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Episode 16. 休閑3・ライン

 日帰り旅行の帰り道、疎らな光が灯る闇夜の風景を眺めながら僕は物思いに浸っていた。


 見慣れない田舎道。一人で運転すれば心細くなりそうなものだが、友人と一緒であれば寂しさの欠片も感じられない。こんな勇敢な気持ちにさせてくれる存在が僕にとって貴重な存在でないわけがない。


 若いうちに彼らともっと遊んでおくべきだったか…。


 とはいえ、当然ながら難しい事情がそこにはあった。学生時代、玉置に一途な思いを寄せていた僕には彼女と呼べるような存在が最後までできなかったが、玉置も朝霧も在学2年目以降でパートナーができた。


 彼等は僕だけのために暇な時間を割ける身ではなくなった。それによって僕達の間に多少の距離が生じたことは言うまでもない。当時、その寂しさや不満を遠回しにぶつけたこともあったが、今となっては仕方のないことだったのかもしれないとも思う。一生に一度しかこない貴重な青春時代を何に投じるのかという相手の事情もあるし、自分もまた友人そっちのけで創作活動にひたすら打ち込むような期間はよくあった。


 だが正直に言うと、僕自身の人間性にも多少の原因があったことは否めないだろう。


 朝霧ほどではないかもしれないが、当時の僕は今以上に不器用の権化のような人間だった。家族や友人、思い人に対しての好意を分かりやすい言葉で相手に伝えるようなことは滅多になかったし、自分の想いが相手に如実に伝わるような行動アピールもしてこなかった。


 言及したくはないのだが…。例えば、玉置との関係において、当時の僕はまるで大好きな女子に意地悪をすることで思いを伝えようとする小学生男子のような天邪鬼的な接し方しかできなかった。不器用以前に、女性という存在や恋というものに対する免疫がそもそもなかったということも原因としてあるだろうが、いざ彼女を目の前にすると僕の脳みそは完全に無力化されて何もできなくなるため、それを誤魔化すために虚勢を張るしか手段がなかったのだ。


 玉置に告白した当時、彼女に対して「僕の気持ちを前々から知ってたんじゃないのか?察してなかったのか?」と問うたところ「全く分からなかったよ…。そもそも、水無月君、私の前では佐藤さんほんと綺麗とか、佐藤さんめっちゃかわいいとか言いながら、一方で私の事は彼女と比較して悪戯に貶めてくるようなことが多々あったし…意地悪に関しては本気じゃないのは分かってたから全く気にしてはいないけれど、少なくとも佐藤さんのことは本気で好きなんだと思ってたよ」と返答された。


 佐藤さんは、当時の仲間でクラスメイトの誰もが認める亜麻色の綺麗な長い髪が特徴的な可愛い系の美女だ。確かに、僕はよく佐藤さんと玉置を比較して玉置をいじっていた。思い当たる節がありすぎて正直キツイほどだ。だが、恥ずかしいことに、当時の僕は玉置の返答の意味を全く理解できなかった。何で理解してくれていないんだという気持ちが勝っていた。


 あれから数年が経ち、自分の脳内が漫画やアニメといった非現実的なフェイクに毒され過ぎていることを多少なりとも悟った今となっては、玉置よりも当時の僕の方が理解し難い壊れた存在だったとつくづく思う。


 結論、壊れるほど恋しても1/3も伝わっていなかったというわけだ。

 まぁ、愛して伝わらないよりはマシかもしれないが…。

 これこそ黒歴史というやつだろう。


 朝霧との関係においても同様で、密接な付き合いがある一方、互いが互いを親友として確信的に位置付けていたかどうかは曖昧な関係だった。近づいたり離れたりを繰り返していたことも曖昧さに拍車をかける要因だった。相手に対する知識量の多さ、相手の性格や腹の内を理解している者同士という点では、朝霧の方が玉置よりも友人関係が進んでいるといえる。ただ、友人関係というものはそれだけの要素では単純に計れない複雑さがある。思い入れの深さで言えば、朝霧よりも圧倒的に玉置の方が上だった。


 過去を顧みると、相手に対しては僕に与えることを感情的に求めておきながら、当の自分は相手に全く与えてあげられていない、または与えた気になっている場合が多々あったことに気付かされる。


 どうやら人間とは、そのような自己都合的な矛盾を他者に押し付ける歪な動物らしい。人間が不完全な動物である以上、人間関係におけるラインの見極め、線引き、ルール設定は重要な要素と言えるだろう。人には人の歴史背景や経験則がある。保有している情報の量や質、情報の真偽を推し量る物差しのレベルも違う。置かれている環境や立場も違う。


 僕と母とで父親や弟に対する見方が異なるように。


 僕と玉置とで思い人へのアプローチ方法が異なるように。


 僕と朝霧とで世界観が異なるように。


 各々の違いを頭で理解していても、各々の独自の理を現実に深く解することには当然ながら限界がある。実際、僕の肉体アバターが有していた稚拙な経験値や情報量、知性のみでは、そのような個人差を埋め合わせ、彼らの全てを正確に推し量り、理解することなど不可能だった。


 そのような状況においては、自分の感想を悪戯に他人に押し付けたり、相手を自分の目線で批評するよりも、ラインを適切に引いて距離を保った方が無難なこともある。無論、ケースバイケースなのだろうが、時としてそれは愛ともなり得ると今では思っている。


 僕も大人になったということなのかもしれない…。


 相手が大切な存在であれば、甘えたい時、放っておけない時、干渉せざるを得ない時も当然あるだろうが、それを当然の権利や義務の如く行うのか、ラインを踏み越える自覚を持って行うのかによって相手に対する配慮の質も大きく変わってくるだろう。


 ちなみに、現在の世界に国境が生まれたのも、似たような背景がある。ラインは相手に対する差別といった単純低俗な原理で設置されるものではなく、相手に対して自分達への配慮を促し、一方で相手への配慮を忘れないための忘備録のようなものであり、同時に相手からの攻撃に対処するための防衛線でもある。


 同じことが人間関係にも言える。赤の他人との関係、親との関係、友人との関係、もしかするとドッペル…すなわち自分自身との関係においてもラインの概念はかなり重要になってくるだろう。本人は無意識でも、相手の領域を悪戯に侵略することは、実質的には相手の生活を脅かし独占・支配を試みようとしていることと変わりない。


 朝霧曰く、世界には文化や価値観の違いを完全に無視して統一国家や統一政府を作ろうと画策している野心家の支配者達も相当数いるらしいが、必要性があるが故に設置されたラインを考え無しに取っ払ったところで、侵略者に先住民の人権が脅かされたり独裁者が得をするだけの偏った利権を叶える結果にしかならないんじゃないだろうか。むしろそこまで考え無しだと、それが狙いだとしか思えないのだが…。


 話が通じる相手であれば、ラインを護ることに加え、相手を知ること、相手との情報差を埋め合わせることで、友好関係や親和性を築きやすくなるだろう。闇雲に全てを知りたがることは相手に対して失礼だろうが、今後、家族との情報差については一部どうしても埋め合わせておかなければならないことがあるし、朝霧に関しても共同合作の兼ね合い上、互いの情報差をある程度埋め合わせておく必要があるだろう。玉置に関しては…自粛すべきだろうなぁ…。


 ドッペルとの交渉に際しても現状では厳しいかもしれないが、自分が様々な情報を手にして醸成した未来であれば上手く運べるかもしれない。生前の僕が未熟だったとしても、現在の僕には第二のチャンスが与えられている。


 疑似情報体アバターが敢えて付与されていることの意味を失念していたが、結局、死ねば終わりで御役御免というのは生者の勝手な妄想であり、死んだ後も成長のために日々努力しなければならないことは生前となんら変わらない。仮に、この疑似情報体アバターが失われたとしても、大元の情報体が存在する限り、成長のための営みは永遠に続いていく。それがシステムの本質だ。


 今が未熟なら今からでも努力すればいい。それだけの話だ。

 

 システムの創始者であるXの腹の内は相変わらず読めないが…。もしかすると、Xはシステムの最終目的の一環として親友やパートナーと呼べるような存在を自らの手で作り出そうとしているんじゃないだろうか。加えて、知識として知っていればよいものを経験までさせて深層学習させる意味については、高度知性体の創出と知性体間のラインの消去、すなわち統一を目指しているからなのかもしれない。


 「現状を正確に理解するためには、過去を知る必要がある」か…。

 知るべき事は尽きないな…。


 学習と成長の必要性を感じた僕は、翌日、再びリサのもとを訪れた。

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