お好み焼
暫く、ふたりはビクビクと怯えはながらあきホンの後ろについていくと。
屋台の色とりどりの暖簾に、お好み焼きと書かれた露天が見えて来た。先を歩く、あきホンが振り返り、
「茉琳さん。お好み焼きと広島焼きは何が違いますの。先程、通りに出た折には、そう書かれた露店がありましたわ。私くし、そう言うのは疎くって」
彼女は小首を傾げて頬を手で押さえて、話してくる。
「貴女でしたら、ご存知ではありませんこと」
先程の背筋が凍る視線とは打って変わってあきホンが、慎ましく聞いて来た。あまりのギャップに茉琳は目をパチクリさせる。
「申し訳ありません。私も存じないです。はい」
と背筋をピンと伸ばして鯱鉾ばって、答えてしまう。
が、
「あかん! あんな、そばの入ったもんなんか、お好み焼きやあらへん。ソースで炒めた麺と野菜炒めを重ねたクレープや! 百歩譲って、モダン焼きってことて許してやらぁ」
フンッ
思いがけずに茉琳が鼻息荒く、息巻く。よっぽど癇に障ったのか口調まで変わってしまった。
「ま、茉琳さん、皆さんが好きな具を入れて焼くからお好み焼きっていうのでは?」
あまりの拘りにゲンキチが恐る恐る聞いてみた。
「ちゃうっていうとるやんか、あんなもん、粉物でもあらへん」
「ハヒィ」
茉琳の剣幕に彼は、言葉を失う。
「せな、おっちゃん、よっつ包んでぇな。たくさん買うんやから、ちぃーとまけてぇー」
「ダメですよ。そんなこと言っちゃあ」
流石に呆れた翔が茉琳を止めた。
「なら、なんか、おまけしてェ」
「茉琳!」
「ちぇー、ほな、三千万円」
不承不承に茉琳は自分の長財布から紙幣を取り出して、代金を支払った。
茉琳の傍で、笑いを堪えていた、あきホンが
「茉琳さんて、出は関西でいらっしゃる?」
「堺やねんな。学校上がるってときぃ、こっちに来たんや」
「「「へぇー」」」
茉琳の意外な出自に、皆、驚いている。だが、その時には茉琳の目は既に露店つ敷かれた大きな鉄板に目が注がれていた。
熱々に熱せられた鉄板の上でラードが伸ばされていく。
鉄板の側には1人分として用意されたボールに合わせ生地がはいっていて千切りキャベツ、青ネギ、紅生姜も入れられていた。
そして大ぶりのスプーンをボールに入った具材に大きく3回ほど突き刺していく。
ザク、ザク、ザク
数回刺して、ボールをひっくり返すようにして具材を鉄板に流し込む。
しばらく火を通してから豚バラ肉を乗せ、さらに花かつおを満遍なく乗せてひっくり返す。片面も焼いてから特製ソースを刷毛で塗り広げ、格子状にマヨネーズをかけて出来上がる。それをバックに入れて薄緑の包装紙で包む。
「おっちゃん。ええ仕事しとるえ」
「おおきに。うもう食べてぇな」
茉琳がウンウンとか感心して店主を褒めた。渡された包みを受け取り、ホクホクとしていると、
「茉琳、そんなに買っちゃって、全部食べるのか?」
「まさかなし、みんなで食べるなり」
え翔は、恐る恐る聞いたのだ。焼きそばの暖簾を見た時から、いきなり豹変した茉琳に慄いていた。
「見事な手際で、出来上がるのを見ているだけで、お腹いっぱいになっちゃったしー、あきホンちに戻って食べるのが楽しみなり」
と、茉琳はニコニコと手に持っているりんご飴を、再び、舐め取りはじめる。翔はそれを見て、いつもの口調に戻ったことに胸を撫で下ろした。
「やっぱり、いつもの茉琳の方が良いな」
と、つい呟いてしまう。
「ん? 翔、何か言ったえ?」
「ん! 俺も茉琳のお勧めの焼きそばを早く食べろてみたいって、つい、言葉が漏れたんだよ」
「そうなりよ。ほっぺが落ちるくらいウまいきね」
そうして、茉琳は、ルンルン気分で歩を勧める。
茉琳が楽しみにしている屋台は、まだまだ、続く。