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008_そして幕間は訪れる


 ――しまった。


 反射的に瞼を閉じてしまったブレッグは、少女の魔法を見逃すまいと無理やり目を開けようとする。


 次第に光は収まり視力が回復してくると、そこには牙の隙間からおびただしい量の血液を吐き出している魔物の姿があった。


 魔物が致命傷を負っている原因、それは腹部を貫いている禍々しくて巨大な腕だ。


 魔法陣から伸びているその腕は樹皮で包まれており、関節の位置からしてこの世の生物とは思えないほど歪な構造をしていた。


 魔物の胴体からゆっくり引き抜かれた腕は鮮血で塗れており、苔むした地面をその血で汚し続ける。


 魔法陣から腕だけが伸びているその異形の存在に目を奪われていたブレッグだったが、ふと魔物へ視線を戻すと胴体に大きな穴を開けて絶命していた。


 魔物の体を覆っていた蔦はいつの間にか枯れており、体の支えを失った魔物は大きな音を立てながら倒れる。


 ――終わった。


 さっきまで苦戦を強いられていたことがまるで嘘のように、あっさりと幕を引いた。


 あの状況から生き残ったことに安堵したブレッグだったが、彼の内面では様々な感情が渦巻いていた。


 大きくため息をつく。


 ――やっぱり、冒険者をやめて正解だったな。


 何十年、何百年、経験を積んだとしても少女の領域に辿り着けないことを悟る。


 あのまま街に残っていたとしても、大した功績を挙げられずに生涯を終えるのだと。


 自身の無能さを軽蔑し、少女の才能に嫉妬を覚える。


 ――違う。こんな顔をしていては駄目だ。命の恩人に感謝の気持ちを伝えないと。


 ブレッグを自分の顔を目一杯強く叩くと、腹部の激痛に耐えながら立ち上がる。


 少しだけ、その瞳には光が戻っていた。


 若干よろめいてはいるものの立つことができたブレッグは少女を探す。


 先程まで少女が魔法陣が展開していた場所には姿がない。


「確か、さっきまでそこに……」


 恐ろしい腕や絶命している魔物に気を取られすぎており、見失ってしまったようだ。


 ブレッグは焦りから落ち着かない様子で辺りを見渡す。


 生きる世界が全く異なる相手だ。


 このまま、二度と会えなくなってしまっても不思議はない。


 むしろ、今回の出来事が子供向けの御伽噺なら、二度と会えない方が自然な流れともいえる。


 幸運なことに、ブレッグが背後を振り向くと、そこには少女の後ろ姿があった。


「あの――」


 言葉を言い切る前に、ブレッグは自ずと口をつぐむ。


 血塗れになった化物のような腕を少女が優しく撫でている。


 ただそれだけの出来事なのだが、なぜだか妨害してはいけないと直感していた。


 少女は魔物の血で服が汚れることなど気に留めていない様子であり、腕に寄りかかりながら樹皮のような鱗に付着した血をそっと拭う。


 腕の方はというと、何も反応していなかったがどこか嬉しそうだとブレッグは感じた。


 絶対に相容れることのない対極に位置する存在が共存しており、その光景にブレッグは心が奪われていた。


 腕に対するブレッグの正直な気持ちとしては、近寄りがたいほど恐ろしくて醜い化物である。


 しかし、少女は外見に惑わされることなく、心を通わせることが出来ているように思えた。


「いつも、こんなことばかりさせてごめんね」


 少女が小さく呟くと、巨大な腕は淡い光を放ちながら徐々に消えていく。


 そして、腕が完全に消失するまで見送った少女は、ブレッグの方を振り返ると小さく頭を下げた。


「さっきは逃げてしまってごめんなさい。その……寝ぼけていたの。本当は私が最前線に立って戦わないといけないのに」


「……え?」


 予想外の言葉に口を開けたまま固まる。


 『弱いならしゃしゃり出ないでもらえる?』くらいの罵倒があってもおかしくないと考えていたが、逆に謝罪されるとは思っていなかった。


 少し間をおいてから反論する。


「いやいや、俺が逃げろって言ったんだし。それに、戻ってきて助けてもらったから、えっと……」


 緊張して言葉が詰まる。


 女性経験がゼロなうえに山奥に来てからはほとんど対人関係がなく、どうやって感謝の気持ちを伝えればよいか戸惑っていた。


 そうこうしていると、少女は暖かい微笑みを向けてくれる。


「それじゃあ、貸し借りはなしってことでいい?」


「あ……はい」


 情けない気もするが、返事をすることで精いっぱいだった。


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