飛べなくなって幸せになった天使たち(好事百景【川淵】出張版 第十一i景【天使】)
私が描くと、こんなのになってしまう。
綺麗な羽根で紡いだ翼をもつ、天使たちが地上に棲む世界。
だけど、病に侵されたこどもたちや、飢えに苦しむこどもたち、教育を受ける機会を与えられなかったこどもたちが、たくさんいる世界。
優雅に空を飛ぶ天使たちの、翼にならぶ綺麗な羽根。だけど自然に抜け落ちるときには、その輝きを失ってしまい。それを綺麗なまま手に入れるには、天使みずからの手で毟ってやらなければなりませんでした。
天使たち自身も、その羽根を誇りに思っていたため、気安く毟って他人に与えなどはしなかったため。なにかのはずみで市場にまわったその羽根は、金持ちたちのあいだで高値で取引きされていました。
でも、そんなのはとても稀なこと。天使の羽根の数枚をめぐって、きょうも金持ちたちは高額の金をやりとりしていたのです。
天使たちは、翼にならぶ綺麗な羽根だけではなく、その心にも、綺麗な優しさをならべていました。
それゆえに。病に侵されたこどもたちや、飢えに苦しむこどもたち、教育を受ける機会を与えられなかったこどもたちが、この世界にたくさんいることに、心を痛めつづけていたのです。
あるとき。親切そうなそぶりをした男が、天使たちのところへやってきました。
そして、病に侵されたこどもを助けたいと、心を痛めていた赤い翼の天使にこう話したのです。
「その翼にならぶ赤い羽根を、あなたの手で毟って、売り払えば。こどもたちのために、薬を買ってやることができるはずです。
私は金持ちを何人も知っているから、お役に立てるでしょう」
天使は赤い翼から、羽根を一枚、毟りとりました。天使みずから毟った羽根は、その美しさを失うことはなく。それを売ったお金で、何人かのこどもたちに薬を買ってやることができたのです。
赤い翼の天使は、それをとても嬉しく思いましたが、ほかにも薬を必要としているこどもがいることを思い出すと。また一枚、そしてもう一枚と、じぶんの羽根を毟りお金に替えました。
羽根を失い、痩せていく翼をしながらも、薬で助かったこどもたちの笑顔を見て、赤い翼の天使は幸せでした。
これには、羽根を売るように助言した、あの親切そうな男もとても満足そうで。
飢えに苦しむこどもにおなかいっぱい食べさせてやりたいと、心を痛めていた青い翼の天使と。
教育を受ける機会を与えられなかったこどもを学校に行かせてやりたいと、心を痛めていた黄色い翼の天使にも。
その翼から、羽根を毟りとって売り払うように、すすめたのです。
赤い翼の天使の幸せそうな顔を目にしていた、青い翼の天使と黄色い翼の天使は。ともに、みずからその羽根を毟りました。
青い羽根を一枚、毟るごとに、飢えたこどもたちのもとにたべものが渡り。黄色い羽根を一枚、毟るごとに、こどもたちは読み書きを覚えていきます。
その様子を見て、ほかの天使たちもそれに 倣い、みずからの羽根を毟りはじめ、そして毟りつづけました。
こうして。綺麗な羽根を紡いだ翼をもつ、天使たちが地上に棲む世界。
この世界からは、病に侵されたこどもたちや、飢えに苦しむこどもたち、教育を受ける機会を与えられなかったこどもたちが減り。
そして、そのかわりに。
この世界には、羽根を失い、痩せていく翼では空を飛べなくなった天使たちと。天使たちがみずから毟った綺麗な羽根を買い占めて、織りあげたコートや絨毯を誇らしげに自慢する金持ちたちが増えました。
こどもたちは、病や飢えから逃れて、教育を受けることができ。
天使たちは、優雅に空を飛ぶことができなくなったかわりに、こどもたちの笑顔を見ることができ。
金持ちたちは、なかなか手に入れることがかなわなかった、天使の羽根が、市場に多く出まわることを知って。たくさんのお金を使い、手に入れた羽根でつくった織物を手に入れることができ。
さらに、金持ちたちのあいだに羽を流通させた、あの親切そうなそぶりをした男も、手数料と手間賃でたんまりと儲けることができ。
みんなが幸せになったように見えました。
もし、それがほんとうなら。このおはなしは、めでたしめでたしのはず。
きっと、そうですよね。