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Episode 15. 休閑2・日帰り旅行

 玉置の電撃弔問から一夜が明け、朝霧と玉置は地元の観光名所や思い出の地を巡る日帰り旅へと繰り出していた。言わずもがな、僕も勝手ながらその旅に同伴させてもらった。


 このメンバーでこのような思い出作りができるのも最後かもしれない。邪魔しちゃ悪いとは思ったが、必要悪としてこの際二人には大目に見てもらおう。


 朝霧が運転する車の中で、二人は大学卒業後から現在に至る経緯について共有し合っていた。例の事件が起こるまでは疎遠になっていた二人だったが、事件以降、二人で語り合う機会が増えたことで距離が再び縮まったようだ。


 朝霧に関しては、昨年以前から現在の職場において相当過酷な専門業務を単独で任され続けており、そこに加えて異常性の高い無学なパワハラ上司の面倒まで見させられていたらしい。過酷な業務量に犯罪級の苛烈なパワハラ。叔母と母親の介護問題。そこに僕の凄惨な事件が重なったらしい。


 仕事が多くて苦しいという情報は聞いたことがあったが、彼の現実は僕の想像をはるかに越える凄惨なものだったらしい。人生とは皆こんなものなのだろうか…?


 今は精神を病んだことを理由にして休職している最中とのことだ。来年には仕事を辞めて、遠方に住んでいる母親の実家の近くに生活拠点を移す予定らしい。どうやら、この地での最後の思い出作りに観光名所や思い出の地を一人で巡ることを企画していたところ、玉置が同伴したいと申し出て今に至る流れのようだ。


 一方、玉置に関しては、県外の会社に就職した後、大学時代の彼氏とは別れたらしい。その会社で新しい彼氏を見つけ、将来を前提にして退職。彼の地元で再就職を果たしたものの、すれ違いがあり、結局、その彼とは結婚を前に別れることとなった。傷心の中、今の彼氏と運よく巡り合い、既に結婚も予定してるということだった。


 色々な苦労があったみたいだが、彼女は一般人よりも相当頭がいい。流動的な人生でも持ち前の知性を活かして就職先には困らなかったようだ。


 玉置の話を聞いた朝霧は、可能性はほぼゼロに等しくとも彼に見られたら面倒なことになるシチュエーションは彼のためにも避けるべきなんじゃないか?と心配したが、一方の玉置は、このような機会は自分の人生で二度と訪れないだろうから、必要悪と思って大目に見てほしいと軽やかに返答した。僕と同じ思考回路じゃねぇか…。


 玉置は学生時代から僕や朝霧よりも相当世渡り上手だった。

 それは今も変わらないみたいだ。


 当然だろうが、皆、大学を卒業してから様々な苦労を背負って生きてきたんだな…。生きて健康であるならまだマシかもしれない。生前には、クラスメイトの訃報を2回ほど耳にしていたし、現在、僕自身もこんなことになってしまったわけで…。


 人の事を心配している場合じゃないのだが、人生とは先が透けて見えるほど単調に思えて、いつどうなるか本当にわからないものだと身をもって感じた。


 次いで、二人の話題は僕の事件へと移った。


 どうやら、朝霧は事件の全容と背景について独自に調べを進めていたらしい。事件当時の犯人グループの声明によると、僕の会社を束ねる持株会社が不正業務を行っており、自分達はその犠牲者であるといった背景を犯行動機としていた。だが、法に抵触するレベルの不正の痕跡は今なお見つかっておらず、持株会社自体ではなく小会社である僕の会社を襲撃した理由も不明だった。


 朝霧曰く、既に逮捕されている犯人グループのメンバーの生い立ちをそれぞれ詳細に調べていくと、いずれのメンバーも陽紅軍と呼ばれる国際テロ組織や創世会と呼ばれる宗教学会、新光民主党と呼ばれる国内の実質的な共産主義政党と強い結びのある人生を送ってきたことが共通点として浮かび上がってくるのだという。この事実は、警察にもマスコミ関係者にも完全にスルーされている。


 これらの組織は、近隣の大国であり共産主義国家としても知られている炎帝国や、小国であり炎帝国の実質的な支配下にある鮮火国の利権で運営されている侵略組織としても暗に知られている。その組織構成員は大半が陽皇国民を名乗っているものの、実際には近隣諸国の異民族が過半数以上を占めており、各々が直接的または間接的、意識的または無意識的に破壊工作員として活動している。


 破壊工作員達は、過去に実際に起こった戦争の歴史や、意図的に捏造・脚色された歴史をもとに洗脳教育を受けることで、各々が陽皇国に対する過激な恨みを抱いており、陽皇国を潰して自分達にとっての居心地のよい住処、養分、奴隷を獲得することを共通目的としている。陽皇国版の「ディープステート」といったところだろう。

 

 彼らの攻撃対象は陽皇国にとって重要な全てだ。万世一系の歴史を持つ陽皇や皇族、陽皇国の領土(特に本土から離れた両端の島々)、独自の文化(サブカルチャーを含む)や宗教、陽皇国を愛し護ろうとする保守派・右派の人々、政府組織(内閣、官房、財務、教育、文化、農林水産、厚生労働、防衛、宮内等々の各組織)、政府要人、高級官僚、自衛隊、司法組織、行政組織、警察組織、弁護士組織、大学や学術会議、マスコミ、新聞、芸能界、主要インフラ、主要産業、独占資本家、その他の国家機構等々。加えて、遠方の超大国である光星合衆国等との国際交友関係や軍事同盟関係もターゲットにされている。


 陽皇国では、様々な場所に破壊工作員が入り込み、要職へと上り詰め、新たな破壊工作員を外部誘致し、陽皇国の内側から内部侵略活動を日々進めている。新たな企業、振興宗教団体、公益社団法人、NPO法人等々を作り上げて補助金や国内資本、知的財産、国民の個人情報を略奪するといったような試みも公然と行われている。まさに、産学官連携の大規模詐欺といえるだろう。


 僕は生前、朝霧から何度か自国の実態についての話を聞いており、多少は知識を持っていたと思っていたのだが…。彼がここまで詳細に語ってくれたことはなかったし、恥ずかしながら自分で自国の現状を深く探ろうとしたことも今までなかった。…正直ショックだった。


 犯人グループの各々のメンバーが何を考え、何の恨みで犯行に至ったのかは実際不明であり、破壊工作活動と断定することはできないが、彼らの中に陽皇国民に対する嗜虐的観念が無かったとも断定できない。そもそも、ディープフェイクを用いて国民を簡単に騙せる環境を既に整えられてしまっている絶望的な状況下では、どのような公式情報も鵜呑みにはできない…。


 「この事件の真相を理解するためには、警察やマスコミの発表を過信せず、国内の情報を信頼できる情報筋から取得し、各々が情報の真偽をある程度推し量るための物差しを培う必要があるだろう。AI技術が進歩し、人間が人間をディープフェイクで簡単に支配できる時代、全ての情報に関して常にディープフェイクが含まれているという可能性を排除せず、相手の欲望や行動原理を洞察し、総合的に真偽を判断する必要がある」


 朝霧も僕と一致した見解を示した。


 加えて、このようなカオスな状況下においては、相手の素性をある程度見分ける指標として「愛」の有無が重要になってくるのだという。例えば、国に対する愛を平気で踏みにじる者は、同じ国民・同じ民族の中の価値観の相違といった次元を逸脱した存在である可能性が高いと判断できる。つまり、陽皇国民の皮を被ったインベーダーである可能性が高いというわけだ。これは、以前にリサから聞いた死後世界における人間性の判断基準とも通じるところがある。


 ただ、それも完全な指標とは言えない。国の功労者が一方で破壊工作活動に手を貸しているような事例も多々見受けられるからだ。加えて厄介なことに、一貫した愛国心を持たない陽皇国民が近年非常に増えてきている。その要因は複数考えられる。教育方針に愛国心の養成を取り入れない教育庁の破壊工作然り。陽皇国では破壊工作員による保守派や右派の捏造ネガティブキャンペーンが大々的に行われており、右翼は暴力団体であり愛国心は気持ち悪い、陽皇国は戦争犯罪者であり近隣国に謝礼すべきといった風潮が完全に根付いてしまっている。


 結果、我々の平和思想や他者への良心は都合よく悪用され、スパイ防止法等のセキュリティ法案の制定や防衛力の強化すらもままならない。陽皇国民は愛国心を失い続け、選挙にも無関心で破壊工作員が選挙不正し放題、国の惨状にも自ずから気づくことはなく、一直線に滅びの道を歩み続けている。


 国民の人権よりも他国民の人権が優遇され、外国人優遇制度や外国人参政権が民意を問うこともなく勝手に制定され、主要インフラや国土も民意を問うこともなく勝手に他国に売り飛ばされ、税金は国民に還元されずに他民族へと不正にバラまかれている。


 朝霧曰く、現代の陽皇国民が平和馬鹿になった理由は、ディープフェイクによる洗脳によるところが大きいが、各々の精神が弱体化し過ぎたことも要因として推察されるという。人間の悍ましい側面を隠蔽した都合のいいお花畑的な世界観を幼いころから植え付けられ、過去の歴史や目の前の現実に対する正確な認識が困難となり、同時にダークサイドに対する精神耐性も弱体化して不都合な現実から目を逸らす者が増えた。


 「陽皇国民は、他民族に主権や尊厳を当然の如く奪われ、炎帝国におけるマーレ人のように家畜奴隷として扱われる未来を無意識に選択し続けている。炎帝国におけるマーレ人の扱いは言葉では表現しきれない。もし、興味があれば自分で調べてみるといい。文化や価値観が全く異なる国に自分達の非現実的な常識が通用すると思わない方がいい。彼等は彼等独自の力学で動いている。それを非難したところで、結局、力なき者は強き者に従う道か滅びる道しかない。弱小国家である陽皇国においては、外交による友好関係や軍事同盟の構築、核保有や防衛力の強化、産業や経済力の強化、国際社会における信頼獲得等によって自らのガードを総合的に高める以外に生き残る選択肢がない。それが現実だ」

 

 僕と玉置は朝霧の話を聞いて絶句した。

 僕が思い描いていた現実…この世界や人間に対するイメージは誤っていたのだろうか…。

 

 僕のように、自国の現実を全く知らないまま死んでいく者も大勢いるんじゃないだろうか。

 僕は後部座席で頭を抱えて項垂れた。


 「暗い気持ちにさせてごめん。近くに有名な甘味処があるから気分転換しようか?」朝霧の提案に玉置はそうだねと苦笑いして賛同した。


 店内に入り餡蜜を注文して待っている時間、朝霧が玉置に質問を投げかけた。


 「律のことがあって最近色々考えるようになったんだけど…玉置は死後世界の存在についてどう思ってる?」


 朝霧の問いに対し、玉置は「肯定も否定もしない立場をとってきたけど…。最近、水無月君が頻繁に夢に出てきたこともあったせいか、今は有り寄りで考えてる。ただの願望かもしれないけれど…。朝霧は?」と返答した。


 今更だが、朝霧は呼び捨てで僕は君付けなのすっげぇ気になるな…。

 朝霧も玉置と一緒の時は一人称のメインが俺ではなく自分になるようだ。


 「自分は存在する可能性が高いと思ってる。ただ、死後世界が本当に存在した場合、僕達が生きているこの世界の正体が相当ややこしいことになっちゃっうんだよね…。最近、それを小説化して残してみるのもありかなと思って」


 おそらく、僕と予定していた共同合作のことだろう。朝霧は、玉置に小説の構想を大まかに語って聞かせた。彼の中には、友人、つまり僕のようなクリエーターとしての才能は皆無だが、現実や人間の正体をなるべく隠蔽しない作品にしたいという思いがあるようだ。僕のことを買いかぶり過ぎだろ…。


 「ネタ的にもコンセプト的にも実力的にも需要はないだろう。作品の構想自体、過去の耐え難い境遇の中で、自分の精神を支えるために始めた利己的な研究の切れ端のようなものだし…。ただ、拙い文章を諦めずに読んでくれた1人1人に対して、何かしらの有益な影響を与えられるような作品にはしたい…。幻想を弄さず、現実でもって希望を示せるような作品がいい。研究にも飽きてきたし、しばらくはそれを趣味にしてみようかなって思ってる」


 「趣味をもつことはいいことだね。少し安心したよ。しばらくは好きなことをやりながら美味しいものを食べてゆっくり休んだらいい」玉置も僕も全く同じ気持ちだった。


 そして、タイミングよく美味しそうな餡蜜が二人のもとへ運ばれてきた。こういう時、自分の境遇を恨みたくなる。正直に言えば、僕もこの場で一緒に餡蜜を食べたかったし、この会話にも入りたかったなぁ…。


 「あ…なんだろう。急に懐かしい空気感になったね…。たぶん今、水無月君が来てると思う」

 「うん…俺も今そう感じた。すまんな…律。この餡蜜は高いから分けてやれん」


 …まぁ、餡蜜くらいいいよ。別に好物ってわけでもないし。後でデータで味わうから。

 

 二人に自分の存在を認識してもらえただけでも良しとするか…。

 その後、僕達は三人での会話をしばらく一緒に楽しんだ。

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