090_淡い光
ブレッグは俯き、まだ淡く輝いている自分の身体を確認し、軽く手を動かしてみる。
――特に違和感とかはないな。それに、シオンに身体を乗っ取られるみたいなこともなく、自分の身体のままみたいだ。
一安心といったところだが、今度はもう一つの心配が生まれる。
「シオン。いないのか?」
きょろきょろとあたりを見渡しながら、姿の見えない人物に語り掛ける。
大きな声で独り言を喋っているような感覚に恥ずかしさを覚えるが、彼女の名前を呼び続けた。
すると、琴の音のように美しい声が背後から耳元で囁く。
「ここにいるわ」
「おわっ……!」
驚かされた拍子に転びそうになるが、なんとか堪える。
ここで転んではフィオラを圧し潰してしまう。
「普通に返事することは出来ないのか?」
振り返ると、そこにいたのはシオンだ。
彼女は初めて出会ったときの姿に戻っており、黒いドレスを着ている。
失われた腕や孔の空いた顔も元に戻っていた。
「フィオラを起こしてしまったら嫌だから」
シオンは意地悪な笑みを浮かべる。
ただ単に驚かせたかっただけだろうとブレッグは思うが、それを口にしては話が進まないので飲み込んだ。
「はぁ。まあいいや。それで、その姿は?」
「あなたの力を借りたの。悪くないでしょ?」
くるりと一周回るとドレスの端がふわりと浮かんだ。
大人な女性がお姫様のような振る舞いを見せる。
「……似合ってるけど。気に入ってるんだな。その服」
「えぇ」
「幻でなんでも作れるんだし、着てみたい服とかなかったのか?」
「いいのよ。これで」
シオンの姿を改めて観察する。
ブレッグはシオンの身体へと思わず手を伸ばすが、予想通り掴むことは出来ずに透過した。
「どうしたの?」
「あ、いや。まるで本物みたいだったから」
「人の姿を模した幻影は初めてじゃないでしょ」
「そうなんだけど、こうして近くで見る機会はあまりなかったんだ」
「ふーん。それなら、好きなだけ見ていいわよ」
もう一度、シオンはくるりと回る。
ブレッグが冒険者と呼ばれる業種に就いて魔物を狩っていた時、魔物は臭いで正体を見破ってくるため幻を作ることはあまりなかった。
唯一、炎の幻は魔物を遠ざける効果があるため使っていたくらいだ。
宿の個室に一人でいたとき、誰かの幻を作って観察する機会はいくらでもあったが、プライバシーを侵害しているようで気が引けた。
「もう十分」
ブレッグがそういうと、シオンは摘まんでいたドレスの端を離した。
「本物と見間違えたシオンの気持ちがわかったよ」
「そうでしょ」
「というか、勝手に幻を作り出したってことは、もしかして俺もシオンの『理』が使えたりする?」
「多分使えるけど、制約があるかもしれないわね。私も自分の身体しか作り出せないし」
「制約か」
ブレッグは自分の左手を見つめた。
例えシオンの『理』を全て引き出せなかったとしても、一部が使えると思っただけで心が躍った。
冒険者として復帰すれば大きな功績を残せるかもしれないし、そうなれば要人の護衛などで莫大な金を稼げるかもしれない。
だが、今はそんな薄汚れた欲望を掻き消し、現実と向かい合う。
「シオンの『理』については後日試すことにするよ。それより、まずはフィオラを助けよう」
「そうね」
二人は静かに眠っているフィオラに近付く。
「ごめん。どうすればいい?」
何から始めればいいかわからず、指示を仰いだ。
「まずは、フィオラの幻影を作って」
「……はい」
言われたとおりに幻影を作り、フィオラの上空に浮かばせる。
当然、作り出したのはブレッグが知る限りで一番元気だった時の姿だ。
――そういえば、初めてフィオラにあった時も寝ていたな。
魔物が近くにいようがお構いなし、といった様子で眠り続けていたことを思い出す。
「そうしたら、本体と幻影を一致させて」
浮かんでいた幻をゆっくりと降ろし、眠っているフィオラとぴったりと一致させる。
まるで、失われた腕や脚が治ったように見えた。
「問題はなさそうね。それじゃあ、左手を貸してもらえる?」
シオンはブレッグの左手を掴み、フィオラの身体へと寄せる。
もちろん、シオンとブレッグは物理的に触れ合うことが出来ないため、シオンの手の動きに合わせてブレッグが自分から手を動かしているだけだ。
ブレッグの左手が触れたのは、フィオラのみぞおちのやや下あたり。
「あとは私に任せて。わかってると思うけど、絶対に幻影を動かしたり途中で消したりしないでね」
「あぁ。……ところで、どれくらい時間がかかるんだ?」
「さぁ。少なくても数時間はかかると思うけど」
つい、眉を寄せて苦痛の表情を浮かべてしまう。
その時間の間、身体を動かすなと言っているようなものだ。
拷問に近い苦痛を味わうことだろう。
「無理とは言わないわよね? 私だってその間はずっと『理』を使い続けるのよ」
「いや。全く問題ない。早く取り掛かろう」
「わかったわ」
シオンの両手がブレッグの左手に添えられた。
そして、ブレッグの意思とは関係なく、『理』が発動される。
フィオラの身体からは淡い光が発せられ、きめ細かい泡のような粒子が宙を漂う。
――ついに、始まった。
決して幻が動かないように注意しながら、息を吞んだ。




