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Episode 42. クリエイト

 人間界に紛れ、人間の娯楽やサービスをガチで満喫している神使がここに実在する…生前の僕であればコミケに神使が参加しているなんて到底信じられなかっただろう。


 どうやら、彼女はサブカルに限らず、人間の文化や学問全般について幅広く興味関心があるようで、とりわけ情報科学の分野においては当該仮想情報空間とも共通項が多いことから積極的に学びを得てきたのだそうだ。人間を遥かに超越した高位の存在が、人間の学問から学ぶことがあるという事実は少し意外だった。


 「物質的な学問の探求は、私達よりも人間の肉体アバターの方が効率的に行えますから人間から学んだ方が効率的なことも多いのですよ。意外に思われるかもしれませんが、そもそも、私自身、この世界が仮想情報空間であることに気付いていた訳ではありませんし、成長して人の願いに寄り添う神使としての役割を担うようになって以降も、内部アドミンとして覚醒するまでにはかなりの時間を要しました。つまり、神(Kami)や神使と言えども、システムからアバターを付与されて活動している者達は、例に漏れず、与えられたステージでの日々精進は欠かせないということです」


 神(God)の影響からか、神(Kami)もまた例外なく全知全能の存在と思われがちだが、少なくとも当該仮想情報空間内で活動する神(Kami)に関しては、プレイヤーと内部アドミンの二つの役割を掛け持つプレイヤーとして位置付けられているということか。陽皇国では、神によって個性や得意分野が異なるという教えが一般的だが、そのような背景が前提にあるなら神々の間に種々の差が生じることも理解できる。

 

 「但し、神(Kami)や神使、その他の精霊体アバターを有する全ての高位の存在が内部アドミンの役割を担っている訳ではありません。寧ろ、この世界の真相に気付いている者は少数派なのではないでしょうか。どのような経緯で自分自身が世界に存在するに至ったのか、興味すら抱かない方々も存外多いのですよ。それほど、神々の世界は多様性に満ちているということです」


 なるほど…実際、何を神(Kami)として祀り崇めるかは人間側の裁量次第なところがあるし、その中にアドミンが含まれていたりいなかったりすることは普通に有り得る事だろう。


 特に、陽皇国で祀られている八百万の神(Kami)の中には、人間に危害をもたらす妖怪じみた存在も多いと聞く。あまり詳しくはないが、並外れた存在であれば何者であっても神として尊ばれるのが陽皇国の宗教観だった気がする。ややこしい話だが、内部アドミンであることが神(Kami)の必要条件では無いという点は整理しておかねばならない。


 ただ、ちょっと待てよ…。


 そう考えると、神使の身でありながら世界の真理を深く理解し、アドミンとしての役割の一端を担っている彼女は明らかに只物じゃない気がするんだが…。先程も、外部アドミンと連携してチート級の術式を容易く使いこなしていたし、神々の世界では最強格に含まれていてもおかしくない。もしかすると、本当は名の知れた高位の存在だったりするんじゃないだろうか…?


 「そんなことはありませんよ。私の力は私自身のものではなく借り物ですので。それを言うなら、逆に貴方の方こそ非凡であるように思えます。貴方がイラストを作成する際に使用した具現化の術式は本当に見事なものでした。記憶情報を具現化するためには対象物を詳細かつ鮮明にイメージすることが必要不可欠です。それを難なくやってのけるというのは、生前、貴方がその道で本気で努力してきた証に他なりません。誰もが当然に貴方と同じことができる訳ではないのですよ」


 なんか褒められてる…?僕よりも有能な絵師は陽皇国にはゴロゴロいたから喜んでいいのか分からないが、脳内でのイメージ力という点においては…まぁ…そうなのかもしれない。


 僕は幼い頃から、身の回りにある興味深いものを観察し、記憶し、記憶を辿りながらイラストを描くといった習慣を最近まで継続的に行っていた。思い返せば、暇さえあれば何時何処でも記憶を辿って絵を書いていた。


 道すがら、僕にはプロになるだけの才能が無いと周囲の人々から散々否定されまくっていた中で、よく続けてこれたと自分でも思う。


 就職後は、それこそイメージ能力がフルに試されるような現場で、昼夜を問わず死に物狂いで腕を磨いてきた。とりわけ、2次元での動画制作ともなると脳内で対象物のモーションとカメラの視点を自在に動かしながら完成形のイメージを構築し、コマ絵としてアウトプットしていく必要がある。静止画とは異なり、動画を一から組み立てるには高度なイメージ能力が要求される。


 そのような作業に関して、僕にはプロ並み以上に才能があると言ってくれた上司がいた。国内トップクラスのクリエイターが集まる会社で自信を完全に喪失していた時期だったから、あの言葉はお世辞でも本当に嬉しかったな…。


 「その上司は貴方に忖度した訳ではなく、客観的な事実を単純に述べただけでしょう。実際、貴方のイメージ能力とアウトプット能力は確かに非凡であり、クリエイター特有の特殊能力と言ってもいいかもしれません。物質世界で貴方が磨いてきたその力は、こちらの世界においても強力なアドバンテージとなり得るでしょう」


 まぁ、確かにな…。この世界には、生前に築いた財や地位等々の力は持ち込めない。物質世界から唯一持ち込めるものと言えば、知識や経験、エネルギー情報等々の情報類のみだろうし、それらを具現化する能力に優れているならアドバンテージと言えなくも無いだろうけども…。


 あぁ…ちくしょう。色々悔しいな…。


 出来る事なら、生前にその才能を磨き伸ばして、もっと色んな経験をしてみたかったし、色んな情報を集めておけばよかった…。今更嘆いても仕方がないのだが…。


 物質世界に関する情報の不足に関しては、彼岸にいる僕の分身体と統合するか、此岸にいる他者から情報を恵んでもらうことで補完できるかもしれない。


 あとは、物質世界に遺された家族や友人が、僕の代わりに積極的に情報を蓄えてくれれば、それが僕にとっての手土産になり得る。無論、単なる土産話という意味ではなく、原物の手土産として、どのような景色も、どのような人工物も記憶情報をもとに具現化できる可能性がある。


 そう考えると、情報世界の可能性は半端ねぇな…。


 できれば、僕の死後に発表された面白い創作物の情報、少なくともプリ○ュアシリーズに関しては全話漏らさず確実に押さえて欲しいところだが…僕以外で幼女向けアニメをガチで観てる知り合いなんていなかったから、まぁ無理だろうな…。


 せめて、僕が味わい損ねた各地の美味しい飲食物の情報だけでも沢山共有してくれると相当有難い。以前、リサが某有名店の餡蜜を再現してくれたことがあったが、例に習って、情報さえあれば酒も料理も再現できると思う。


 まぁ…喪中の今は流石にそんなものを求める元気も無いだろうが…。

 いつか皆が、前を向いて自分らしく生きていける日が来ることを切に願っている。


 「そうですね…情報世界の可能性は貴方が思う以上に壮大で自由なものですよ。さて、話は変わりますが、今後はどうされるおつもりですか?」


 「そうですね…。とりあえず、自分の特殊能力が如何ほどのものなのかを把握し、それを上手く使いこなせるように磨いていければと考えています。優先事項としては、アバターを動かすエネルギー源を枯渇させないための手段、自衛の手段、家族を守る手段等々を模索していきたいです。また、先程申し上げたとおり、余力があればお世話になった方々に自分なりの恩返しがしたいです。ただし、その過程において呪縛から解放され、彼岸に渡るタイミングが来れば、皆さんの善意に甘んじて旅立たせていただきたいと思います」


 「いいでしょう。では、貴方がそれらの術を体得するまで私が貴方を指南しましょう」

 

 白狐からの願ってもいない申し出に、僕は二つ返事でそれを了承した。


 それでは…と続けて、彼女に促されるがまま先程のように僕が一匹の可愛い子狐の絵を描くと、彼女はその絵を具現化して自らの分霊をその中に込めた。つまり、白狐とリンクした即席のアバターの完成という訳だ。どうやら、僕を見守り指南する上で専用の依り代があった方が便利らしい。ちなみに、尻尾は流石にバランス重視ということで付けさせてもらった。

 

 ついでに、お世話になった宮中の皆さんへのお礼ということで、僕が生前に食べた中で一番おいしかった稲荷寿司を可能な限り多めに具現化してプレゼントした。


 白狐に試食をお願いしたところ、どうやら記憶情報から直接的に具現化するよりも、記憶情報を一度絵に描き落としてから具現化した方が稲荷寿司のクオリティや再現性が高まるらしいことにそこで気付いた。白狐の主人には直接お礼を述べる事は叶わなかったが、後日面会の機会を設けるので心配しなくてもよいとのことだった。

 

 情報世界の無限の可能性の中に救いを見出していくプロセスも悪くないかもしれないな…。

 ほんの少しだけ上方修正された気持ちを胸に僕と子狐は外宮を後にした。


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