Episode 48. 再会
アポを取った翌日、僕と白狐はリサとフォックスの下を訪れた。
「天月様、ご無沙汰しております」
あぁ、やっぱりかと思った。待ち合わせた座標に瞬間移動するなり、僕の前で跪く二人。システム管理代行者の只ならぬ対応を見て僕は頭を抱えた。
今考えると「彼女」には不審な点がいくつもあったし、何よりあれだけの権能をシステム側から与えられている存在だ。今までは、まぁそんなもんなのかなぁと受け入れていたが、やっぱりどう考えても普通じゃなかった。
「あのー…てんげつ?様?少ーしお話を聞かせてもらえますかね?」
そうして僕達の談話は幕を開けた。
フォックスの説明によると、白狐もとい天月様は驚くべきことに齢数千歳の元狐であり、現在は人外ならぬ狐外の存在として神格を得、全ての神使、管理代行者から崇められるほどの有名な存在らしい。つまり、僕はこれまで畏れ多くも神様から直々に術式の指南をうけていたことになる。
何でも、狐は齢千歳を超えると天狐と呼ばれるようになり、下位の神使を統括する中間管理職を任されるのが一般的だそうだが、天月様は随分と昔に天狐としての任期を全うし、妖狐を超越した上位精霊にクラスアップされているということだ。そんな御方が巫女服姿で下賤の者と戯れて一体何をやっているのだろうと思うと頭痛がする。
フォックスとリサも、天月様が僕と一緒に訪れることを事前に分かっていて尚驚いたことだろう。二人が一瞬「ん」?といった顔をしたのを僕は見逃さなかった。天月様の衣装は、僕の警戒心を解くための気遣い…という意味合いもあったようだが、少なからず個人的な趣味も入っているような感じがした。
天月様にも色々と事情がおありだろうから、その辺りは流石に根掘り葉掘り聞かなかった。
また、ヒトの創り出した神話や神々のキャラ設定とは多少矛盾するが、システム運営上の都合により、天月様は豊穣神等の役割も担っているそうだ。
例の変わり者の友人が過去に語ってくれた話によると、狐の語源はケツネ(食の根源を司る存在)とも言われており、古くからネズミを駆除する益獣ということで豊穣神の使いと見做されてきたらしい。とすると、神使の狐と主の豊穣神は混同できない間柄なように思うのだが、実際には豊穣神の神格を有するアドミンは物質世界で想定されている以上に多数存在しており、天月様はその中の一柱としてもご活躍されているということだ。
「陽皇国の神話は、元々の自然崇拝の概念に、後から祖霊崇拝の概念が混同されて作られているから矛盾を孕むのは当然なんだよね。太陽信仰に従い、始まりの大陸から太陽が昇るこの「東の地」に最初に辿り着いた旧人と一足遅れて辿り着いた新人との間の子孫である豪族が、一族の祖霊と自然神を意図的に混同して天津神を名乗った。それ以外にも、自然崇拝の概念は土地や信者によってバラつきが大きいから信仰対象を上手く統一できなかったり、後になって神仏習合だとか色々やっちゃって信仰対象が曖昧化されまくってるから、複数の神格や霊格、呼び名を持つアドミンは多いんだよ」
なるほど…。システム側も付き合いきれなくなるのは解る気がする。まぁ、元を辿れば全ては同じXのコピーに収束する訳だし、名前や役職が多少被ったところで矛盾は無いのかもしれないが…。
あと、リサの言う「豪族」とは陽皇の祖先のことだろうか。神話上、陽皇の祖先は神々の頂点に君臨する太陽神とされている。わざわざそんな設定にしたのは、おそらく、彼らが陽皇列島の最初の先住民族の末裔であることに加え、神の血統を印籠として示すことで自分達に正当な統治権があると部外者に認めさせるため?だったか。この手の話題もなかなか興味深いものがある…。
実際、神の血統なんてものは云ってしまえば嘘だろうが、陽皇の祖先に太陽神と比肩されるほどの重要人物が実在していた可能性は十分にある。仮に神話が史実をもとに作られたフィクションだとするなら、今後の話の中で詳細が聞けるかもしれない…。幸いにも、歴史の生き証人的な方々がこの場には揃っている。
とりあえず、フォックスとリサにはこれまでの経緯と今後の予定を説明し、此岸を離れる最後の談話の中で、自分のこれまでの人生や世界を俯瞰し反省するため、勉強会の続きをやってもらいたいとお願いした。僕の場合、彼岸に渡った後の手続きの中でも真実を知る機会は設けられているらしいのだが、ここにいる方々と少しでも一緒に話をしていたいという思いもあり、迷惑を承知でお願いさせて貰った。
無論、僕が彼らに支払える対価に関しては糸目を付けず支払う準備があった。
先ず、対価の一つとして、僕が支援者の方々の祈りを介して受け取った余剰のエネルギー情報を、僕が彼岸に渡る際に御三方に譲渡するという約束をした。そもそも僕自身、生前の努力や社会貢献に見合わないほど多くの支援をこれまで受けてきた経緯がある。その力は、力を送ってくれた人々の人生や社会が良くなるために活かされるべきだと思った。
そしてもう一つ、僕が手早く支払えそうな対価と言えば、外宮で身に着けたイラストの具現化スキルでフォックスやリサに創作物をプレゼントすることくらいだった。
リサに関しては、生前に僕が創作したCGやイラスト作品を気に入ってくれていたみたいで、機会があれば僕にイラストをお願いしようと思っていたらしい。なので、彼女が好きな作品に絡めた洋装風の衣装や装飾品をいくつかデザインしてプレゼントしてみた。
幸い気に入ってくれたらしく、次のコミケはこれで行くと言って喜んでくれた。天月様もなんか同じことを言っていたような気がする…。案外、僕達は生前コミケで既に出会っていたりするかもしれない。
一方、フォックスに関しては衣装を含めて見た目にそこまでこだわりが無いといった感じで、逆に何を贈れば難しかったが、彼に似合いそうな黒のスーツ、サングラス、銃、日本刀、小物などをプレゼントしたところ、感激して喜んでくれていたので取り敢えずホッとした。フル装備してもらうとマ〇リックスのエージェント感が半端ない。これほどサングラスが似合う男性もなかなかいないだろう。
「それにしても驚きましたね…少し見ない間にこれほどのプログラミングスキルを習得するなんて。生成物に込められているデータ量もかなり大きいですし、当該仮想情報空間内では一級品として鑑定されても不思議じゃない出来栄えですよ?」
フォックスの言葉にリサと天月様も同調する。
どうやら僕のスキルは相当珍しいものらしい。まぁ、自分の腕に自信がない分、感謝の気持ちは沢山込めたからな。無駄にデータ量を増やしてしまったかもしれない。自分の実力をそこまで卑下することは無いと御三方からはお墨付きをもらったが、それを素直に受け入れることは僕には難しかった。
正直、物質世界には僕なんかよりも圧倒的に優れたクリエイターが五万といた。僕が務めていた職場にも世界的に有名なクリエイターがゴロゴロいたし、就職したばかりの頃は「上には上がいる」ということを嫌という程痛感させられたっけな…。
他人よりもイラストを描くことが上手いという取り柄…自負を持って、業界でもかなり有名な動画制作会社に就職した結果、幼き僕の自信は完膚なきまでに打ち砕かれた。分かりやすく例えるなら、地元で周りよりも少しだけサッカーが上手くてイキってる奴が何かの手違いでレアル・マドリードに入団したくらいの大事故だった…。
朝霧はこの例え話を聞いて爆笑していたが、一時はマジで洒落にならないくらい地獄だった。
自信やモチベーションは徐々に消え失せ、これほどの生き恥を晒すくらいならいっそ辞職した方がマシなんじゃないかと何度も思った。そんな精神状態の中、偉大な先輩達の飴と鞭を(飴多めで)受けながら何とか踏みとどまり、仕事に必要な最低水準のスキルを身に着けて成長軌道に乗ることができた。いつしか、自分の創作物を自分が認めるプロ以外の誰かに褒められても心が動かなくなってしまった。
彼らが僕と同じ立場に立たされていれば、きっと僕よりも相手を満足させる素晴らしい創作物をクリエイトしていたに違いない。僕と彼等にはそれだけの実力差があった。それは僕にとって悔しいことだが、一方で、彼等にはいつまでも僕にとって圧倒的な存在として在り続けて欲しいとも願っている。
彼岸に行けば、偉大な先人達と会う機会もあるかもしれないな。
そう考えると、少しだけ彼岸に向かう心が軽くなったように感じた。