焼きそば
通りでは、茉琳たちより若い子たちが屯してよもやま話に花を咲かしている。
恋バナから与太話、取り留めのない話をして笑い声があちこちで溢れ出していた。
茉琳はりんご飴をチロっと舐め屋台を覗きながら歩いている。そのうち茉琳の小鼻がひくついた。
「翔、このソースの焦げるような香ばしい香りは?」
つつつっとその香りに惹きつけられるように茉琳は暖簾にデカデカと焼きそばと書かれた屋台に近づいていく。
そこに敷かれた鉄板に油が引かれ、ざくぎりのキャベツが投入されていた。すでに豚バラが焼かれて、火の弱い脇に寄せられている。
キャベツが、しんなりしたところで肉とキャベツが混ぜられていく。それらが焼けると脇に映される。
ここで主役が登場する。かん水に繋がれだ黄色い面が大量に鉄板に投じられて広げられる。
一通り広げられると均等に水を差して麺を蒸していく。麺をが、ほつれないようにヘラで解す。
掛けた水が湯気となって抜け切るタイミングでソースを満遍なく振りかけるとキャベツと肉を入れて、混ぜ合わせた。秘伝のブレンドされたソースの香りがあたりに広がっていく。
「焼きそばなり。う〜ん、いい香りなり、こんな香りを嗅ぐと……」
ぎゅるるる る
お腹が唸るような音が周りに響き渡る。
「いやぁー。ウチの腹の虫が鳴いてるぅ」
茉琳は、お腹を抱えてしゃがみ込んだ。
「茉琳、行きにも同じことやってるよ。それみろ、やっぱり」
「食いしん坊じゃないなりぃ。翔、ウチは違うえ。この芳しい香りが悪いなしー」
目を潤ませて、苦しい言い訳をする。
「まっ、茉琳さんて健啖家でしたのね。覚えておいでよ」
「あきホンまで、そげなコツ言いよる」
茉琳は涙目で悲観にくれた。
「ふふふ、ごめん遊ばせ。遊びが過ぎましたね」
コロコロと笑いながらあきホンは屋台の店主へ向くと、
「主人様、焼きそばを四つほど見繕ってくださいませ」
彼女は人数分の焼きそばを頼んだ。そして巾着からクロコダイル革の長財布を引き出し、真っ新の紙幣を取り出し、店主が焼きそばのバックをコンビニ袋に詰め込んだとものと引き換える。それを茉琳の顔の前に晒す。
「茉琳さん、これで御気分を治されませ。何処ぞで腰を下ろしまして休みませんこと」
「うん、いい香りなり。みんなで食べるなり」
その香ばしい香りに、少しは気が紛れたのか、あきホンに誘われて立ち上がる。
「現金な奴」
「翔は言ってろなし」
茉琳は下瞼を指で引き下げ、舌を出して、翔を挑発する。
「うふ、おふたりとも可愛いですこと」
「「どこが」」
2人はユニゾンであきホンに抗議した。で、2人とも始末が悪そうにソッポを向く。
「ふふ、ご両人は仲の良きことで」
あきホンは口元に手を当てて、そそと微笑んでいる。
「「あ〜き〜ホン」」
ふたりは、揃ってあきホンに詰め寄ろうとした。
「まあ、まあ、お二人とも落ち着いてください」
ゲンキチが間に入り、落ち着かせようとふたりを手で仰いで押し留めた。
すると、
キュルル
と小さく、お腹が鳴る音がした。
「あら、私くしと、したことが空き腹でありましたのね。お腹の虫が鳴いてしまいましたの」
あきホンは、恥ずかしくて赤く染まる顔を巾着でもって隠してしまう。
「さすがはあきホン。お腹の鳴き声も奥ゆかしい。風情があります」
翔はあきホンをもてはやす。
「ひどいなり。あきホンも腹ペコさんなしな。ウチばっかじゃないなり」
茉琳は、それみたことかとフンと鼻息を荒くする。
するとゲンキチが、突然、
「いやあ、なんか、懐かしいや」
いきなりな、思いもしないセリフを吐いた。
「俺が小遣いで買った焼きそばのソースの匂いを嗅いで、これ見よがしに、こんな音を出しているガキンチョがいたんですよ。仕方なく『どう?』ってバックを見せるのですね。最初は『ひとくち』っていうんですけど、終いには、全部、横取りされるんです。ひどいでしょう。ねえ……」
ゲンキチさんは振り返り、あきホンの方を見て続きを話そうとしたのだけど、
ダンッ!
地面を揺るがすような音がして!
「いってえっ」
踏み潰された靴の足先をもって、あまりの痛みに、その場で、ぐるぐると回るゲンキチがいる。
その傍にフンと鼻を鳴らして不満をあらわにするあきホンが仁王立ちしていた。そして、乱れた浴衣の裾を直し、彼女は怒りが見え隠れする顔を元に戻して、和かに、
「さあ、あまり長居しては、ここの主人の迷惑になりますわ。お二人とも、お次にでも参りませんこと?」
しれっと痛みに悶絶するゲンキチを無視して店から離れていく。
トン
そして軽く草履で地面をつつき、
「お二人とも、お早く」
あきホンが能面の如き、陰影のついた顔でもって、ふたりを誘う。
かと思いきやー
「ゲンキチ、お前も早くしろっ! とろとろしてるんじゃねぇぞ」
と、遂には痛みに、しゃがみ込んで悶絶している彼を一喝している。