096_昼間の騎士隊
ダールは川のせせらぎを覗き込み、向こう側に映っている自分と見つめ合っていた。
周囲には、汗だくになった顔を洗う者や、川の水をおいしそうにがぶがぶと飲む飛竜たち。
燦燦と降り注ぐ陽の光が鉄の鎧を熱し、汗をかいているのはダールも同じだ。
しかし、他の騎士たちとは空気感が違った様子で、川に流れる水をじっと見ていた。
「気になるか?」
デルセクタの渋い声に気付いたダールは慌てて現実へと意識を戻す。
「いえ! その……」
なんて答えればよいかわからずに悩む。
ブレッグやフィオラのことが気になっているのは事実だが、ダールはこの後に任務があることを知っている。
自分を求めてくれている人たちがいるなら、何も言わずに応えるのが騎士である。
俯いて考えだしてしまった彼に対して、デルセクタは竹で作られた水筒を放り投げた。
「おい」
「うぉっ……と」
向かってくる水筒に気付いたダールは反射的に受け取った。
「飲まないと倒れるぞ」
「……ありがとうございます」
栓を外し、水を一口飲む。
そして、はじめは一口と思っていたダールだったが、水を飲む勢いが止まらず、軽く飲み干してしまった。
「村に残してきたブレッグのことが気になるか?」
「はい。まだあの村は安全とは言い難いですから」
継ぎ接ぎ男が森のどこかに潜んでいる可能性をダールは危惧していた。
「その通りだな。フィオライン様がいれば何も問題ないとは思うが、体調は優れていないご様子。万が一の事が起こらないとは言い切れん」
「そう……ですね」
煮え切らない態度にデルセクタは溜息をついた。
「ダールよ。お前は余計なことを考えすぎだ。村の様子が気になるなら見に行けばよい」
「……え? いいんですか?」
「あぁ。任務も重要だが、フィオライン様に万が一の事があっては絶対にならない」
「デルセクタ様……」
そのとき、たまたまその場を通りがったレーム。
そして、デルセクタの背後を歩きながら一言。
「なら初めからダールだけ村においてくればよかったのに」
首だけ振り向いたデルセクタは睨む。
「レーム。『あれ』を持ってくるのだ」
「あれ? ……あぁ、『あれ』のことですね。少々お待ちください」
そう言うと、川岸にまとめて置いてあった荷物の方へと歩いていく。
「なんのことでしょうか?」
「シオンを討伐するために地下の保管庫から持ち出したアーティファクトだ。持っていくがよい」
ダールの表情が驚きへと変わっていった。
特に驚いたのは『地下』という単語である。
王国が所有する武具やアーティファクトの数は膨大なため、その多くが軍隊や騎士隊の敷地内に建設された保管庫へと収められている。
ただし、国宝として扱われるような一部のアーティファクトだけは、王宮の地下で厳重に保管されていた。
実際にダールが地下の保管庫へと入ったことはなく、デールセクタから教えてもらった知識だ。
「そ、そのような品物、お預かりできません」
落として傷を付けたりでもしたら、責任を取る方法が見つからないダールは拒む。
ふとデルセクタの表情を伺うと、今にも溜息をついてしまいそうな微妙な表情をしている。
このまま拒み続けていたら、デルセクタは呆れてしまうことが容易に想像できた。
先程の注意を思い出す。
『お前は余計なことを考えすぎだ』
何も考えるなという話ではない。
自分の目的だけに集中して、他の事情は考えすぎるな、という意味だとダールは理解する。
そして、彼が導き出した答えは――
「お預かり……いたします」
「そうか」
デルセクタの無言の圧力に屈したと表現した方が正しいかもしれない。
しかし、ダールの中では、精神的に少しは成長できた気がした。
そのとき、両手で何かを抱えたレームが戻ってきた。
「お待たせしました」
レームがデルセクタに差し出したのは、小さな金属の箱。
色鮮やかな宝石で装飾が施されており、アーティファクトの保管箱というよりはジュエリーボックスと呼んだ方が近い見た目だ。
デルセクタがダールの方を首で指すと、レームはすぐに察した。
「どうぞ。お納めください」
頭を下げながら金属の箱を差し出すレームはふざけているようだ。
そんなレームの悪ふざけをいなせるほどの余裕がダールにはなく、黙って両手で受け取る。
「おぉ……」
普段から鎧を着込んで剣や槍を振り回しているダールだが、手のひらの上に乗っているそれがとても重く感じた。
錯覚であることは本人も理解している。
「行くなら早く行け。ここからでは村へ戻るために半日はかかるぞ」
早朝に出発した騎士隊だが、現在は昼を大きく過ぎていた。
今から村へ戻ろうとしたら到着は深夜――飛竜の疲労を考慮したらそれ以上に遅い時間となるだろう。
「はい!」
元気よく返事をしたダールは、爆弾でも運ぶかのように慎重に歩き出す。
そんな彼の背中を、デルセクタは心配そうに見つめていた。
「大丈夫よ」
「わかっておる。あれはシオンとの戦闘で使うために用意していたものだ」
「デルセクタという英雄と国宝級のアーティファクトを失った代わりに、二人の若者を逃がす演出のことね」
「演出と呼ぶな」
「ところで、あんな代物をダールに渡してよかったの?」
「よいはずがないだろう」
「ってことは……」
レームは恐る恐るデルセクタの顔色を伺う。
どんな答えが返ってくるかは予想できるが、聞きたくない気持ちでいっぱいだ。
「こういう時にどうにかするのがお主の仕事だ。違うか?」
「そんなぁ」
「それから、アーティファクトの使い方をダールに教えてやってくれ」
「はぁ……わかりました」
まるで忍び足のようにゆっくり歩くダールの背中を追いかけ、レームはとぼとぼ歩きだした。




