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第6話『恨む理由がありません』

降り止まない雨の中で、誰かが叫んでいる声が聞こえていました。


「どういうつもりだ真白!! 俺への当てつけか!!」


「分かってる。分かってるさ! 今回の件は全面的に俺が悪かった!! だから、早く解除しろ!!」


ガンガンと鳴り響く頭痛がいつまでも消えずに残り続けています。


冷たい土の感触と、振り続ける雨の感触が気持ちよくて私はゆっくりと土に体重を預けていきました。


「真白!!」


あぁ、どうしてこの人はこんなに悲しそうな声をしているのでしょうか。


何とかしたい。


けれど、私の手は動かないから……。あぁ、そうだ。私は天使様から願いの力を託されたのでした。


まだ居るのでしょうか?


いるみたいです。


なら、お願いします。この悲しそうな声の人の願いが、叶いますように。


「これは……チッ! ふざけやがって、絶対に死なせねぇからな!! 絶対に!!」


私はふわりと浮くような感覚にまた気持ち悪さが増し、意識を深く沼の底の様な闇に沈めるのでした。




目覚めは最悪でした。


白い布団と白い壁、白い天井。白に囲まれた世界で、私はゆっくりと目を開けました。


すぐ近くには泣いているお母様が居て、奥からは同じ様に心配そうな顔で泣いているお父様がいました。


「ここ、は?」


「無理して喋るな。大丈夫だ。もう大丈夫だから」


「私、山に、いた」


「ここは病院よ。もう何も怖い物は無いから。大丈夫だから」


怖い物と聞いて、私は呼吸を荒くさせながら、夢咲さんを食べて笑う悪霊を思い出していました。


そして、震える声でお父様とお母様に問います。


「夢咲、さん達は」


「全員無事だ。とっくに助けられて、みんなもう元気にテレビに出ているぞ」


「……よかった」


私はそれだけ聞くと心から安心出来て、また眠る事が出来ました。


久しぶりに、穏やかな世界へと。




それから私が退院するまでには随分と長い時間が掛かってしまいました。


お父様とお母様から聞いた話では、私たちが行方不明になったと聞いてからすぐに捜索隊が出動したらしいのですが、夢咲さん達だけを発見し、帰還したそうです。


それに対して今回の企画を主導していた天王寺君の事務所が全員発見だと捜索隊に言った為、一度捜索隊は解散してしまい、私が居ない事に気づいたお父様たちがそれを言った所、今気づいたという様な事を言い、お父様が怒りのままに捜索を再開させたそうです。


そして大規模な捜索が行われましたが、結局私は見つからず、三日後の朝に山の近くで地元の方が泥だらけで倒れている私を発見したとの事でした。


特に打撲や擦り傷が酷く。おそらくは崖を落ちたのだろうと言われていました。


どおりで今もズキズキと体が痛いと思っていました。


でも、ちょうどドラマの撮影が終わり、映画版の撮影準備中で良かったと思います。


ただ延期する事になりそうなので、その辺りは申し訳ないのですけれど。


その件もありますし、あの山での事もあるので、夢咲さんと立花さん。そして天王寺君に謝りたいと思っていました。


ですが……。


「その件については、断られたよ」


「……そうですか」


不思議はありませんでした。


だってあんな事をしたのですから。許せるわけがありません。


友達なんて、私には遠い夢だったのでしょう。


「な、泣かないでくれ。佳織。お父さんが何とかするから」


「いえ。我儘は言えません。私は大丈夫です」


何とか涙を拭いながら私は笑顔を浮かべます。


しかしお父様の顔は硬いままでした。


ですが、そんなある日。お父様が笑顔で病室に来ました。


「佳織。夢咲さんと立花さんだけなら何とかなるかもしれないぞ」


「本当ですか!?」


「あぁ。とあるCMでな。スポンサーが野球対決で勝った方にCMを任せると言ってきたんだ。ただ、そのスポンサーはな。大の立花さんのファンらしく、彼は絶対に起用するという話だ。そして彼が来るなら妹である夢咲さんも来るだろう?」


「……!」


「幸いウチの事務所には野球の経験者が多い。何とかなるさ」


しかし、その数日後お父様は酷く落ち込んだ様子で帰ってきました。


どうやら向こうのチームは凄いプロの人を用意してきたそうです。


それほどまでに会いたくないという事なのでしょう。


お父様は次こそはと言っていましたが、私はもう納得できる事もありました。


これ以上は必要のない我儘です。


だから、私はまたこの気持ちを飲み込む事にしました。


いつかの様に。


そして、私は回復し、役者としてまた戻ってきました。


同じ事務所の方には歓迎され、違う事務所の方には疎まれる。


いつもの事です。


ただ、どんな状況でも撮影はあるのですから。


遅れた分のスケジュールは取り戻さなくてはいけません。


私は胸の奥でズキズキと痛む感情を無視して、仕事に取り組み続けていました。


その行為はただ空しく悲しいだけでしたが、今の私には何よりも救いでした。


そんなある日。


私はあの山以来会っていなかった天野さんに再会しておりました。


事務所の近くの公園で、ベンチに座って日光浴をしていた私の前に現れたのでした。


「お久しぶりです。天野さん」


「俺を、恨んでるだろ」


「いえ。別に」


「……なんでだ」


「恨む理由がありません」


「理由ならある。俺のせいでお前は夢咲たちと話す事も出来ず、苦しい思いだってした。恨めよ」


「恨みだなんて。ありませんよ。だって、私は今までずっとこうだったのですから。元に戻っただけ。ただそれだけですよ」


「……っ、なら、何か願いを言えよ。どんな願いでも叶えてやる。代償なんかいらねぇ」


「でしたら、どうぞ目の前の道を歩いて、最初に出会った困っている人の悩みを解決して下さい」


「俺は! お前の願いを聞くって言ってるんだよ!」


「そう言われましても……私に叶えて欲しい願いなんてありませんよ」


「ならお前はどうして夢咲陽菜と友になりたいと願った!! 何故天王寺颯真と競っていた!!」


「私が私であるために。です」


「……は?」


「私、昔お祖母様に聞いたことがあるんです。世界中の人に私の演技を見てもらうにはどうすれば良いかと。お祖母様は教えてくれました。困っている人に手を貸してあげなさいと。悲しい気持ちになっている人は私の演技を見ても楽しい気持ちにはなれないだろうからと。だから私は、世界中の人に、幸せになって貰いたいんです。私の演じる幸せな楽しい物語で、笑ってもらいたいから」


「……例えば、お前のその夢の様な、途方もない願いを叶えたい時、お前ならどうする?」


「隣にいる方と手を繋いで、祈ります」


「それで?」


「手を取り合って、世界中の人が大切な人の為に祈れば、例えそれがどんな願いでも、叶うでしょう?」


「バカバカしい話だ。聞いた俺が馬鹿だったよ」


そう言うと天野さんは私に背を向け公園の入り口へ、歩き始めました。


しかし、途中で立ち止まると私に振り向いて真剣な顔で口を開きます。


「だが、いつか。世界が一つになる時が来たら、お前にも見せてやる」


「……楽しみにしています」


「そして、もう一つ。お前から奪ったものをお前に返す。こんな事で許されるとは思わないが、せめてもの気持ちだ」


何のことかと問い返そうとした時、私の体は力を失い、ベンチの上に倒れました。


痛みも眠気もなく、そのまま意識を失ってゆきました。




そして次に目覚めた時、私は見た事が無い屋上の上に立っておりました。


ここが何処だろうかと思って周囲を見ようとしましたが、頭が動きません。


それどころか足は一歩一歩と壊れたフェンスの向こう側へ向けて歩き始めておりました。


何がどうなっているのか分からずパニックになるが、声を出したくても出せません。


叫んだ所で、誰も来る事は無いでしょうが、それでも叫べれば少しでもこの恐怖を消せます。


しかし、どうにも出来ず、私の足は何も足場がない空中へと投げ出され……る前に誰かに抱きかかえられました。


「大丈夫か!!」


「た、ちばなさん?」


「動かないで。必ず助けるから」


「だ、駄目です。私を捨ててください。そうすれば立花さんだけでも……」


「バカなことを言うな!! 君を一人山に置き去りにしてしまった。もう二度と、見捨てる訳にはいかない……!」


しかし、私たちの体を支えている立花さんの左手からは血が流れ、腕を伝っています。


そして立花さんが捕まっている金網は嫌な音を立てて、壊れてしまいました。


私と立花さんは空中に投げ出されましたが、立花さんが私を抱えたまま空中で動き回り、気が付いたら私は無事に地上へと降りていました。


本当に何が起きていたのかはさっぱり分かりません。


私は呆然と上を見上げましたが、確かにあの屋上から落ちてきたようでした。


実感はなくとも体は理解しているらしく、手は震えたままでした。


そしてその震えた手のままいつかの様に立花さんの腕を触って息を荒く吐きます。


「大丈夫かい?」


「は、はい。だい、大丈夫です」


「駄目そうだね。今女性のスタッフさんを呼んだから一緒に行こう」


立花さんからその様に伺った後、女性の方が持ってきて下さったタオルを頭から被り、私は立花さんに抱きかかえられたまま多くの人が集まる場所を後にしました。


そして本当に何が起きているのか分からないまま、私は怒るお父様とお母様。そして夢咲さんが待つ部屋へと連れてこられました。


私を抱きかかえていた立花さんは、私をベッドに降ろすとそのまま腕を組んで夢咲さんの横に立ちます。


「さて。話を聞かせて貰おうか」


「えっと、私にも、何が何やら、分からなくてですね」


「じゃあ分かる事から説明して貰えるかな? 佳織ちゃん」


「あ、はい。朝からの撮影が終わって、お昼まで時間があるという事でしたので、公園で日向ぼっこをしていたのですが、そこに天野さんが現れまして、お話をしていたら眠くなって、気が付いたら屋上で歩いてました」


「なんで! 飛び降りようなんて思ったんだ!!」


「っ、あ、あの。わたし、足が止まらなくて、わたしも、怖くて」


「……願いの力か」


「これが言っていた奴かね」


「えぇ。そうですね。大分悪質ですが」


「つまり、誰かが佳織を害そうとして自殺に見せかけて殺そうとしたと? そういう事か?」


「そんな……この子が何をしたというの!?」


「分かりません。俺達もそんなに詳しい訳ではないですから。ただ山での一件にしても、今回の件にしても、何者かが佳織さんを狙っている事は確かです。一応天野のお陰で今回はどうにかなりましたが、アイツも所詮は願いで動いている。いつ敵になってもおかしくないです」


「敵は見えず、力も分からない。対処が難しいな」


「いえ。敵は常に佳織さんが一人になった時を狙っている。ならば」


「一人にさせない様にすれば、敵もいずれしびれを切らすか」


「願いと言えど、派手に動けば警察やらにバレ、破滅しますからね。そこからは徹底的な戦いになりますが」


「……恥を承知でお二人にお願いしたい。どうか佳織を守る為に、協力してはくれまいか」


「それはむしろこちらからお願いしたいくらいです。そうだね。陽菜」


「うん。ヒナだって怒ってるんだから!」


「ありがたい。そうと決まれば、とりあえず二人には我が家に招待しよう。部屋は二つの方が良いか。一つの方が良いか」


「二つで。と言いたいところですが、佳織さんが問題なければ陽菜を同じ部屋に置いて頂けると一人になる時間は減らせるかと」


「そうなると夢咲さんが危険だが?」


「こう見えて陽菜は強いですよ。山瀬さんもご存じでしょうが、ヒナは完璧な役者ですからね。何にでもなれる」


「そうか。そうだったな。非現実すら己の物か。分かった。佳織は、まぁ問題ないだろう」


話の大半が分からないまま進んでゆきましたが、夢咲さんが同じ部屋になると聞いた時だけ何度か頷き、そのまま何事もなく進んでいく話を聞きました。


嫌がる理由は無いから、良いのですけれど。


後で色々と説明して欲しいですね。


「最後に君たちの所属事務所だが、悪いがこちらに引き抜かせて貰う。異論は?」


「はい! 美月さんも一緒にお願いします!」


「その美月さんの意思は?」


「後で確認しておきます!」


「よろしい」


「立花さんはどうかな」


「俺も大丈夫です。そうですね。向こうには断っておきます」


「あぁ。分かった。では後はこちらに任せてくれ」


そしてこの日から私の家には夢咲さんと立花さんが住む事になり、私はまた夢咲さんと親交を取り戻す事が出来たのでした。

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