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Episode 27. 生命形成3

 地上に生体分子の原型が自然発生し、互いに上手く相互作用し合う形へと進化し、それらが多重連鎖反応して生命体に至るためには、少なくとも多種多様な分子が密集し、効率的に相互作用が促されるような「場」が必要になる。


 広大な海の中で分子種がランダムに拡散するに任せた状態では、どれほど膨大な時間を費やしたところで分子進化が起こり難過ぎて生命誕生には至らない。


 「分子進化はプールの中に腕時計の部品を投げ込んで、自然な水の流れだけで時計が組み立てられるのと同じくらいの確率で起こった」と例える者も少なからずいる。だが実際、化学進化はそこまで無秩序な環境中での偶然に依存したプロセスではなく、物理法則性のある環境中での偶然によって引き起こされていた。


【①】リサ曰く、生命の基材となる分子達は、海中にランダムに拡散された状態で化学進化を起こしたわけではなく、海底に沈んだ多孔質な鉱石表面の細孔にランダムにトラップされることで粘性のあるゾル状の液滴を形成し、その中で効率的に相互作用しあうことで分子進化していったのだという。


 つまり、鉱石表面に存在する小さな穴の中に多種多様な分子が入り込み、そこから簡単に出られなくなることで分子が海中に拡散しない密集状態が作られ、分子同士が互いに相互作用しやすくなり、結果として化学進化が効率的に促された。


 この現象は、溶液成分の分析試験で頻用されている「高速液体クロマトグラフィー (HPLC)」の一種「親水性相互作用クロマトグラフィー (HILIC)」の原理と通じるものがある。HILICは、シラノール基等の電荷を帯びた化学構造を表面に持つシリカの粒体を用いて、親水性の溶液成分を電磁相互作用で分離・検出する技術だ。この場合、シリカ表面の細孔の中には、シリカ表面の電荷の影響で外界を流れる水分子や溶液中の溶質成分が引き付けられ保持される。これと同様の現象が海底の鉱石表面でも大規模に起こっていたらしい。


 従来の化学進化に関する諸説においては、リン脂質のように疎水性と親水性を兼ね備えた脂質分子が疎水性相互作用で集合し、内部に水を包含する球状の油滴となり、外部から生命の基材を取り込むことで最終的に生命へと進化したとする「コアセルベート説」が最も有名だろう。


 実際、そのようなルートで様々な生体分子を包含するに至った油滴も存在したみたいだが、高度な化学進化を果たした生命の原型は、鉱石表面の細孔の中で生み出された液滴だった。そのような液滴は、内部に入り込んだ分子の種類によって、多種多様な化学進化を果たした。


 とりわけ中心的な役割を担った液滴は「自身が有するタンパク質の情報をDNAにインプットすることに特化した液滴」「他の液滴が有するDNAに自身の持つDNA・RNAの情報をインプットすることに特化したウイルス的な液滴」だった。


 その後、「DNAを複製・増殖することに特化した液滴」や「DNAを脂質膜 (核膜)で包むことに特化した液滴」、「液滴自体を脂質膜で包むことに特化した液滴」などが自然発生し、細胞核や細胞の原型、複製・分裂機構の原型が生まれた。


 脂質膜に関連する化学進化は比較的遅れて起こったらしい。脂質膜と相互作用する多種多様な膜タンパク質が自然発生し、その延長線上で「細胞小器官の原型を包含する液滴」や生まれ、複製・増殖能力を得て数を増やした。


 このような多種多様な液滴が絶妙なタイミングで組み合わさることで、地上では同時多発的に原始生命が生まれた。


 最初に生まれた生命は、最も単純な構造を取り、単純なエネルギー源で駆動する原核単細胞生物だった。その後、原核生物に出遅れて液滴の中から真核単細胞生物が生み出された。


 リサ曰く、原核単細胞生物が遺伝子の突然変異を起こして真核生物に進化していったという流れではなく、液滴というバリエーションに富んだ共通祖先から多種多様なコアセルベート (油滴)が生み出され、それらが互いに融合し合うことで単細胞が高度化され、結果として真核単細胞生物が生じたらしい。


 身近な事例を挙げると、真核生物の細胞内に存在するミトコンドリアや葉緑体は、現在でも固有のDNAを内部に有しており、太古の昔には単体で生活していた微生物だったことが知られている。どうやら、生物進化の最初期においては、DNAの突然変異に依存した進化ではなく、単純に他の高度な構造物を取り込む形式での進化が主流だったらしい。


【②】化学進化に重要なファクターとしては、「鉱石表面の細孔に多種多様な分子種が流れ込む環境」「生成した分子種が宇宙線等の外部要因によって破壊され難い安定した環境」「相互作用が起こり易い適度な温度」等が挙げられる。それらの条件を満たす場所が、海底に存在する「熱水噴出孔の周辺部」だった。


 熱水噴出孔とは、海水が火山層中の断層や多孔質堆積物を通じて染み込み、火山性の地熱構造で熱せられて噴出する排出口だ。噴出する熱水には、堆積層中の塩類や、湧昇するマグマから溶出されたミネラル成分が豊富に含まれている。


 現在でも、熱水噴出孔の周辺には多様性に富んだ生物群が形成される傾向があり、熱水中に溶解した各種化学物質に依存した特異的な生態系が成立している。そのような生態系に古くから存在するメジャーな生物としては、周辺の無機物をエネルギー源として多種多様な有機物を合成する古細菌や細菌で、それらは「極限環境微生物」とも称される。


 リサ曰く、熱水噴出孔は地球のみならず他の惑星にもちらほら存在しているらしく、近場においては木星や土星の衛星、過去には火星にも存在していたらしい。


 どうやら、太陽のような熱源に近過ぎないある程度の大きさの惑星であれば、地球のように熱源から絶妙な位置に配位していない場合であっても、惑星自身が内部に有する熱でもって氷が水となり、液体の水が長期的に存在し得るのだという。


 宇宙の物理法則は普遍なので、そのような類似環境においては地球と似たようなプロセスで分子進化が起こり、液滴や生命体が生成される。その中には、隕石衝突や天体衝突を介して地球に降り立ったものも多数いたらしい。


 実際、地球に衝突した隕石の中には生命の痕跡が見つかることが稀にある。加えて、現存する生命体の中には専ら隕石成分を好んで栄養源とする古細菌「メタッロスパエラ・セドゥラ」等も知られており、このような特殊な生命体は太古の昔に隕石に乗って地球外から地上にやってきた可能性が示唆されている。


 火星~地球間のような近場であれば微生物は生きた状態での移動が可能であり、原始時代には周辺惑星に由来する隕石が多数地球に衝突していたことから、生命体の宇宙空間を介した往来が普通に起こっていたらしい。


 また、近場でなくとも、凍結された状態で地球に降り立った後に高確率で蘇生するようなタイプの微生物もいれば、体内に不凍液を作り出すようなタイプの微生物もいる。そもそも、生命としての体裁を完全には為していない液滴においては、長距離輸送による生命体の生死を懸念する必要もない。


 地球外の類似環境で自然発生した液滴や生命体が地球に降り立ったことで、地上の化学進化や生命進化は劇的に加速した。それらは地上における生命の自然発生を促し、進化・発展させるための極秘スパイスの一つとして、当該仮想情報空間の創造主によって地上にもたらされたものだったのかもしれない。


【③】生命形成の大枠は大体こんなところだ。仮想情報空間内での出来事とはいえ、宇宙開闢からこれほどのプロセスを経て生命が誕生していた事実には正直感動した。原始生命の機能の細部については例に習って補足が必要だが、欲張り過ぎても良くないので今回はこれで一時解散ということになった。次会では、おそらく生物進化から人類形成、文明形成等々を見ていくことになるんじゃないだろうか。


 まぁ、今更こんなことを言っても仕様がないのだが…生きていた時にもっと色々勉強しておけば、色々なことに積極的に触れていれば、人生の価値観や創作の方向性も深みのあるものに変わっていたかもしれない。


 いや…だが、それも良し悪しあるな…。


 スケールが壮大過ぎて誰もついてこれない作品、難しすぎて共感し難い作品に大衆需要は見込めない。ましてや、権力者に不都合な真実を明確に語ろうものなら某有名SNSで問題となっていたシャドーバン事件のように一瞬で言論抑圧されてしまう。


 生前の僕は、当たり障りのない日常系の作品が好きだった。それは、日常系の作品の多くが自分にとって理解しやすい・共感しやすいものだったからで、自分の人生の救いや答えとして受け入れやすかったからに他ならない。


 一方、変わり者の友人である朝霧は「人間と世界の真実」と「死」をテーマにした芸術作品を好む傾向があった。彼は、僕と出会う以前からそれらのテーマを特に熱心に追求していた様子だったが、僕の惨死を受けてか、それらをテーマにした探求活動に一層の本腰が入ったようにも見受けられる。


 朝霧の過去に何があったのかは知らないが、もしかすると彼にとっての人生の救いとは「大切な人間の死」を超克することなのかもしれない。その過程で、この世界が仮想情報空間であるという真実に早々と行き着いた。

 

 生前の僕と朝霧とでは、創作物に対する価値観があまりにも違い過ぎていた。だが、死んだ今となっては話は別だ。僕自身もまた、公共性の高いありふれた芸術作品では救いを得られない、誤魔化せない状況に陥ってしまった。


 メタ的な見方をすれば、物事の本質や真実を見極めざるを得ない状況に誘導されている気がしないでもない…。かなり癪だが、朝霧の大衆受けしない創作物を手助けすることに関しては、僕自身、何ら不満はない。寧ろ、個人的には彼の生み出す創作物に死ぬほど興味がある。


 僕は、今回こちらの世界で学んだことを朝霧の脳内に圧縮ファイルで転送した。圧縮ファイルの内容と近い内容を彼が習得した際、ファイルが彼の脳内で解凍されて様々な洞察を与える。


 「僕もこっちの世界でシン・日常系の創作物でも創ってみようかな…」

 「いいんじゃない?こっちでも人気のジャンルだよ」


 僕の中にも失われた創作意欲が少しずつ芽生え始めていた。

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