095_灼杓と輝く赤髪
「俺だって苦労してきたんだ。時間の加速なんていうたった一つの『理』を構築するため、多くの褪色者からパーツを奪ってきた。世界のある一点を加速させ続ければ綻びが生まれるかと思ったが……無駄だったのさ」
そう言って男は継ぎ接ぎだらけの手をもう一度ブレッグに見せた。
男の指には老若男女、様々な褪色者の影が残っている。
「だが、貴様の持っている『理』なら、世界の一部を分解して出口を構築できるかも……いや、他の『理』と組み合わせれば、世界そのものを再構築できるかもしれん!」
荒々しくなる語気とともに、肩を掴む理からも強まる。
「さぁ! 早くその腕をよこせ!!」
「わかった! だから、フィオラの身体が完全に修復できるまで、あと少し待ってくれ!!」
「いいや、待てんな」
「はぁ?! フィオラの命は助けてくれるんじゃないのか?」
「あぁ、もちろん助けるさ。俺がこの腕を使ってな」
フィオラに向けてかざしていたブレッグの手は、男によって無理やり引き剥がされた。
革靴がブレッグの背中を強く踏みつける。
「一瞬で終わる。だから動くなよ。誤って首を飛ばしてしまうかもしれん」
「いや、待て! 俺の話を――」
「聞けんな! 小娘が目を覚ましたら全てが失敗に終わる! つまり、先に貴様の腕を奪うしかないんだよ!」
「……やっと来てくれた」
「あぁ?」
ブレッグ自身もなぜその言葉を口にしたのかはわからない。
男も、ブレッグの言葉の意味が飲み込めていない様子。
「俺は、何を――」
『言ってるんだ』と口にしようとしたとき、窓から巨大な何かが飛び込んできた。
飛び散る窓ガラス。
巨大な質量が木材の床を強く踏む音。
そして、ランプに照らされてギラリと光る刃が男に向かって切り掛かった。
「誰だ……貴様……!」
男はブレッグの腕を離し刃から距離を取ろうとするが、間に合わない。
横腹から食い込んだ切っ先が、男の内臓を切り裂く。
「お前が継ぎ接ぎの男だな」
鎧を着込んだ赤髪の青年――ダールは冷たい口調でそう告げた。
そして、直剣を短く握りこむと、男の身体を素早く何度も切り刻む。
「ぐぁ……あぁあ!!」
狭い室内の接近戦では『理』を発動させる余裕もなく、男が出来ることは鮮血を撒き散らしながら後退するだけだ。
ついには壁際まで追いやられ、逃げ場すらも失う。
「ま、待ってくれ!」
男はずたずたに切り裂かれた腕を前に突き出す。
猛追していた刃がぴたりと止まる。
騎士の性質を男は見抜いていたのかもしれない。
「俺はそいつを助けてやろうと――」
言い終わるより早く、男の眼球は横一文字に切り付けられた。
「あああぁ!!!」
「ブレッグの腕を切断しようとしていただろ!! 何が『助ける』だ!!」
ダールの赤髪は炎のように灼杓と輝く。
溢れ出る魔力がそう見せているのかもわからないが、ダールの感情が昂っていることは確かだ。
そして、再び男の身体を切り付けようとしたとき、背後の壁が崩れ落ちた。
背後に隠した左手で『理』を発動させたのだろう。
背中側へ倒れこむように、男は暗闇へと溶け込んでいった。
追いかけようとするダールをブレッグは呼び止める。
「あいつが持っている『理』は一つじゃない!」
「それは厄介だな。仕留めてくるから、ブレッグはここで待っててくれ」
指示を出したダールは即座に飛び出してしまった。
「あ、あぁ……」
小屋に残されたブレッグは呟く。
『理』の危険性をダールは理解しているはずだ。
そして、それを男は複数持っていることを伝えたが、ダールは躊躇することなく追いかけて行った。
ならば、あの男の追跡はダールに任せ、ブレッグは自分の役割を遂行するべきだ。
「とにかく、俺はフィオラの治療に専念しないと」
一秒でも早くダールの応援に駆け付けるため、今も眠り続けているフィオラと向かい合う。




