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Episode 32. 休閑・怪談1

 この世界が仮想情報空間であるという可能性について俺が思い至った背景には、俺自身や周りの人間が経験した数々の不思議体験が存在する。


 幼少期、地元でも有名な忌み地に建てられた県営住宅に住んでいた俺は、母親の目には見えないものを頻繁に指摘していたらしい。今思い出せる経験でも、家の中に青白く発光する見知らぬ男性が立っていたり。三階にあるベランダまでよじ登ってくる人間を見たり。ゴミ捨て場の建屋の上に白い服をきた長い髪の女性が立ち続けていたり…。


 怪異の共通点として、それらは多くの場合、人間に近しい姿をしており、時に肉声のような音を発したり、時に肉眼で視認できるような実体を形成したり、物体を動かしたり、人間の五感に干渉するなどの特殊能力を持っていた。


 それらが幽霊や妖怪、人間の魂や思念体等々に該当するものなのかは別として、少なくともこの世界には物質に対して多少の影響力を持った目には見えない生き物がいることを経験的に知っていた。


 その後、家を引っ越し、成長するにつれて、そのような不思議体験を得る機会は劇的に減っていった。成長すると霊感が失われるという話はよく聞くが、実際それは正しいのかもしれない。

 

 周囲の否定的な意見もあり、幼少期の数々の不思議体験は自分の気のせいだった、目には見えない存在などいる訳がないと過去の認識を改めるように生きていた時期もあった。


 だが、複数人で同時に不思議体験を得ることが増え、現実との整合性が高まってくると、数々の怪奇現象の全てが自分自身の脳内異常だけを原因として起こっているとは決めつけられなくなっていった。


 そのような俺の過去の不思議な経験を、少しずつ整理してみようと思う。



 

 先ず、新居で起きた興味深い出来事といえは、母親の部屋で起こった怪奇現象だろうか。


 幽霊団地から新居のマンションに引っ越した後、母親は自室に頻繁に黒い影が出るという話をしていた。その黒い影は、母親の部屋をうろつくだけでなく、母親が寝ている時、母親の顔前でパンと大きく手を叩き、睡眠の邪魔をしてくるのだという。いわゆるラップ音というやつだ。


 母親の部屋は、リビングの隣の物置部屋の更に奥に位置する最奥の部屋だった。母親の部屋に行くためには必然的に物置部屋を通らなければならない。


 俺は、物置部屋に毎日出入りして母親の部屋を眺めていたし、たまに母親のベッドで昼寝するようなこともあったが、黒い影などは一度も見たことが無かった。ただ、部屋の隅には父方の祖母から受け継いだ古い鏡台が置いてあり、子供ながら薄気味悪さは感じていた。


 そんな中、父方の祖父母が相次いで亡くなるという不幸が続いた。

 その出来事と連動するように、母親の部屋での怪奇現象が少しずつ激しさを増していった。


 例えば、俺が物置部屋で何らかの作業をしている際、背後を中腰の黒い人影が通過して母親の部屋に入っていく。そんな感覚を覚えることが異常に増えた。


 横目で視認できるほどの鮮明な人影。母親かと思い部屋の中を確認するが誰もいない。そんなことが二度三度ならず何度も続いた。


 また、ある晩には、母親が俺の部屋にやって来て一緒に寝かせて欲しいと懇願してくることが増えた。訳を聞くと、部屋の中を黒い影が動き回り、母親が寝ようとすると布団の上からのしかかってくるのだという。


 当時、母親の言葉を鵜呑みにはできなかったが、万が一、そのようなことがあるとすれば、先日亡くなった祖父母のどちらかが激しめの挨拶に来たという可能性も考えられた。そう思い込むことで、怪奇現象の気味悪さを紛らわそうとしていた。


 だが、別居していた父親の話によると、亡くなった祖父母はどちらも腰が曲がってなどいなかったらしく、辻妻が合わないのが気掛かりだった。


 そんな中、今度は母方の家で数々の不幸が続いた。その過程で、病人を多く抱え人手が無いという理由で母親が一人実家に帰ることになった。


 俺は不気味なマンションで一人暮らしを始めることになった。

 そして事件が起こった。

 

 ある夏の日の夜。深夜0時頃だっただろうか。


 俺は物置部屋に物を取りにいかなければならない必要性に迫られた。だが、物置部屋の奥には怪奇現象が頻発している母親の部屋がある…。


 母親が実家に帰って以後、俺は誰も使わなくなった母親の部屋の扉を締め切り、夜には近づかないように気を付けていた。だが、その時ばかりは時間に追われており、形振りかまっていられない状況だった。


 扉は閉めてあるから大丈夫。


 そう意を決して物置部屋の扉を開けると、異常な冷気が室内に満ちていた。熱帯夜だというのに、その部屋だけ何故か異常に寒い。同時に、今までに感じたことのないほどの強烈な悪寒が背筋を何度も走った。


 部屋の中に目を凝らすと、奥にある母親の部屋の扉が何故か開いていた。


 自分が閉め忘れたのだろうか…。俺は物置部屋に入ることを躊躇した。 

 確実に何かがいる。第六感としか思えない何かで直感した。


 俺は、平常心を装いながら、母親の部屋を極力見ないように物置部屋に入り、急いで電気をつけ、目的の物を必死で探した。誰かが背後に近づいてくるような感覚。尋常でない悪寒。


 ようやく目的の物が見つかり、急いで部屋から出ようと電気を消した。その時だった。

 暗闇に包まれるはずの物置部屋が不自然に明るい。


 俺は瞬時に母親の部屋の蛍光灯が灯っていることに気付いた。


 振り向きざまに母親の部屋を確認すると、蛍光灯の光の下、翠色のジャージを纏った中年男性が母親のベッドを見下ろすように佇んでいた。

 



 次の日、恐る恐る母親の部屋を見に行くと、部屋の扉はちゃんと閉まっており、扉を開けて中を確認すると蛍光灯もついていなかった。


 あの男性が生身の人間であればかなりの事件だが、一瞬見えた彼の姿はまるでドット絵のように小さな点が集合した低解像度の映像のように見えたことから、少なくとも彼が生きた人間でないことは明らかだった。


 結論、影の正体は祖父母でなく変態だったということになる。経験的に、幽霊と呼ばれる存在は物質世界に高解像度で実体化することが難しいらしく、例えるならYouTubeの最低画質である144ピクセルよりも粗い画質で実体化することが多い印象だ。


 高密度で実体化する場合、空間単位を粒子化させるために付与するエネルギー量が膨大になる。おそらく、相手のリソースにも限りがあるということだろう。


 後日談になるが、全国的に有名な某幽霊団地のお祓いを執り行った霊能力者が、食器棚と鏡台が合わせ鏡になっている状況は好ましくないということをテレビ番組の中で話しているのを偶然聞いた。


 母親の部屋にある鏡台は、その向かい側にある本棚のガラス戸と合わせ鏡になっていた。俺は半信半疑で鏡台の鏡を布で覆い、合わせ鏡を解消した。


 以後、その部屋で怪奇現象が起こることは無くなった。

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