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Episode 25. 生命形成1

 原始海洋の形成から約8億年の歳月をかけて誕生したとされる地上生命については、宇宙論と同様、その発生機序等について大枠での仮説はいくつか提唱されているものの、その詳細を包括的かつ体系的に説明できるような仮説は未だ打ち出されていない。


 生命には様々な機能が含まれており、大まかに分けると①「脂質膜に包まれた隔離空間としての細胞や細胞小器官をもつ」、②「タンパク質やRNAを化学反応の触媒ツール等として活用している (=化学反応を触媒を介して支配する能力をもつ (=代謝能力を持つ))」、③「DNAやRNAに遺伝情報をインプットし、必要に応じて情報をアウトプットして生体形成・生命活動・自己増殖を行う能力をもつ」等が挙げられる。


 これらを生命の定義とした場合、ウイルスのように定義に当てはまらない例外も出てくる他、原始生命に至っては完全にこれらの機能を満足していない状態からスタートしている蓋然性が高いことから、無生物と生物の線引きは未だ曖昧と言えるかもしれない。


 自然状態に任せて、タンパク質酵素 (エンザイム)やRNA酵素 (リボザイム)のような触媒ツールが誕生し進歩していくことも相当に困難極まりない事なのだが、とりわけDNA(デオキシリボ核酸)への遺伝情報のインプットおよびアウトプットの機構 (転写・翻訳機構)がどのように自然発生し進歩していったのかという点においてはもはや人知を絶するものがある…。


 この仮想情報空間の全ての設定が、生命誕生と知的生命体の創出を目的として逆算して決め打ちされているのであれば飲み込める話だが、宇宙開闢以前の段階から完全にランダムに任せて同じことを再現しようとすると早々に詰むだろう。というか、そもそもデジタルに依存した機構を取り入れざるを得なかった時点で、企画段階で既に詰んでいるとも言えるが、僕の考え過ぎだろうか…?


 原始生命のDNAや固定標本があれば話は早いのだが、そんなものは当の昔に失われている。人類は現存する僅かな痕跡と再現実験のみで過去の出来事を推測しなければならない。生命の起源を解き明かすことは、試験管の中で生命を自然発生させる神の技術を人類が手に入れることと同義と言えるかもしれない。


 この難問を整理しない限り、現存する生命の起源を整理することはできない。故に先ず、DNAとRNAの特徴と問題から簡単に整理していく。


【①】DNAは、「ヌクレオチド」と呼ばれる塩基 (アデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T))・糖 (デオキシリボース)・リン酸から成る構造単位が多数連結した重合体 (ポリマー)から構成される。ヌクレオチドは、自身の持つリン酸と糖を介し、他のヌクレオチドと多数連結 (ホスホジエステル結合)して一本鎖を形成する。この鎖が二本セットで束になり、塩基を介して水素結合し合い、二本鎖となってDNA二重らせん構造とよばれる高次構造する。簡単だが、この状態が人間で言うところのDNAと呼ばれる代物だ。


 塩基は、隕石上や地上において自然発生するアミノ酸 (グルタミン、アスパラギン酸)やギ酸、二酸化炭素を素材として自然発生する。デオキシリボースは、炭化水素鎖の酸化反応で生じるが、他の糖とは異なりリボースの水酸基が部分的に還元された化学構造を取っているため、仮に自然発生しても水中環境下では酸化されてリボースに変換されてしまい、単独で安定に存在することはできない。リン酸は、リンを含む鉱石上で自然発生し、化合物に付与される。


 糖について少し掘り下げる。糖は、炭化水素鎖の酸化で自然発生する化合物で、炭素の数で三炭糖、四単糖、五炭糖、六単糖に分類される。過去の通例に習うと、炭素の数が少ない単純構造の糖ほど自然発生しやすいのだろうが、化学構造 (官能基)の反応性の問題もあり、立体障害の少ない (化学構造的に無理が少ない)環状に変形できる五炭糖、六単糖あたりが自然界で安定に存在できるありふれた存在だったことが推察される。リボースやデオキシリボースは五炭糖で、六単糖よりは炭素が一つ少ない分、自然発生し易く、六単糖よりもありふれた存在だった。実際、自然界ではリボースは簡単に自然発生することが知られており、RNAはデオキシリボースの代わりにリボースを用いて一本鎖を形成していることが知られている。


 一方、リボースの化学構造は、水酸基同士の立体障害でやや安定性に欠ける他、進化の後半で登場する完成度の高いタンパク質酵素 (位置特異性の高いピンポイントでの化学修飾反応が起こせる触媒ツール)がないと、RNA鎖を作る際に反応ミスが起こりやすいといった問題も起こり得る。


 この問題を比較的早期に解決したのが、デオキシリボースだったのかもしれない。デオキシリボースはリボースの合成素材としての欠点である水酸基が水素に還元された化学構造をとっており、DNAの合成と構造の安定化に関して適した素材として採用されるに至った。一方、単独では水中環境で安定に化学構造を維持し続けられる存在では無いため、ヌクレオチドの一部としてDNA二重らせん構造を形成したり、他の分子と共存することで後天的に安定性を獲得することで生き延びてきた部品専門の分子種と言える。

 

 化合物も人間と同じで、諸行無常の過酷な自然界でワイルド&タフを得ようとしても、一人では消せない痛みを抱えている者が大勢いる…。むしろ、反応性が無い安定な化合物の方が少数派と言える。そういった者達は、他の分子とくっついたり自らの立体構造を工夫することで安定化し、チャンス&ラックを得て生き延びてきた…。そのような不安定な分子種は原初の時点では存在量が少なく、化学進化の素材としては直ぐ直ぐには採用し難かっただろう。


 「不安定という性質が良くも悪くも多様性の発展をもたらす原動力になるなんて、因果な話だと思わない?」リサが問う。確かに…Xがこの仮想情報空間を創造した理由も似たような行動原理が働いてのことだったという。だが、少なくとも僕の場合は、多様性の発展どころか他人との関わりを避け、異性に対しても依存心や幻想よりは恐怖心を抱き、半ば引きこもり状態で可能性を狭めるように生きていた部分が大きい。これが普遍的な真理かと問われると、陰キャの身としては正直何とも言えない…。


 塩基についても少し掘り下げる。RNAの核酸塩基は、アデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、ウラシル (U)で構成され、DNAにおけるチミンがウラシルに置き換わっている。ウラシルはシトシンの酸化によって生成する塩基であり、当時の水中環境ではチミンよりも存在量が圧倒的に多くありふれた存在だったことが推察される。


 だが、ウラシルはシトシンと化学構造的に非常に区別し難く、RNA鎖の構成要素としては問題無く機能しても、遺伝情報を担う物質として採用されるにはシトシンとの配置ミスが起き過ぎるといった欠点がある。一方のチミンは、ウラシルにメチル基を修飾した希少な分子種だが、化学構造的にシトシンと区別しやすい。このため、配置ミスの問題を解決する素材としてデオキシリボースと同様、後発組から使用され始めた部品専用の素材と考えられる。


 以上の点から、当時の環境下においてRNAはDNAよりも存在量が多くありふれた存在で、早い段階で原始生命の間で普及していた可能性が高く、タンパク質と同時並行で多種多様な化学反応をコントロールするためのツールとして進歩していったことが推察される。リサ曰く、この推察は大体正しいらしい(実際は、もっと単純構造の疑似RNAも一時期普及していたとのこと)。


 既存の学説としては「RNAワールド説」や「プロテインワールド説」などが比較的近しい理論として補足的に挙げられるが、物質のバリエーションに乏しい原始時代、RNAとタンパク質 (ペプチド)の両者は時に互いを必要としながら共存・進化してきたというのが実際のところらしい。


 現存する代表的な事例としては、タンパク質の翻訳装置として知られる「リボソーム」が挙げられる。リボソームは、「リボソームRNA (rRNA)」とタンパク質の複合体で構成されているが、それらは絡み合って解けない構造を取っている。どういうことか?RNAがヘアピン様に曲がって自らの鎖と相互作用し、部分的に二本鎖を形成して安定化を図るのと似たような原理で、タンパク質もまたアミノ酸の鎖が電磁相互作用で様々な形に折りたたまれ (フォールディングという)、高次構造を形成して安定化していることが知られている。通常、完成した高次構造のパーツは、ユニット折り紙のように電磁相互作用で組み合わさって複合体を形成する場合が多いので、互いに絡み合って解けなくなるような複合体の形成様式は比較的稀と言える。つまり、当該事例は、RNAとタンパク質が原始時代に共存し、時に助け合い一体となりながら進化してきた証拠ともみなせる。


【②】DNAの二本鎖の塩基配列はそれぞれ互いにランダムな並びではなく、アデニンはチミン、グアニンはシトシンと特異的に水素結合する化学構造を持っているので、規則性のある相補的な配列になっている。遺伝子情報を記録するという目的に関して、完全な二本鎖の構造をいつ何時でも簡単に作れるのであれば、部分的に一本鎖が露出するようなRNAよりもDNAを使った方が絶対に良い。RNAが壊れやすいUSBメモリなら、DNAはHDD (ハードディスクドライブ)に例えられる。つまり、二本鎖の方が一本鎖よりも紫外線等による鎖の劣化・損傷に対応しやすく、遺伝情報を失うリスクも大幅に軽減される。


 だが、そんな代物を情報のインプット・アウトプットの装置とセットで一度に自然発生させることなどできるのだろうか。少なくともDNAの配列は遺伝暗号として意味を為していなければならず、無意味な配列に暗号が後付けされたとは考え難い。この問題は「猿がタイプライターの鍵盤をいつまでもランダムに叩きつづけていれば、ある時偶然にウィリアム・シェイクスピアの作品を打ち出し得る確率と同じ」と比喩される。いわゆる「無限の猿定理」というやつだ。


 確率問題にしてしまえば起こり得ないことなど殆ど無いので、こういった問題を取り扱う際には非常に便利だろう。だが少なくとも、奇跡に奇跡が絶妙なタイミングで重なり続けるような事案については護身のためにも疑わなければならない。「懐疑主義」と「性悪説」は人間界で生きる上で最も重要な基本であることは生物史と人類史が証明している。これは朝霧の受け売りだが、当該システムに対しても似たようなことが言えるかもしれない。


 確か、相手の欲望や利害をもとに行動原理や心情を洞察する癖をつけろ…だったか。猿がシェイクスピアの作品を生み出すまで、Xが何も仕掛けず悠長に待つだろうか…。時間をスキップでき、確率操作さえも可能な存在なら普通に悠久の時を待てるだろうが、安易に奇跡を多用するようなタイプでもないところを見ると、先ずはDNAの形成に向かう段階的なプロセスを考える方が自然だろう。というか、そうであって欲しい…。


 文明品はレベルが上がらなければクラフトできないのはPvE (Player vs Environment)のサバイバル系クラフトゲームでも御馴染みの原理だ。最初期は非効率的でも、その場にあるものでどうにか凌ぐしかない。それが、RNAとタンパク質だったことは何となくふわっと理解できた。事項ではこれらが中心となった世界線での生命形成過程について整理していく。

 


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