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第5話『願いの力、ですか?』

その人に出会ったのは偶然でした。


街を歩いている時に迷子の子と出会い、その子の親を探している時に話しかけられたのが切っ掛けでした。


「山瀬、佳織か?」


「え? はい。そうですけど。今ちょっと忙しいので、少し後でも良いですか?」


「後?」


「はい。この子の親御さんが見つからないらしく、今探している所なんですよ」


「なんだ。そんな事か。ちょっと待ってろ」


そう言うと、その人は右手を上にあげると指を鳴らしてこっちを見てから少し待ってろと言ったのです。


何をしているのでしょうかと思いながら少し待っていると遠くから迷子の子の親と思われる人がやってきました。


まるで手品です。


いや、魔法かもしれません。


「さて、これで良いな。それで、だ。お前に話がある」


「はい。なんでしょうか。魔法使いさん」


「いや、俺は魔法使いじゃない。天野とでも呼んでくれ」


「そうですか。天野さん。魔法使いじゃないんですね。そうですか」


「そう露骨に落ち込むな! 魔法みたいな力は使えるぞ! 願いの力だがな!」


「願いの力、ですか?」


「お。興味を持ったな。よし。なら特別に教えてやろう」


「はい!」


私は天野さんから願いの力なる物の存在を聞き、その凄さに目を輝かせました。


そして、どんな願いでも叶えられるという話に私は胸を躍らせます。


「さぁ、言ってみろ。どんな願いが良い? 何でもできるぞ。金か? それとも嫌いな奴を貶めるか?」


「何でも良いのですか?」


「あぁ」


「では! 今朝ニュースになってました。行方不明の男の子をどうかご家族の元に戻れるようにしてください」


「……おい」


「はい。なんでしょうか?」


「どんな願いでも良いんだぞ」


「はい。ちゃんと聞いておりますよ」


「……分かった。そうだな。俺としたことがうっかりしていた。願いにはな、代償がいるんだ。どんな願いも無制限って訳じゃない」


「あぁ、そうですよね! 確かに。それが普通ですね!」


「そうだろう。そうだろう。で、もう一度願いを聞こうか」


「はい。では、もう一度願いを言いますね。今朝ニュースになってました。行方不明の男の子をご家族の元に戻れるようにしてください」


「話聞いてたのか!?」


「はい。聞いてましたが」


「分かった。分かった。よぉーく分かった。代償を言ってなかったな。お前の寿命を五年貰うぞ? 一回につきだ」


「……それは困りましたね」


「そうだろう。そうだろう」


「あまり優先順位を付けるのは良くないと思うのですが、では、先に何年か前から問題になってます南の国の内戦を終わらせて、十分な衣食住を住民の方々に」


「なめてんのか!!」


「……やはり気づいてしまいましたか。自分でもちょっとズルいかなと思っていましたが、二つ分のお願いを一つにするのは、駄目という事ですね」


「ちがう!! そうじゃないだろ!!」


「そうじゃない。とは?」


「俺はお前の欲望を聞いているんだ。お前の欲望を!!」


「私の欲望。はい。でしたら、世界中の人が笑って幸せな物語を楽しんで見る事の出来る世界になれば嬉しいです! あ、そこで私の出演する舞台を見てくれたら、もっと嬉しいですね」


私の答えに天野さんは何とも困った顔をしていました。


何か変な事を言ったでしょうか。


いや、でも一番嬉しい事と言ったら、やっぱりあの輝く舞台を多くの人が見てくれる事でした。


それは間違いありません。


「チッ。大分本来の歴史とは違う進み方をしているからおかしいな。とは思っていたが、コイツが原因か。厄介だな。ふむ。ううむ。どうするか」


天野さんは独り言を呟きながら、何やら考え事をしている様でした。


何か困っている様にも見えます。


「あの。天野さん」


「おい」


「あ、はい」


「お前、夢咲陽菜って奴を知っているか」


「はい。最近はよくお付き合いをさせていただいております」


「その夢咲が、悪霊に憑りつかれてるんだが、ソイツを俺は何とかしてやりたくてな」


「えぇ!? 夢咲さんに悪霊が!?」


「……」


「どうしたのですか!? 一大事ですよ! なんとか、何とかしないと!」


天野さんは何故か頭を抱えながら唸っていましたが、もしかしたらそれほど大変な事態なのかもしれません。


「そ、そうだ。先ほど願いの力で何でも願いが叶うと言っていましたよね? その力で、悪霊さんには成仏していただけば良いのでは無いでしょうか」


「あぁ。俺もそう考えていた。しかし、俺は力を持つが故に、願いを使えん。俺の代わりにお前が願ってくれるか?」


「はい! どの様に祈れば良いでしょうか!?」


「あー。そうだな。今ここでは無理だ。霊山に行く必要がある」


「霊山ですか」


「そうだ。この場所に向かえ、そこで願えば悪霊は消せる」


「……」


私はゴクリと唾を飲み込みながら天野さんが地図を広げて指さした場所を凝視しました。


その場所は何の偶然か少ししてから撮影に向かう場所だったからです。


……何かがおかしい。


本当にこの人の話を信じても良いのでしょうか。


だって、悪霊に憑りつかれていると言っても夢咲さんはいつも笑っています。


辛そうな顔は見た事がありません。


もしかして、この人、嘘を吐いているんじゃ無いでしょうか。


私は不意に天野さんが怪しい人に思えてきました。


ここは了承したフリをして、夢咲さんに怪しい人が居たという事を報告するべきかもしれません。


後、お父様にお願いして……。


「無駄に頭が良いと嫌なタイミングに鋭くなってやりにくいな」


「え?」


私は天野さんの言葉に弾かれた様に地図から顔を上げましたが、天野さんが私の眉間に人差し指を当てた瞬間、動けなくなってしまいました。


そして私の中でゆっくりと大きな感情が沸き起こります。


それは恐怖。


幼い頃に暗がりへ感じた恐怖。初めて夢咲さんと共演した時に感じた恐怖。見えない何かに襲われるかもしれないという恐怖が生まれ、私は身を震わせました。


「その恐怖は、夢咲陽菜に憑りついた悪霊が引き起こしている。どうだ? 恐怖を払いたいだろう?」


「ゆめ、さきさんに聞くまでは……駄目です」


「チッ。恐怖じゃ駄目か。なら」


恐怖がゆっくりと和らいでいく中で、不意に胸の内から悲しみが湧き上がってきました。


友達が出来ない。独りぼっちの寂しさ。そんな寂しさを埋めて下さった優しいお爺様やお婆様との別離。


身が引き裂かれそうな辛さに私は膝を付きました。


目からは止めどなく涙が流れています。


「お前が夢咲陽菜の中に居る悪霊。ヒナを何とかしなければ、夢咲陽菜はこうなる。嫌だろう?」


私は天野さんの言葉に首を横に振りました。


例え私がどれだけ悲しくても、夢咲さんの話を聞かなくては、駄目です。


「チッ。耐えるな。折れろ。お前が手を下さなければ、夢咲陽菜は死ぬ」


「いや、嫌です」


「そうかい。この状態じゃ無理だな。仕方ない。俺は帰る事にするよ。ただ気持ちが変わったら教えてくれ。俺は協力するからな」


そう言うと天野さんは去っていきました。


一人残された私はびっしょりと汗をかいた状態で、両手を地面に付きながら荒い呼吸を繰り返して、吐きそうな気持ちと必死に戦っていました。


気分は言うまでもなく最悪です。




そしてこの日から、私は夜寝る度に、夢咲さんの中から出てきた悪霊が夢咲さんを殺める夢を見続ける事になりました。


冷たくなっている夢咲さんを見つけるのはいつも私でした。


そして、夢咲さんは言います。どうして助けてくれなかったの? と。


悪夢を見る度に跳び起きて、私が何とかしなければいけないのでは無いかという気持ちになっては、違うと首を振りました。


本当は夢咲さんに悪霊の事を聞けば良かったと思うのですが、どう聞けば良いかも分からず、しかも悪夢の中には私が悪霊の事を夢咲さんに話した瞬間に、夢咲さんが食べられてしまう様な夢すらありました。


お前のお陰で食べる事が出来たと夢咲さんの声で笑う悪霊に私は耳を塞ぎましたが、その笑い声は消える事なくいつまでも響いています。


怖い。


だって、夢咲さんは、初めてできたお友達になれるかもしれない人だから。


失うのが怖い。


そして、悩みに悩んで、遂にその日が来てしまいました。


こんな事はいけないと思いつつも、日程を変更できないかとお父様に相談しましたが、天王寺君のスケジュールを合わせる事が難しく、その日しか出来ないという話でした。


どうやっても逃げられないと、そう言われた様な気持ちでした。


私はどちらかを選ばなければいけません。


夢咲さんの中にいる悪霊をどうするのか。


私は結局答えが出ないまま、山を登りつつ考え続けていました。


耳元ではあの悪夢の中で聞いた悪霊の声が響いていました。


そして私は、ここ数日まともに眠る事が出来ていないからでしょうか、酷く頭に響く様な頭痛を感じながら、山道をひたすらに登り続けます。


まともな判断能力は段々と失われ、今自分が何をしているのかすら定かではない状態にまでなっていました。


「霧が出てきたな。いよいよ悪霊が夢咲陽菜を喰うかもしれないぞ」


そんなとき、耳元で聞こえてきた天野さんの声に私は顔を振り上げて、後ろを振り返りました。


さっきまでスタッフさんが居た筈なのに、気が付いたら私と夢咲さん。そして天王寺君の三人しかいません。


そして私のすぐ横には天野さんが立っていました。


何がどうなっているのでしょうか? 本当に悪霊が居るのでしょうか?


夢咲さんの命を奪おうとしている?


「貴方の目的は何?」


悪霊の声が聞こえました。


ここ何日かずっと夢で聞いていた、厳しく突き刺すような声です。


いつもの優しく柔らかい夢咲さんの声とは違います。


硬く、強張った様な声です。


その声を聞いて、私は反射的に答えていました。


「それは……っ、ヒナ!! 貴女を消す事です!」


「……ふぅん? 私を消す。それは結構だけど。それなら、そう願えば良かったんじゃない? そこの人に」


「それは……!」


「それを今から願うのさ。さぁ、山瀬佳織。お前の願いを言え」


「……ヒナを、消してください!」


「その願い。聞き届けた」


私がその言葉を叫んだ瞬間、夢咲さんの立っている場所の足元が崩れました。


そしてそんな夢咲さんを助けようとした天王寺君、更にその二人を抱きかかえる様にして立花さんも崖下へと落ちていきます。


私はそれを見た瞬間に、虚ろだった意識がハッキリと戻り、すぐ近くにいた天野さんの腕を掴んで叫びました。


「天野さん!! 三人を、助けて下さい!!」


「その願いだと寿命は」


「何年でも良いですから!! 早く!!」


「分かった。分かった。ほれ。願いは叶ったぞ。三人は無事だ。まぁ多少の打ち身や擦り傷はあるだろうがな。それ以上に怪我はねぇよ。これで安心したか? 悪ぃがな俺は別件の仕事がある。ここで待ってろよ。動くんじゃねぇぞ」


私は無事だという言葉を聞いて安心したように地面に座り込みました。


そして、ゆっくりと今自分がした事を想い返して、嘔吐しました。


私はいったい何をしたのでしょうか? 何を願ったのでしょう。どうして、夢咲さん達が崖下に落ちていったのでしょうか。


偶然天野さんが居たから、助かっただけです。


私は……なんて事を……。


あぁ、こんなにも自分を呪い殺したくなったのは久しぶりでした。


お父様の名前を汚して、恥知らずにも役者を続けていた私が、遂に、人に手を掛けてしまうなんて。


笑ってしまうような話です。


自分がここまで愚かだなんて、知りませんでした。


頭痛が酷くなり、頭の中で脈を打つ様にドクンドクンと強い痛みを発していました。


そんな中、胸の奥にストンと、何かが舞い降りてきたのを私は感じました。


それは『願いの力』と呼ばれる物。


心でそれに触れた時、あぁ。と全てを理解しました。


これの使い方も、これがここに来た意味も。この力が生まれた意味も。


「どうか、天使様。この愚かな私を罰してください。罪深い私に罰を」


願いは聞き届けられました。


不意に降り始めた大雨は私を打ち、そして、私は、頭痛が限界にきた事を感じながら地面に倒れました。


あぁ、でもまだ願いがありました。


「天使様。夢咲さん達にちゃんと助けが来る様に、してください。そして、私は誰にも、見つからず、気づかれず、このまま朽ち果てる様にと」


どうか、天使様。


どうか……。


この愚かな私に、罰を。

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