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Episode 9. 協力者

 僕達は対面で椅子に腰かけ、コーヒーと茶菓子を口にしながら近況について軽い雑談を交わした後、早速本題へと移った。 


 「さて、それでは例に習って一応念のためにお伺いしますが、本日は一体どのようなご相談でしょうか?」


 フォックスの形式的な口上に甘んじて、僕はこの数日間で自分なりに整理した質問事項を彼らに伝えた。


 先ず、最も重要な質問として、僕が物質世界に留まれるタイムリミットは残りどれくらいかということだ。


 仏教では四十九日という概念が存在するが、実際、それが正しいのか疑問だった。フォックスの説明曰く、死亡時点で各々が保有するダークエネルギーの総量にはかなりの個人差があるらしく、死亡した段階で既にエネルギーが枯渇状態にある者もいれば、四十九日程度は余裕で過ごせるだけの過剰なエネルギーを所有している者もいるという。


 また、以前にも言及があったが、僕が今いる物質世界においては、疑似情報体アバターの特殊能力を使用すると対価としてエネルギーが消費される仕組みになっており、消費されたエネルギーの回復は困難だという点も押さえておかなければならない。つまり、調子に乗って能力を濫用しすぎると、この世界に比較的安全が保たれた状態で留まれる期間が短くなるということだ。


 自分でエネルギーの残量や能力に使用するエネルギー消費量を調べる方法がないか聞いたところ、なんと中空に自分のステータスモニタを表示するというデジタルチックな裏技を教えてもらった。これを見れば、自分の現在のダークエネルギーの残量や、使用できる能力、能力発動で消費するエネルギー量等々を把握することが可能になるという。まるで、異世界転生系のような仕様になってきたが…そもそもこの世界が仮想情報空間なので仕方がないだろう。


 ちなみにモニタを確認したところ、僕のダークエネルギーの残量は現在約1500P。一日あたり10Pをアバターの存在維持に最低限消費するものとして、150日分のエネルギー消費量に相当する。ちなみに、当該10Pの中には自己防衛のために自動的に発動している諸能力のエネルギー消費が含まれているという。


 能力が自動で発動する仕組みについて前々から気になったのでフォックスに聞いてみたところ、どうやら疑似情報体アバターの中には、僕の意識・情報体以外にも守護霊的な位置付けにある情報体がサポート目的で組み込まれており、自己防衛等に係る必要な能力の発動を制御しているらしい。僕の予想は当たっていたみたいだ。


 また、能力の一覧を表示すると、自分が過去に使用した能力のみが表示される仕様になっていた。僕の場合は、座標転移 (エネルギー消費5P/回)、ラップ音 (エネルギー消費1P/回)、マスターコール (エネルギー消費1P/回)に加え、自己防衛に係る基本能力である防御障壁 (エネルギー消費5P/日)、ステルス効果 (エネルギー消費2P/日)の計5つが表示されている。我ながらクソ雑魚なラインナップだ…。


 それ以外の僕がまだ知らない能力については、自力で発掘するしかないという。つまり、未知の能力を発掘して使用する際の最初の一回目に際しては、消費エネルギーが全く不明な状態で能力を発動せざるを得ないということだ。とりわけ、物質世界に大きな影響を与える能力に関しては、運用上の観点から頻用できないような設定になっていることが予想される。


 少しでも家族や友人と過ごしたい僕にとって、新しい能力の発掘はあまりにも博打が過ぎると感じた。漫画のようにこの新しい体で様々な事を試してみたり、あわよくば自分や家族や友人の無念を晴らしたいという思いもあったが…。やはりここは生前同様、なるべく派手な行動は避けて、節約志向で細々とやっていこうと決心した。

 

 続いて、僕がこの世界を旅立った後、離れ離れになった人々と再び相まみえる機会があるのか、また、彼らに恩を返す機会があるのかどうか尋ねた。


 フォックスの説明曰く、生前に犯したカルマの大きさにもよるらしいが、メタバースのルールを大きく逸脱した大罪人でない限りは少なくとも一回、両者が互いに望めばそれ以上の機会を獲得し得るという。


 寿命を全うした者は、疑似情報体として彼岸に渡った後、管理者とともに人生経験の整理やカルマの精算等を行う。次いで、生前に出会った大切な人々と義務的に再会し、共通の思い出を振り返りながらお互いの経験や気持ちを整理し合う。それが<少なくとも一回は出会える>という表現の意味するところだという。


 その後、疑似情報体アバターから離脱して完全な情報体へと移行する準備が始まる。それは第二の死とも呼ばれている。情報体に移行した場合、前世を含めた全ての記憶情報が完全に蘇ることになるわけだが、一度に全ての記憶情報を取り戻そうとすると情報負荷や精神負荷がかかり過ぎて情報体が不可逆的に破損するリスクがあるという。また、今の僕のように、段階的に自分の力で真実を悟っていくことによってのみ得られる特別な経験や感情も存在する。


 このような経験と学習を重んじて、人生の精算が終わった疑似情報体は、段階的に自分が情報体であることを思い出すための慣らしの場のような隔離情報空間でしばらくの間生活することになるという。当該情報空間は、同じ精神水準の存在が集められたコニュニティーで区切られている。同じ情報空間に属する者同士であれば、いつ何時でも交流することが可能だ。逆に、別々の情報空間に属する者同士の場合は、両者が所定の手続きを踏めば別途用意されている専用の情報空間で交流することが出来るらしいが、いくつかの制約が課されているという。


 システム内では、経験や感情を得る事、それを多角的に分析して次に生かすこと事が何よりも重要視されている。このため、疑似情報体アバターから情報体に完全移行した後、全ての記憶や思考能力が蘇った状態で、もう一度自分の人生を俯瞰して整理する時間が与えられる。それら全ての作業の結果は、システムの情報中枢にフィードバックされて一元管理され、最終的にシステムの創始者であるXへと還元される。


 一連の仕事を終えた情報体は、しばらく情報空間内をぶらぶらした後、最終的に自分のオリジナルの情報体と統合することになる。オリジナルの情報体には、コピーの情報体が得た様々な情報が一元化されている。それを整理し、課題を見つけ、次の転生先をプランニングし、システムに計画申請を行う。どうやら、輪廻転生のプロセスは、人間社会に見られるようなPDCAサイクル方式で回っているようだ。


 最後に、先日の朝霧の話でも言及があった部分、すなわち、僕が死後世界で創作活動や自己表現を続けられるチャンスがあるのかどうか尋ねた。


 フォックスの説明曰く、これに関しても生前に犯したカルマの大きさによるらしいのだが、情報中枢には専用のギャラリーサイトが多数存在しており、誰でも創作物を自由に投稿することが可能なのだという。


 絵画、文字、音楽、彫刻、建造物、サブカル、グルメ等、物質世界に存在し得る自己表現ツールはほぼ完全に網羅されたラインナップになっているらしい。それだけではなく、物質世界では実現不可能なレベルの多様な表現技法が今この瞬間にも編み出され続けているらしい。


 コーヒーや茶菓子を普通に楽しんでいて今更なのだが…どうやら、死んだ後でも物質世界の飲食物を情報として楽しむことは可能らしい。そもそも全てが仮想情報空間の産物だから当然なのだが、死後世界は僕達が想像するよりも遥かにハイテクが駆使された場所ということだ。


 それを聞いて、僕は少しだけ安心した。無論、自分がメタバースのルールを犯していないとは言い切れないし、システム側の腹の内も完全に読めない部分があるので油断は禁物だが…。そもそも、多様性を生み出した張本人であるXであれば、魅力的な個性が活かされ育まれる環境を何よりも重んじるであろうことは想像に難くなかった。


 ちなみに、先の朝霧からの提案を受けて、僕から生きている人間にアイデア等を送り、共同で創作活動を行うことは可能なのかどうかも聞いてみた。フォックス曰く、疑似情報体の能力的には実現可能な試みであり、相手がそれを意識的に許容している場合においてはメタバースのルールに抵触しないという。


 ただし、それは朝霧の脳内に思考干渉するような形式でのアイデア提供となり、朝霧の脳内にはそもそも存在しない、新規性や進歩性が桁外れな情報を外部からほいそれと与えることはできないという。まぁ、当然と言えば当然だろう…。彼自身は既に予想しているかもしれないが、実際には、僕から情報提供されているという確たる実感を持てない状況の中、手探りで創作活動を行わなければならないことになる。


 少なくとも、彼には今以上に多くの物事を積極的に学んでもらい、少しでも僕の提供する情報との新規性や進歩性の格差を埋めてもらう必要があるだろう。また、常日頃から自発的に深い考察を巡らせてもらい、その際、僕の思考干渉を意図的に拒絶しないよう心掛けることも重要となる。人間の肉体アバターは、疑似情報体から日常的に思考干渉の影響を被っているという。そのようなノイズに騙されず、必要な情報のみをきちんと見定めて拾い上げるのは至難の業らしい。そのあたりは、彼の能力を信じるほかないだろう。


 ちなみに、生きている人間から僕に対してメッセージを送ることも可能だという。それはまさに電子メールと同じシステムの要領で、僕が受信ボックスを開けばいつでも大切な人からのメッセージを受け取ることが出来るらしい。実際、その場でメッセージボックスの確認方法を教えてもらうと、大勢の人から心配のメッセージが届いていた。


 僕のメッセージが相手に届きにくいというのは難点だが、家族や友人の思いを知れることは今の僕にとっては有難いことだった。


 疑問は尽きないが、聞きたいことは大体そんなところだった。 

 思い切って再びここに来てよかった。彼らのおかげでなんとなく先が見えたような気がした。


 この先、創作活動のネタになるような情報を少しでも多く仕入れつつ、同時に朝霧との共同創作に必要な思考干渉のエネルギーを少しでも多く確保したいところだが…。やはり、そこは家族を優先し、無理のない範囲で行動できれば御の字だろう。私利私欲のままに多くを望むべきではないな…。


 そんなことを考えていたときだった。


 「なるほど。噂通り面白い個性を持った情報体だね。いいよ。私がこの世界のことを可能な範囲で教えてあげる」


 フォックスの隣で茶菓子に夢中になっていたリサが突然声を上げた。どうやら僕の話をしっかり聞いてくれていたらしい。


 予想だにしない彼女の提案にはかなり驚いたが、フォックスが異を唱えていないところを見ると、この展開になることを事前に予想して彼女が呼ばれていたのだろう。実際、ありがたい提案なのだが、話が上手すぎる。加えてリサに至っては、自称僕好みの容姿の整った女性の擬態を使ってきている時点であざとさが垣間見えて既に不安だ…。

 

 「えっ…そんな…。大変ありがたい提案ですが、リサさんもお忙しいでしょうし、これ以上迷惑をかけるのは悪…」


 「よし。じゃあ、話も決まったし。早速行こうか? りっ君?」


 …一体どこへ行くというのだろう?


 この陽キャな性格もキャラ設定の演出の一環なのだろうか?既に不安しかないのだが、一応、彼女もシステムの管理代行者だ。こうなってしまったら後はもう信用する他ない。


 …もう、どうにでもなれ。

 

 こうして、僕と彼女はフォックスの拠点を後にし、外界へと繰出した。


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