄な陽菜さんを見ておりました。


陽菜さんはいつも通り自信たっぷりな仕草で腰に手を当てながら自己紹介をします。


「はじめまして。超天才美少女アイドルの夢咲陽菜です。よろしくー」


さらりと自分の情報を的確に伝え、教室中の注目を集めた後、陽菜さんは私の後ろの席に座りました。


そして通りすがりに私を見て、笑います。


私も笑顔を返しながら、見送り、そのまま朝のホームルームへと意識を戻しました。


当然の様に自己紹介という難関を乗り越えた陽菜さんに称賛の声を心で送りながら。


それから時間は過ぎて、休み時間。陽菜さんの周りには陽菜さんの事を聞こうと多くの人が集まっていました。


人気者です。


「ねぇねぇ。なんでこの時期に引っ越してきたの?」


「やっぱり仕事関係? アイドルって言ってたもんね」


「てか、アイドルって事はさ。もしかして山瀬さんと知り合いだったり? いや、そんな事ないか。雰囲気が全然違うもん……」


「佳織ちゃんとは友達ですよ」


何でしょうか。陽菜さんがそう言った瞬間、クラスの空気が凍りました。


私と陽菜さんがお友達というのはもしかしていけない事だったのでしょうか。


陽菜さんの様な明るくて、可愛らしい方に、私の様な友達を作る勇気も出せない臆病者がお友達というのは、やはり釣り合わないのでは……!


「佳織さんと、夢咲さんが友達? それは本当ですか? 佳織さん」


「え? あ、はい。そうですね。お恥ずかしながら、私の初めてのお友達です」


「……え?」


「どうしました? 姫宮さん」


「いえ、あの、少し動揺が……動悸も」


「そ、それはいけません! 急いで保健室へ行きましょう!」


私は急いで立ち上がり、隣の席に座っていた姫宮さんの手を取って保健室へと向かいました。


しかし、姫宮さんは体調が悪いですから、あまり急がず、なるべく私が支える様にしながら歩きました。


そして保健室の先生にお願いし、ベッドに寝かせてもらう事にします。


「どうかゆっくりとお休みください。私は戻りますが、何かありましたら先生が対応して下さるそうですよ」


「あ、あの!」


「はい。なんでしょうか」


「ここに、居てくださいませんか」


授業に出られない場合の問題を少し考え、そんな事よりも姫宮さんの方が大事だなとすぐ思い返し、私は近くの椅子に座りました。


そして先生に断り、姫宮さんの手を握ります。


姫宮さんの目には涙が滲んでおり、相当に辛いのだと言う事が分かりました。


「大丈夫ですよ。私はここに居ますから」


「は、はい……あ、いえ。そうではなくてですね! 佳織さん!」


「はい。なんでしょうか」


「あの。大事な事を確認させていただくのですが、何故、私は佳織さんのお友達になっていないのでしょうか」


「その件ですが、いえ、昨晩もお話させていただいたのですが、それは私の勇気が足りない問題でして。すぐに解決させていただきたいなと考えているのですが……中々難しく、申し訳ございません」


私は昨晩陽菜さんにした話と同じ話を姫宮さんにもしました。


全てを話し終えると、姫宮さんは深い、深いため息を吐いて天井を難しい顔で見つめておりました。


そして私の方を向くと、昨晩の陽菜さん同様に友達になって欲しいと言ってくださるのでした。


私に勇気が足りないばかりに、姫宮さんに言わせてしまうなんて、なんて申し訳ない。


「これで私たちはお友達ですね? 佳織さん」


「はい。そうですね」


「ところで……お友達にはもう一つ上のステップがある事を佳織さんはご存じでしょうか?」


「もう一つ上のステップですか?」


「はい。その名も親友という物です」


「しん! ゆう! 聞いたことがあります。友達の中でも特別で、固く結ばれた信頼関係の中にだけ生まれるものだと」


「実はこの親友になる為には条件が必要なのですが、佳織さんはご存じですか?」


「いえ。恥ずかしながら、私は友達も満足に作れない臆病者ですから。親友というものについてはまだ調べておりませんね」


「そうですか。では私からお伝えさせてください。お友達になった記念という事で」


「まぁ。ありがとうございます! 姫宮さん!」


「っ。いえ。親友になる為の条件ですが、非常に簡単です。それは知り合ってからの長さです。お友達になってからの長さではなく! 知り合ってからの、長さです」


「はい。勉強になります」


「その具体的な時間ですが、八年! 八年以上は関係を保つ必要があるでしょう」


「八年……! 途方もない時間ですね。私が現在十四歳ですから、六歳より以前に出会った事のある方だけが対象という事ですね。むむ。難しい。そうなると天王寺君か姫宮さんくらいでしょうか」


「天王寺颯真の事は忘れましょう。男女間に友情は芽生えません」


「えぇ!? そうなのですか? ですが、昨日読んでいた小説には男の人とお友達になっていましたが」


「それは嘘です。虚構です。現実にはあり得ません。佳織さんが親友になる事が出来るのは八年以上付き合いがあって、かつ同性の方だけです」


「そうなると……姫宮さん、だけですね」


「ふふ。佳織さん。私と親友になって下さい」


「えぇ!? 良いのですか? お友達になったばかりですのに!」


「問題ありません。条件を満たしているのですよ。佳織さん。これは数式と同じです。正しいのです。正しい事が大事なのです。ぽっと出の癖に、しゃしゃり出てきた奴の事は忘れて良いのです。親友の事を大事にするべきなのです。良いですか? 大事なのは……」


「ちょっと待ったぁー!! なーにさっきから色々吹き込んでるんだ!」


「陽菜さん?」


「純粋な佳織ちゃんにあることない事吹き込む悪党め! この陽菜ちゃんの目が黒い内は見逃さんぞ!」


「夢咲……」


「さ、行こ! 佳織ちゃん」


「え? でも、姫宮さんが」


「大丈夫だよ。その人元気に起き上がって話してるんだし。それに保健室の先生も居るでしょ」


「しかし」


「良いの? 授業サボったら。お父様に怒られちゃうよ」


「そ、それは困ります。すぐに戻りましょう。申し訳ございません。姫宮さん!」


「待って! 一つだけ! 一つだけ聞いて」


「はい。なんでしょうか」


「私の事、名前で呼んでください」


「あ。そうでしたね。お友達は名前で呼ばないと陽菜さんに怒られてしまいます。ではこれからよろしくお願いしますね。涼花さん」


私はそれだけ言い残し、保健室を後にするのだった。

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