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Episode 13. 四壁

 実家へと帰り着いた僕はベッドに横たわり、別れ際のリサの言葉を反芻していた。


 リサの説明曰く、現在、この物質世界には僕のドッペルが合計9体存在しており、そのうち極めて高い自立性を有するものが3体存在しているという。生前にはさらに多くのドッペルが存在していた時期もあったそうだが、自発的に僕のもとに統合されに戻ったり、他の疑似情報体に食われるなどして数が減り、現在の数に落ち着いているのだという。


 自立性の低い不完全なドッペルに関しては、本体である僕の強い意思一つで強制的に回収することが可能らしいのだが、自立性の高いドッペルに関しては同様にはいかず、ドッペル自身の意思を無視して強制的に回収することは不可能らしい。


 想像に難くない話だ。本体をレジストしている彼等を強引に従わせたところで、ドッペルが生じた根本的な原因の解決にはならないだろう。結局、本体から再び逃げ出すことになるか、最悪の場合、内側から攻撃されて入れ替わられてしまう可能性すらあるんじゃなかろうか。


 彼等を回収するには説得する他ないが、僕をレジストしている彼等に僕の説得が簡単に通用するとは到底思えない…。だが、こちらとしても時間が限られている。難航必死と分かっているなら、アクションは可能な限り早い方がいいだろう。


 僕はベッドから起き上がり、先ず手始めに自立性の低い不完全なドッペルに対し緊急招集をかけることにした。


 リサから教えてもらった方法は、瞬間移動と同様にシンプルなものだ。参考までに、中空にステータスモニタを表示させた状態で、高い集中力でドッペル達のことを意識しながら「ドッペルよ、戻れ」と念じる。それだけだ。後は、仲介者がシステムに働きかけ、システムが術を具現化させるという流れになる。なお、術の発動をシステム側に念じる際、合掌印やその他の特異的な印を結ぶといったマイルールを決めておくと、術の仲介者に自分の意図が伝わりやすくなり、結果として術の発動精度が高まるらしい。


 印などいちいち覚えていられないが、とりあえず合掌印の小指をずらしてクロスさせた印形を今回の術と対応させることにした。何とも言い難い中二病っぽさが気になりつつも、僕は独自の印を結び、意識を何とか集中して「ドッペルよ、戻れ」と心の中で呟いた。


 その瞬間、青白い光を弱弱しく放つ6体の歪な形をした発光体が僕の眼前に座標転移された。どうやら上手くいったようだ。エフェクトが妙に召喚魔法っぽい設定になっているところが、どうにもシステム側のわざとらしさを感じざるを得ない。相変わらず何でもありだな、この情報空間は…。


 ステータスモニタを確認すると、ダークエネルギーが術の発動の前後で12P消費されており、術の一覧を開くとドッペルの緊急招集という項目が新たに追加されていた。今回はエネルギー消費が少ない術で本当に助かった。


 当初の想定では、家族や友人のために余計なエネルギーの浪費は極力控えたいと思っていたところだが。実際、世界の詳細を掘り下げれば掘り下げるほど、看過できない問題が必然的に露見してくるものだ。この先、大きな想定外が起こらないことを切に願う。


 各々の発光体は抵抗を示すこともなく僕に近づき、疑似情報体アバターの中に吸収されるように溶け込んでいった。これがいわゆる情報の統合と呼ばれる現象のようだ。改めてステータスモニタを確認すると、統合の前後でダークエネルギーの保有量が約100Pプラスされている。加えて、メモリー容量や情報処理速度の指数も多少向上したように見受けられる。


 詳細は聞いていなかったが、どうやら、各々のドッペルが保有していたダークエネルギーや情報スペックも本体に統合された際に加算される仕組みになっているらしい。ドッペルの存在を知っているのと知らないのとでは雲泥の差だな…。


 残りは問題の自立性の高い3体のみだ。


 僕はとりあえず、千里眼的な術を発動して3体のドッペルの現状を遠隔でモニタリングできないか実験してみることにした。


 ここでも、覚えにくい印を設定すると確実に忘れるので、両手の親指と人差し指で丸を作り合掌のように両手の指を合わせた眼鏡型の印形を今回の術と対応させることにした。先程の要領を汲んで印を結び、意識を集中した状態で「千里眼」と心の中で呟いた。


 その瞬間、僕の頭の中に3体のドッペルの現在の姿が同時にモニタリングされ始めた。今回もどうやら成功したみたいだ。ステータスモニタを確認すると、ダークエネルギーが術の前後で6P消費されている。エネルギー消費も少なくて助かった。

 

 それでは、順番に見ていくとしよう。


 第一のドッペルは、案の定、僕を殺した犯人グループの一人が集中治療を受けている病室に潜伏していた。本体から分離した時期は、僕の死後で、なおかつ僕が報道等で事件の詳細を知った後と推定される。自分では全く気が付かなかったが、僕は無意識のうちにドッペルを生み出してしまっていたらしい。


 ドッペルは時折「殺す…」という言葉を口ずさみながら、殺意の宿った眼で犯人をひたすら呪い続けている。例の事件は組織的犯行によるものだった。おそらく、犯人グループの全員を呪い殺すまで、僕のもとには帰ってこないんじゃないだろうか…。


 仮に、これを「呪怨のドッペル」と呼称することとしよう。


 第二のドッペルは、どうやら僕の父親の傍に潜伏しているようだ。あまりにも意外だった。家族を全く顧みず、自分の勝手を優先して家から出て行った人間など、僕にとっては何の未練も執着もない存在だ。彼自身もまた、家族に対してそう思っていることだろう。彼は僕の葬儀にも法事にも出席していなかった。もしかしたら、僕が死んだことに気づいてない可能性もあるだろうか…。実際、彼は、家族との別れ際に固有の連絡手段を持っておらず、郵便物も全く見なければ、訪問者も完全に無視するといったような廃人的生活を別居地で送っていた。事業に失敗して多額の借金を抱えていたので現実逃避を極め込んでいたのだ。


 ドッペルの見た目が現在の僕よりも少しだけ若々しく見える。差し詰め、このドッペルは、まだ十代後半だった若かりし頃の僕の心が彼の所業の数々によってハートブレイクした際に生じた欠片のようなものだろう。つまり、本体から分離した時期は二十歳手前と推定される。


 仮に、これを「ファザコンのドッペル」と呼称することとしよう。

 

 第三のドッペルは、これまでのパターンとは一転して、誰かの傍に潜伏しているというわけでもなく、地元の河川敷に座って呆然と目の前の景色を眺めていた。見た目的には現在の自分とさほど変わらないように思える。おそらく、本体から分離した時期は二十代前半くらいだろうか。だが、その時期にドッペルが生み出されるほどの特別な事件なんてあっただろうか?


 しばらく様子を眺めていると、ドッペルは不意に「早く消えて無くなりたい…」というヘビーワードをつぶやいて立ち上がり、ゆっくりとその場を去っていった。


 マジかよ…。

 我ながら陰キャの権化のような風格を感じさせてくれる…。


 詳細は不明だが、おそらく、このドッペルは僕の中に存在する自分自身の存在や、世界の存在そのものを否定する負の感情が具現化した存在であると推察される。実際、僕の中にはそのような思いが幼いころから恒常的に頭の片隅にあったように思う。自己顕示欲の塊でありながら、一方では自分の存在を否定する。我ながら自分の事がよく分からない…。


 仮に、これを「死にたがりのドッペル」と呼称することとした。


 全てのドッペルを確認し終えた僕はモニタをそっ閉じし、両手で頭を抱えて項垂れた。

 我ながら重い…いろいろな意味であまりにも重すぎる…。


 呪怨、ファザコン、死にたがり。最悪のラインナップじゃねぇか…。馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、やはり僕自身の分身体であるだけに、僕には彼らが存在している意味が痛いほど理解できた。正直、彼らを説得できるイメージが全く浮かばない…。当然だ。彼らを説得できるカードを持っているなら、そもそも僕からドッペルは分離していない。


 過去の自分から分離したであろう、ファザコンと死にたがりであれば、現在の自分から諭せる事も多少はあるかもしれないが…。それでも結局、彼らの抱える問題を口先だけで解決できるほど僕は醸成されていない。何より、彼らの結末はこの有様なのだ。仮に、僕が彼らと接触すれば、見ず知らずの他人に無差別に惨殺された受け入れがたい未来を必然的に彼らにつきつけることになる。


 想像してみてほしい。もし、想像もできない凄惨な結末を迎えた未来の自分が突然目の前にやってきて自分と同調して欲しいと頼んできたらどう思うだろう?恐怖以外の何ものでもない。


 人生に絶望して僕のもとを離れていった彼らに、敢えて人生の絶望を上乗せしてまで呼び戻す必要が本当にあるだろうか。僕は朝霧とは違う。地獄の三丁目にいる彼らを地獄の十丁目に突き落としたその上で、彼らに自発的に未来を描かせてあげられるだけの現実的な言葉をかけるなど不可能だ。僕にはそんな言葉、絶対に紡げない。


 本体とはいえ、結局は僕も彼らと大差ないということか…。

 早々と詰んだな…。

 

 その日、僕は久々に考えることを止めた。

  

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