1.私はアサシンにはなれない
シリアス回を初回に全て詰め込んだ結果、ちょっと長くなっちゃいました…
次回からは明るくなります!
「フェリシティ、お前に初任務を与える。レイエスター公爵の暗殺だ。」
ある朝、お父様は私に言った。
我がスーヴェリス伯爵家は、裏世界では名の知れたアサシン一家です。
お金になるなら、国籍も身分も関係なく依頼を受ける。娘も息子も、さらには使用人までもが、物心ついた時には訓練を受け始めていると言う、なぜ見逃されているのかもわからないほど究極の暗殺者一族なのです。
そして、この家の落ちこぼれが私、フェリシティ・スーヴェリス。
ずっと使用人同然の扱いを受けていた私に、急に任務を任せると言ったと思ったら、これは…
「私はもう用済みと言うことでよろしいですね?」
「何という口の聞き方をするんだ。フェリシティ、口を慎みなさい!」
レイエスター公爵様は、他国の人には「極悪非道な残忍公爵騎士」と言う異名で呼ばれているそう。数年前の戦争で、たった1人で敵国の部隊を壊滅させたと言うからだ。
その実態は、「国境を防衛する我が国の誇る剣神」 一騎当千の力を持っていて、王家ですら恐れているそう。
─────つまり、めちゃくちゃ強い…!
世界各地のアサシンが、揃いも揃って返り討ちにあっていると聞く。
「愛する娘の初仕事に相応しい素晴らしい任務を用意したんだ。エステル、お前もそう思うだろう?」
「フェリシティお義姉様。お父様の気持ちも考えてあげなくては! 落ちこぼれのお義姉様が親孝行できる初めてのチャンスですのよ?」
お父様に続いて、義妹のエステルまで話に参加してくる。
あぁ、やっぱり──────。
人を殺せない私は、スーヴェリス伯爵家にとってお荷物だものね。使用人にすら舐められているタダ飯食らいは必要ないと…
「かしこまりました。必ずや、成功に収めてみせましょう。」
「むっ無理はしないようにな。」
私は優雅にカーテシーを披露する。
いくらアサシン一家といえど伯爵家。そして私は長女だ。
(お母様直伝のカーテシーは、少しはお父様を驚かせられたようね)
私は薄汚れたドレスを翻し、自分の部屋である使用人部屋へと戻る。
お父様に愛されていないのは、ずっと前からわかっていた。なぜなら私が前妻の娘、そして落ちこぼれだからである。
私の母は、私が4歳の時に亡くなった。任務中の事故だったそう。
知らせを聞いたお父様は笑っていた。私は『よっぽどお母様が亡くなったのが悲しかったのね』と思ったけれど、それは違った。
お母様の死から一週間も経たないうちに、新しいお義母様が来たのだ。
お義母様とお父様の間には、2歳のエステルが2人と手を繋ぎ、嬉しそうに笑っていた。
当時の私は、お母様が亡くなったショックから何も感じなかったが、結構酷い話だと思う。
私の容姿がお母様にそっくりなのも理由の一つだと思う。菫色の毛先が緩くウェーブした髪に、薔薇色のアーモンド型の瞳、私はまさに亡き母の生き写しだ。
それから、思い出のぬいぐるみやお母様とお揃いのアクセサリーも置いてあった私の部屋は、いつのまにか荷物ごとエステルの部屋に、そして私の部屋は屋根裏部屋になった。お母様が『フェリシティはきっと素晴らしいアサシンになれるから』と言って贈ってくれた短剣だけは返してもらえたけれど、毎日頑張っていたアサシン修行は、受けさせてもらえなくなってしまった。
10歳になると使用人部屋に移され、ひたすら広いお屋敷を掃除するだけの毎日になってしまった。
そうして4歳から一度も1人で外に出ることを許されないまま、いつのまにか18歳になってしまった。
(お父様は、私がアサシン修行を碌に受けていないのを知っていて、あんな無理難題な任務を…)
愛されていないのは知っていたし、いずれ家を追われるか、適当な家に嫁がされるものだと思っていたけれど、まさか遠回しに殺しにくるとは…
流石に想定外です…。
幸い、私は修行を受けられなくなってからも、亡きお母様の期待に応えようと独学で修行を積んでいたから、技術は十分にある。
でも、私に人は殺せない。
亡くなったお母様の姿を見てから、私は人の死体がどうしようもなく怖い。血飛沫や毒によって苦しむ表情など、想像するだけで意識が朦朧とする。
だから、私はお母様の期待には応えられない。
(任務のためとはいえ、14年ぶりに1人で外に出してもらえるのだから、そのまま逃げてしまう? …いいえ、すぐに使用人に見つかってしまうわね)
まあ、もし家に帰って来られても、彼らはきっと別の殺し方を考える。
だったら、もうすぐ解放されると思っていた方が気が楽ね───────。
* * *
「それではお父様、いってまいります。」
「うむ」
「お義姉様! 公爵様の家に辿り着けるように頑張ってね!」
せめて『健闘を祈る』くらいは言ってくれてもいいのに、と考えながら、私は狭い路地を走る。
お父様もエステルも、私を舐めすぎだ。レイエスター公爵様を亡き者にすることはできないけれど、家にたどり着くくらいならできるわよ!
(─────残り少ない人生をイライラしながら終えるのも違うわよね)
気分を切り替えて、ひたすらに走り続ける。
ずっと使用人として働かされていたんですもの! 一日中走る体力は任せてちょうだい!
当然のことながら、今は深夜。
普段は賑やかな街が静かなのは、異世界に来たような感覚になって気分が明るくなる。
せめて来世は、たくさん愛してもらえますように…。
(お母様。あの星のどこかにいるなら、最後まで私を見守っていてくださいね────。)
流石に足が疲れてきた頃、レイエスター公爵邸は目の前にあった。
えっ… 大きい家だとは知っていたけれど、家がお城だとは聞いていません。
お父様の催促により、私は下見をすることができなかった。
これは下見をさせて欲しかったわ。まず寝室の場所がわからないもの…
近くの木や家の屋根を使ってなんとか寝室の場所を見つけると、私はバルコニーの手すりに縄をかけ、よじ登った。
公爵様は眠っているようで、ひとまず安心した。
(眠ったままでいてくれるのは嬉しいけれど、どうしようかしら… )
短剣を持つ手が震えている。なら毒をと思ったけれど、手が震えて瓶が開けられない。
どうしよう… 殺さなければ、私が殺される。でも、やっぱり私には…
「殺さないのか?」
「ひゃっ!」
私は驚いて毒の入った瓶を落としてしまった。ガラスが砕け散り、透明な毒薬が、見るからに高級な絨毯にシミを作る。
恐る恐る声のした方を見ると、先ほどまで眠っていたはずの公爵様がベッドの上に座っていた。
「私を殺しにきたんだろう。現行犯で捕まえようと思ったが、あまりに遅くてこちらから声をかけてしまった。」
「す、すみませ…」
なんとか絞り出したものの、声は震えていてか細い。
「で? 依頼主は誰?」
「わ、わかりません… ごめんなさい…」
公爵様が面倒臭そうに舌打ちをする。
恐ろしいほどに整った顔が、私を睨む。もう、むりだ…
私はその場に座り込んでしまった。足に力が入らない。
「わからないってことは、君はアサシングループの下っ端ってことか?」
私はブンブンと首を縦に振る。
「君は本当に何も知らないと。」
「は、はい…!」
公爵様は何かを考えるように唸る。何にそんなに悩んでいるのだろう。
(まさか、私を殺す方法とかっ!?)
思考がどんどんネガティブに、そしてまとまらなくなっている私に公爵様が近寄ってきた。
「君、本当は殺しなんてしたくないんでしょ。誰かに命令されてここにきた。上司か、家族か、恩人か。それはわからないけれど、殺しなんてしたくないし、殺されたくもないんでしょ。」
「…なっ、なんでわかるのですか…?」
「私を誰だと思っているんだい? 王家も恐れる極悪非道な残忍公爵騎士だぞ? 人を殺すのに慣れていない人の考えを読むなんて簡単さ。」
私を見て微笑を浮かべると、公爵様は私に目線に合わせてしゃがんだ。
「なっ何を…」
「君は生きたいんだろ? だったら条件がある。」
「…どんな条件でしょうか…?」
どんな厳しい条件が出されるのかと息を呑む。
「私と、契約結婚をしよう。それだけさ」
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