Episode 18. 宇宙開闢
宇宙開闢から現在に至る一連の物理現象の流れは僕にとって非常に難解なものだったが、リサの説明を踏まえて自分なりに咀嚼する限りにおいては、現在の人間の科学水準で予見ないし推定されているプロセスと大差ないものと思われた。
以下、順を追って整理していくこととする。
【①】今から約138億年前に起こった宇宙開闢は、トンネル効果をトリガーとする宇宙の種「インフラトン」の自発的な急速膨張と、それに続く真空の相転移による爆発的膨張「ビッグバン」によって物理学的エネルギーを獲得した超ひもが多種多様な素粒子に一瞬で化けるところから描かれる。
ビッグバンの際、各々の素粒子は粒子と反粒子の双子として生みだされた。このような粒子と反粒子のペアは対称性粒子(超対称性粒子)と呼ばれる。真空から自然発生した対称性粒子は通常、生じた瞬間に粒子と反粒子が即座に合体しあって一瞬で対消滅し、結果的にエネルギー保存則に従うことが知られている。この自然法則が存在することにより、通常、エネルギーという対価を支払わなければ無から有は生み出されない。
だが、宇宙開闢時には例外的な現象が立て続けに起こった。
エネルギーの対価を支払わずにトンネル効果で自然発生したとされるビッグバン。それに加えて、爆発から約100億分の1秒後に粒子と反粒子の存在比が何故か非対称となり、結果として対消滅を免れた粒子が現在の物質世界を構成するに至った。この不可思議な物理現象は「対称性の破れ」と表現される。
リサ曰く、この宇宙の法則および宇宙の種は当該メタバースの創始者であるXにより創造され、インフレーションのトリガーも同様にXによって作為的に付与されたらしい。だが、実際、そのような神の見えざる手は自然原理としていくらでも説明可能な範囲で巧みに宇宙創造を行っているため、結局は大枠で予想されている既存の物理学的通説と大差がなくなるのだという。素粒子の誕生についても、人類の想定通り対称性の破れによって生じたものと考えて間違いはないらしい。
原子もとい万物には熱力学的に最も安定な状態「基底状態」というものが存在する。基底状態にある物質に外部からエネルギーを加えると、対象は不安定な励起状態となる。励起状態となった対象は、エネルギーを外部に放出して再び基底状態へと戻ろうとする。この現象は熱力学第二法則として知られており、「エントロピー増大の法則」とも表現される。
では、この世界で安定化しているものはみな基底状態にあると言えるのだろうか?
実際、基底状態以外にもエネルギー的に安定な状態(偽の基底状態)を複数持っているような物質が存在しており、一様に全てが基底状態にあるとは言えないのが現状だ。同じことが真空にも言える。つまり、空間単位が密度無限大で凝集した状態の宇宙の種はもともと偽の基底状態にあった。これが外部からダークエネルギーを獲得したことでインフレーションと呼ばれる急激な膨張を起こし、まるで氷が水になるかのように、もともとの宇宙の種とは全く異質な存在に変容を遂げた。この現象を「相転移」または「真空崩壊」と呼ぶ。この時、真空は偽の基底状態を脱し、真の基底状態を目指そうとして、もともと保持していた余剰量の膨大なエネルギーを開放した。これがビッグバンと呼ばれる爆発現象のエネルギー源になった。
相転移が起こると系内の物理法則は変化する。とりわけ、宇宙開闢時の相転移は系内の物理法則に大きな影響を及ぼしたことが推察される。素粒子の対称性の破れもその一つだった。つまり、真空内部で発生する対称性粒子の物理学的性質は本来であれば鏡写しのように美しい対称性を保っているはずであるが、系内の物理法則の一時的な大変動によって対称性粒子の間の性質的な対称性(パリティ対称性)が破れ、結果として生じた粒子と反粒子のうち一方の反粒子のみが不安定な存在となり、宇宙から忽然と姿を消した。
その後、真空が基底状態へと落ち着いていく過程で系内の物理法則は現在の物理法則へと徐々に変化し、当時の物理法則下で起こった現象を検証できなくなった。現在の物理法則下でもパリティ対称性が破れている素粒子は一部存在しており、当該理論を支持する根拠事例の一つになっているものの、検証困難ということで未だ謎多き現象として扱われている。
この時期のXであれば何をやっても「物理法則が今と当時じゃ違うから」という理屈で許されてしまうという、まさに無双状態になってしまっているようにも思えるが…。そのような巧みさがXの天才性のなせる業なのだろう。
また、どうやら一部のダークエネルギーと物理学的エネルギーは相互変換が可能らしい。
【②】対称性の破れによって生じた粒子は、各々が固有のエネルギーを獲得することで多種多様な性質を持つ素粒子となり、結果として物質を構成する物質粒子、素粒子間の相互作用を媒介するゲージ粒子、ヒッグス機構を媒介するヒッグス粒子、ダークマターが誕生した。素粒子はビッグバンからの時間経過とともに互いに相互作用し合うようになり、原子をはじめとする多種多様な構造物を生み出していくことになる。
ビッグバン最初期の宇宙は超高温の状態だったため、素粒子からなる構造物は壊れにくい単純で安定なものから徐々に自然発生していった。例えば、ビッグバン発生から1万分の1秒後には陽子(水素核)と中性子が生まれ、3分後には重水素核、トリチウム核、ヘリウム核、リチウム核、ベリリウム核が作られた。この現象を「ビッグバン原子核合成」という。
宇宙の中でも水素原子の存在割合は他の原子と比較して90%と格段に多いことが知られているが、それは構造が最も単純で壊れにくく合成されやすいからに他ならない。なお、地上に水素原子を含んだ分子が圧倒的に多い理由もこの時代の出来事に起因している。分子に組み込まれた水素原子はイオン化して遊離しやすく、他の分子と相互作用を起こしやすいため、水素イオン濃度(pH)は化学や工学における最もメジャーな指標の一つとなっている。
ビッグバンから数十万年後、空間の温度が数千度まで下がり、素粒子が少しずつ熱力学的に安定な状態に収まることが可能になった段階で、原子核と電子が相互作用して原子が生まれ始めた。この時、宇宙空間に存在していた大半の陽子と電子は電気的に中性で安定な水素原子になった。
また、その際、ビッグバンで生じた荷電粒子の濃霧が晴れ、濃霧と強く反応していた光子が霧の外に解き放たれて「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれる現象が起こった。この光は宇宙背景放射として現在でも地球から観測することができる。イメージを掴みにくいかもしれないが、宇宙開闢以降の空間の膨張速度は光速よりも早いため、太古の昔に宇宙の中心点から発せられた光がタイムラグを経て現在の地球に届いているという状態だ。
空間は現在も加速度的に膨張し続けている。当該現象を引き起こしているとされるダークエネルギーの一種は反重力的な性質を持っているとされ「クインテッセンス」とも呼ばれている。この宇宙では、そのような途方もないエネルギーが無から湧き出し続け、希薄になることもなく宇宙空間に供給され続けている。
ビッグバンから数億年後、今から約131億年前、温度が低下した宇宙で第一世代の恒星が生み出され始めた。
宇宙に満ちた水素とヘリウムが自己重力およびダークマターの重力で凝集し、その内部では中心に近づくほど膨大な圧力に伴う高熱が発生し、臨界点を超えた段階で核融合反応が始まり、結果として自ら光り輝く恒星が形成された。恒星内部での水素核やヘリウム核の核融合反応の結果、炭素や酸素などの重たい原子が誕生することとなった。この現象は「恒星内元素合成」と呼ばれる。重たい元素は、超新星爆発によって宇宙に放出され、地球や生命が誕生する基材となった。
超新星爆発後の恒星はブラックホールや中性子星となる。全ての銀河の中心には普遍的に巨大なブラックホールが存在していることが知られているが、それらは皆、銀河形成に必要となる多種多様な元素をもたらした巨大な恒星の成れの果てだそうだ。このようにして 宇宙に散らばった多種多様な元素は、自己重力やダークマターの重力を介して再び凝集し、結果として多様な元素組成の星々が生まれることとなった。そのような経緯を経て、約46億年前には地球を含む太陽系が生まれた…。
【補足】
宇宙誕生から地球誕生までの流れをものすごく簡単に咀嚼してみた。ここまでの流れの中で本筋から離れて別途押さえておくべきことが3点ある。
1点目は地球外知的生命の存在についてだ。リサ曰く、宇宙開闢以降、最初の地球型惑星が誕生したのは約128億年ほど前のことらしい。地球が誕生したのが約46億年前なので、案の定というか、宇宙の歴史において人類以上の科学水準を持った文明も過去には多数存在したという。どうやら宇宙人は普通に実在したらしい。
また、仮に高次生命の誕生までには至らずとも、液体の水が存在する惑星においては、多種多様な有機物の高次構造体が自然発生するらしい。そのような惑星が隕石等で破壊されることにより、有機生命を生み出すための構成物質が宇宙にばら撒かれることになった。後述するが、地上における有機生命の誕生に際しても、そのような隕石由来の有機物が大きく影響しているのだという。
2点目はダークマターについてだ。星や銀河の形成、隕石の衝突軌道等には多種多様なダークマターが深く関与している。その異質さについては一度整理しておく必要がある。
3点目は重力とダークエネルギーとブラックホールについてだ。こちらも同様に、宇宙を包括する最も主要な問題として整理しないわけにはいかない。
脳みそが疲れる展開になってきたが、現実に対する深い理解と洞察、対処法を得、現実の中に垣間見える何者かの作為を見出すためには仕方のないプロセスだろう…。
僕は幼いころ、人生にマニュアルが存在すればいいのにと思っていた時代があった。実際、人間の生き方や価値観は千差万別であり、普遍的なマニュアルなど作成しようもないのだが…。一方で、各々が独自の価値観で人生の選択を行う際、参考にする情報の質や量は選択の指針に大きな影響を与え得る。歴史や理を学ぶことは、普遍的な人生のマニュアルを得ることにほぼ等しい。学びを得る価値はそこにある。僕のようにほぼ何も知らずに死ぬ者は多いのかもしれないが、死後も学びの重要性は変わらないと思っている。
リサ曰く、肉体アバターと疑似情報体アバターを失い、情報体となってオリジナルの情報体と統合した際、全ての存在は全知に近しい存在になれるものと思いがちだが、実際には無知で無学な情報体は山ほど存在しているらしい。例えアカシックレコードへのアクセス権を持っていても、本人が意欲的に情報を得て思考回路を巡らせようとしなければ情報差や思考力差が生じてしまうのだという。
全てが記された本が傍にあっても、それを手に取らなければ意味がないということか…。
生前、僕も読もうとしていて結局読んでいない本が大量にあったが、それと同じか…。
途中、頭を抱えて項垂れる僕にリサが気を使って餡蜜を用意してくれた。
データで感じる甘さが疲弊したCPU回路に染みわたる。
もう少しだけ我慢しよう…。