098_強烈な雷
しばらくしてから男が口を開く。
「……おい、やめろ。それに手を触れるな。わかった。命は取らないでおいてやる。だから、こっちに渡せ」
「ふーん。そういうことなら、返してやるよ」
「は?」
ダールが腕を放り投げると、男の視線は釘付けとなった。
それこそがダールの狙いだ。
男は、背後から近寄ってくるブレッグの存在に気付くのが一瞬遅れる。
気配を察知し振り向いたとき、ブレッグが手にしていた短剣は男の首に届いていた。
「今度は、貴様か!」
「はぁぁああ!!」
喉首を切り裂き、大量の血を吹き出す。
普通の人間ならいざ知らず、この男の場合は切り込みが浅く致命傷にはなっていない。
もう一度、今度は首を切り離そうと刃を近づけるブレッグに対し、男は下がって距離を取る。
そんな男を背後から待ち構えていたのはダールだ。
無駄のない動作で剣を真っ直ぐに突き出す。
刀身は骨の隙間に滑るように入り込み――
男の心臓を貫いた。
「ぐ……ぁ……」
剣の根元まで深々と突き刺さり、柄から新鮮な血液が滴り落ちる。
男は自分の胸を貫いている刀身を見つめ、小さく呟く。
「……くそが」
ダールは男の背中を蹴り飛ばし、乱暴に剣を抜いた。
地面に伏した男は胸から血がとめどなく溢れ出す。
対局は決した。
ダールは剣を一振りし、付着していた血液を振り払う。
「その再生力、心臓が持つ『理』なんだろ」
「はぁ……はぁ……よく、わかったな……それも、アーティファクトの力か?」
驚くべきことに、ブレッグが切り付けた喉の傷は既に完治していた。
胸から流れ出ている血の勢いも緩くなり、何もしなければもうすぐ止まりそうだ。
そして、傷が治っていくのに反して、男の瞳からは力が失われていく。
「さぁな。死人に教えても意味はないだろ」
「くはは……はは……まだ、終わって……ないぞ」
「戯言を……」
虚ろな瞳で笑い続ける男をダールは見下ろす。
「止めは刺さなくていいのか?」
男の傷が治っていく様子に不安を覚えたブレッグがダールに語り掛けた。
「その必要はない。何もせずとも、もうすぐ心臓が止まる。だが、そうだな。念のため確実に息の根を止めておいた方がよいか」
剣を握る手に力を込めたダールが歩き出す。
「ところで、フィオライン様の容態は?」
「たぶん大丈夫。あとは目が覚めるのを待つだけだから」
「そうか」
それ以上は何も追及してこないダールに対し、余計なことであるとはわかっていながらもブレッグは問わずにはいられなかった。
「……何をしていたか俺に聞かないのか?」
ダールは足を止める。
「フィオライン様の命を救ってくれたのだろう。それ以外に何がある」
「……」
「余計なことばかり考えすぎるな。デルセクタ様からそう教わったんだ」
「……すまない」
「謝るな」
再び歩き出したダールは男へと近づく。
「さて、こいつを片付けて終わりとしよう」
その時、ぱちっという小さい音がブレッグの耳に届いた。
次の瞬間、男の身体が電気で包まれ、周囲に放電する。
「くははは……! まだ……だ!!」
雷が落ちる直前のゴロゴロといった重低音にブレッグは思わず空を見上げる。
分厚い雲から無数の稲光が周囲に影を落とし、森全体を明るく照らしていた。
ブレッグとダールは瞬時に走り出す。
声を発する余裕などなかった。
互いにバラバラな方向へ、一歩でも男から距離を離すように、全力で駆ける。
だが、安全な位置まで逃げるには時間が全く足りない。
男の発言から数秒後、今までの雷撃とは比較にならない程の強烈な雷が放たれた。




