086_広がる虚空
前に背負った時より軽くなったフィオラの身体をベッドに横たえる。
ブレッグは自分の小屋に戻っていた。
あの場所からでは村に戻るよりも時間がかからないためだ。
フィオラの身体の崩壊は今も止まっているが、ブレッグの表情は浮かない。
それは、根本的な解決が出来ていないという理由もあるが――
「どうしたの?」
琴の音のように美しい声。
ブレッグが振り向くと、そこにいたのは壁にもたれ掛かったシオン。
「なぁに、その表情は。信用できないって顔してる」
「先に言っておくけど、誰かを犠牲にする方法はなしだ」
ブレッグが眉間に力を込めて言い放つと、シオンは笑って受け止めた。
「うふふ。話が早いのね。あなた、少し変わった?」
「そんな話はこの際どうだっていいだろ! どっちなんだ! 協力するのか、しないのか!」
シオンは頬に人差し指を触れて少し考える。
悩んでいる表情は美しく、妖艶で、それでいて恐ろしいと感じた。
「半分は同意するわ」
「半分?」
意味深な言葉とともにシオンはにっこりと笑い、ブレッグを指さす。
「犠牲になるのは私とあなた。他の人は巻き込まないと約束しましょう」
ブレッグの脳裏には一つの結末が思い浮かぶ。
「俺の身体を分解して、フィオラの身体を補強するってことか?」
「違う違う。それじゃ同じことの繰り返しでしょ」
「……確かに、その通りだな」
今日に至るまで、シオンの肉体は何百、何千という市民を犠牲にして維持されてきた。
つまりは、それだけの犠牲をもってしても数年の延命にしかならないということだ。
ブレッグ一人が犠牲になったところで、フィオラの寿命は延びて数日程度だろう。
「私とあなたの力を使うのよ」
「……わかるように説明してくれ」
「もちろん」
悪魔に耳を貸していることを理解しながらも、ブレッグはシオンの言葉を待つ。
「これ、見えるでしょ」
ブレッグは頷く。
シオンが指さしていたのは自身の顔の一部。
本来であればそこには一つの瞳があるはずだったが、空洞となっていた。
奥には虚空が広がるばかりで、中身は空っぽになっているようだ。




